軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隠れ潜む者

石版に書かれた内容から察するに、普通の神族とは違うようだな。

だが、これだけではよくわからぬ。

「こいつはなんだ?」

オットルルーに俺は問う。

「隠者エルミデが研究し、創っていたものです。秩序ではなく、魔法より生まれた人工の神族――絡繰神と呼ばれるものです。恐らく、リステリアを深淵世界に至らしめるために必要だったのでしょう」

リステリアの元首、隠者エルミデが創り出した神、か。

「世界の深さは火露の量で決まるのだったな」

「そうです」

「では、この絶過の絡繰神は、リステリアが深淵世界を攻撃するためのものか?」

一瞬戸惑った後に、オットルルーは答えた。

「……隠者エルミデが、これを創り始めたときから狂っていたのなら、考えられることだと判断します……」

「んー? どうして攻撃するっていう話になるんだ?」

不思議そうにエレオノールが首を捻る。

「火露は浅きから深きへ流れていく。最も深き世界、つまり深淵に位置する深淵世界は、どの小世界よりも火露を引き寄せる力が強い。九九層世界であるリステリアが深淵に至るためには、この深淵世界より深く潜らねばならぬ」

うんうん、とエレオノールが相づちを打つ。

隣でゼシアとエンネスオーネがうんうんと真似していた。

「つまり、火露をより多く集めることが条件になるが、まともにやっては差が開く一方だろう」

「はい。銀海の秩序により、深き世界は浅き世界よりも有利となります。深淵に近づくほどそれは顕著となり、深淵世界の座はこの海の誕生時より変わっていないと予想されています」

「予想というのは?」

「パブロヘタラの知る限り、深淵世界へ赴き、生きて帰った者は魔王だけです。彼らが沈黙を続けている以上、今は詳しく知る術がありません」

第一魔王、壊滅の暴君アムルは行ったことがある、か。

ロンクルスの記憶で奴が口にしていた言葉が、この絡繰神とやらにも使われている。

「絶渦とはなんだ?」

「万物を飲み込む渦、小世界すら飲み込む、銀水聖海の大災厄です。悪意の大渦とも呼ばれ、深淵世界に存在すると言われています」

「ふむ。実際に見たことはないということか」

「はい。<絡繰淵盤>には、滅びた世界の追憶が流れ着きます。言葉の追憶は伝承となり、こうして石版として具象化します。かつて、絶渦に遮られて滅びた世界が存在するのでしょう」

「じゃ、その絶渦を突破するから、絶渦の絡繰神って言うの?」

サーシャが問う。

「オットルルーにはわかりませんが、その可能性は高いと判断します」

「深淵へ至る帆船で、進軍する強き兵だものね」

すると、エールドメードがカカカッと笑った。

「いやいや、面白くなってきたではないか! 隠者エルミデはこの絡繰神の力を使い、絶渦を突破し、深淵世界から火露を奪おうとした。直接奪えば、九九層世界と深淵世界の差は一気に縮まり、逆転する!」

魔眼(め) を爛々と輝かせながら、エールドメードが饒舌に語る。

「それで? 肝心の深淵世界はどこにあるのかねっ?」

興味津々といった風に、熾死王が問うた。

「深淵世界はこの海に深く沈みすぎたため、普段はその存在さえも知覚することができません。九九層世界に至れば、そこからはかろうじて見えるとも言われています。それ以外の方法は、パブロヘタラには情報がありません」

「な・る・ほ・どぉ!」

大魔王ジニア・シーヴァヘルドが統べる深層一二界、少なくともその内一つは九九層より深いのやもしれぬな。

だが、それよりも気になるのは――

「妙な話ですね」

シンが言う。

「深淵世界に乗り込める九九層に達し、侵略兵器として絡繰神を作ったのでしたら、なぜ隠者エルミデは自らの世界を滅ぼしたのでしょうか?」

オットルルーは一瞬返答に詰まった。

「……わかりません……」

「隠者の子は、狂っていたのではなかっただろうか」

アルカナが言い、サーシャがうなずく。

「理由を考えたって仕方ない気がするわ」

「本当に狂っていたのならな」

俺がそう言うと、オットルルーがこちらに視線を向けた。

「じゃ、どういうことかしら?」

「さてな。憶測で考えればきりがない」

とうの昔に、滅びてしまった世界の話だからな。

オットルルーが真相を知らぬ以上は、調べようもないかもしれぬが、せっかく来たことだ。もう少々探っておくか。

ロンクルスとの約束もある。

パブロヘタラのことを知っておくに越したことはあるまい。

「他も見せてもらって構わぬか?」

「聖上六学院の方々は、こちらを自由に行き来して構いません」

「カカカカ、ではオレはコイツの創り方でも探そうではないか」

エールドメードが、絶渦の絡繰神を杖で指す。

「パブロヘタラに絶渦の絡繰神を創る方法は残っておりません」

「<絡繰淵盤>には追憶が集まるのではなかったか? ならば、ヒントぐらいはどこかにあるかもしれない」

そう言いながら、熾死王は部屋の中を探り始めた。

「何人か、熾死王を手伝ってやれ」

ナーヤを始め、魔王学院の生徒たちが熾死王のもとへ移動する。

「手分けして、かつてのパブロヘタラか、隠者エルミデの痕跡を探せ。なんでもよい。オットルルーが気づかぬ盲点があるやもしれぬ」

「御意」

シン、ファリスが生徒たちをつれて、別室へと向かう。

レイやミサ、アルカナらも引き返し、それぞれ別々の通路へと向かった。

俺とミーシャ、サーシャは絡繰神の部屋を抜けて、その奥へと進む。

途中からは水路がなくなり、通路の両脇に柱時計が立ち並ぶ。

どれも古く、所々が破損し、針は一つも動いていない。

「あっちとこっちで全然雰囲気違うわね」

サーシャが言う。

その隣でミーシャがぱちぱちと瞬きをした。

「絡繰り時計?」

「そのようだ」

柱時計にはねじ巻きがついている。なにかしらの仕掛けがあるのだろう。

今は動かぬだろうがな。

更に進めば、崩れた壁の中にバネやゼンマイ、歯車や糸が所狭しと埋め込まれていた。

本来は通路や部屋に何らかの仕掛けがあったのだろうが、時計と同じく今はもうその機能を失っている。

その先に、絡繰工房があった。

「ここでさっきの時計とかを作ってたのかしら?」

サーシャがそう口にすると、ミーシャがすっと工房の机に移動した。

ゼンマイ仕掛けの人形が置いてある。

「壊れてない」

そう口にして、彼女はゼンマイを巻く。

サーシャが顔を近づけ、じーっと人形を見つめた。

『…… 正帝(せいてい) ……ガンバレ……!』

「きゃあっ!」

僅かにその人形から魔力が発せられ、カタカタと口が動いた。

『 正帝(せいてい) ガンバレ……! 正帝ガンバレ……!』

「び、びっくりしたわ」

『……完全……ナル……正義ヲ……実行セヨ……我々ハ……常ニ正シキ道ヲ歩ム……正義ノ絡繰ハ、彼ノ手二……正帝ガンバ――!』

そこでゼンマイが切れたか、人形が止まった。

「正帝?」

ミーシャが首を捻る。

「銀水世界の王かしら?」

サーシャが人形を見つめながら言う。

元首は隠者エルミデだが、他に各国を治める王がいたとしても不思議はない。

「正帝は銀水世界リステリアに伝わるお伽噺の英雄です」

後からやってきたオットルルーがそう言った。

「正帝の絡繰神は強きを挫き、弱きを救う正義の味方です。リステリアでは誰もが子供の頃に読み聞かされました。そのため、世界が滅びる寸前に追憶した住人は多かったのです」

最後の瞬間、リステリアの住人たちは、正義の味方を 希(こいねが) った。

だが、お伽噺の英雄は現実に現れることなく、世界は滅んでしまった。

遺されたのが、このおもちゃの絡繰か。

「銀水世界というわりに、絡繰仕掛けの物が多いようだが?」

「これらは銀水を魔力に変えて動く魔法具です」

オットルルーが、ゼンマイ人形に魔法陣を描く。

中が透けて見えたが、血管のように張り巡らされた管には、確かに銀水が入っていた。

二律僭主の樹海船アイオネイリアも銀水を利用する。

彼の世界は滅びたと噂されているらしいが、銀水世界の可能性もありそうだな。

「――元首アノス」

オットルルーがなにかに耳を傾けるような仕草をしながら、俺を呼ぶ。

「只今、元首レブラハルドより< 思念通信(リークス) >がありました。六学院法廷会議を行いますので、夕刻六時に聖上大法廷へいらしてください」

レブラハルドからということは、

「災人イザークについてか?」

「そうです。それから、こちらをお渡ししておきます」

オットルルーが魔法陣を描くと、パブロヘタラの校章がいくつも現れ、宙に浮いた。

その内の二つを手にし、彼女は俺に差し出す。

見た目はこれまでのものと変わりない。

「聖上六学院の元首と主神用の校章です。界間通信が可能な魔法具となっておりますが、距離や魔力環境に応じて通信時間、通信回数に制限があります。緊急時以外の使用は控えてください。また同じ魔法具を持った相手としか通信できません」

俺は二つの校章を受け取り、一つを自らの制服に付け替えた。

「残りの校章は、要人用のものとなります」

ドミニクについていたあれか。

要人が滅びた際に、周囲にある魔力を記録し、パブロヘタラに送信する。

父さんや母さんに渡しておけば、それなりの抑止力にはなるだろう。

「もらっておこう」

魔法陣を描き、残りの校章をその中へ収納する。

そうして、踵を返し、その他の部屋も見て回った。

だが、それ以降は特にこれといったものは見つからず、日が暮れる頃合いとなった。

一度宿舎に戻った後、アヴォスの仮面を被り、外套を纏って、俺は一人、第七エレネシアの外へ出た。

周辺海域を遊泳していけば、遠くに小さな影が見える。

樹海船アイオネイリアだ。近づいてきている。

樹海の大地に視線を向ければ、闇を纏った全身鎧、暗殺偶人を纏ったレコルがいた。

ゆっくりと高度を下げ、俺は樹海船に着地する。

「約束のものだ」

手にした<赤糸の偶人>を、放り投げる。

レコルはそれを片手で受け取った。

「確かに」

「一つ聞くが」

俺の言葉に、奴は無言で応じた。

「パブロヘタラをどう思う?」

「隠者エルミデは生きている」

さらりとレコルは言った。

「彼はパブロヘタラに今も隠れ潜んでいると見ている」

「面白そうな話だ。できれば、詳しく聞きたいものだが?」

すると、レコルはゆるりと背を向けた。

「 卿(けい) に来客だ」

暗殺偶人の闇が広がり、レコルの姿が消える。

次の瞬間、ドゴオォォォッとけたたましい音が響き、樹海船が大きく揺れた。

『開けて』

声とともに、再び船が振動する。

アイオネイリアの周囲に張り巡らされた魔法障壁を破ろうとしている者がいるのだ。

『ねえ、開けてよ。聞こえてるんでしょ? 開けてくれないなら、壊すから』

船の外、日傘に魔力を集中させているコーストリアの姿があった。

『もういい』

俺が答えるより先に、彼女は思いきり日傘を振りかぶり、己の体もろともアイオネイリアの魔法障壁に突撃した。

『壊れちゃえ』

二律剣を大地に刺し、アイオネイリアの魔法障壁を部分的に解除する。

矢のように飛んできたコーストリアは、想定していた抵抗がなくなったからか、ますます速度を増し――そのまま大地に突っ込んだ。

土砂が弾け飛び、樹海船にどでかい穴が空く。

「ふむ」

ゆるりと歩を進め、穴の中を覗いてみれば、その中で彼女は土埃を払っている。

死んじゃえ、と恨みがましく呟く声が聞こえた。

「途中で止まれぬのか、コーツェ」

目をつむったまま、コーストリアはこちらにすまし顔を向けてきた。

「君のせいで埃まみれ。責任とって」