軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

融合神域

四邪王族が、一斉に動き出す。

「深化神ディルフレッドとこの深淵王ギリシリス・デッロ。どちらが、深淵に近き者か、確かめるとしようかねぇ」

ぐにゃりとジェル状の顔を歪ませながら、ギリシリスはまっすぐディルフレッドへ向かっていく。

その全身を魔力が駆け巡り、魔法陣が描かれた。

「秩序魔法< 輝光加速(ジオロイア) >ッ!」

輝光神ジオッセリアの秩序を操るその魔法により、ギリシリスはぐんと光速まで加速し、ディルフレッドへ突進した。

しかし、魔法発動前に術式を見抜き、ギリシリスの行動を読んでいたかの如く、深化神はその螺旋の杖を目の前に突き出していた。

光速で走るということは、すなわち光速でその杖が迫ってくることに等しい。

身の丈を超える速度ゆえに、ギリシリスは突如現れたその深化考杖を避けることができず、真正面から突っ込んでいく。

「がびょ――!」

ジェル状の顔面に、螺旋の杖が突き刺さり、弾け飛ぶ。

しかし、深化神は油断なくその 神眼(め) を凝らしたままだ。

「フフフッ」

間一髪、根源を突かれる前に光速の横っ飛びでギリシリスはそれを回避し、ぐるぐるとディルフレッドの周囲を回り始めた。

速い。そして、動きがなめらかだ。

以前にシンと戦ったときは、< 輝光加速(ジオロイア) >による光速戦闘に不慣れの様子だったが、今はそれに習熟したような身のこなしである。

「単純な理屈なのでねぇ。熾死王には、まんまと犬にされたが、吾輩は恥よりも実を取る方でねぇ。屈辱の日々さえも、糧にし、また一つ深淵に近づいたのだよ」

ギリシリスの体型が、変わっていた。

それは先程までと同様、犬の姿に。

「走るならば、二本足より四本足の方が適しているとねぇっ!」

獰猛な野犬の如く、俊敏に駆け回りながら、ディルフレッドの喉を狙い、ギリシリスは牙を剥く。

「ぎゃんっ……ぎゃっ……!!」

冥王イージェスと槍の鬩ぎ合いを演じていた水葬神アフラシアータが、すれ違い様にギリシリスを叩き落とした。

「余を前に、犬に気を払うとは愚かなことよ」

一瞬の隙。

光よりも速く走ったイージェスの突きが、水葬神の水の槍をかいくぐり、その胸に穴を穿つ。

「紅血魔槍、秘奥が壱――」

重低音の呟きとともに、槍で穿った穴は魔力を帯びる。

「――< 次元衝(じげんしょう) >」

その神体が、自らに空いた次元の穴に吸い込まれていく。

しかしアフラシアータの体はすべて水。どれだけその水を吸い込もうと、水葬神の体積が減ることはなく、やがて、穴は埋まった。

瞬間――

「螺旋穿つは、深淵の棘」

螺旋の杖が魔法陣を描き、深淵草棘が転がっていたギリシリスへ向けられる。

直後、ディルフレッドはくるりと杖を回転させ、自らの後ろへ棘を放つ。

緋碑王が息を吹き返したかのように、猛然と走り始めた。

深淵草棘を撃たれると判断した瞬間、光速で駈け出したギリシリスは、ディルフレッドの後ろに回り込んだのだが、ちょうどそこに棘が飛んできていた。

「フフフ――」

完全に避けたと思ったギリシリスにとっては、まさに意識の外からの攻撃。

回避行動を取ることもないジェル状の犬へ、神の棘が突き刺さろうとする――しかし、その寸前で曲がった。

「当たらないねぇ。その程度かね、深化神とやらは」

深淵草棘を逸らしたのはギリシリスではない。

彼は未だに気がついていないのだ。

狙いを外した深淵草棘は、まっすぐ詛王カイヒラムのもとへ引き寄せられていた。

「……が…………ぁぁ…………!!」

棘がカイヒラムを貫き、その傷痕は黒い靄に変わる。

「俺様を傷つけたな、深化神」

呪詛の言葉が、そこに渦巻く。

< 自傷呪縛(デグデド) >。

魔力で受けた傷を媒介に、その魔力の持ち主を呪い、すべての魔法を自らに引き寄せる呪詛魔法。

深淵草棘は、要を貫けば強力だが、それ自体の殺傷力は高くない。

本来の狙いを逸らす< 自傷呪縛(デグデド) >には相性が悪かった。

とはいえ、その魔法で神族の権能まで引きつけられるのは、詛王ぐらいのものだろう。

「こちらの番だねぇ」

素早く犬の姿から人型にチェンジしたギリシリスは、秩序魔法< 輝光閃弾(ジオッセロム) >を一〇本の指から放出していく。

深化神を狙ったその光弾は、しかし、結界神リーノローロスの布に阻まれる。

同時にその結界布は、四邪王族全員を狙い、蜘蛛の巣のように広がった。

獲物を絡め取るように、透明な布が次々と襲いかかる。

「紅血魔槍、秘奥が弐――< 次元閃(じげんせん) >」

紅き槍閃が走り、蜘蛛の巣をバラバラに斬り裂いては、時空に飲み込む。

その隙に、アフラシアータの水の槍が迫ったが、カイヒラムの放った魔弓の矢がそれを呪い、撃ち落とす。

一度、二度、三度、高速で突き出される槍の穂先に、寸分の狂いもなく呪いの 鏃(やじり) が衝突し、矢と槍が打ち合いを演じていた。

仕切り直しとばかりに冥王は飛び退き、背後で棒立ちになっているエールドメードに言った。

「手札があるなら、出し惜しみせぬことよ。神族どものことだ。この四体で終わりとは限らん」

「カカカ、遊んでいるわけではないのだが、少々、あの 魔眼(め) が厄介でな」

神族たちの後方で待機している魔眼神を、エールドメードは杖で指した。

その石の巨眼は、白く光っている。

「 天父神(オレ) の秩序に訊いてみたところ、< 暴爆(ぼうばく) の魔眼>だそうだが、視野が広く、小細工と手品をよく見抜く。九つほど仕掛けてみたが――」

エールドメードが指を鳴らす。

周囲に煙が上がり、九個のシルクハットが現れたが、ジャネルドフォックが視線を光らせた瞬間、それらは爆発した。

魔法術式を暴走させ、爆破する魔眼である。

「ご覧の通りだ。以前相手にしたときは、主人があそこで逃げ回っている犬だったが」

ギリシリスは再び犬の姿になり、アフラシアータ、リーノローロスの槍と布から必死に逃げ回っている。

それを援護するよう、カイヒラムが矢を放っていた。

「深化神ディルフレッドは格が違う。深淵を覗く奴の 神眼(め) に加え、あの魔眼神がいては、番神を生む隙もないではないか」

「ならば、 魔眼(め) を潰すまでのこと」

冥王は槍を中段に構え、ジャネルドフォックを隻眼で睨む。

直後、リーノローロスの布は、ギリシリスをがんじがらめに縛り、間髪入れず水葬神の槍が体を串刺しにした。

「ぎゃっ……ぎゃん……!」

根源を貫かれ、ギリシリスは< 根源再生(アグロネムト) >にて蘇る。

枯焉砂漠の影響は及んでいるものの、この場はまだ完全に掌握されてはいない。普通の魔族に回復魔法の行使は無理だろうが、四邪王族ならば使うこと自体は可能のようだ。

だが、効果は減少しており、蘇ったものの、ギリシリスには傷が残っている。

結界布は依然として絡みついたままだった。

「……おのれ……。汝らは、吾輩にばかり戦わせて、恥ずかしくないのかねぇ……?」

「殺しても死なぬのが、そなたの持ち味。噛ませ犬らしく、時間を稼ぐことよ、緋碑王」

イージェスは槍を突き出す。

穂先が魔眼神の目を穿てば、<次元衝>の穴ができる。

直後、それが爆発を起こした。

ジャネルドフォックの巨眼は僅かに傷ついたが、<次元衝>は消え去った。

「魔槍の秘奥さえも爆発させるとはやるものよ――」

そう言いながらも、まるで意に介さず、イージェスは槍を突く。

穂先が無数に分裂して見えるほどの<次元衝>の連発で、ジャネルドフォックは爆発に飲まれていく。

<暴爆の魔眼>で<次元衝>を爆発させてはいるものの、魔眼神自身もそれによるダメージは避けられない。

速さと手数に任せ、押し切ろうというのだろう。

ますます速度を上げていく真紅の刺突は、刹那の間に巨眼に一〇〇の穴を穿つ。

バラバラと崩れ落ちていく魔眼神が、一つでも<次元衝>を見逃せば、たちまち遥か次元の彼方に突き飛ばせる。

それは時間の問題にすぎなかった。

「水葬の準備は完了した」

ディルフレッドが言った。

見れば、ギリシリスに一三本の水の槍が突き刺さっている。

根源は無事であるものの、奴は死んでいた。

< 蘇生(インガル) >で蘇ろうとしているが、蘇るそばから殺されているようだ。

「――螺旋の森を我は行く」

厳かに、ディルフレッドの声が響く。

膨大な魔力が、その神体から発せられていた。

「追随せしは、三の神。開けぬ道へ導かれ、至るは深化、螺旋の 真中(まなか) 」

<深奥の神眼>が深藍に輝き、奴は仲間の神の深淵を覗いた。

「 螺旋随行森羅森庭(らせんずいこうしんらしんてい) 」

ボストゥムが、結界神、水葬神に螺旋の魔法陣を描く。

カイヒラムの< 自傷呪縛(デグデド) >がそれを引きつけるようとした瞬間、体内の魔法陣が砕け散り、呪いが解除された。

「……俺様の呪いを……」

先の深淵草棘だろう。そのときすでに、カイヒラムにはくさびが撃ち込まれていたのだ。

それゆえ再び< 自傷呪縛(デグデド) >が発動した瞬間、その棘が自ずと術式に食い込み、魔法が瓦解したのである。

つまり、< 自傷呪縛(デグデド) >によって深淵草棘が逸らされることさえ、ディルフレッドには計算尽くだったというわけだ。

『 水葬湖沼(すいそうこしょう) 』

神々しい光とともに魔王学院の敷地に、別の風景が重なり始める。

神域が具現化しているのだ。

それは、透明な湖沼だった。

湖沼はみるみる具現化していき、入れ替わるように魔王学院はうっすらと消え去っていく。そして完全に消えたとき、四邪王族はその神域に移っていた。

水の高さは膝程まで。

透き通ったその湖の下には夥しいほどの骸骨が水葬されている。

『 結界布陣(けっかいふじん) 』

更にもう一つの神域が具現化を始めた。

空からは垂れ幕のように結界布が無数に下ろされ、その水葬の湖を囲い尽くした。

構わず、先に魔眼神を仕留めようとしていたイージェスの槍が、透明な結界に阻まれ、弾かれた。

「ちぃっ……!」

魔槍の猛攻から逃れた魔眼神ジャネルドフォックに、螺旋の魔法陣が描かれる。

『 俯瞰眼域(ふかんがんいき) 』

垂れ下がった神の布に、無数の石の魔眼が浮かぶ。

それが開き、ぎろりと四邪王族全員を監視した。

水葬神、結界神、魔眼神、三つの神域を同時に具現化した融合神域。

それぞれの秩序が反発することがないのは恐らく、深化神の権能、螺旋随行森羅森庭の力によるものなのだろう。

三神は、限りなく深化し、独力では到達できない領域に辿り着いている。

その融合神域の力が厄介なのもさることながら、なにより問題なのは、ディルフレッドの姿が見当たらぬことだ。

冥王、詛王、熾死王は素早く魔眼を巡らせ、奴の姿がこの神域のどこにもないことを把握する。

水葬神たちに時間を稼がせ、その間に魔王城を崩壊させるつもりだ。

守る者がいなければ、十秒もかかるまい。

「飛べ! イージェスッ、エールドメードッ!」

即座に詛王カイヒラムは、アフラシアータへ向かって走り出す。

対して、水葬神アフラシアータは、その槍の先を湖に浸した。

激しい水音を立てて、噴水が立ち上る。

水葬湖沼の水という水が槍に変わり、詛王カイヒラムの周囲を囲むように牢獄と化した。

傷つければどんな呪いが発動するかわからぬカイヒラムを、封じるつもりだろう。

しかし――

「< 犠牲蘇生(イグドゥル) >」

魔法陣が描かれ、カイヒラムの全身が黒い靄に変わった。

その直後だった。

「――フフフ、残念だったねぇ」

カイヒラムとは別の声が響く。

詛王が変化した黒い靄が晴れると、そこには蘇生されたギリシリスがいた。

水葬神が視線を移せば、ギリシリスの身代わりとばかりに一三本の槍にカイヒラムが貫かれ、死んでいる。

他者の死を引き受け、自らが死ぬ代わりに相手を蘇生する< 犠牲蘇生(イグドゥル) >。本来はさほど使い勝手がいいとは言えぬ魔法だが、敵の攻撃により呪いを発動するカイヒラムが使えば、無類の力を発揮する。

『俺様を殺したな、水葬神』

――殺したな、俺様を――

――俺様を殺したな――

――俺様を――

――殺したな、水葬神――

――俺様を――

不気味な怨嗟が、幾重にも重なり、繰り返し繰り返し響き渡る。

詛王の遺体から、その根源から、呪いの魔力がどっと溢れ出した。

『< 死死怨恨詛殺呪泥城(ギャギ・ギギョル・ギギガ) >』

カイヒラムの遺体から、禍々しき 呪泥(じゅでい) が溢れ、透明な水葬湖沼を呪いで汚染する。

それは、結界神リーノローロスの神域が作り出す結界すら蝕み、周囲を包囲する布が瞬く間に呪いの泥へと変わっていく。

俯瞰眼域にあった半数の魔眼は、呪泥の術式を覗き、それを爆破する。

だが、呪詛を直視したことにより同時に呪われ、その石の瞳は次々と潰れた。

――許さぬ――

――この国を、滅ぼすなど――

――俺様の国を――

――許さん――

――壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ――

呪泥は水葬神に勢いよく迫る。

水葬神は飛び退いて泥を避け、水の牢獄を破壊しようとしていたギリシリスを盾にするように位置取った。

だが、泥は止まらない。

水の牢獄ごと、ギリシリスを飲み込んでいく。

「ぐ、おおおぉぉっ、詛王ッ! 吾輩を呪う気か。敵味方の区別もできんとは、使えん魔法なのだよっ……!」

襲いかかってくる呪泥を、アフラシアータは湖沼にある大量の水を槍に変え、迎え撃った。

しかし、水の槍は悉く呪泥に侵され、泥へと変わる。

泥の量はみるみる嵩を増し、その場に呪いの城を構築していった。

「冥王」

跳躍し、泥から身をかわしていた熾死王が、杖で神域の空間を指す。

許容量を超えたとばかりに、そこにヒビが入っていた。

「承知!」

神域の急所であろうその箇所へ、イージェスが槍を向けた。

紅血魔槍、秘奥が弐――

「――< 次元閃(じげんせん) >!!」

真紅の槍閃でヒビを斬り裂けば、虚空に黒い穴が空く。

< 死死怨恨詛殺呪泥城(ギャギ・ギギョル・ギギガ) >の泥は、津波の如くそこへ注ぎ込まれ、呪いに侵された融合神域が、どろりと溶け落ちていく――