軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誰がために祝福を

聖剣世界ハイフォリア。ガルンゼスト狩猟宮殿。

大鏡の並べられた一室で、レイとバルツァロンドは待機していた。

ハイフォリアに戻った彼らは、先王オルドフを連れ、レブラハルドと謁見した。すぐに祝聖天主エイフェが呼ばれ、オルドフの治療が始められる。

清浄な魔力場を保つため、二人は席を外すこととなった。

重苦しい沈黙が続く。

バルツァロンドは厳しい面持ちのまま、ただ虚空を睨む。

しばらくして、転移の固定魔法陣が起動した。

やってきたのはレブラハルドだ。

「聖王陛下」

すぐさまバルツァロンドが駆け寄った。

「先王は?」

「まだ 虹水湖(こうすいこ) だよ。エイフェの権能に他の魔力が混ざるのはよくない。しばらくは近づかないように、いいね?」

「……では、治せるのですか?」

一縷の望みにすがるようにバルツァロンドが訊く。

レブラハルドはすぐに口を開かなかった。

「…………二、三日だそうだ。エイフェの見立てでは。苦痛を和らげ、穏やかに過ごしてもらおう」

バルツァロンドは俯き、拳を握る。

きつく食い込んだ爪が、血を滴らせた。

「……手立ては、ないのですか……」

「父はこの故郷の地で眠ることができる。誇り高き、勇者として。バルツァロンド卿の尽力は無駄ではなかった」

そうレブラハルドはねぎらいの言葉をかける。

「レイ。そなたにも感謝を。おかげで、先王は絶望とともに逝かずに済む」

オルドフ発見時の経緯は、バルツァロンドからすでに伝わっている。レブラハルドは悼むような表情で、レイに軽く頭を下げた。

「ミリティア世界でなら、まだ彼を救えるかもしれない」

レイは静かに切り出した。

「< 転生(シリカ) >の魔法か?」

レブラハルドが問う。レイはうなずき、説明した。

「根源があの状態じゃ、完全な転生は無理だけどね。それでも、彼の想いだけはつなぐことができるのかもしれない」

「転生世界ミリティアのことは、ある程度調べさせてもらったよ。< 転生(シリカ) >の魔法は、ミリティアでのみ使うことのできる限定秩序。死した者が、記憶を引き継ぎ、力を引き継ぎ、そして新たな生命として生まれ変わる」

淡々とレブラハルドは言う。

「そのとき、新しい生命は、どの世界の住人として生まれることになるか、そなたは知っているか?」

「わからない」

レイはそう答えた。

知る限り、ミリティア世界以外の住人で< 転生(シリカ) >を使い転生したのは、ルナだけだ。

だが彼女の場合、それ以前にイーヴェゼイノの住人である宿命を霊神人剣によって断ち切られていた。

純粋な他世界の住人が< 転生(シリカ) >を使った際にどうなるのかは未知数だ。

「私の予想では恐らく、ミリティアの住人として生まれ変わる」

レブラハルドは言った。

「つまり、< 転生(シリカ) >は火露を奪う。そなたらがそれを望まずともね」

レイの心中を覗くように、レブラハルドは視線を向ける。

「なんのリスクもなく、生まれ変わることができるならば誰もがそれを選ぶ。だが、そんなに都合のいいことが、この銀海にあるだろうか?」

問いを投げかけるように彼は言う。

「私にはそうは思えない。なぜなら、どんな深層世界にも生まれ変わりなど存在しない。ましてミリティアは主神のいない不完全な世界。だとすれば、そなたらの言う転生は、同じ記憶、同じ想い、同じ力を持った別人が生まれるだけのことかもしれない。それは弱き者にとっては、救いになるかもしれないね」

冷静に、ただ事実を告げるように、レブラハルドは語る。

「我々、狩猟貴族は違う。命は一度きりだ。やり直すことはできない。それではこれまでの生が軽くなってしまう」

「僕たちの世界でも、< 転生(シリカ) >を手に入れるまでには苦難があった」

「言葉が悪かったね。そなたらの宗教を軽んじたわけではない。ただ私たちとは重んじるものが異なるということだ」

議論の余地はないとばかりに、レブラハルドは断言した。

「それに、先王オルドフが生まれ変わったと伝われば、死を避けられぬ者たちはこぞって転生世界ミリティアを目指す。悠久の時を経れば、ハイフォリアはなくなり、ミリティア世界に乗っ取られることになるだろう」

< 転生(シリカ) >によって火露の移動が発生するなら、確かにそうだ。転生世界ミリティアは、戦わずして様々な世界の住人を呼び寄せ、火露を奪うことができる。

「そのきっかけを作ることを先王は決して望みはしない。わかってくれるね?」

個人よりも、世界を生かす。

元首ならば、それもまた道理だろう。

「……先王は誇り高き勇者だ……」

ぽつり、とバルツァロンドが呟いた。

「滅びを目前にし、今もなおこのハイフォリアのことだけを思っている……我が身可愛さに転生など望みはしない……」

レブラハルドを後押しするようでいて、しかし、その瞳は怒りに滾っている。

「だが、聖王陛下。あなたは先王が望んだ夢をご存じのはず」

静かに、しかし熱い想いを胸に抱えながら、バルツァロンドは言った。

「我々の前に見えるこの虹路を歩むことが本当に正しいのか? 獣を狩り、イーヴェゼイノを祝福することが真に正しき道なのか?」

一歩前へ出て、彼は強く訴えた。

「先王の意思に報いるならば、即刻奴らとの戦いをとりやめ、先王オルドフに凶弾を撃ち込んだ大提督ジジを討つべきではないのかっ!?」

言いながら、バルツァロンドはまっすぐレブラハルドのもとへ歩いていく。

「それこそ父が求められた、真の虹路ではないかっ? 兄上! なぜ魔弾世界エレネシアを放置するのだっ!?」

「確かに< 魔深根源穿孔凶弾(ベリアリウス) >は大提督殿の魔法だ。他に使い手はいない。私たちが知る限りでは、ね」

「……序列一位だからと日和るのか?」

「確実な証拠が必要ということだよ。< 聖遺言(バセラム) >を確認してからでも遅くはない」

「父が滅び去るまで手をこまねいていろとっ!? 最後に一言、大義はなったと伝えたくはないのかっ?」

バルツァロンドは、聖王の胸ぐらをつかみ上げる。

「命が一度きりならば、父を無念のまま逝かせてはならない! 狩猟貴族の誇りをお忘れかっ!?」

「誇りで世界を守れはしない」

呟かれた言葉に、バルツァロンドの気勢が削がれる。

「真の虹路とはそなたが思うほど甘い道ではない。いかなる事情があれど、イーヴェゼイノはパブロヘタラの法を犯し、我々に宣戦布告した。夢と誇りに目をくらまされて、これを討たなければ示しがつかない」

レブラハルドははっきりと言いきった。

「そのためならば、たとえ大提督殿が父の仇であろうと力を借りよう。魔弾世界エレネシアがパブロヘタラの法を犯したという確かな証拠がつかめたなら、そのときにこそ我々は立つ」

バルツァロンドの手を、聖王は握る。

「感情に流されてはいけない。厳格な法と、それを遵守する理性こそが、すなわち正義だ。私は聖王として、この正しき道を行かねばならない」

困惑したような表情で、バルツァロンドは呆然と聖王を見た。

「……兄上は……父との誓いを……あの夢を継いだはずではないのか……?」

「わかってくれると信じている」

兄の手を振り切り、バルツァロンドは踵を返した。

「ならば、滅びゆく父に頭を下げるのが礼儀ではないかっ!!」

「バルツァロンド」

「もう話はありはしないっ!」

大股で歩いていき、バルツァロンドは固定魔法陣に乗る。

魔力を送り、彼は転移していった。

レイはそれを追いかけ、魔法陣の上に立つ。

転移する前に、彼は振り返った。

「オルドフの行方が知れないのを隠していたのは?」

「民の不安を無闇に煽るのは得策ではない」

「君たちの主神も知らないようだったけれど?」

「彼女が動揺すれば、尚のこと世界が揺れる。先王オルドフはそれだけ大きな存在だ」

それだけ聞くと、レイは転移した。

視界が白く染まり、次の瞬間、彼の視界に屋上の船着き場が現れた。

そこに、バルツァロンドが待っていた。

「魔王列車を出してくれないか?」

彼は申し訳なそうに、そう頼んできた。

「構わないけれど、どうするんだい?」

問いには答えず、バルツァロンドは< 飛行(フレス) >を使う。

「バルツァロンド卿、どちらへ?」

屋上にいた見張りの狩猟貴族たちが、ぞろぞろ集まってくる。

「父に会うだけだ。虹水湖に人を近づけるなと聖王のお達しだ。抜かるなよ」

「「は!」」

言い含め、バルツァロンドは湖の方へ降下していく。

レイはその後を追った。

やがて、白い輝きが見えてくる。

レイの魔眼に映ったのは、天から虹の橋がかけられ、キラキラと光を集める幻想的な虹水湖の光景だ。

その中心で、水面をベッドにするようにオルドフが身を横たえていた。

体は衰弱しきっており、意識は戻らぬまま。

服は真新しいものに取り替えられているが、ボロボロの体は依然として回復していない。

彼の傍らには、祝聖天主エイフェがいた。

二枚の翼に虹の光を集め、手のひらで虹水湖を祝福している。

その癒やしの力は、オルドフを優しく包み込んでいた。

「バルツァロンド」

二人の接近に気がつき、エイフェは言った。

「ここに来てはならない。祝福に乱れが生じるゆえ」

「承知の上です」

バルツァロンドとレイは湖の水面に降り立つ。

それを見て、祝聖天主は翼を折り畳み、祝福を止めた。

「天主」

バルツァロンドは、自らの世界の主神をまっすぐ見据えた。

「あなたがミリティアの者たちに話したことをお聞きました。天主は自らが壊れているとお思いだそうですね」

一瞬の間、無表情のまま、祝聖天主エイフェは言った。

「……ええ。間違いなきこと」

「先王をご覧になり、いかがでしたか?」

水面に身を横たえるオルドフに、エイフェはその神眼を向ける。

「オルドフの意識はなきまま。ゆえに、なにも見えることはない」

祝聖天主エイフェは言う。

意識を失った状態では、元よりオルドフの虹路は見えぬのだろう。

今の自分が彼を見てどう思うのか、それを確かめようとした彼女だったが、オルドフがこの状態では叶わぬことだ。

しかし、そんなことは頭にはないようで、エイフェはただ悲しげに先王オルドフを見つめていた。

「……幾度も世界を救ったオルドフを、救ってやれぬのは悲しきこと……」

「一つだけ方法があります」

バルツァロンドが、そう切り出す。

エイフェが静かに顔を上げた。

「……それは誠か?」

「彼の世界」

バルツァロンドはレイを見やる。

「転生世界ミリティアでなら、先王を転生させることが可能とのこと。記憶はなくなりますが、想いは残ります。天主ならば、いつの日か再会することも叶いましょう」

バルツァロンドは言う。

「聖王陛下は反対しています。ハイフォリアのためにならない、と。しかし、私はそれが正しき道とは思えません」

聖王への異を唱えたバルツァロンドに、祝聖天主は温かい視線でもって応じた。

「では、なにが正しき道と?」

「私は獣を狩るしか能のない男。わかりません。しかし、確実にわかっていることが一つある。先王を救い、世界をも救う。それこそが正しき道であり、ここで先王を見捨てれば、我々は道を外れてしまうということです」

祝聖天主エイフェは僅かに 神眼(め) を伏せる。

「あなたの前に虹路が見えない。それは迷いがあるゆえに」

「迷いなど……」

言いかけて、バルツァロンドは押し黙る。

自らの世界の主神を、誤魔化せるはずもないと知っているのだろう。

「あなたはエヴァンスマナに選定されし、次代の聖王。現聖王にとって、もっとも重き言葉を持つ者」

静謐な声で、エイフェは告げる。

「されど迷いあらば、その言葉が届くことはなき」

バルツァロンドは唇を引き結ぶ。

聖王の命に背き、先王オルドフを転生させる。それが本当に正しいと信じ、エイフェに掛け合ったはずが、僅かに残った迷いを彼は振り切れないでいた。

聖剣世界の住人、それも五聖爵の地位にある者ならば無理からぬことだろう。

項垂れるように俯いたバルツァロンドのその肩に、レイがそっと触れた。

「君は間違っていないと思うよ」

僅かにバルツァロンドは振り向いた。

「父親を救いたいという想いが、もしも届かないのがこの世界の宿命なら、それを断ち切るために、この聖剣は生まれたはずだ」

レイの手に光が集い、霊神人剣エヴァンスマナが姿を現す。

「オルドフを助ける。それが原因で、もしもハイフォリアから火露が移っていくことになっても、ミリティアがハイフォリアを乗っ取ろうなんて話は、僕たちの世界の魔王が決して許しはしない」

バルツァロンドが目を見開く。

「……レ……イ……貴公……それは………………」

驚愕に染まった彼の瞳が捉えていたのは、輝く純白の虹――

虹路だった。

レイの足下から、オルドフの体へとその輝く道はまっすぐ続いている。

彼を救え、とまるでこの世界が祝福するように。

「約束するよ」

迷いは晴れたとばかりに、バルツァロンドが大きくうなずく。

彼が前を向けば、レイと同様、虹路が現れ、オルドフの体へとつながった。

「もう一人のエヴァンスマナの使い手」

厳かに、エイフェは言った。

「話には聞き及んでいた。異世界の生まれながら、聖剣に選ばれし者。その不可思議は、私が壊れているがゆえと思ったが、今ここで考えを新たにした」

両手を広げ、エイフェは神聖なる光でオルドフを包み込む。

それは次第に小さな光の球となって、ゆっくりと二人のもとへ飛んできた。

「あなたの優しさ、あなたの強さ、そしてその勇気を、エヴァンスマナが認めたがゆえ、祝福を与えたもうた。ただ異なる世界に生まれただけで、あなたは紛れもなく勇者なのだろう」

祝聖天主はその指先を自らの胸に当てた。

「責はすべてこの私に」

彼女は言った。

「あなた方に託す。どうかオルドフの魂を救ってやってほしい」