軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シーラの願い

「よくやった」

< 幻影擬態(ライネル) >を解き、姿を現す。

「あ……いえ、なんか、途中からは気になったことを聞いただけと言いますか……あはは……」

ふむ。謙遜しているようには見えぬ。

まあ、レイにどんな 経緯(いきさつ) があったかは俺も気になっていたしな。

「結果は同じだ」

俺はシーラの頭に指先を触れ、< 時間操作(レバイド) >を使う。

起源とするのは過去のシーラ、レイを拾った頃の彼女である。あの話を聞いただけでは曖昧な部分も多いが、同じ人間は二人といないだろう。

彼女の体の時間だけをレイを拾った頃にまで遡らせる。

病巣や治療法がわからずとも、時間を戻してしまえば大抵の病気は治る。

魔法陣が彼女を覆い、彼女の体が時間を逆行していく。

だが――なにも変わらなかった。

「……失敗、ですか?」

「いや」

< 時間操作(レバイド) >は成功した。

彼女の体は確かに病気になる以前のものになったはずだが、しかし、魔力の弱さは相変わらず微弱なままだ。

考えられることはなにか?

彼女の体とも根源とも違う別のなにか、ここにはないなにかが、彼女の生死を左右している。

そんなことが果たしてあるのか?

魔族ではありえないように思えるが、シーラは半霊半魔だ。

生まれつき体が弱いというのも、半霊半魔ゆえの特性なのかもしれない。

あるいは、それが精霊病にも関わっているということも考えられる。

しかし、同じ半霊半魔でも、ミサはピンピンしているというのにな。

相変わらず精霊というのはおかしなものだ。

「どうやってこの精霊病を小康状態に保っているのか。それを探るしかなさそうだな」

俺はドアの方へ歩き出す。

この魔法医院を運営する正体不明の魔族が鍵を握っているに違いない。

なにか手がかりがあればいいが。

「アノス様っ……!」

驚いたようにミサが俺を呼ぶ。

「どうした?」

振り向くと、ミサはベッドの方を見ていた。

眠り続けていたシーラのまぶたが、うっすら開いている。

俺がベッドの方へ戻ると、彼女は完全に目を開き、そしてこちらを見つめた。

「……あなたが、アノス君……?」

「なぜ俺を知っている?」

シーラは意識を失い、一年間眠り続けていたはずだ。

俺のことは知りようがない。

「……ずっと、意識だけはあったの。レイがお見舞いに来た時、あなたの話をしていたわ。友人ができたって」

なるほど。ない話ではないな。

「では、レイの体内に契約の魔剣が刺さっているのも知っているな?」

「ええ」

「お前を治せば、レイの枷はなくなる。契約の魔剣は俺がどうにかしよう。精霊病について、知っていることはあるか?」

口を開くのもやっとという様子で、シーラは言う。

「……ここにいるとき、誰かがそれを話していたのを聞いたわ。たぶん、お医者様だと思う。精霊病というのは、病気じゃないの。精霊は、心から生まれるって……」

「知っている。伝承や伝説、噂、願望、恐怖、希望、それらが具象、具現化したものが精霊だ」

シーラは僅かにうなずき、苦しげに吐息を漏らす。

「……精霊は多くの心、強い願い、そういったものから生まれる。だから、最初から成体なの。でも、半霊半魔は違う。半分は魔族だから、生まれたときは赤ちゃん。そのせいか、精霊としての存在も赤ちゃんなの。そう言ってたわ」

ふむ。大体読めてきたな。

「つまり、生まれたての噂、弱い願望、仄かな希望が、半霊半魔の半身に代わるわけだ」

「そう。半霊半魔が成長するには、その生まれたての噂や、仄かな希望が育つ必要があるのよ」

年月とともに、その噂や希望、伝承がより人々に広まり、大きくなればいい。

そうすれば、恐らくミサのようになに不自由なく過ごせるのだろう。

「生まれたての噂など簡単に消えてしまうものだ。仄かな希望など潰える方が多いだろう。それが、なくなるということは半身をなくすに等しい。だから、半霊半魔は体が弱い者が多い」

< 時間操作(レバイド) >の効果がなかったのも納得だ。

精霊の魔力の源は、他者の心の中にある。ここにいるシーラの時間を巻き戻しても、力の元となる噂や伝承が弱まっているのだから、治るわけがない。

「お前の半身となった伝承はなんだ?」

「……知らないの。半霊半魔は精霊と違い、自分がなんの噂や伝承で生まれたのか、わからない。だから、寿命が短いのが普通らしいの」

彼女らの半身となった噂や伝承が潰えようとしているから、半霊半魔は死んでしまう。

その噂や伝承を世の中に広めてやれば、精霊病は治療できるだろう。

だが、自分の半身となった噂や伝承を知らなければ、手の打ちようもない。

シーラの容態が小康状態を保っているということは、ログノース魔法医院は、彼女の元となった伝承を知っているということか。伝承が完全に消えてしまわないように、かといって大きくなりすぎないよう、調整しているのだろう。

「精霊病のことを話していた医者は、なにか言ってなかったか?」

「……伝承や噂については聞かされていないみたいなことは言っていたわ……」

さすがにそれは一握りの者にしか教えてないか。

いや、その正体不明の魔族だけが知っていると考えるのが妥当と言えよう。

となれば、恐らく魔法医院を探っても、なにも出てこないだろう。

俺の襲撃に備えないような馬鹿でもあるまいしな。

「なぜ喋れるようになった?」

「……わからないわ。今日、ほんの少しだけ力が戻ったの。でも、長くは続かないと思う……」

一時的にシーラの元となった伝承が、僅かに増えたということか。

普通に考えれば、魔法医院の治療の成果だろう。

喋られるようにしてしまったのは失態だと思うが、さすがにそこまで調整が利かなかったか?

それとも、なにか予定外のことが起きたか。

「その前に、あなたに伝えておこうと思ったの」

「俺に? レイにではなくてか?」

「あなたに」

シーラはまっすぐ俺を見つめる。

「レイはね。昔から剣が好きな子で、暇さえあればいつも外で剣を振ってた。もっとあの子が楽しめるようにと思って、街で一番大きな剣術道場に入れたんだけど、三日ともたずに辞めちゃったの」

「……どうしてですか?」

後ろで聞いていたミサが言う。

「相手にならなかったんだろう」

「そう。師範に勝っちゃったら気まずいからって言ってたわ」

あいつらしいことだ。

「その後も色んな剣術大会に参加したんだけど、負けたことなんて殆どなくて。負けても、次の試合ではもうその相手を追い越してて、その後は二度と負けなかった。いつのまにか、錬魔の剣聖なんて呼ばれるようになって、魔王学院に推薦されて、混沌の世代の一人として数えられてたの」

一息つき、またシーラは話を続けた。

「立派で名誉なことだと思う。でも、褒めてもあの子はいつもつまらなさそうに笑ってた。あるとき、ふとあの子が呟いたの。僕の剣がもっと下手だったら、友達ができたのかなって。あの子は不器用で、剣術にしか興味がなかったから、周りには剣を習っている子しかいなかった。でも、みんなレイの剣の才能にはついていけなくて、妬みや嫉妬が多かったみたい」

ふむ。まあ、よくあることだな。

「あの子が地位や名声が欲しいのなら、それでもよかったと思う。でも、あの子が望んでいたのはすごく小さいものだった。自分の力で、この剣をもっと活かすにはどうすればいいのか。ただそれを追い求めてきただけだったの。きっと、剣の才能なんてなかったら、気の合う友達と切磋琢磨して、楽しく過ごせていたんだと思う」

純粋に剣が好きで、剣の鍛錬をしているという者は殆どいないだろう。

剣士としての地位や名声に憧れ、他者を叩きのめす薄暗い感情に誘われ、あるいは誰かを殺したくて人は剣を手にする。

剣は紛うことなき凶器なのだから。

ただ剣のために、剣を振るう。

レイの考えを理解できた者は少ないだろう。

「あたしが倒れてから、レイはますます孤独になった。お見舞いに来て、今日起きた出来事を話していくけれど、いつもつまらなさそうにしていた。でもね、あるとき、本当に最近だけど、あの子の声が変わったの」

嬉しそうにシーラは言う。

「すごい奴がいたんだって、楽しそうに言ってた。どれだけ剣を振るっても、びくともしない奴に会ったんだって。負けたって、完敗だったって。おかしいわよね。負けたことをそんなに嬉しそうに言うなんて。でも、あんなに楽しそうなあの子の声を、あたしは初めて聞いたわ」

無理もあるまい。この時代であれだけの才を持っているのだから。

俺とて、転生してまだ二ヶ月ほどだというのに、欲求不満になって仕方がない。

「あなたのことよ、アノス君。その日から、あの子はアノスっていう名前を何度も何度も口にするようになった。ああ、ようやくあの子に親友ができたんだって、あたしは思ったわ。デルゾゲードに行ってくれて、本当によかったって」

一旦、言葉を切り、シーラの顔から笑みが消える。

真剣な口調で彼女は言った。

「あの子は魔剣大会であなたに全力でぶつかりたがってた。皇族派の人たちになにを言われたのかわからないけど、きっと、あの子の意に沿わないことをさせようとしてるんだと思う」

彼女の言葉に、俺は同意を示すようにうなずいた。

「お願い、アノス君。あの子を解放してあげて。あの子に全力でぶつからせてあげて」

「わかっているのか? レイの契約の魔剣を抜いたとしても、お前は死ぬぞ」

「元々半霊半魔は長く生きられない。あの子が一人前に育つまではと思って、なんとか騙し騙しがんばってきた。でも、もう大丈夫。あなたみたいに、危険を顧みずに心配してくれる友人ができたんだもの」

穏やかな表情でシーラは言う。

「子供の足を引っ張ってまで、生きてる理由なんてないのよ」

母親とは強いものだな。

ふと母さんのことが頭をよぎっていた。