軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

くくられし運命

「首謀者と同じ魔法が使えるだけのことで容疑をかけるとは、呆れた話としか言いようがない」

オットルルーがいなくなった直後、バルツァロンドがそう言葉を発した。

「あまつさえ、本加盟を見送り反論の口を封じるとは、聖上六学院は正義を失した」

「いいのか? お前のところ元首も一枚噛んでいるだろうに」

そう指摘するも、承知の上とばかりに彼は即答した。

「聖王陛下の発議だからこそ、私は伯爵として異を唱えなければならない。罪人を捕まえるために、罪なき者に不便を強いるのは誤りだ。昔のハイフォリアはそうではなかった」

バルツァロンドは、全身から義憤をあらわにする。

聖上六学院の一角が滅びたこの火急のとき、同盟相手に監視されるぐらいは呑んでもらおうというのがパブロヘタラの考えだろうな。

聖上六学院に信頼があれば、さしたる問題にもなるまい。

元首によっては、いらぬ疑いをかけられるより、監視してもらって潔白だと証明した方が居心地がよいという者もいるだろう。

「愚痴を言っても始まらぬ。要は首謀者を見つければよい」

バルツァロンドは、力強くうなずく。

「監視はつくが目を盗むことはできる。イーヴェゼイノにて、このバルツァロンドが必ず奴らの犯行を暴く」

「それはいいんだけど、ミリティア世界は大丈夫かしら? 聖上六学院の監視者は、不審な点があった場合だけ強制力を行使するって言ってたけど、正直なにを不審に思うかはわからないじゃない? パブロヘタラの小世界とミリティアはずいぶん違うみたいだし……」

不安そうにサーシャが言う。

「ファリスとミーシャに伝えておく。銀水序列戦までに戻ってきてもらう予定だったが、ミリティア世界で待機せざるを得まい」

ミリティア世界まで続く銀灯のレールにて、< 思念通信(リークス) >は届く。

だが、距離が遠く、銀水がノイズとなるため、過去の映像をそのまま送れるほどしっかりした魔法線ではない。なにせ< 思念通信(リークス) >が瞬時に届かぬレベルだ。

二千年前のルナの姿を、創星エリアルにて直接母さんに見せたかったが、どうやらすぐには難しそうだな。

「戻らせた方がいいのならば、提案がある」

バルツァロンドが言った。

「私の部下を銀水船で向かわせよう。伯爵の名にかけて、監視者たちにはミリティア世界に手を出させないと誓う」

「聖上六学院から選出されるなら、お前と同じハイフォリアの狩猟貴族やもしれぬぞ」

「相手の身分がなんであれ、やるべきことは変わりはしない。私と私の部下は、貴公に恩がある。我が身可愛さに義理を果たさぬなら、貴族の名など今すぐ捨てよう」

部下のために、格上の二律僭主に挑んだ男だ。

嘘ではあるまい。

とはいえ、ミリティア世界の事情を知らぬバルツァロンドの部下だけに任せるわけにもいかぬ。

「シン。アルカナとミサを連れ、狩猟義塾院の船でミリティアへ戻れ。入れ代わりで、ミーシャとファリスをこちらに呼ぶ。お前たちはそのまま監視者を見張れ」

銀水序列戦の戦力は削がれるが仕方あるまい。

ナーガたちを滅ぼさなければならぬわけではないのだ。

時間を稼ぐ程度はどうにかできよう。

「御意」

シンが< 転移(ガトム) >を使い、この場から消える。

ミサとアルカナを呼びにいったのだ。

「船を用意してこよう」

すぐにバルツァロンドも宿舎を出ていった。

「姉様の容態は?」

無骨な表情を崩さず、パリントンが問う。

「あまりよくはない」

大広間を後にして、寝室へ移動する。

ベッドの上に母さんが寝ており、傍らにいる父さんが手を握っていた。

「グスタよ。あまり触れぬ方がいいのである。力なき者は、<渇望の災淵>から流れてくる災いに身を蝕まれることとなるのだ」

パリントンの言葉に、しかし、父さんは親指を立てて応えた。

「……心配するな、 義弟(おとうと) よ。これぐらい……う……! うぐぐ……はぁはぁ……! 心配するな。これぐらい屁でもねえ……!」

「……いや……息も絶え絶えではないか……」

狼狽するパリントンに、父さんはニカッと笑う。

俺は言った。

「<渇望の災淵>は、魔力に反応するようでな。反魔法を使って触れては体に障る。魔力の乏しい父さんなら、害はない」

その分、父さんの体は呪いのような損傷を受けるが、それは後で治しようもある。

「……イザベラがこんなことになってんだから、手ぐらい握っててやらねえとな……。なあに、心配はいらねえよ……俺ぁ、これでも痛みにはすこぶる鈍感なんだ……!」

なんと言っていいかわからぬのか、パリントンは険しい表情で、「むう……」と唸るような息を吐くばかりだ。

「……ん……あ…………」

母さんが、苦しげに声を上げる。

「イザベラ……?」

「……ドミニク……お祖父様…………」

譫言のように母さんは言う。

「わたしは……産まないわ……誰も、好きに、ならない……一生、誰も……」

「大丈夫だ。イザベラ。よくわかんねえけどな、あんなもん、所詮は昔の話だ。俺もアノスもここにいる。ここにいるぞっ。だから、心配するな!」

「……戻って。もとの優しいお祖父様に……」

パリントンが俺と顔を見合わせる。

「意識は戻られたか?」

「残念だが、ずっとこの調子だ。時折、目を開けるが、俺たちのことがわかっているようには見えぬ」

パリントンが閉口する。

「少々よいか」

父さんを押しのけるように移動し、パリントンは母さんに魔眼を向ける。

悩ましそうにしている彼に、俺は説明した。

「ルナ・アーツェノンだった頃の記憶で、頭が埋め尽くされている」

「……<記憶石>では、そこまでのことは起こらないはずである……」

「<渇望の災淵>にも、ルナ・アーツェノンの記憶や想いが残っていたのやもしれぬな。詳しくはわからぬが、<記憶石>をきっかけにして、それが怒濤の如く押し寄せたといったところか」

沈痛な顔でパリントンは口を開く。

「……今の人格が消し飛ぶかもしれないということであるな……」

「今に限らぬ。これほど乱暴に記憶を流し込まれ続ければ、まともな記憶は残るまい。そもそもこの状態が、都合良く終わる保証がないのだからな」

人為的なものなら、話は別だがな。

こちらにパリントンがいて、<記憶石>を使うタイミングをドミニクが知っていなければ、そうそうこの状況は引き起こせまい。

「……より強く記憶を呼び起こすべきであろう……」

パリントンは自らの右胸に魔法陣を描く。

そこに手を差し入れ、取り出したのは金粉の散りばめられた赤い糸だ。

二律剣が反応している。

主神の権能のようだな。

「偶人の<赤糸>である。<記憶石>と姉様をこの糸でくくれば、それは運命に結ばれ、確実に正確に思い出すことができる」

「欠点はなんだ?」

パリントンに問う。

「都合が良いことしかないなら、最初から使えばよかった」

「いかにも。できれば、使いたくはなかったのだが……」

パリントンはその先を口にせず、表情を硬くしている。

言いづらいことなのだろう。

俺は、その<赤糸>の深淵を覗いた。

エクエスの権能に少し似ているな。

「ふむ。運命を結ぶ力が強すぎて、記憶を上書きしてしまうといったところか」

「……左様である。別人にすら、記憶を運命づけることができる傀儡皇の権能だ。<記憶石>と結べば、姉様以外の者であろうとそれを自身の記憶と思い込むであろう」

できれば使いたくはない、という気持ちはもっともだ。

母さんがルナ・アーツェノンでなかったとしても、ルナ・アーツェノンに変えてしまうことができるのだからな。

「無論、今の記憶が残るように努力はする。だが、保証はできん。それでも、<渇望の災淵>からの記憶を延々と流し込まれるよりはマシであろう。前世の記憶を取り戻し、災禍の淵姫としての力を操れるようになれば、今の危険な状態からは逃れることができる」

「一応訊いておくが、その後にもう一度、今の記憶で上書きすることはできるか?」

「最初に結ばれた運命が最も強いのである。何度も試すことは可能だが、姉様の根源が耐えきれなくなるであろう」

<赤糸>を使えば、ひとまず容態は回復する見込みはある。

だが、母さんは、今世でのことを、俺や父さん、そしてこれまでの暮らしを忘れてしまうやもしれぬ。

まだ猶予はある。

このまま様子を見て、懐胎の鳳凰を滅ぼすのが最善か。

あるいは――

「その<赤糸>で、二つ以上のものを同時にくくれるか?」

「……それは、傀儡皇ベズに止められている。複数の運命が絡み合えば、その制御は<赤糸の偶人>と呼ばれるこの体でさえ困難となる」

「できるのだな?」

「……そうでは、あるが…………?」

怪訝そうにパリントンは俺を見つめた。

「では、<記憶石>とまとめて、俺と父さんの根源をくくれ。母さんが今の記憶を忘れぬように声をかける」

<記憶石>にあるルナ・アーツェノンの過去と合わせ、俺と父さんの記憶から、イザベラの過去を結びつける。

それならば、今の記憶が消えることはない。

「……危険が大きい……上手くいく保証は……」

「では、<赤糸>の話はなしだ。意識があったならば、母さんも記憶を捨てるとは言わぬ。決してな」

そう告げるが、パリントンはうなずかなかった。

「しかし、それでは……姉様が……」

「どのみち、懐胎の鳳凰を滅ぼさねば安心できまい。イーヴェゼイノ行きは明日だ。母さんの容態が悪化するより先に、ドミニクに会えばよい」

唸るように息を吐きながら、パリントンは考え込む。

「……くくるのは<記憶石>とアノス、二人だけではどうだ? 万一、<赤糸>が暴走しようと、お前ならばどうにかできるであろう。だが、グスタには荷が重い……」

「だめだ。俺が母さんと過ごした日々は、一年にも満たない。多くの思い出は父さんとともにある」

今の記憶を保つ鍵は、父さんにかかっている。

多少の危険があろうと、やってもらわぬわけにはいかぬ。

「二人ともくくるか。<赤糸>は諦めるかだ」

「……わかった。二人を入れて、くくってみよう。通常とは違い、時間がかかるだろうが、それでも症状が和らぐ可能性は十分にある……」

俺はベッド脇に置いた<記憶石>を持ち上げる。

パリントンが<赤糸>に魔力を送れば、それがふわふわと宙に伸び、<記憶石>にくくりつけられる。

「グスタに負担がかからぬようにはするが、くれぐれも無理はなされるな。魔力の弱い人間には強い苦痛がある。頼りになるのは心のみだ。下手をすれば、逆に<記憶石>の記憶に飲み込まれ、体は残れど、意識が帰ってこられなくなる」

パリントンが釘を刺すように警告する。

しかし、父さんはいつもの能天気な笑みを見せ、ぐっと親指を立てた。

「なあに、心配すんなって。言ったろ。俺は痛みには鈍感なんだってよ。剣を鍛えるのに、誤って自分の手を打ったのは一度や二度じゃねえ」

父よ。自慢にならぬ。

「それに、イザベラが苦しんでるのに、そんぐらいで怖じ気づいてられるかって」

当たり前のように、父さんは言った。

パリントンがわざわざ釘を刺したからには、相当の苦痛なのだろう。危険も大きい。

だが、心配はしておらぬ。

俺の父は今は誰よりも弱いが、それでも誰よりも強い。

「では」

パリントンの指先から、魔力が送られる。

それに連動するように、<赤糸>が蠢き、俺の体を通り、根源にくくられる。同じようにして父さんの根源にくくられ、最後に母さんへと結ばれた。

「彼の者の運命を結べ。偶人の<赤糸>よ」

金箔が舞うように<赤糸>から神々しい魔力が発せられ、<記憶石>が運命として結ばれていく。

俺と父さん、母さんの頭に、 古(いにしえ) の記憶が鮮明に浮かび上がった――