作品タイトル不明
戦うために生まれた命
魔王学院敷地内――
今にも結界から溢れ出しそうだった< 四界牆壁(ベノ・イエヴン) >の勢いが、僅かに弱まった。
力の天秤が逆転するかのように、瞬く間に黒きオーロラはイージェスの< 血地葬送(ちちそうそう) >に飲まれていき、カイヒラムの呪泥に浸食される。
深化神ディルフレッドが纏っていた白い火の粉が消え、煙に変わる。
骸傀儡が、終わろうとしているのだ。
奴の神体がボロボロと崩れ始めた。
「カカカカ。なにか言い残すことはあるか、深化神?」
すると、ディルフレッドは生真面目な顔で口を開く。
「< 四界牆壁(ベノ・イエヴン) >の起動術式はたった今、貴君らが破壊した。霊神人剣エヴァンスマナは勇者の手元になく、背理神は意識を喪失している。そして、まもなくサージエルドナーヴェの皆既日蝕が完了する」
遙か空を覆う歯車の化け物。その眼の位置にある<破滅の太陽>は禍々しく空を彩る。
<終滅の日蝕>は、すでに九割超えて進んでいた。
「これが最後の質問だ。問おう、簒奪者。人間も魔族も精霊も竜人も、なにもかもを滅ぼす< 笑わない世界の終わり(エイン・エイアール・ナヴェルヴァ) >が放たれる。反逆するか、恭順するか?」
「冥土の土産に教えてやろうではないか。この熾死王の答えは――」
無駄に跳躍するとダンッと足を踏みならして、エールドメードは仰々しく両手を上げる。
気がつけば、ぽつり、ぽつり、と空から小雨が降っていた。
< 雨霊霧消(フスカ) >の魔法だ。
霧が漂い、雨粒が二つ、人影に変わった。
現れたのは、レイとミサだ。
「丸投げするっ!!」
人を食ったように、熾死王はニヤリと笑う。
「……浅く……薄く……空っぽと発言したか……」
風にさらわれ、ディルフレッドの神体が塵となっていく。
今にも消えそうな状態で、最後に奴は言った。
「なにもなき虚空に、浅く薄く空っぽの領域に、深淵が存在したのかもしれない。願望が叶うならば、貴君とその虚空について、問答を交わしたかった――」
ディルフレッドは完全に崩れ去り、跡形もなく消滅した。
一瞬、熾死王は真顔でそこを見つめたが、すぐに振り返った。
「遅かったではないか?」
エールドメードは、再生の番神にカイヒラムの遺体を蘇生させ、< 封呪縛解復(ラエルエンテ) >をかける。
イージェスとギリシリスも同じく< 封呪縛解復(ラエルエンテ) >を使った。
「さすがに、< 笑わない世界の終わり(エイン・エイアール・ナヴェルヴァ) >は堪えたよ……霊神人剣でも相殺しきれなくて、もう殆ど魔力がない……」
苦々しい表情でレイが言う。
「あたしも、しばらく真体にはなれそうにありません……」
ミサの根源深くには、深淵草棘が突き刺さったままだ。
それが精霊としての力の大半を削いでいるため、偽の魔王の姿になれぬのだろう。
下手に抜こうとすれば、根源に深い傷を負う。
それゆえ、樹理四神を倒すまでは身を潜めるしかなかったのだろう。
「ただ隠れていただけではあるまい? ん?」
エールドメードの問いに、レイはうなずく。
「以前、アノスは地底を支える柱を作ったね」
「< 想司総愛(ラー・センシア) >か」
「教皇ゴルロアナ、剣帝ディードリッヒ、ガデイシオラの禁兵にも伝えてきた。もうすぐナフタが大樹母海の界門を閉ざす。< 思念通信(リークス) >が世界中に届くようになる」
「つまり、だ。< 笑わない世界の終わり(エイン・エイアール・ナヴェルヴァ) >を正面から迎え撃つというわけか。正真正銘の滅びの力を。いやいや、どうだろうな、その手は? 背理神をどうにか叩き起こし、無理矢理、権能を使ってもらった方がまだ確実そうだが?」
「それでも、アノスならきっとそうするよ」
熾死王は興味深そうな表情を浮かべた。
「なぜそう思う?」
レイは空に浮かぶ<破滅の太陽>を見つめ、言った。
「あそこにいる彼女に。彼女たちに、アノスはそれを教えたいと思っているはずだ。滅びの秩序なんかより、人々の想いはずっと強いってことを」
「カカカ、まあ、背理神が回復する保証もない。オマエに丸投げしたのだから、任せるとしようではないか」
レイはミサに視線をやる。
こくり、と彼女はうなずき、< 思念通信(リークス) >を使った。
それは魔法線を辿り、ディルヘイドの国境を越え、アゼシオンにまで届く。
ガイラディーテ北東。
そこには、エンネスオーネと魔王聖歌隊。そして、アゼシオン軍が駐屯していた。
まるでこれから歌唱演奏会を始めるとでもいうように、大きな舞台が作られていた。
エレンたちは式典用の黒いローブを羽織り、その上に立っている。
『皆さん、そろそろですよ』
ミサの< 思念通信(リークス) >に、エレンはこくりとうなずく。
「うん、いつでも大丈夫っ」
魔王聖歌隊の八人は、円陣を組み、それぞれ手をつないだ。
「いい、みんな? アノス様は今、遠いところにいらっしゃる。すごく、すごく、遠い場所。神界で戦ってる。あたしたちのするべきことはわかってる?」
「アノス様のもとへ、あたしたちの歌を届けるっ!」
「それから、世界中のみんなで歌って、あの歯車の化け物をここから追い出すっ!」
「みんな、歌えるはず……だよね……?」
「大丈夫っ! これまで公務で沢山歌ってきたもんっ。ディルヘイドでも、アゼシオンでも、ジオルダルでもアガハでも、ガデイシオラでも。みんな、あたしたちの歌を口ずさんでた。絶対、覚えてるはずだよっ!」
「それに一番大事なのは、想いだから!」
他国との友好のため、魔王聖歌隊は世界各地で魔王賛美歌を広めてきた。
それは想像以上に人々の胸を打ち、今や彼女たちの歌を知らぬ者の方が珍しいぐらいだ。
国が違えば、価値観は異なる。
主義主張も千差万別だ。
それでも、世界を愛する心に分け隔てなどない。
異なる文化を持つ者同士が、その想いを一つにするには、歌が一番適切だと地底での一件で知ったばかりだ。
あのときよりも、更に規模は大きい。
まとめあげられるかどうかは、彼女たちの歌にかかっている。
「アノス様が心置きなく戦えるように。誰も、世界の意思なんかに従ったりしないってことを、この平和の歌に乗せよう」
< 音楽演奏(シニアル) >の魔法を使い、エレンたちは曲を奏で始める。
直後、爆音が轟いた。
「なにっ!?」
瞬く間に火の手が上がった。
魔王聖歌隊を守るように布陣していたアゼシオン軍の部隊に、< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >が直撃したのだ。
「て、敵襲っ、敵襲っ! 北側から、神の軍勢どもが突撃して来ますっ!」
「全軍をあげて迎え撃てっ! この曲に、世界の命運がかかっている! 彼女たちの舞台には一歩も近づけるなっ!」
アゼシオン軍の兵数は約三〇〇〇。
その数でもって< 聖域(アスク) >を使い、神の軍勢に対して結界を張った。
「北西から敵の増援。数約三〇〇〇!」
神の軍勢が姿を現し、魔法砲撃を開始した。
「更に北東から増援。約五〇〇〇ですっ!」
「……なにっ!?」
「北西からも増援です! 約五〇〇〇! 合計一万五〇〇〇っ!!」
「なっ、我が軍の五倍だとぉっ!? これだけの兵を、ディルヘイドではなく、この場へ向けるために温存しておくとは……こちらの手を見抜いていたというのか……?」
『これが神の兵法だ。愚かな人間どもよ』
アゼシオン軍へ< 思念通信(リークス) >が届く。
軍神ペルペドロのものだ。
『蹂躙せよ、神の兵。ディルヘイドに気をとられた奴らは、この拠点の守りを薄くしている。制圧すれば、秩序の勝利だ』
「む、迎え撃てぇぇっ! 歌が終わるまで、持ちこたえればいいっ!!」
アゼシオン軍三〇〇〇に対し、神の軍勢一万五〇〇〇が迫っていく。
両者はあっという間に交わり、混戦状態に陥った。
人間の兵は個の力でも圧倒的に神に劣る上、五倍の兵数では勝負にならぬ。
ぎりぎり防衛線をたもっているのは、最前線にエレオノールの< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >がいるからだ。
だが、二〇〇体いる彼女たちが、戦闘を続ける内に、一体、また一体と動きを停止していく。
「エレオノールっ……!?」
魔王聖歌隊と同じく、後方にいたエンネスオーネが心配そうな表情を浮かべる。
< 根源降誕母胎(エンネスオーネ・エレオノール) >を使いすぎたのだ。
これまで神界と地上の魔法線を維持し続けた彼女の根源は、とうに限界を超えている。
『……大丈夫……だぞ……。エンネちゃん、魔法線が伸びるぎりぎりまで、前線に近づいてくれるかな……?』
神界から魔法線を通じて、エレオノールの< 思念通信(リークス) >が届く。
「……どうするの?」
『段々、遠くが見えづらくなってきたから……。近づいて、< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >を後一〇〇〇体出すぞ』
「だめだよっ。そんなことしたら……今いる< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >だけでも十分に操れないのに……! 死んじゃうよ……!」
『大丈夫。ボクは魔王様の魔法だぞ。それにボクたちにしか、ここは守れないから』
エレオノールは言う。
時々、その声には苦しげな吐息が混ざった。
< 思念通信(リークス) >を使うことさえ、もはや負担なのだろう。
『お願い、エンネちゃん』
決意したように、エンネスオーネは頭の翼をきゅっと堅くする。
「……うん……」
エンネスオーネは魔法線を引っぱりながら、ぎりぎりまで前線へ近づいていく。
そうして、彼女は翼を延ばした。
目映い光とともに、羽と魔法文字が舞い落ちた。
いくつもの聖水球が構築され、その中に少女が現れる。
『やっちゃえ、< 疑似規律(ジーナレ) ――』
「……エレオノール……?」
『……ぁ……く……!』
苦しげな声が響いた。
「何度も、同じ手にやられる我々だと思うな」
軍神ペルペドロの声が木霊した。
見れば、足元に映る影の形が違う。
それは異様に大きなわら人形なのだ。
「魔法人形の傷は、術者に返る」
軍神は行動不能に陥った< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >を神剣で斬り裂く。
『……あぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!』
エレオノールの悲鳴が響いた。
「これが 呪形神(じゅぎょうしん) デュボラの権能だ。神に呪われ、死の傷に果てよ。不適合者の魔法よ」
そのわら人形の影が、呪形神なのだろう。
呪いが広がるように、影は範囲を増していき、< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >たちを覆いつくした。
「エレオノールッ! < 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >を解除してっ! 今の体じゃ耐えられないよっ!」
切迫した声で、エンネスオーネが叫ぶ。
『……それは、できないぞ……。< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >がいなくなったら、みんな死んじゃう……』
神の兵たちが、皆一斉に動けない< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >たちを狙い、その武器を振り上げた。
すぐさま、アゼシオン軍の隊長が指示を出す。
「全隊、< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >を守れっ!」
「愚かな」
アゼシオン軍の陣形が乱れた隙を突き、軍神ペルペドロはそこを一気に突破した。
「と、止めろぉっ! 誰か奴を止めるのだっ!」
軍神の突撃はあまり速く、そして強靭だった。
隊列を乱したアゼシオン軍の兵に、彼を止めることは叶わず、数十人が弾け飛んだ。
「……あ…………」
エンネスオーネの目の前に、軍神ペルペドロが立っていた。
その赤銅の神剣が、容赦なく振り上げられる。
「終わりだ」
軍神ペルペドロが剣を振り下ろすと同時に、数百の神剣が、数百の神槍が、数百の矢と魔法が、< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >に襲いかかった。
ガギィィッと甲高い音が多重に響き、けたたましい爆音が轟く。
しかし――エンネスオーネは、無事だった。
< 疑似紀律人形(ジーナレーナ) >も、一体とて傷つけられてはいない。
神々の攻撃のすべてが、光り輝く< 聖域(アスク) >の剣によって受け止められていた。
「……な……に…………?」
うっすらと霧が漂っていた。
そこに現れたのは、藍色の髪の少女。
聖なる魔力を放つ彼女の肩には、妖精ティティが座っている。
「……ママを傷つける……だめ……です……」
辿々しい言葉で、彼女は言った。
「ここは……故郷……」
「許す……ないです……」
「助け……きました……」
幼い言葉を放ちながら、同じ顔を持つ彼女たちが言った。
「……ゼシア…………お姉ちゃん……?」
呆然とするエンスオーネの後ろに、霧が漂う。
現れたのは、アハルトヘルンの教育の大樹エニユニエンに預けていた一万人のゼシアたちだ。
「一生……懸命……」
「言葉……覚えた……です」
「ママ……わかり、ますか……?」
「助け……ありました……」
「一緒に……戦います……」
地、水、火、風、四つの属性の魔法陣が、その戦場を広く囲うように構築されていた。
< 四属結界封(デ・イジェリア) >。それは内側にいる人間の力を強化し、瞬時に傷を癒やす結界だ。
「< 聖域蘇生(テオ・インガル) >」
一万人の< 聖域(アスク) >にて、その場で死んだ兵士たちを蘇生する。
アゼシオン軍はあっという間に息を吹き返した。
「無駄なことだ。世界は戦火に飲まれる。これは秩序」
ペルペドロが振り下ろした神剣は、ゼシアの< 聖域(アスク) >の剣に打ち払われる。
「がぁ……!」
後ろからポニーテールのゼシアが軍神の背中を穿つ。
「……こ、小癪な……!」
右からセミロングのゼシアが腕を斬り裂き、
「ぬぁぁ……!」
左からシニヨンのゼシアが足を縫い止めて、
「……ぐあぁぁ…………!」
正面からお団子ヘアのゼシアが胸を貫く。
「ま、だだ……!!」
上空から、対になったリボンをしたゼシアが、あっという間にペルペドロの首を刎ね、六人のゼシアは同時に言った
「「「< 聖域熾光砲(テオ・トライアス) >」」」
光の爆発とともに、ペルペドロは根源もろとも消滅した。
本体がなくては存在できぬのか、奴の影であった呪形神デュボラも同時に姿を消す。
言葉はぎこちないが、その戦闘能力は常人を遙かに上回る。
まして、互いの想いを重ね、一万人の< 聖域(アスク) >を維持している状態では、並の神に太刀打ちできるはずもない。
ペルペドロが消えたことで、多数が少数を制する秩序を失った神の軍勢は、ゼシアたちの前に、もはや烏合の衆に等しかった。
「戦う……ため……生まれた……」
「ママは……泣いていた……」
「……ゼシア……思う……です……」
「大好きなママ……助ける力……ありました……」
みるみる内に敵を斬り滅ぼしながら、覚えたての言葉を彼女たちは精一杯披露する。
戦場にありながら、それでも最初に言うべきことを、決めていたと言わんばかりに。
「……ありがとう……ママ……」
「ゼシアたちは……幸せ……なりました……」
エンネスオーネと< 勇者部隊(アスラ) >の魔法線をつなげた彼女たちに、エレオノールは言う。
『……み、みんな……戦場で、油断しちゃだめだぞ……』
辿々しいエレオノールの言葉。
根源が限界に迫っている苦しさからくるものでは決してない。
こぼれ落ちそうな涙を、必死に堪えているのだろう。
『か、可愛い顔を、傷つけて帰ってきたら許さないんだから』
ほんの少しだけ口元を緩ませたゼシアたちが、剣を振るう。
「「「はい……ママ……」」」