軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外の世界

氷の山脈の上空に、俺とシンは転移した。

母さんにはイージェスがついている。念のため、アルカナにも戻るように伝えた。エレオノールたちも一緒に来るため、心配はいらぬだろう。

「バルツァロンドが世界の外から来たのなら、霊神人剣もそうなのかな?」

下方からレイが< 飛行(フレス) >にて飛んできた。

「恐らくな」

奴が手にしていたあの黄金の柄は、確かにエヴァンスマナと同調していた。

霊神人剣の柄だという話は、嘘ではあるまい。

「これぐらい離れれば十分だろう。追うぞ」

< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >で、姿と魔力を隠し、俺たちは上昇を続けるバルツァロンドを追跡していく。

「伝承では、エヴァンスマナは悪しき災いを滅ぼすための聖剣。剣を守っていた 奉祀(ほうし) 神は、災厄の宿命を断ち切るため、太古の昔に人間と神と精霊が作ったと言っていた。そして、霊神人剣は君が現れて初めてその神聖なる光を発した」

レイが言う。

霊神人剣は、暴虐の魔王を滅ぼすための聖剣に間違いない。

実際、俺の滅びの根源に対しても、無類の力を発揮する。

「どうしてそれが世界の外から?」

「さてな」

俺たちは空を飛び抜け、黒穹に出た。

「我が君の母君を狙ったコーストリアと隻腕の男ですが、あの二人も世界の外から来たのでしたら、不可解ですね」

シンが言う。

「確かにな。霊神人剣を狙うにしても、俺の母を狙うにしても、今になってというのは疑問だ。機会はいくらでもあったはずだ」

霊神人剣ならば、勇者学院の神殿にある間に、母さんは俺が生まれる前に狙った方が確実だった。

だが、バルツァロンドもコーストリアもそうしなかった。

「俺たちが世界の外の可能性に気がついたと同じ頃に、奴らはやってきた。偶然とは思えぬな」

「世界が転生したことと関係があるってことかな……?」

「世界転生後、奴らは初めてこのミリティアの世界を発見したのだとすれば辻褄は合うが――」

世界が生まれ変わったことで、外から見えやすくでもなったか?

「止まれ」

腕を広げ、上昇を止める。

シンとレイも止まった。

「船か」

黒穹の彼方を、魔眼で見つめる

バルツァロンドの視線の向こうに、大型船が見えた。

三本マストの飛空帆船だ。

砲門がある。軍船だろう。武装した兵の姿が見えた。

船体からは魔力の粒子が溢れており、結界が船を球状に覆っている。

かなり強力な魔法障壁だ。

わからぬのは動力だ。

魔法で飛んでいるわけではない。深淵を覗いてもなにも見えぬが、確かにその帆船は黒い空を自由に飛んでいく。

バルツァロンドは、近くまで来た飛空帆船に声をかけた。

「ご苦労。辺りにこの小世界の者はいない。無粋な魔法障壁を解除し、全員、私に注目するのだ」

奴がそう告げると、帆船の魔法障壁が解除された。

「さあ、刮目せよ。このバルツァロンドが、奪われし霊神人剣エヴァンスマナの剣身を取り返した!」

エヴァンスマナを頭上に掲げ、帆船に乗っている者に見せつけるように、バルツァロンドはゆっくりとその船の真上を遊泳する。

「バルツァロンドに誉れあれっ! 我ら狩猟貴族の神に栄光あれっ! ハイフォリア万歳っ!」

バルツァロンドが声を上げれば、船に乗っている者どもが唱和した。

「「「ハイフォリア万歳! ハイフォリア万歳!」」」

船員たちは、バルツァロンドの部下か。

皆、奴と同じ制服を纏い、背には弓を、腰には剣を下げている。

しかし、思った以上に抜けている男だ。

『船体にはりつくぞ。後に続け』

< 思念通信(リークス) >にて指示を出し、俺は帆船に向かって飛んでいく。

魔法障壁は解除され、船に乗っている者の視線は上方のバルツァロンドに向けられている。

その反対側、船の下方から回り込むようにして、< 森羅万掌(イ・グネアス) >にて船底をつかむ。

反対の手を伸ばせば、シンがそれをつかみ、シンの手をレイがつかんだ。

「パブロヘタラへ舵を切れ」

マストに降り立ち、バルツァロンドが言った。

「イエッサーッ! しかし、バルツァロンド卿、降りていただかないと……!」

「ふふん。潮の流れを見るにはここが一番だ。行け」

「い、イエッサーッ!」

予想通り、船は黒穹の果てに舵を切り、みるみる加速していく。

どれだけの速度で飛んだところで、この世界の秩序に従うならば、黒穹をぐるりと回り、反対側へ出てくるのみだ。

世界の外へ向かうのならば、この船でなければならぬ理由がある。

船底にはりつきながら、 魔眼(め) を凝らし、深淵を覗く。

やはり、特別な魔法術式が展開されているようには見えぬ。

だが、船全体を俯瞰してみれば、大きく帆が膨らんでいる。

まるで 魔眼(め) には見えぬ風を受けているかのように。

なにかがある。

エクエスの歯車同様に、魔眼には見えぬなんらかの力が働いているのだ。

秩序に類するものか。

いずれにせよ、なにかがそこにあるのなら、その深淵を覗く方法もあるはず――

様々魔眼を変化させ、見えぬ力と波長が合わぬか探っていく。

しかし、俺がコツをつかむより先に、目の前の黒穹に銀色の光が溢れ出した。

その銀の光へ向かい、船はまっすぐ進んでいく。

次第に、少しずつ、黒き空が銀に染まる。

なおも船は加速し、そして目の前に無数の泡が流れていったのが見えた。

『これは……?』

辺りの光景に、レイが息を飲む。

シンでさえも驚愕を隠せぬように、視線を険しくしていた。

銀色の光がこぼれる海の中に、俺たちはいた。

背後を振り返れば、そこにあるのは果てしなく巨大な、銀の光を放つ丸い泡だ。

魔眼(め) を凝らしてみれば、確かに創造神ミリティアの魔力が見える。

この銀の泡が、俺たちがいた世界。

つまり、その外へ出たのだ。

『ふむ。ミーシャに< 思念通信(リークス) >が届かぬな』

彼女とは< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線がつながっている。

にもかかわらず、殆どそれは機能していない。

『内と外では、少々勝手が違うようだ』

俺の言葉に、レイとシンの顔つきが変わった。

ここから先は未知の世界だ。

なにが待ち受けているかわからぬ上、向こうはどうやらこちらよりも多くのことを知っている。

『この先の予定は?』

レイが問う。

『ついでだ。このまま奴らの世界へつれていってもらおう。生身で引き返して、またミリティアの世界に入れるとも限らぬ』

『帰れないっていうのは勘弁して欲しいかな』

レイが微笑みながら言った。

『帰りは、船を奪うのが得策でしょうね』

シンが言う。

今はそれが最も確実だろう。

大人しく息を潜め、俺たちは船が目的地に到着するのを待つ。

船を覆う球形の魔法障壁の外には、ひたすら海の水が広がっている。

魔眼の働きも鈍く、殆ど先は見通せない。

ただ銀の光だけが、あらゆる角度から降り注いでいる。

『世界を外から見れば、あの銀の泡に見えるとすれば、この光はすべてそれらが放っているのやもしれぬ』

『この光の数だけ、世界が存在するということですか』

シンは数多の光に魔眼を向けた。

数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど、途方もない数だ。

『くはは。外がこんなに広かったとはな。うっかり迷子になりかねぬな』

『笑い事じゃないんだけどね』

レイが言う。

そのまま数時間が経過し、やがて目の前が銀の光に照らされた。

まるで光の道ができたかのようだ。

それに導かれるように、船体が更に進んでいけば、先程のミリティアの世界同様、巨大な銀の泡が見えてきた。

船はまっすぐその泡の中へ突っ込んでいく。

目の前が今度は暗闇に包まれ、銀の水が消えていく。

代わりに現れたのは、黒い空――我らが世界と同じく黒穹だ。

船は更に下降していき、次第に太陽の明かりが目に映った。

空は赤く染まっている。夕焼けだ。

眼下には、広大な森林、連なる山脈、広い湖や、小川、そして都市が見えた。

紛れもなく、俺たちの世界とは違う、別の世界だった。

「――お前たち、あれはなんなのだっ!?」

突如、船の上から怒声が響いた。

バルツァロンドのものだ。

「あの泥棒どもがぶらさがっていることに、なぜ気がつかなかったっ!?」

シンとレイが俺に視線を向けた。

このまま奴らの本拠地まで行ければと思ったが、さすがにそこまで抜けてはいなかったか。

< 幻影擬態(ライネル) >と< 秘匿魔力(ナジラ) >の働きが弱まっているが、反魔法でも使われたか?

「もっ、申し訳ございません……! バルツァロンド卿を讃えよとのご命令でしたので――」

「……むぐ……そうであったな。ええいっ、済んだことは仕方がない。振り落とせっ!」

「イエッサーッ!」

魔法障壁が解除されると、船体が速度を増し、急旋回する。

強烈な加速度が俺たちを襲うも、< 森羅万掌(イ・グネアス) >の手はそうそう離れぬ。

「しぶとい輩め。ならばこちらにも考えがある。舵を切るな。全速前進だ」

「しかし、バルツァロンド卿。この先は、 幽玄樹海(ゆうげんじゅかい) が」

「あの空域に入れば、奴が……!」

「境界までだ。わかるな?」

部下の一人がはっとする。

「い、イエッサーッ! 全速前進っ!」

船の速度がますます上がり、強烈な風圧が俺たちを襲う。

「我が君」

シンが視線を向けた方向、その雲の向こう側に高く巨大な山があった。

突如、船は急旋回を行い、その山頂に不時着する勢いで急降下した。

ガ、ガガガガ、ガガガガガガガッと船底が山肌と擦れ合う。

「ふふん。身の程知らずの密航者め。私の船を選んだ罰だ」

「――ほう」

目を見開き、バルツァロンドは頭上を見上げた。

「お前たちの世界では、他国の領海に軍船で押し入るのはよいが、密航はいかぬという決まりがあるのか?」

俺とシン、レイが< 飛行(フレス) >にて船上へ舞い降りる。

「入って来るなら、相応の礼を尽くせ、蛮族」