軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミーシャのグラタン

椅子に座り、俺は一人、食休みをしていた。

今日の夕食は一段と美味かった。やはり、母さんのキノコのグラタンは最高である。ついつい食べすぎてしまい、胃がもたれるのが問題と言えば問題だが、しかし、この満腹感がまたなんとも言えず良い気分にさせてくれるのだ。

他のみんなは工房にいる。レイが剣造りに興味があると知り、父さんがはりきってつれていったのだ。一緒にサーシャやミサたちも見に行った。しばらく経ったが、戻ってくる気配はない。時折笑い声が聞こえてくるので、話が弾んでいるのだろう。

ぼーっと椅子にもたれかかっていると、キッチンの方で物音がした。

母さんか?

俺はなにげなく、そこを覗いてみることにした。

中にいたのはミーシャだった。

「なにしてるんだ?」

ミーシャは振り向き、無表情で言った。

「グラタン」

どうも石窯には火がついているようだ。グラタンを作っているということだろう。

つい先程、夕食を済ませたばかりだというのに妙なことだな。

「これは、どうした?」

「作ってる」

「ミーシャがか?」

こくり、と彼女はうなずく。

「アノスのお母さんがいいって」

「まあ、咎めているわけじゃないが、どうしてだ?」

すると、ミーシャは瞬きを二回した。

「教えてもらった」

そういえば、夕食の支度をするときにサーシャと二人でグラタン作りを手伝っていたな。そのときに作り方を教えてもらったということか。

「一人で作る練習」

なるほど。

「グラタンの練習がしたかったのか?」

「ん」

「母さんの作るキノコのグラタンは控えめに言って至高の味だからな」

うなずき、ミーシャは言う。

「アノスの大好物」

「……それは、俺の好物だから練習しているという意味か?」

ミーシャははにかむ。ほんの僅かだが、照れているように思えた。

「アノスの喜ぶ顔が好き」

可愛いことを言うものだ。

「嬉しいぞ」

そう言ってやると、ミーシャは目を細めた。

「アノスはサーシャと仲が良い」

「そうだな」

サーシャは感情を剥き出しにし、ズカズカとものを言ってくる。二千年前はそんな配下はいなかったから、ついつい面白くてこちらもなにかとちょっかいを出してしまう。

「それがどうかしたか?」

「良いこと」

ミーシャはじっと俺の瞳を覗き込む。

「でも、少し寂しい」

「なるほど。姉を取られたような気分になるわけか」

ミーシャは僅かに目を見開き、ぶるぶると首を横に振った。

「取られたのは、逆」

すっとミーシャの小さな指先が俺をさした。

「俺を? サーシャにか?」

僅かに、ミーシャはうなずく。

それから上目遣いで、いつになく、なにかを主張するような視線を向けてくる。

「わたしが先に友達になった」

か細い声で、彼女は言う。

「……でも、今はサーシャの方が仲が良い……」

思わず、俺は笑い声をこぼした。

「ミーシャでも、そんな風に思うんだな」

彼女は俯き、小さな声で言う。

「……やきもちは、よくない……」

自分の感情がままならないといった様子である。

「別にサーシャの方が仲が良いわけじゃないがな」

「そう?」

ほんの少し疑いの意を込めて、ミーシャはじーと俺を見つめる。

「あいつの口数が多いだけだ」

「……わたしは少ない……」

ミーシャの声が僅かに沈む。

「そこがミーシャの良いところだ」

そう口にすると、彼女の頬が僅かに緩む。

「ほんと?」

「ああ、話していると落ちついた気分になれる」

ふふっ、とミーシャははにかむ。

「うれしい」

ふむ。誤解が解けたようでなによりだ。

「あ」

ミーシャは気がついたように石窯を開けると、ミトンを両手にはめて、グラタン皿を取り出した。

ホワイトソースとチーズの美味しそうな香りが漂う。

「できた」

嬉しそうにミーシャはそれを食卓に置いた。

木のスプーンを持ってきて、キノコのグラタンをすくう。そして、ふー、ふー、と息を吹きかけると、ぱくりと食べた。

うまくできたのか、グラタンを味わいながら、ミーシャはこくこくとうなずいている。

「美味いか?」

尋ねると、ミーシャは無表情で振り向く。

そして、もう一度、グラタンをスプーンですくうと、それを俺に向けた。

「食べる?」

「ああ、いや。さっき散々食べたからな」

「…………………………そう…………」

ミーシャはじっとスプーンにのせたグラタンを見つめる。

どことなく、寂しそうだ。

そういえば、俺の喜ぶ顔が見たくて練習したのだったな。

ならば、腹が膨れていようと、食べないわけにはいくまい。

「ふむ。しかし、ちょうど小腹が空いてきたようだ。もらえるか?」

すると、ミーシャは嬉しそうに微笑み、こくりとうなずいた。

スプーンにのせたグラタンを、ふー、ふー、と冷まし、俺の口元へ運んでくる。

「はい」

と、ミーシャが口を開けるように要求する。

「…………」

赤ん坊ではないから、自分で食べられるのだがな。

俺が口を開けないでいると、彼女は小首をかしげた。

「……あーん……」

意図が伝わらなかったと思ったのか、再度、口を開けるようにミーシャが要求する。

まあ、いいだろう。好きにさせてやるか。

俺が口を開くと、ミーシャは中にグラタンを運んだ。

もぐもぐとそれを食べる。うむ、絶品だ。直接教わっただけあって、母さんのグラタンの味を完璧に再現している。

「……どう……?」

「絶品だ」

ふふっ、と声を出してミーシャは笑った。

「おかわり?」

「もらおう」

再びミーシャが口元にグラタンを運ぶ。

「……あーん……」

そう言わなければ俺が口を開かないとでも思っているのか、ミーシャは同じようにして、グラタンを食べさせてくれる。

腹はもう十分膨れていたが、結局、練習用に作ったグラタン一皿を食べきってしまった。

「美味かったぞ。ミーシャは料理が上手なんだな」

「……普通……」

ほんの少し照れたように彼女は言う。

「また作る」

「そう無理はするな。別に作らなかったところで、ミーシャと仲が悪くなるわけじゃない」

ミーシャは困ったように黙り込む。

「だめ?」

どうやら、いらぬ気遣いだったか?

「作りたいと言うのなら、大歓迎だがな」

「作るのは好き」

そういえば、得意魔法も< 創造建築(アイビス) >だな。

「なら、また食べさせてくれるか?」

「約束?」

「ああ、楽しみにしてるぞ」

俺は皿とスプーンを指で弾く。魔法が発動する。さっと二つを洗浄した後、空中に浮かせ、食器棚に返しておいた。

「工房には行ったか?」

「まだ」

「じゃ、行くか」

「ん」

ミーシャと一緒に工房へ向かう。

中へ入ると、母さんがいた。だが、他には誰もいないようだ。

「レイたちはどうした?」

すると、母さんは人差し指を立て、しーっと言った。

見れば、すぐそこでサーシャが毛布にくるまり、眠っている。

「サーシャちゃん、疲れてたみたいね」

そういえば、班別対抗試験ではなかなか魔力を使っていたな。

「レイ君たちは夜風に当たってくるってお庭の方へ行ったわ」

母さんは小声で言う。

庭か。行ってみよう。

工房を後にし、俺たちは家の外に出た。

すでに日は暮れているが、代わりに昇った月明かりで、辺りはそれほど暗くはない。この辺りは住宅が密集しているので、民家からも明かりが漏れていた。

「でも、今日はありがとうございました」

家の庭から、ミサの声が聞こえてきた。

覗いてみれば、彼女は木の根に座っている。その傍らにレイが立っていた。

「なんのことかな?」

「ふふふー、誘ってくれたじゃないですか。レイさんがああ言ってくれなかったら、アノス様も班に入れてくれなかったと思うんですよね。だから、そのありがとうですよ」

レイは薄く微笑んだ。

「そういうつもりじゃないけどね」

「あ、恩に着せないなんて、優しいんですね」

にっこりとミサが笑う。

あの二人が並ぶと、笑ってばかりだな。

「……あたし、レイさんみたいな人には初めて会いましたよ……」

「僕みたいな?」

「……その、なんていうか、皇族であることをまったく気にしないって言いますか……」

ふっと爽やかにレイは笑う。

「ネクロンの二人もそうだと思うけどね」

「あはは……でも、やっぱりちょっと違うんですよね。サーシャさんやミーシャさんは皇族の意味とか、そういうことをぜんぶわかっていて、それでもアノス様の配下になったんだと思うんです」

「僕は違うように見えるかい?」

「そうですね。正直、皇族とか混血とか、始祖の血そのものに興味がないように見えます。言葉は悪いですけど、どうでもいいって思ってそうな感じがしますよ?」

くすっとレイは笑い声をこぼす。

「そうかもね。班別対抗試験でも言ったけど、僕はそういうのは苦手なんだ」

レイはミサから視線を外し、遠くを見つめた。

「本当は、剣のことだけを考えていたいんだ。どうしたら、もっと速く剣を振れるのか。どうしたら、斬れなかったものが、斬れるようになるのか。それ以外のことは億劫なんだよね」

「なにか、剣のことだけを考えられない事情があるんですか?」

素朴な疑問といった風に、ミサは尋ねる。

「生きてれば色々あるよ。たとえば、ご飯を食べなきゃいけない」

ぷっとミサは噴き出した。

「レイさんは面倒くさがりなんですね」

「根はのんびり屋なんだ」

レイはまた視線をミサに向ける。

「だから、統一派に入るつもりはないよ。皇族が正しいというわけじゃないけど」

「あ、いえ、そんなつもりじゃ」

ミサは慌てて手を振った。

それから、真面目な顔で言う。

「あたし、思ったんですよね。レイさんみたいな人が、あたしたち統一派の理想なのかもしれないって。皇族だとかそうじゃないとか、それを言っている時点で、あたしたちはもう魔族を二つに分けてるんだって。そんなの面倒くさいし、どうでもいいって、そう言える人が、きっとなんの差別もしない人なんだって、そんな気がしたんです」

「そんなに持ち上げられても困るんだけどね。そんなこと言ったら、アノスの方が本当になんにも気にしていないように見えるけど?」

「……アノス様は……」

「御輿に担ぎたいから、冷静な目じゃ見られないかい?」

驚いたようにミサがレイの方を見る。

「正直に言うんですね」

レイは言葉を返さず、ただミサを見返している。

彼女は気まずそうに視線をそらした。

「……あたしたちには、もうアノス様を信じる以外に方法はありませんけど、それがアノス様にとって良いことではないかもしれないのは、わかっています……」

「いいと思うけど」

即答したレイに、ミサはまた驚いた顔を覗かせる。

「ミサさんたちがなにをどうしたとしても、彼にほんの僅かの影響すら与えられるとは思えない」

ミサは返事に困ったように、膝に顔を埋めた。

「気を使ってるわけじゃなくて、事実だと思うよ。利用するとかされるとか、悪いとか悪くないとか、アノスはそういう次元にはいないよ。バケツ一杯の水を被せてやっても、大海には波一つ起こらない。それぐらい彼は超越しているように見える。僕にはね」

「会ったばかりなのに、どうしてそこまで断言できるんですか?」

レイは爽やかに笑う。

「ただの勘だよ。難しいことを考えるのは苦手なんだ」

ふふっとミサは笑った。

「なんだか、少し気が楽になりました」

「僕も一つ訊いていいかい?」

ミサは不思議そうな表情を浮かべる。

「はい」

「ミサさんは半霊半魔だよね?」

「ええ……」

「体の調子が悪くなることはない?」

思い当たる節がないといったように、ミサは首を捻った。

「ええと……それは、ちょっと体調が悪いときぐらいはありますけど、基本的にはいつも元気ですよ。どうしてですか?」

レイは一瞬口を閉ざす。

そうして、珍しく真剣な表情で言った。

「半霊半魔は、長く生きられないって聞いたからね」

「え……?」

「でも、僕の知る限り、精霊魔法まで使って、ピンピンしてる半霊半魔はいない。ミサさんは特別なんだろうね」

「そう、なんでしょうか。自分ではわからないんですが……」

レイはミサに手を伸ばす。

「戻ろうか。体が冷える」

「あ、はい」

手をとり、ミサは立ち上がった。

「でも、今日は本当にありがとうございます。レイさんみたいな人が普通になれるような社会を、これからがんばって作っていきますねっ」

そう口にし、ミサはしまったといったような表情になった。

「す、すみません。そんなこと言われても、迷惑でしたよね」

「いや」

レイはにっこりと笑う。

「応援はしてるよ。皇族だから混沌の世代だからって、色々と押しつけられるのは正直うんざりだからね」

ミサは嬉しそうな顔で、ぐっと拳を握る。

「任せてください。レイさんがのんびりできる日が来るように、一生懸命がんばりますっ」