作品タイトル不明
死者に仕える者
ノロス家の邸宅。
煌びやかな絨毯の上を、ドラムに先導されながら、ミーシャとサーシャは歩いていた。
ネクロン家と交流があるだけあり、ノロス家はそこそこの名家のようで、屋敷は豪奢な造りである。通路には美麗な調度品や美術品が並べられていた。
「こちらでございます」
足を止め、ドラムが指し示したのは大きく頑丈そうな扉だった。
造りはディルヘイドによくあるものだが、魔法陣が描かれ、強力な結界をなしている。
「……ずいぶん厳重ね」
サーシャが魔眼を向けるも、室内にある魔力が感知できない。
扉が維持している結界の魔力が大きすぎるためだ。
「贈り物を用意しておりますもので」
「ふーん」
ミーシャとサーシャは軽く目配せをする。
贈り物一つのために、これほどの結界を用意したのを疑問に思っているのだろう。
そして、それ以上にノロス家にこれを構築できる術者がいたかというのが大きな疑問だった。二千年前とて、見劣りせぬほどの魔法結界だ。
「それで? もう用意してあるんだったら、なんの相談があるのよ?」
「お母様に喜んでいただけそうな物をお二人に選んでいただければ、と」
言いながら、ドラムは扉に手をかざす。
彼が魔力を送ると、音もなく扉が開いていく。
「どうぞ。お入りくださいませ」
ドラムの後に続き、二人は中へ入った。
広い室内には、所狭しと様々な品々が並べられていた。
宝石から装飾品、衣服や小物、絵画、骨董品など、よくもまあそれだけ集めたものだと感心するぐらい多種多様な物があり、しかもそのどれもが一目で一級品だとわかる。
ミーシャは室内を俯瞰するように、ぼんやりとその 神眼(め) を向けていた。
「選ぶのはいいんだけど、その前に事情を聞かせてくれるかしら?」
真剣な表情で、サーシャが言った。
「これだけの贈り物を用意するのもそうだし、ノロス家の存亡に関わるって穏やかじゃないわ」
「かしこまりました。実は――」
言いかけて、ドラムは困惑したような顔を浮かべた。
考え込むように、彼はなかなか口を開かない。
「どうしたの?」
「……いや、それが……」
ドラムが言い淀む。
「……わかりません……」
「はあ?」
「……思い出せない……なぜ私は、こんなことを……? 確かにさっきまでは……」
ミーシャとサーシャが顔を見合わせる。
すると、室内から実直な声が響いた。
「失礼した。彼には、偽の記憶を植えつけさせてもらった。害はない」
部屋の奥に人影が見える。
二人の前に姿を現したのは、制帽を被った男だ。
纏った制服の色は 孔雀緑(くじゃくみどり) 、肩と制帽には炎の紋章が、胸には波と泡の紋章がついている。
彼はいかにも軍人といった面構えで、まっすぐミーシャとサーシャの前まで歩を進めた。
「なっ……何者だっ!?」
ドラムが声を上げた瞬間、制帽の男は彼に指先を伸ばした。
「サーシャ」
「わかってるわ!」
ドラムに魔法陣が描かれた瞬間、魔法が発動するより先に、サーシャは<破滅の魔眼>でそれを破壊した。
「下がって」
ドラムを庇うように、ミーシャとサーシャは彼の前に立つ。
「害心はない。用が済んだので、彼の記憶を戻す」
「信用できないわ」
ぴしゃりとサーシャが言い放つと、制帽の男は手を下ろした。
「失礼した。数日待てば自然と戻る」
「わたしたちに用?」
ミーシャが淡々と問う。
「肯定だ。自分の名は、ギー・アンバレッド。所属は明かせない。その他、一切の質問にも回答しない。ミーシャ・ネクロン、サーシャ・ネクロン、二人に依頼があり、ここへ来た」
「頼みがあるのに、質問に答える気はない? ずいぶん勝手な言い分ね」
サーシャが<破滅の魔眼>をあらわにしながら、ギーを睨む。
攻撃するつもりはないとはいえ、並の者なら目があった瞬間に卒倒するだろう。
だが、その男は真っ向からその破壊の視線を受け止めた。
「不作法は承知している」
ミーシャはじっと彼を見つめ、そして言った。
「頼みはなに?」
「男に言わせた通りだ。この中から、母親への贈り物を選んでもらいたい」
実直な口調で、ギーは言った。
サーシャが訝しむ。
「意味がわからないわ。ネクロン家を敵に回すような真似をしておいて、お母様へのプレゼントを選べなんて。なにか企んでるんじゃなかったら、頭がどうかしてるんじゃないかしら?」
「どちらも否定だ。選ぶのは、お前たちのかつての母への贈り物だ」
僅かに、ミーシャが 神眼(め) を丸くした。
「エレネシアのこと?」
「肯定だ。選べば、早々にここを立ち去る。危害を加えないことを約束する」
ミーシャは考え、そして言った。
「母は滅びた」
「肯定だ」
「どうして贈り物を?」
「質問には回答しない」
ミーシャとサーシャは互いに目配せをする。
ギーの目的がまるでわからなかった。
「理由を教えてくれたら選ぶ」
「言えないなら、残念だけどお引き取りいただくわ」
無愛想な顔でギーはそこに直立している。
考えているのか、表情一つ変えずにじっと沈黙を続けた。
やがて、彼は口を開く。
「自分はエレネシアの従者だ。主人に会いに行くのに土産がいる」
「……それって、死ぬってこと?」
「質問には回答しない」
サーシャの質問に、とりつく島もなく、ギーはそう言った。
先代の創造神エレネシアの従者だとすれば、ミリティアが生まれる前の世界に生きていた者ということになる。
確かに、魔力の波長が異質だ。
人間とも、魔族とも、竜人とも違う。精霊でもなければ、神族でもない。
だが、深淵を覗けば、そのすべてを混ぜ合わせたかのようにも見える。
「わかった」
ミーシャが言い、辺りに置いてある品々の物色を始める。
サーシャはギーを警戒しながらも、妹についていった。
「……いいの? 得体が知れないわよ?」
「贈り物のことは、嘘じゃないと思う」
「じゃ、それ以外は?」
「わからない」
二人に見向きもせず、直立不動のギーにミーシャは視線を向ける。
「強い意思で、心を隠してる。贈り物のことを口にしたときだけ、本心が少し見えた」
「エレネシアの従者だったっていうのは、本当ってこと? うーん、生命が完全に滅びる前に世界が創り直されてるから、記憶が残ってる人もいるのかもしれないけど……」
サーシャは信じがたいといった表情を浮かべる。
「わたしも初めて見た」
はじまりからこの世界を見守り続けてきた彼女がそう言うのなら、相当稀なことだろう。
「……贈り物っていうか、要するに、死者に捧げる供物みたいなものでしょ……? なんでこんな回りくどいことをしたのかしら……?」
ミーシャは小首をかしげた。
「前の世界のルールがある?」
「……確かめようもないわね。まあ、選ぶだけは選ぶのは構わないけど。あいつの目的もはっきりするだろうし」
「これにする」
ミーシャが手にしたのは、羊皮紙の手紙だ。
「……なにか書くの?」
こくり、と彼女はうなずく。
「ありがとうって」
サーシャが微笑む。
こんなときでも、真面目にエレネシアが喜びそうな物を選んだからだろう。
「ミーシャらしいわ」
「サーシャも書く?」
「胡散臭い奴に渡すのはちょっとどうかなって思うんだけど……」
「だめ?」
「まあ、いいわ。母への贈り物っていうのは本当みたいだし」
サーシャはすぐそばにあった魔法具の羽ペンを手にする。
「一緒に書きましょ」
「ん」
二人はその羽ペンで羊皮紙に文字を 綴(つづ) り、封筒に入れ、< 封蝋(セーム) >を施す。
宛名の本人以外は見ることのできない封印魔法だ。
古来よりディルヘイドでは、故人への言葉を綴るとき、手紙に< 封蝋(セーム) >を施す風習がある。
そうすれば、亡くなったその者に届くのだと言われている。
「できた」
ミーシャはギーに手紙を差し出す。
一緒に、サーシャはたった今使った羽ペンを差し出す。
彼女は警戒を緩めず、制帽の男を睨んだ。
「協力、感謝する」
手紙と羽ペンを受け取ると、すぐにギーは< 転移(ガトム) >の魔法を使う。
足元に魔法陣が現れ、彼の姿は消えた。
肩すかしを食らったような顔で、サーシャはしばし呆然とした。
「……本当にただ贈り物を選んでもらいに来ただけだったの?」
「みたい」