軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不滅の深淵

ミッドヘイズ南方、枯焉砂漠――

霧が漂い、悪戯好きな妖精ティティが飛び回っていた。

「レノ、レノー」

「大変大変っ」

「魔族の人たち、またやられたー」

「ゾンビー、ゾンビー」

「街の中も沢山沢山」

慌てふためくように、ティティたちはレノの周りを飛んでいく。彼女は優しげな表情で、足元に待機していた狼の頭をそっと撫でる。

「行って、ジェンヌル。ここは大丈夫」

隠狼ジェンヌルはその場から姿を消した。街へ向かったのだ。

神隠しの精霊。その噂と伝承にて、骸傀儡と化した魔族たちを異空間に閉じ込めるつもりなのだろう。

枯焉砂漠がある限り、魔法による治療はできず、負傷者は増える一方だ。

そうなれば、自ずと骸傀儡と化し、いくら神の軍勢を倒しても、敵は減少しない。

「リニヨン、ギガデアスッ!」

荒れ狂う八つ首の水竜が土砂降りの雨を降らし、白き砂漠に津波が巻き起こる。

小人の妖精ギガデアスが小槌を振り下ろせば、雷の弓と矢がレノの手元に現れた。

母なる大精霊たる魔力を矢に込め、彼女は弓を引く。

神の軍勢は、けれどもリニヨンの大津波に耐えかね、洗い流されていた。

レノが矢を放てば、激しい雷鳴が耳を劈く。

それは巨大な雷と化し、水に流される神々を撃ち抜いた。

かろうじて難を逃れた者どもも、水に伝わった電流に感電し、あっという間に滅び去る。

< 包囲秩序陣(アルネスト) >が、まるで役に立っていなかった。

精霊たちは数多無数の噂と伝承により生じたものだ。その不可思議な現象一つとっても、数十万、数百万といった人々の心によりできている。

それゆえか、精霊一体の根源は確かに一つにもかかわらず、多数が少数を制す軍神の秩序があまり意味をなさないのだ。

「シンッ」

神の軍勢を一掃すると、レノは砂漠にあいた大穴へ向かった。

枯焉砂地獄(こえんすなじごく) 。

砂の滝が流れ落ちる、その底にはシンが魔剣を構えている。

「――終焉に没せっ!!」

アナヘムが枯焉刀グゼラミを構え、シンの背後から襲いかかった。

刹那、レノは魔法陣を描く。

「< 精霊達ノ軍勢(アルハ・アルフレム) >ッ!」

彼女の背の六枚の羽が淡く輝く。

翠の光に包まれたティティとギガデアスがレノのもとに集った。

グゼラミがシンの背中に突き刺さる。

途端に、彼の体が霧に変わった。

「……ぬっ……!?」

グゼラミの刀身ごと、アナヘムの体は霧化したシンをすり抜けていく。

ティティの力を宿した彼は枯焉砂地獄から脱し、流れるような足捌きで終焉神の背後をとっていた。

「流崩剣、秘奥が壱――」

せせらぎが響く。

振り向いたアナヘムと彼の間に、薄い水鏡が現れる。

ぽちゃん、と水滴が落ち、そこに映ったアナヘムの神体に波紋が立てられた。

「――<波紋>」

流崩剣が閃光の如く、水鏡の波紋を斬り裂く。

「……が……ぐ、がが、がぁぁっっっ……!!!」

パリンッとアナヘムの神体にヒビが入り、そうして根源もろとも粉々に砕け散った。

奴は滅びた。

けれども、シンは油断なく周囲に視線を配る。

「シン。このまま一緒に、< 精霊達ノ軍勢(アルハ・アルフレム) >で」

レノは翠の魔法体となり、シンのもとへ飛び降りてきた。

「けっこう」

背中越しにレノへ言いながら、シンは流崩剣を構える。

「レノ。あなたは先に深層森羅の界門を閉ざしてください。どうやら樹理四神を滅ぼしても、神域は消えない様子。この樹理廻庭園をできるだけ早く消すことが、ディルヘイドの被害を最小限に食いとめる方法です」

界門を閉ざすのは、ナフタとディードリッヒでさえも苦戦している様子だ。

精霊たちの力を束ねる< 精霊達ノ軍勢(アルハ・アルフレム) >を使っても、そう一筋縄ではいくまい。

時間がかかることを見越しての言葉だろう。

「でも……」

レノは心配そうに、シンの左腕を見た。

アナヘムにやられ、血だらけになっている。十全には動かせぬだろう。

腹部も派手に裂かれており、服に血が染み込んでいる。

足も傷を負っており、もはや全速で走ることはできまい。

「他の樹理廻庭園が消えれば、この枯焉砂漠への魔力の循環が滞ります。秩序が弱まれば、回復魔法にも効果が現れ、奴は不滅ではなくなるでしょう」

はっとしたような顔で、レノはうなずいた。

「わかったよっ! すぐに行ってくるから、それまで絶対に死んじゃだめだよっ! 絶対だよっ?」

「ええ」

レノは飛び上がり、六枚の羽を広げて、低空で枯焉砂漠を飛んだ。

「みんな力を貸してっ! < 精霊達ノ軍勢(アルハ・アルフレム) >で、深層森羅の界門を閉ざす。みんなの噂と伝承を合わせれば、きっとできるはずだよっ!」

翠の魔法体になった沢山の精霊たちが、次々とレノのもとへやってくる。

彼女たちは飛ぶような勢いで、深層森羅へ向かっていった。

「一〇度殺し、七度滅ぼし、ようやく悟ったか」

白い砂がそこへ集まり、人型を象る。

一瞬その砂が歯車に変わったかと思えば、再び終焉神アナヘムが姿を現した。

「剣では終焉を斬れぬということを」

アナヘムは地面に落ちた枯焉刀グゼラミを拾う。

「精霊どもを深層森羅へ差し向けようと、もう遅い」

砂嵐を彷彿させる魔力が、終焉神を中心に渦を巻いた。

神界にいたときよりも遙かに莫大な力が、今、奴の神体から放出されていた。

「一度目はうぬの魔剣をへし折り、二度目はその指先を、三度目は腕を引き裂いた。四度目は腹を抉り、五度目は足を奪った。先の六度目、あの精霊の助けがなくば、うぬは砂地獄に飲まれ終焉に没している。この七度目、界門を閉ざすまでうぬの命が終わらぬと思うたか?」

「ええ」

涼しい顔で即答したシンを、アナヘムが睨めつける。

「聞き分けのない人ですので。彼女の前では、そう伝えたましたが」

シンは前進する。

流れるような歩法で、アナヘムを間合いに捉えた彼は、流崩剣アルトコルアスタにてその神体を斬りつける。

かろうじて身を引き、終焉神はそれをかわす。

だが、胸元がぱっくりと割れ、血が勢いよく溢れ出した。

「あなたこそ、界門が閉ざされるまで生きていられると思いませんように」

「粋がるな、魔族風情が」

白いマントが勢いよくはためき、シンの視界を遮る。

彼がそれを斬り裂くも、アナヘムの姿はすでになかった。

「遅いわ!」

背後だ。砂中からぬっと現れたアナヘムが、グゼラミを振り抜く。

シンは反転しながらも、血に染まった左手で魔剣イジニアを抜いた。

剣閃が交錯し、枯焉刀が魔剣をすり抜ける――

アナヘムが笑みをたたえた瞬間、その刀は弾き返されていた。

「……なっ…………!?」

シンの手の中で、魔剣イジニアが砕け散る。

根源のみを斬り裂く枯焉刀。ゆえにシンは魔剣の根源と引き換えにそれを打ち払ったのだ。

とはいえ、魔剣の根源は定まっており、動かすことはできぬ。

針のように細いその一点を、目にも止まらぬ速度で迫るグゼラミにぶつけるだけでも驚嘆に値する技量だろう。

その上、当てたところで、グゼラミを前にしては、魔剣の根源は一方的に斬り裂かれるのみだ。

しかし、斬り裂かれるということは、干渉できるということ。ならば、一瞬にも満たない僅かな時間は、魔剣はグゼラミに抵抗している。

そのごくごく僅かな間ならば、斬り結ぶことができる。ならば後は剣の勝負とばかりに、シンはグゼラミを弾き返したのだ。

まさに、常軌を逸した技としか言いようがない。

「二度通じると思うな、 塵(ごみ) めがっ!」

再び振り下ろされたグゼラミを、新たな魔剣を抜き、シンは迎え撃った。

今度こそすり抜けるかに思えたグゼラミは、やはり弾き返され、同時に魔剣が砕け散る。

「あがくなぁぁっ――」

「三度目はありませんよ」

二度刃を打ち払われ、僅かながらアナヘムは、体勢を崩していた。

常人を相手にするならば、有り余る速度と膂力で無にできるほどの僅かな隙――それが、シンを相手には命取りだった。

彼の 魔眼(め) が、冷たく光る。

本能で危機を感じとったか、アナヘムが砂に変わろうとした瞬間、リーン、と鈴の音が聞こえた。

風が吹いていた。

砂に変わったアナヘムの体に、けれども波のような模様が浮かぶ。

「流崩剣、秘奥が弐――」

アナヘムが砂漠に沈むより、シンの剣が速かった。

「< 風紋(ふうもん) >」

風を斬るように走った流崩剣が、アナヘムの体に浮かぶ風紋を斬り裂いた。

アナヘムの神体とその根源に、大きな亀裂が入る。

だが――

「……あが……けど、も……あがけども……砂の一粒ぞぉっ!!」

踏みとどまった。

根源を流崩剣の秘奥で斬り裂かれ、実体に戻ったアナヘムは、しかし滅びることなく、そこに立っている。

「もはやその神の魔剣でも、このアナヘムを滅ぼすことなどできんわぁっ!」

力任せにグゼラミが振るわれ、シンは新たに抜いた魔剣で打ち払う。

一、三、七、一四。

みるみる速度を増すグゼラミを一四回斬り払い、一四本の魔剣が砕け散った。

千剣を持つシンと言えども、このペースで打ち合いを続ければ、所有している魔剣があっという間に枯渇するだろう。左腕の出血も激しく、いつまでその技を駆使できるかもわからぬ。

「うぬらが築くは砂上の楼閣」

シンの魔剣を次々と砕きながら、枯焉刀グゼラミが鳴く。

音が反響し、シンを中心に砂塵が渦巻いた。

砂の塔が無数に構築され、内側に彼を閉じ込めていく。

巨大な砂の楼閣が、白き砂漠に出現していた。

「グゼラミの一鳴きに、すべては崩れ、枯れ落ちる」

グゼラミが打ち払われる。

だが、その終焉の刀が不気味に鳴けば、シンの体が少しずつ砂粒へ変わっていく。

魔剣が尽きても、時間が過ぎても、シンの滅びは必至だ。

それから逃れるためには、先にアナヘムを滅ぼすしかない。

そして、それこそが奴の狙いだろう。

隙を見せぬシンが焦って攻勢に転じた瞬間、グゼラミの一振りにて終わらせるつもりだ。

「砂上の楼閣崩れゆき、グゼラミ鳴くは、終焉の跡」

シンとの剣戟を続けながら、アナヘムは詠う。

すでに一〇〇本以上の魔剣が砕け散った。

流崩剣をゆるりと握り直し、シンは奴を冷たく見据える。

「たとえ、 擦(す) り傷一つとて、抵抗空しく幕ぞ引け」

不気味な鳴き声が響き渡り、砂の楼閣が激しく揺れる。

外壁と化した塔が、ただの砂に戻っていき、一斉に崩落を始める。

「 埋没枯焉(まいぼつこえん) ―― 終刀(しゅうとう) グゼラミ」

「斬神剣秘奥が 肆(よん) ――」

左手にて抜いた一四七本目の魔剣は、斬神剣グネオドロス。

これまでの打ち合いで、アナヘムの体勢と互いの位置を誘導していたシンは、突き出されたグゼラミを、打ち払うことなく紙一重でかわした。

アナヘムの懐へ飛び込んだ彼は、神を斬り裂く魔剣をその根源へ突き刺した。

「――< 無滅(むめつ) >」

「……ご、はっ……!」

アナヘムの根源が一瞬にて 斬滅(ざんめつ) される。

だが、神体が崩れることはなく、斬神剣はそこに刺さったままだ。

その秘奥が、根源が滅びれば消え去るはずの神体を保っているのだ。

枯焉砂漠の秩序が、再びアナヘムの根源をその神体へ戻す。

「貴さ――が、あぁっ……!」

そのそばからグネオドロスは奴を滅ぼした。

根源を無限に割り続ける秘奥が参< 無間(むげん) >に対して、< 無滅(むめつ) >はそれが無に帰すまで永遠に斬滅し続ける。

「おの……ぐ……れ……がががががが……! このアナ――ぐ、ごごごご……!! があああぁぁぁっ……!!」

幾度となく、アナヘムは滅ぶ。

しかし、そこまでしてなお、終焉神は不滅であった。

滅び続けるアナヘムの魔力がどこまでも果てしなく上昇していき、奴は憤怒の形相を浮かべた。

「……こ、の……愚か者めがぁぁっ……!!」

ついには根源を滅ぼされながらも、アナヘムは動いた。

終焉の神に、滅びなどないと言わんばかりに、斬神剣をつかみ、グゼラミを逆手に持って振り上げた。

シンはグネオドロスを手放し、新たな魔剣を抜く。

振り下ろされたグゼラミの切っ先へ神業の如き技量にて見事に斬り結んだが、しかし、その剣身は一方的に切断された。

滅ぶ毎に魔力を増すアナヘムの力が、とうとうシンの技を上回ったのだ。

「断たれ、没すは、魔王の右腕」

枯焉刀グゼラミが、シンの肩口に振り下ろされ、その根源を斬り裂いていく――

その最中にも、シンは冷静そのもので、右手の魔剣を静かに動かした。

「流崩剣、秘奥が 伍(ご) ――」

シンの足元に、三つ剣の文様が浮かぶ。

それは、剣の間合いの広さだった。

「< 剣紋(けんもん) >」

流崩剣アルトコルアスタが閃き、アナヘムの神体を真っ二つに両断した。

ニヤリ、と終焉神は笑う。

「うぬの命など、終焉の前には砂の一粒。終わらぬものなど、あるわけもなし」

「ええ、同感です」

アナヘムは勝ち誇ったように、シンを見下す。

砂の楼閣が完全に崩れ去る。

砂塵が激しく舞い上がる中、終焉神の視線があるものを捉えた。

「……な…………………………」

うっすらと砂埃が晴れていく。

アナヘムの 神眼(め) が見据える方向、枯焉砂漠にいた骸傀儡がその場に倒れていた。

その一体だけではない。

精霊たちと戦闘中の骸傀儡が、次々と倒れていくのだ。

アナヘムが、その 神眼(め) を驚愕に染めていた。

「…………な、んだ、これは……なにが…………?」

真っ二つになったアナヘムの体に白い火がつき、サラサラと砂の如く崩れ始めた。

「なんなのだ、これは……? これはぁ……いったい……!?」

「おわかりになりませんか」

アナヘムの体がぐらりと傾き、その場に倒れる。

体に刺さった枯焉刀グゼラミを抜き、シンは一歩を刻む。

擦り傷一つで滅びるグゼラミに対して、彼が取った策は一つ。

滅びへ向かう魔力でぎりぎり滅びを克服できる根源の僅かな一点を見切り、そこをあえて貫かせたのだ。

「それが滅びです」

「……ありえぬ…………このアナヘムに滅びなど…………この枯焉砂漠にて、アナヘムは不滅……すべての滅びは、この終焉神の手の中だっ……!!」

滅びゆく体で虚勢を張るアナヘムを、シンは冷たく見下ろした。

「あなたのグゼラミをあえて根源で受け、滅びに向かう剣にてあなたの根源を斬り裂きました」

ボロボロとアナヘムの体が崩れ落ちる。

これまでの滅びとは明らかに様子が違った。

「……な、んだ、暗い……? このアナヘムの 神眼(め) が見えぬだと……!? 馬鹿、な……それしきで……? それしきのことで、なぜ、このアナヘムが……! ありえぬ。なにをしたっ? 滅びるわけがないっ……! いったい、なにをしたのだっ!?」

終焉の神には、想像だにできぬ事態だったのだろう。

混乱が極まったとばかりに、アナヘムは叫き散らした。

その根源は少しずつ崩れ去り、消えていく。

これまでとは違う未知の感覚が終焉神を襲ったか、奴は恐怖に染まったような顔をした。

「滅びの只中に、あなたの手が及ばぬ領域があったということでしょう。詳しいことはエクエスにでも聞いてください。私はただ剣の深淵を覗き、あなたを斬れる方法をとったにすぎませんので」

深層森羅と枯焉砂漠の狭間に、火露が奪われる場所があった。

それは、深化と終焉の重なり合う場所。

終焉でありながらも、アナヘムの手が唯一届かぬ領域だ。

すなわち、灯滅せんとして光を増し、その光をもちて灯滅を克す。

根源をそこへ導くことこそ、終焉の神を未知の滅びへ 誘(いざな) う方法だったのだ。

流崩剣が秘奥にて、シンは神業といっても過言ではないほどの絶妙な手加減を行った。

それは、根源を滅ぼすぎりぎりまで斬り裂き、強制的に滅びを克服させる剣。

普通の敵ならば、魔力が増すだけだろうが、終焉神アナヘムにとっては唯一の滅びをもたらす結果となった。

斬神剣の秘奥が 肆(よん) 、< 無滅(むめつ) >にて、幾度となく滅びるアナヘムの根源を観察し、その深淵を覗き、シンはそこへ至った。

樹理廻庭園を直接巡っていないにもかかわらず、終焉神唯一の滅びを見抜き、不滅を斬り裂くとは、相も変わらず、恐ろしいほどの剣の冴えだ。

「さて、時間もありません」

振り上げられた流崩剣がキラリと瞬く。

冷たい表情を崩さぬままシンは言った。

「速やかに斬滅してさしあげましょう」

「――まっ……!?」

容赦なく振り下ろされた刃が、終焉神の神体を一瞬で細切れにし、細切れになった神体が更に散り散りになり、霧散していく。

一呼吸の間にいったい幾度斬ったのか、そこに残ったのは砂の一粒だった。