軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手がかり

少年の名を聞き、シンはそのあどけない顔を睨む。

そうして、剣先で彼の帽子を落とした。

「わっ! ちょっと、なにすんのっ!?」

長い耳と茶色の髪があらわになった。

「失礼。盗人の顔を覚えておく必要がありましたので」

そう口にしてシンは魔剣で帽子をひょいっと宙に飛ばし、剣で埃を斬り払った。

落ちてきた帽子が、彼の頭に乗る。

ジルはそれを両手でひっぱり、目深に被った。

「……ぼくの剣があれば、そんなナマクラ叩き斬れるのに……」

「使い手がいなければ、どんな名剣もナマクラ以下です。肌身から離すような者に、後れを取るとは思えませんね」

負け惜しみを、シンがそう一蹴する。

彼は悔しそうに目を伏せた。

「…………ぼくは剣士じゃない……」

「でしょうね。それなら、盗みを働くこともなかったはずです」

ばつが悪そうな表情で、ジルは身を小さくした。

「あなたの親は?」

「そんなの、もういない」

「身よりはないのですか?」

答えあぐねるように閉口し、ジルは顔を背けた。

「……そんなの、聞いてどうすんの?」

「身元を引き受けていただきます。盗人を野放しにしては、この街の住人にも迷惑がかかるでしょう」

厳しくシンは言う。

主の所有物を盗もうとした輩にきつくお灸を据えるつもりなのだろう。

「……身よりなんて、ない……孤児だから……」

小さくジルは呟いた。

だが、少々不審だ。

本音を口にしているようには見えぬ。

「では、選択肢を二つ差し上げましょう。今すぐ家の名を口にするか、もしくは罪状を掲げながら、街中を練り歩くか」

「ヤダっ! それだけはやめてっ! 家にはもう迷惑をかけたく――」

鋭い視線が少年の顔に突き刺さる。

ジルはしまったといった表情を浮かべた。

「あ、その……」

「盗みを働くべきではありませんでしたね」

「ほ、他のことならなんでもするから……」

シンの冷たい視線に怯えながらも、ジルは言葉を絞り出す。

「なにができるのですか?」

「…………」

少年は押し黙り、考え込む。

「……ま、魔剣なら持ってる……その剣より、キミの役に立つと思う……あ、盗んだものじゃないからっ」

「今は必要ありません」

ぴしゃりと断言され、再びジルは黙った。

彼は俯いたまま考え込んでいるが、なにも良い案が思いつかないようだ。

「あなたに構っている時間もありません。なにもないようでしたら――」

「……お兄サン……シルク・ミューラーを捜してる……んだよね?」

シンは一瞬、不可解そうにジルを見た。

「なぜそれを?」

「だって、話してたでしょ。鉄火人は耳がいいから」

ミーシャたちの会話を聞いていたわけか。

バーディルーアの鉄火人は、国中に響き渡る大槌の音だけを頼りに、現在位置を把握するという。それができても不思議はない。

「知っているのですか?」

即座に、シンは問いただす。

「居場所は……今はわからないけど……でも、手がかりなら……」

「手がかりというのは?」

「それを教えたら、食料を盗んだことは見逃してもらえるっ?」

「確かな情報だとわかれば」

シンは魔剣を魔法陣に収め、代わりに布袋を取り出した。それから、ミーシャに< 思念通信(リークス) >を飛ばす。

「シルク・ミューラーの手がかりがつかめるかもしれません。魔王列車を空けることになりますが?」

『大丈夫。施錠して、すぐに戻る』

ガタンッ、と魔王列車のドアが自動的に閉まり、施錠された。

ミーシャが遠隔で魔法操作を行ったのだ。

シンは落ちた食料を拾い上げ、布袋に入れる。

「差し上げます」

突き出された食料を見て、怪訝そうにジルは訊いた。

「……なんで?」

「家に帰れぬ事情があるのでしょう? 我が君は飢えた者を捨ておくような真似をなさらないでしょう」

「…………だったら、盗ませてくれてもいいのに…………」

小さくぼやき、ジルは唇を尖らせる。

「それはまた別のお話。我が君の所有物に手を出す輩がどうなるか、知らしめないわけにはいきませんので」

剣呑な殺気を放つシンに、ジルは「……面倒臭い奴……」と呟いた。

「なにか?」

「う、うぅんっ、なんでも!」

慌てたように少年は大きく首を振った。

「じゃ、じゃあ、ついてきてくれる?」

「下手な真似はなさらないことです。もし、謀るつもりならば」

シンの眼光が鋭さを増す。

「わ、わかってるからっ!」

そう口にして、ジルが歩き出す。

シンはそのすぐ後ろに続いた。

「< 転移(ガトム) >は?」

「今日は煙が多いから無理」

バーディルーアに充満する煙は、魔力場を激しく乱している。目的地へ< 転移(ガトム) >を使うには時間がかかるため、歩いた方が早いのだろう。

「走っても平気?」

「どうぞ」

タッタッタと弾むような足取りでジルが走り始める。

シンは離れず追走した。

やがて二人は森の中に入った。

鬱蒼とした木々をくぐり抜けていき、なおも進む。

前を行く少年が、布袋を見せながら振り返った。

「コレ、食べてもいい? お腹空いて」

「ご自由に」

ジルは袋からハムを取り出すと、それにかじりつく。余程空腹だったのか、あっという間に平らげ、続いてパンにかじりついた。

「ところでお兄サン、バーディルーアの人じゃないよね?」

「ええ」

「どこから来たの?」

「転生世界ミリティアより」

「……ミリティア? ふーん……」

ジルは聞いたことがないといった表情を浮かべている。

まだ聖上六学院に入ったばかりだ。

パブロヘタラに縁がなければ、知らないのは無理もない。

「どうしてシルクを捜してるの? やっぱり、よろず工房に頼まれたとか?」

「なぜよろず工房に?」

「鍛冶師の間じゃ有名な話だけど、魔女の親方がシルクを破門したでしょ。お灸を据えるだけのはずだったんだけど、彼女は家出しちゃったんだって。魔女の親方から頭を下げるのはよろず工房の面子もあるし、他の弟子たちに示しがつかない。だから、他の世界の人に捜索を頼んだのかなって」

「魔女ベラミーは、シルクに戻ってきてもらいたいと思っているのですか?」

シンが問う。

「戻ってきてもらいたいっていうか、そんな殊勝な人じゃないと思うけど」

「では、放っておくのでは?」

「なにを馬鹿なことしてんだって怒ってるんだと思う。破門にされた弟子が、素直にそのまま出てくなんて面目丸つぶれでしょ」

一瞬、シンは考える。

「そうですか」

「……えーと、違うの?」

「ええ。シルク・ミューラーには仕事を依頼したいだけです」

ジルはきょとんとした。

「仕事って?」

「鍛え直してもらいたい剣があります」

「……………………そう」

「なにか?」

「う、うぅんっ。なんでもなくてっ」

しばらくして、前方に洞窟が見えてきた。

ゴツゴツとした岩肌の上部から、にゅっと煙突が突き出ている。

魔法で構築したものだろう。洞窟と一体化しているようだ。

「ここだよ」

ジルの後ろに続き、シンは洞窟に入った。

少年が魔力を送れば、内壁にかけられていたランプが明かりが灯す。

今歩いている道の他に、いくつかの坑道が見える。

また壁面を削ったような跡が残っている箇所が複数あった。

「鉱山ですか?」

「一応、そう。ぼくしか使ってないけど」

奥へ進めば、生活感のある場所に出た。

机や椅子、食器が置かれている。

更にその向こう側には、大槌や金床など鍛冶道具が並べられており、大きな魔法炉があった。

作業場から少し離れた位置に、剣や槍、斧、弓など、いくつもの武器が丁重に飾られている。

シンが歩み出て、引き寄せられるかのように一本の魔剣に手を伸ばす。

「ダメッ!!!」

血相を変えて、ジルはシンに駆け寄り、その腕をつかんだ。

「……失礼しました」

「あ、うぅん」

ほっと少年は胸を撫で下ろす。

「ここにある武器には触れないで」

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

きゅっとジルは唇を噛む。

今にも消えそうなか細い声で、彼は言った。

「…………失敗作だから…………。鞘から抜いただけで、死んだ人もいる……」

シンは目の前の魔剣を睨み、その深淵を覗く。

「あなたが作ったのですか?」

「……そう。ぼくは、下手くそなんだ……」

言いながら、ジルは一本の魔剣の前に立った。

翼を模した意匠が施されたものだ。

鞘はなく、抜き身である。彼はそれを手にとった。

「目的は、これ。 翼迅剣(よくじんけん) フィリシア。シルク・ミューラーが鍛えた剣なんだ。鞘は彼女が持ってるはずで。バーディルーアじゃ、剣と鞘は引き合うから、これがあればシルクを捜せると思う」

ジルは翼迅剣フィリシアを差し出す。

それを一瞥すると、シンは少年の顔を見た。

彼は言った。

「シルクの作った魔剣とは思えませんね」

「…………え……でも、本当に――」

「話によれば、シルク・ミューラーは相当な腕前。鍛冶で彼女に勝るのは、よろず工房の魔女ベラミーぐらいでしょう。ですが、その翼迅剣フィリシアは、ここに置いてあるどの魔剣よりも劣ります」

シンは鋭い視線でジルを射貫く。

「下手くそだというあなたが作った魔剣に」

その言葉に、少年は息を呑んだ。

「いったい、どういうことでしょうか?」