軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな配下

フォースロナルリーフの街外れ。

鬱蒼とした森をゼシアとエンネスオーネは手をつなぎ、ひたすら駈けていた。

穏やかに波打つ空の海面ぎりぎりには、暗雲が漂っている。

それは黒き怪鳥の群れ、堕胎の番神ヴェネ・ゼ・ラヴェールたちが、二人を追いかけ、包囲しようとしていた。

「キィッギィッ!」

「ギィィヤァァァァッ!」

「ギャッシャアアァァァァァァァッ!!」

不気味な鳴き声が、幾重にも重なり、木霊する。

ゼシアが光の聖剣を派手に振り回し続けたおかげで、狙い通り、ほぼすべての番神が、彼女たちのもとへ集まっていた。

フォースロナルリーフの街中へエレオノールの生み出した疑似根源は行き渡った。

エンネスオーネを生むために必要な三つのもの、心ない人形、魔力のない器、体を持たない魂魄をすでに、屋敷や墓地、店の外へ誘っている。

疑似根源はその三つを出会わせ、コウノトリの卵を孵す。それまで、ゼシアたちは時間を稼げればよい。

「……焼き鳥……です……!」

光の聖剣エンハーレが、その真価を発揮し、無数に増えてはゼシアの周囲に浮かび上がる。

彼女が突きを繰り出せば、グサグサと怪鳥が串刺しにされていく。

『ゼシアお姉ちゃん、後ろっ!』

「任せる……です……!」

鋭いクチバシを突き出しながら、矢の如く飛来した堕胎の番神を、彼女は光の聖剣で地面に斬り落とした。

ヴェネ・ゼ・ラヴェールは堕胎の秩序を守るための番神。その役目はまだ生まれていない命を終わらせることだ。

ゆえに個体の力は、根源胎児であるエンネスオーネを滅ぼす程度であればよい。

時の番神や破壊の番神などに比べれば、力は劣る。

しかし、その数は尋常なものではなく、森を駆け抜けようとするゼシアたちをあっという間に包囲していた。

気がついたゼシアは、足を止める。

無数の光る目が、エンネスオーネを射抜くように見据えている。

彼女はびくっと体を震わせた。

「大丈夫……です……」

エンネスオーネを守るように、ゼシアが視線の前に立ちはだかる。

「……ゼシアが……います……」

彼女は< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >の魔法を使い、エンハーレをそこに映す。

すると、鏡の中の聖剣が実体化するように、ゼシアの周囲に浮かぶエンハーレの刃が更に増える。

手にした聖剣を前へ向ければ、合計一〇〇〇本を超える刃が一斉に射出された。

甲高い声を上げながら、怪鳥たちは散開してその刃を避ける。

幾本もの光の刃が地面に突き刺さった。

「< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >」

地面に刺さったエンハーレから、光の線が描かれ、聖剣と聖剣を結ぶ。

すると、今度は聖剣が天に向かってみるみる伸びていき、蓋をするように光の線が描かれた。

「……鳥かご……です……!」

まるで籠のような結界であった。

内側に閉じ込められた番神たちが外に出ようとするも、エンハーレの刃がそれを阻み、バサバサと地面に落ちるのみだ。

「みんな……閉じ込め……ます……!」

ゼシアは< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >にて複製したエンハーレを、次々と周囲に乱れ撃ち、< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >を構築していく。

結界の強さはさほどではないが、範囲は広く、堕胎の番神を一網打尽にするにはもってこいだ。

森の中に、いくつも構築した< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >を遮蔽物にし、身を隠しながら、彼女はエンハーレで次々と害鳥を葬っていく。

そのときだ――

『ひゃっ』

不快な音が響いた。

『ひゃっひゃっひゃ……! ひゃひゃひゃ…………!』

辺り一帯に聞こえてくるその声は、狂気に満ちている。

森の上空に漂う赤い糸、それが集まり、魔眼の形を象っていた。

宮殿にいる堕胎神アンデルクが、遠隔で操っているのだろう。

『無駄じゃ……無駄じゃ……! 逃れることはできはせん……そちらの運命は、堕胎じゃ!』

アンデルクの声とともに、空から赤い糸が、雨のように降り注ぐ。

それは堕胎の番神に巻きついていき、攻防一体の鎧と化した。

『死にやあぁぁっ……!!』

赤い糸を纏った怪鳥が、次々と空から突っ込んでくる。

番神どもは< 四属結界封(デ・イジェリア) >に守られたエンネスオーネを無視し、全員ゼシアを狙った。

「負け……ませんっ……!」

< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >を使い、無数に複製したエンハーレで、ゼシアは怪鳥を迎え打つ。

千の光刃と千の怪鳥が鬩ぎ合い、そうして、一匹がゼシアの剣撃をくぐり抜けた。

『お姉ちゃんっ……!!』

巨大なクチバシが、ゼシアの腹部に突き刺さっていた。

反魔法と魔法障壁が破られ、幼い体から赤い血が滴る。

『馬鹿の一つ覚えで、胎児を狙うと思ったかえ? そちを滅ぼしゃ、エンネスオーネは無力じゃ。ゆっくりと結界を 啄(ついば) み、堕胎してやりゃいい』

ひゃっひゃっひゃ、と耳障りな笑声がその場に響き渡る。

『食りゃやぁぁぁっ、ヴェネ・ゼ・ラヴェールッ!!』

「「「キィヤアァァァァァァッ……!!」」」

膝を折ったゼシアのもとへ堕胎の番神たちが舞い降り、エサにたかる害鳥のように、そのクチバシで啄んでいく。

魔力の粒子と、黒き羽が舞い、赤い血が飛び散った。

『……お姉ちゃん…………! ゼシアお姉ちゃんっ……!!』

涙をこぼし、声を上げながら、エンネスオーネは堕胎の番神に突進した。

体の周囲に張り巡らされた< 四属結界封(デ・イジェリア) >、その何層かを消滅させながら、彼女はヴェネ・ゼ・ラヴェールを押し潰す。

一瞬、ゼシアへの攻撃をやめ、怪鳥どもはエンネスオーネを睨んだ。

「「「ギィィィィヤアァァァァァッッ!!!」」」

甲高い鳴き声が上がった瞬間、光の剣閃が幾重にも走り、堕胎の番神たちが悉く斬り裂かれた。

「エンネに……手を出したら、だめです……!」

ゼシアは負傷した体に鞭を打ち、周囲の番神をエンハーレで一掃する。

『ゼシアお姉ちゃん……』

エンネスオーネの手をつかみ、ゼシアはボロボロの体で走り出す。

「エンネ……もう少しです……!」

小さな手を互いにぐっと握り合い、二人は森の中を駆けていく。

堕胎の番神が次々と襲いかかってくるも、ゼシアは光の聖剣にてそれを撃退した。

しかし、幼い体は体力の限界を迎えている。怪鳥の攻撃すべてを防ぎきることはできず、彼女は時間を追うごとに傷を増やす。

『……お姉ちゃん……』

「大丈夫……です……」

心配そうに覗き込むエンネスオーネを勇気づけるよう、ゼシアはにっこりと笑ってみせた。

「ゼシアは……強いです……お姉さん……ですから……」

『ひゃっひゃっひゃ、頃合いかの。強がりも仕舞いじゃ』

アンデルクの声が響き渡り、頭上に堕胎の番神が集まっていくのが見えた。

怪鳥たちが群れをなし、鳥に似た隊列を取る。

そこへ赤い糸が絡みついていく。

すべての番神を糸が覆いつくせば、一羽の巨大な鳥がそこにいた。

『滅びい、エンネスオーネ。堕胎じゃっ!!』

真っ逆さまに巨大な赤い鳥がゼシアとエンネスオーネめがけて落ちてくる。

「< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >」

ゼシアは向かい来る巨大な鳥を見据え、前方に< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >を二つ作る。

「合わせ鏡……です……!」

そこへ向かって、まっすぐエンハーレを突き出せば、合わせ鏡で際限なく増幅した光が、堕胎の番神を撃ち抜いた。

だが、目映い光に斬り裂かれながら、なおもその赤い鳥は、落下を続ける。

「……負けま……せんっ……!」

エンハーレを思いきり振り下ろせば、赤い鳥が真っ二つに割れた。

ゼシアがほっとしたのも束の間、二つに割れた赤い鳥が、そのまま突っ込んできて、森の地面に衝突した。

ドッゴオオオォォンッと地面が派手に爆発して、堕胎の番神が四方へ散り散りに弾けた。

その爆発に巻き込まれ、ゼシアとエンネスオーネは数メートル弾け飛んで、地面に激しく叩きつけられる。

「……あっ……ぅ…………」

ゴロゴロと転がり、ゼシアはうつぶせに倒れた。

気がつけば、赤い糸の雨が、芽宮神都にいくつもの水溜まりを作っていた。

深い傷痕を彷彿させるそれは堕胎神の秩序が具象化したもの。< 四属結界封(デ・イジェリア) >に守られたエンネスオーネさえ、蝕まれ始めた。

『……ゼシアお姉……ちゃん……』

エンネスオーネが体を起こそうと全身に力を入れる。

しかし、足の踏ん張りが効かず、彼女はそこに倒れた。

『……ごめんね……もう、エンネスオーネは、動けないの……』

ゼシアはよろよろと身を起こし、エンネスオーネのもとまで歩いていく。

『……逃げて。お姉ちゃんだけでも……』

エンネスオーネが上空へ視線をやる。

再びそこへ堕胎の番神たちが集まっていた。

先の爆発にて、< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >に使っていた< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >の大半が割れ、閉じ込められていた怪鳥たちが解放されてしまったのだ。

『……お姉ちゃんの妹に、なりたかったよ……』

「……エンネ……」

『……ごめんね……』

ゼシアは聖剣を地面に刺し、エンネスオーネの前でしゃがみ込む。

『お姉ちゃん……?』

「……大丈夫です……ゼシアが、運びます……」

『そんなの……無理だよ。逃げられないっ……!』

すると、ゼシアは得意気な顔で拳を握り、ぷにぷにの二の腕を彼女に見せた。

「ゼシアは……怪力です……! お姉さんですから……!」

エンネスオーネの体に手を入れ、ゼシアは渾身の力で彼女を持ち上げる。

そうして、背中に背負うと、エンハーレを口に咥えた。

「まはへて……くらはい……!」

エンネスオーネをおんぶしながら、ゼシアは重たく駆け出した。

目の前に堕胎の番神が現れるも、周囲に浮かび上がらせた光の刃で、それを斬り裂く。

『……だめ……お姉ちゃん……』

上空には、先程同様、怪鳥の群れが鳥の隊列を取っていた。

それは赤い糸を纏っていき、巨大な鳥と化す。

『……エンネスオーネを背負いながらじゃ、逃げられないの……』

彼女はきゅっと頭の翼を小さくする。

ゼシアは決して彼女を放そうとはせず、ひたすら、森の中を駆けていく。

「つかまっへ……くらはい……!」

障害物の少ないところに出ると、< 飛行(フレス) >の魔法でゼシアはそこを低空飛行する。

『ひゃっひゃっひゃ! 無駄じゃ、無駄じゃ。頼みの魔王は、妾が足止めしておる。助けはこん。そちらの運命は、堕胎で決まりじゃっ!』

その言葉を合図に、巨大な赤い鳥が、ゼシアたちめがけて急降下してきた。

『食りゃやぁぁぁぁぁっ!!』

ゼシアは反転し、< 飛行(フレス) >で後ろ向きに飛びながらも、光の聖剣エンハーレを手に持ちかえる。それを、赤い鳥へ向けた。

「エンネ……お姉さんが……教えます……」

< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >の合わせ鏡にて、先程同様、ゼシアはエンハーレを増殖させ、それらを束ねて、巨大な光の聖剣を作った。

「魔王の配下は……負けません……!」

突撃をしかけた巨大なヴェネ・ゼ・ラヴェールに、光の洪水の如く聖剣の輝きが襲いかかる。

『何度同じ手を試すつもりじゃ? そちらの宿命、変わることなどありんせん。望まれん命は――』

真っ二つに斬り裂かれた赤い鳥は、やはり先程同様、真っ逆さまに突っ込んだ。

『――堕胎じゃ!』

「……絶対っ……です……!」

最後の力を振り絞り、ゼシアが真っ二つに分かれた赤い怪鳥を、更に二つに斬り裂いた。

『堕胎じゃと、言うとろうがっ!」

四つに分かれた鳥はなおも、ゼシアに襲いかかる。

「……絶対です……言いましたっ……!」

思いきり、エンハーレを振るい、ゼシアは今度、鳥を八つに割った。

「……焼き鳥の刑……ですっ……!!」

一つに束ねたエンハーレを八本にバラし、ゼシアは長く伸ばしたその剣にて、分かれた怪鳥を串刺しにする。

「< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >」

結界の魔法が発動し、堕胎の番神を、光の籠に閉じ込めていく。

『お姉ちゃん……こっちにっ……!?』

エンネスオーネの声が響いた。

まっすぐ彼女を狙い、後ろから堕胎の番神が一匹、クチバシを前に突っ込んで来た。

「……させ……ません……!」

ゼシアが背後に視線を向け、エンハーレにてその鳥を斬り裂いた、その瞬間――

『囮じゃ』

鏡が割れる音が響く。

一瞬の隙をつき、エンハーレを増殖させていた< 複製魔法鏡(レガロイミティン) >にもう一匹の怪鳥が突っ込み、砕いていた。

合わせ鏡が消え、増殖したエンハーレが消え、< 聖剣結界光籠(ティアス・ディアラ) >が消える。

『ひゃっひゃっひゃ。このような見えすいた手にかかるとは、それでも魔王の配下かえ?』

八つに分かれた赤き鳥が、まっすぐ迫る。

最早、斬り裂くことも、防ぐこともできはしない。

二人に突っ込んだその怪鳥は、先程、同様派手に爆発することだろう。

『所詮は子供よのう。零点じゃ』

逃げるゼシアに誘導するように迫った鳥は――けれども直前でピタリと止まった。

『………………な、に……?』

< 四属結界封(デ・イジェリア) >である。

地、水、火、風の魔法結界が新たにそこに張られ、八つに分かれた赤い鳥、すべての突撃を防いでいた。

「< 聖域熾光砲(テオ・トライアス) >」

八つの光の砲弾が、赤い鳥を飲み込み、そして消滅させた。

「偉いぞっ、ゼシア。百点満点だ」

空を飛んできたのは、魔法文字と聖水球を展開したエレオノール。

彼女の背後に、一万を超えるコウノトリの姿が見える。

人差し指を立てて、彼女は笑顔で言った。

「魔王の配下は、守るべき人が大優先なんだぞっ」