軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レイの過去

俺たちは病室で待つことにした。

やがて、ドアが開く音が聞こえる。

入ってきたのはレイだ。

彼はまっすぐ母親のもとへ歩いていくと、じっとその顔を見つめる。

「……母さん……」

返事はない。シーラは眠り続けている。

「魔剣大会……勝ったよ。明日が決勝戦だ」

物言わぬシーラに、彼は淡々と報告する。

「……明日まで待っててくれるかい? 必ず、助けるから……」

レイの表情にいつもの笑みはない。

彼は悲しそうに母親の顔を見つめている。

「明日、なにがあるんですか?」

声の方向をレイは振り向く。

うっすらと漂う霧がミサの姿に変わった。

合点がいったという調子で、レイが言う。

「いきなり変な雨が降り出したと思ったよ。まさかここに来るとは思わなかったけどね」

「レイさんが自分の意志で皇族派になったとはどうしても思えませんでしたから」

レイは考えの読みづらい笑みを浮かべる。

「僕は嘘つきなんだ」

「……嘘つきは嘘つきなんて言いませんよ……」

ミサの言葉に、けれども表情を崩さず、レイは言った。

「君一人かい?」

「そうですよ」

無論、嘘だ。俺はミサの< 雨霊霧消(フスカ) >で姿を隠している。

下手な動きをしなければ、気がつかれることはないだろう。

「じゃ、悪いけど、アノスには話さないでくれるかな?」

「……いいんですか、そんなこと言って。アノス様には話すなって誰かに脅されてるってことですよね?」

「そう思うかい?」

「アノス様なら、きっと助けてくれると思います」

「彼に知られた時点で、僕も、僕の母も助からないけどね」

やはり、脅されているのは間違いないようだな。

「どういうことですか?」

「見ての通り、僕の母は病気なんだ。精霊病と言ってね、半霊半魔しかかからないせいか、普通の医者には治すことができない」

ミサはシーラに視線を向ける。

「……どういう病気なんですか?」

「魔力が弱まり、根源が希薄になって、時間が経てばこのまま消えてしまうそうだよ」

「治療法は?」

レイは頭を振った。

「それを教えてもらってるなら、僕は皇族派に入らなかっただろうね」

「……この病院でなら本当に治せるんですか?」

「精霊病を発症してから、母は日に日に魔力が弱まっていってね。けれど、この魔法医院に入院してから、それが小康状態になった。治せるらしいよ。それが嘘でも、僕には信じる以外に手段がなかったけどね」

小康状態を保つ方法があるのなら、病気の原因は特定できているということか。

それがわかれば、治すこともできそうだな。

「母を治してもらう交換条件に、僕はいくつかやらなければならないことがある。魔剣大会でアノスと戦うのもその一つだよ。体内には契約の魔剣が埋め込まれてしまったから、これを違えれば僕は死ぬ。僕が死ねば、彼らは母を生かしておく理由がなくなる」

契約の魔剣か。< 契約(ゼクト) >以上に強制力の強い魔法具だ。

契約を破れば、待っているのは根源さえ消滅させる確実な死だ。

「このことをアノスに伝えても契約を違えることになる」

「……あたしにも話さない方がよかったんじゃありませんか……?」

「君なら誰にも話さないと信じているから」

「え……?」

「嘘だよ」

一瞬の間に、レイはミサに接近した。

霧に溶け込んで消えようとしたミサだったが、レイは魔剣イニーティオでその魔法術式を悉く斬り裂いた。

< 雨霊霧消(フスカ) >の効果が消え、霧はなくなり、外の雨は止む。

レイは周囲に視線を配った。

「……本当に一人のようだね……」

< 雨霊霧消(フスカ) >の魔法で他に誰かが隠れていないか確かめたのだろう。

誰か、というよりは俺だろうがな。

確かに俺にかかっていた< 雨霊霧消(フスカ) >の魔法は消えたが、< 幻影擬態(ライネル) >で透明化し、更に< 秘匿魔力(ナジラ) >で魔力を隠しているため、息を潜めていれば見つかることはないだろう。

ミサに< 雨霊霧消(フスカ) >の魔法を使ってもらったのは、それさえ消せばもう隠れているものはないと思わせるためだ。

「それじゃ」

ミサの両腕をつかみあげ、組み伏せると、レイは懐からギザギザの形状の短剣を取り出した。

それをミサに向かって躊躇いなく振り下ろす。

思わずミサは目をつぶったが、彼女の体に短剣は刺さっていない。

レイが突き刺したのは彼女の影だった。

「ごめんね。明日の決勝戦が終わるまではここにいてもらうよ」

ミサは霧に溶け込もうとするが、自らの影を縫い止められたかのように、うまく< 雨霊霧消(フスカ) >の魔法を操れない様子だ。

「……この短剣は、なんですか……?」

「影縫いの短剣と言ってね。これに影を縫い止められると、影のある範囲にしか動けなくなるんだ。実体をなくすような魔法も使えないよ」

やはり、そう来るだろうな。

事情を知った者の口止めをする、というのも契約の一部なのだろう。

殺せ、という契約でなかっただけマシか。

まあ、なまじ契約で縛りすぎると殺す必要がないのに殺さざるを得なくなるからな。

場合によっては、かえって事態を悪化させる。

「この部屋には魔法通信を妨害する反魔法が備わっている。< 思念通信(リークス) >で助けを呼ぶこともできないよ」

「あたしがいなくなれば、不審に思った統一派のみんながきっと助けに来ます」

「だろうね。でも、明日の決勝戦には間に合わない。それで十分だよ」

ミサはじっと考え、訊いた。

「なにをするつもりなんですか?」

「ごめんね。言えないんだ」

言えば、契約の魔剣が牙を剥く、か。

「誰がレイさんにそんなことをしたんですか?」

「魔皇エリオだよ。僕が知っている限りではね」

エリオは傀儡だ。恐らく、これを企んだのはこの魔法医院を運営している正体不明の魔族だろう。

状況から言えば、そいつがアヴォス・ディルヘヴィアに関わりを持っているのは間違いなさそうだな。

レイは部屋の隅へ歩いていくと、椅子を持ってきてミサの後ろに置いた。

ミサが怪訝そうな顔で見ると、彼は薄く微笑む。座れ、ということだろう。

ミサは静かに椅子に着席する。

「巻き込んでしまったね」

レイの言葉を聞き、ミサは笑い返した。

「違いますよ」

どういう意味かと尋ねるようにレイはミサを見返す。

「レイさんが巻き込まれたんです。統一派と皇族派の争いに。だから、ごめんなさい」

思ってもみない台詞だったか、レイは目を丸くする。

「こんなことまでして、そっちから謝られるとは思わなかったな」

「それはレイさんがお人好しだからですよ」

「そんなことはないよ。僕は嘘つきだからね」

冗談めかし、彼はいつものように爽やかに微笑む。

「それに統一派と皇族派が争ってなかったら、僕の母はもうとっくに死んでいたよ」

それはそうかもしれぬな。

シーラの容態が小康状態を保っているのは、この魔法医院を牛耳る魔族のおかげだろう。

統一派と皇族派の諍いがなければ、つまりアヴォス・ディルヘヴィアがいなければ、レイを利用するため、シーラの精霊病の治療をすることもなかったはずだ。

「……訊いてもいいですか?」

「あいにく君が知りたいことは言えないんだ」

「いえ、お母さんのことです」

「母の?」

意外といった様子だった。

「聞いても仕方がないと思うけど」

「じゃあ、言えるってことですよね?」

ミサはにっこりと笑う。

レイは押し負けたかのように苦笑した。

「こんなときに、そんなこと訊くなんて、君は変わっているね」

「……実の母親じゃ、ないんですよね?」

「そうだね。僕は元々、イエスタ家の生まれなんだ」

「あの魔法の名家のですか?」

「そう。イエスタ家では、秘伝の魔法を代々子供に受け継がせていてね。イエスタ家に生まれた子は、初めからその魔法を使うことができるんだ。だけど、僕はどういうわけか魔法を継承することができなかった」

魔法を継承するのは根源魔法の一種だ。自らの根源の一部を我が子へ分け与える。だが、その魔法の継承がうまくいかないケースというのが希に存在する。

一番可能性が高いのが、その子の根源がより強い根源魔法の影響を受けているということ。

たとえば、< 転生(シリカ) >の魔法だ。

「先祖代々伝えられてきた魔法を台無しにした僕は、できそこないと言われ、捨てられたよ」

「捨てられたって、いつですか?」

「五歳かそれぐらいだったかな。正直、どうすればいいかもわからず途方に暮れたよ。僕の故郷の街はイエスタ家が実権を握っていて、誰も僕を助けてようとはしなかった。イエスタ家は僕がそのままのたれ死ぬことを期待したんだろうね。数日間、殆ど食べるものもなく街をさ迷い、空腹で、とうとう僕は動くこともできなくなった。そのとき、手を差し伸べてくれた人がいたんだ」

「それが、レイさんのお母さん……ですか?」

レイはうなずく。

「僕を家に連れていってくれて、温かい食事と、ベッドを用意してくれた。それから、そのまま家に住ませてくれたよ。だけど、そのせいで母はイエスタ家の怒りを買ってね。僕をこのまま養うなら、仕事を辞めさせると脅しをかけられた。それでも、母は僕を追い出すことはなく、結局二人でイエスタ家の手の届かない街まで引っ越したんだ」

「優しい方なんですね、レイさんのお母さんは」

そうミサが口にすると、レイは嬉しそうに微笑んだ。

「大きくなってから、どうして僕を助けてくれたのか訊いたよ」

「なんて言ってました?」

「母も父親に捨てられたそうだよ。母の父親は皇族派だったらしくてね。母の母親は精霊だ。捨てられた理由は君ならよくわかるだろう?」

ミサは悲しそうな顔でうなずいた。

皇族派の立場では、混血の子をもうけたなどと知られれば、ただではすまないだろう。

保身に走り、自らの子を捨てたというわけだ。

「だから、捨てられた僕を、どうしても放っておけなかったと言っていたよ」

そうですか、とミサは優しく相槌を打つ。

「母は僕を実の子同然に育ててくれた。だけど、母は生まれつき、体が弱くてね。原因もわからず、どんどん魔力が減少して、根源が希薄になっていく。とうとう精霊病を発症して、もう一年も意識が戻らない」

どんどん魔力が減少していく、か。

その場合は根源に異常があったり、体内の魔力の通り道が狂ったりしていることが多いのだが、シーラの場合は正常だった。

「色んな魔法医院を訪ねて、ようやくここに辿り着いたんだ」

なんとか小康状態を保つ治療ができたと思ったら、取引を持ちかけられたというわけか。

タイミング的に、ミーシャと出かけたときに会った、あのときか?

「……許せません……」

ミサが呟く。彼女の憤りがありありと見えた。

「……こんなやり方、母親を人質にとって、脅して、意に沿わないことを押しつけようなんて……絶対、許せない……!」

レイは困ったように微笑む。

それから、言った。

「ありがとう、怒ってくれて」

レイは踵を返し、ドアの方へ向かう。

「ごめんね」

そう背中越しに言って、病室を出ていったのだった。