軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黄金の柄

アゼシオン大陸の北東。

名もなき氷の山脈――

『――そこを左だ』

俺が送った< 思念通信(リークス) >を聞き、レイは別れ道を左に曲がる。

しばらく先へ進めば、目の前に大きな氷塊が見えてきた。

そのそばまでレイは歩いていき、視線を傾けた。

氷の内部には、霊神人剣エヴァンスマナが埋まっている。

彼は魔法陣を描き、中心から一意剣シグシェスタを抜いた。

「ふっ……!」

氷塊が斬り刻まれ、音を立てて崩れ落ちる。

残心しながら、彼は周囲に視線を配る。なんの仕掛けもなく、やはり人の気配はない。だが、それならば、なぜ< 転移(ガトム) >が使えなかったのかという疑問が残る。

レイは油断なく歩いていき、氷の床に突き刺さっているエヴァンスマナのもとに辿り着いた。

損傷は見られない。

霊神人剣は、これまでと変わらず、神々しい光を発していた。

彼は、その柄に触れ、握った。

すると、白金の電流が聖剣全体に走り、荒れ狂った。

レイは咄嗟にエヴァンスマナから手を放す。

柄が一部分、僅かに欠け落ちた。

「……なにが起きているんだい、エヴァンスマナ……? 教えてくれるかい?」

すると、剣身が刺さった箇所を中心として、床に魔法陣が描かれた。

また一部、ボロリと聖剣の柄が欠け落ちる。

今、霊神人剣にはなにかが起きている。

ゆえに、レイの召喚に応じなかったのだろう。

レイは聖剣に意識を集中し、再び柄に手を伸ばした。

「触るな」

咎めるような声が響く。

レイが振り向けば、奥に見える道から、一人の男が姿を現した。

身につけているのは、上質なベストと金の刺繍が入ったジャケット、首元のジャボ。

背に大弓を背負っている。

貴族とも、狩人ともとれる格好だが、恐らくは制服だ。

肩には剣の、胸には泡と波の紋章がついている。

肩の紋章はどこか霊神人剣に似ていた。

「薄汚い泥棒め。真の姿に戻ろうとしていることもわかるまいか」

上から目線で男は言う。

エヴァンスマナのことを知っているような口振りだ。

「君は誰だい?」

「無礼な。泥棒風情が、 五聖爵(ごせいしゃく) の私に名を問うか。貴様に名乗る名などない。黙って従えばよろしい」

高圧的に男は言う。

「そこをのけ。その聖剣はもはや返してもらった」

「話が見えないんだけど、説明してくれるかい?」

「よいから、のけ。三度目はないぞ。この剣の錆にしてくれる」

五聖爵を名乗る男は、腰に下げた剣に手をやった。

脅すように睨みを利かせるそいつに、レイは爽やかに微笑みを返した。

「どかないよ」

刹那、剣閃が走り、金属音が鳴り響く。

五聖爵の男が鞘から抜き放った剣を、レイはシグシェスタで受け止めていた。

「盗っ人猛々しいとは、よく言ったものよ」

「盗んだつもりはないんだけどね。霊神人剣が他の誰かを選んだなら、僕はそれでもよかった」

鍔迫り合いをしながら、二人は視線を交錯させる。

一合で決着がつかぬとは、五聖爵の男も並の使い手ではない。

しかし、まるで知らぬ顔だ。

五聖爵というのも、聞き覚えがない。

「ならば、エヴァンスマナを鍛えた剣匠の名を述べてみよ」

「人間の名工――ということしかわかっていないはずだよ。二千年前の時点で、名は失伝していた」

鼻で笑うように男は更に問う。

「剣を祝福した神の名は? 宿っている精霊は?」

「君は知っているのかい?」

五聖爵の男の全身に魔力が満ち、レイの体を剣ごと弾き飛ばす。

「当然のことっ! しかし――」

剣の切っ先が、レイに向けられる。

「お前は、語るに落ちたっ!!」

閃光よりなおも速く、刹那の突きが繰り出された。

鼻先に迫ったその刃を、レイは一意剣にて打ち払う。即座に次の突きが、今度はレイの喉もとを狙う。

まるで限界を知らぬとばかりに、男は突きを繰り出すごとに加速していき、巻き起こる風圧がレイの背後の壁に穴を穿つ。

剣戟の音が、氷の山脈を揺るがすほど激しく鳴り響き、僅か数瞬にして、二人が交わした刃の数は百を超えた。

「フォーッ!!」

甲高い奇声を発し、男は渾身の突きを繰り出した。

刃と刃が斬り結び、レイの一意剣が宙を舞っては天井に突き刺さった。

それは誘いだ。彼のすぐ隣には霊神人剣が突き刺さっている。丸腰だと思い、斬りかかってきたところを、逆に仕留める算段だろう。

五聖爵の男はレイの懐へ飛び込む――と思ったが、奴はすっと剣を引き、棒立ちになった。

「来ないのかい?」

「見くびるな。このバルツァロンド、たとえ相手が罪人であろうとも、伯爵の名にかけ、丸腰の者を斬ることは断じてない。さっさと拾うがよいわ」

「へえ」

レイは跳躍し、天井に刺さったシグシェスタを抜く。

「でも、いいのかい?」

バルツァロンドは鼻で笑う。

「ふふん。剣を手にしようと、結果は変わりはしない。貴様が私に勝てないのは自明の――」

「名乗る名前はないって言ってなかったかい?」

バルツァロンドは、しまった、といった表情を浮かべた後、取り繕うように真顔になった。

「口の上手い奴め。巧みに名を聞き出すとは、恐れ入った」

まるで誤魔化すように、奴の魔力が腕を伝って、剣を覆う。

ミシミシ、と剣身が悲鳴を上げるほどの力がそこに集った。

「だが、剣の勝負では負けはしない」

失態をなかったことにするかのような気迫のこもった視線が、レイを貫く。

剣を構え、バルツァロンドは言った。

「私の剣は、最速の刃。時をも斬り裂く、バルツァロンド流 狩猟剣(しゅりょうけん) 」

しん、と静寂がその場を覆いつくし、まさに時が止まったかのように錯覚した。

なにもかもが静止した世界で、バルツァロンドだけが動いている。

否、その男の剣があまりにも速すぎるのだ。

対して、レイのとった行動は肉を斬らせて骨を断つ。

いかに速度があろうとも、一撃では七つの根源すべてを斬り裂けぬと判断し、あえて守らず大技の隙を狙う。

バルツァロンドに遅れて、一意剣が奴の首へ疾走した。

「フォーーッ!」

レイの胸元へ、バルツァロンドの剣が突き刺さる――寸前でボロボロとその剣身は砕け散っていく。

剣速があまりに速すぎて、奴の剣では耐えられなかったのだ。

バルツァロンドの首を刎ねようかという勢いで迫ったレイの一意剣が、ピタリと止められた。

奴の首筋にうっすらと血が滲む。

「……まあ、待て。ストップだ……」

首に剣を突きつけられながらも、バルツァロンドは堂々と言った。

「仕切り直しを要求しよう。この剣ではだめだった。ここで戦うのは慣れていない」

「なにを言ってるんだい、君は?」

にっこりとレイは微笑むが、一意剣を奴の首筋から離そうとはしない。

彼がその気になれば、一瞬の間にバルツァロンドの首を刎ねられるだろう。

「……く…………卑怯な……」

「よくわからないけど、君の目的と霊神人剣のことを教えてくれるかな?」

男はぎりぎりと奥歯を噛む。

そのとき、なにかが砕け散った音が響いた。

レイが視線を向ければ、そこにあった霊神人剣の柄が弾け飛んでいた。

まるで聖剣自らがそうしたように。

彼は視線を険しくする。

そんなことは、これまでに起きた試しがない。

「あれは、霊神人剣の本来の柄ではない」

バルツァロンドが言い、指先で魔法陣を描く。

「本物はここにある」

魔法陣の中心から現れたのは、黄金に輝く剣の柄だ。

刃はなく、鍔部分に青い宝石が埋まっている。

すると、霊神人剣がひとりでに抜け、黄金の柄に引き寄せられるように飛来した。ちょうどレイの背後に霊神人剣が向かってくる格好となり、彼は咄嗟に飛び退いた。

飛来するエヴァンスマナを、レイはその手で捕まえる。

バルツァロンドは、剣身のない柄を握っていた。

「お仕着せの役目を終え、エヴァンスマナが真の姿に戻るときが来た。返してもらおう」

神々しい光が、黄金の柄から溢れ出す。

それは確かに、エヴァンスマナそっくりの魔力を放っていた。

「……どうやら、それが霊神人剣の柄っていうのは嘘じゃないみたいだね」

レイはシグシェスタと柄のないエヴァンスマナを構え、バルツァロンドを油断なく見据える。

彼が一歩を刻み、しかし、そこで動きを止めた。

『霊神人剣を渡してやれ』

俺の< 思念通信(リークス) >が届いたのだ。

『考えがあるのかい?』

『同じ紋章をつけた者どもを見かけてな。外から来たのかもしれぬ』

『……世界の外かい?』

『そいつは少々抜けている。泳がせて尾行するにはもってこいだ』

そう伝えれば、レイは霊神人剣をバルツァロンドに向かって放り投げた。

地面に刺さったその剣を見て、奴は言う。

「ほほう。抵抗しても無駄なことに気がついたと見える」

「霊神人剣が抜けるのなら、君が所有者だって認めてもいいよ。どのみち、それが必要な世界じゃなくなった」

「ならば、刮目するがよろしい!」

バルツァロンドは柄の壊れた霊神人剣を握り、それを抜き放つ。

そのまま奴は、聖剣を頭上に掲げた。

「このバルツァロンドこそ、真に霊神人剣エヴァンスマナに選ばれし一人。勇猛果敢な狩人だ!」

所有者を選ぶ聖剣は、彼の手にありながら、力を示すように神々しい光を放つ。

元々、奴が所有していたというのも嘘ではないのかもしれぬ。

「自分で言い出したことだ。文句はなかろうな?」

レイはうなずく。

「ふふん。殊勝な心がけだ。命拾いしたな」

そう口にするや否や、奴は黄金の柄を天に突き出す。

そこから金の光が溢れたかと思うと、氷の天井を溶かしていく。

「さらばだ。泥棒にしてはなかなかの剣技だったぞ、お前は。褒めてつかわす」

バルツァロンドは、光で大きく空けた穴から空へと飛び去っていった。