軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

心ない人形

ウェンゼルのいた宮殿を後にした俺たちは、 芽宮神都(がきゅうしんと) フォースロナルリーフの往来を南下し、その門前に辿り着いた。

視線の先には庭園があり、その奥に屋根のない豪奢な屋敷がそびえ立つ。

「エンネ……ここ……ですか……?」

隣にいるエンネスオーネにゼシアが尋ねる。

『うん。ここに本物があるかはわからないけど……』

「んー、沢山、屋根のないお屋敷があったよね。どうやって本物を探せばいいんだ?」

エレオノールが、俺に丸投げすると言わんばかりにこちらを見た。

「ひとまず、物を見ぬ事にはな。外から覗ければよかったが、あいにくとこの神域では魔眼の働きが阻害される」

頭の片隅には、ウェンゼルとの会話で思い出したサーシャの記憶が流れ始めた。

それをエレオノールたちにも転送しておく。

「わおっ、なんか唐突に映像が浮かんできたぞっ」

「また思い出したようだ。ながら見しておけばよい」

言いながら、庭門を開け放ち、俺は迷わず中へ入った。

後ろからエレオノールたちがついてくる。

周囲を軽く警戒していたが、特に脅威は見当たらず、何事もなく屋敷の前に到着した。

扉を開ければ、ぎぃ、と古めかしい音が鳴った。

「あれ、暗いぞ?」

屋根はないが、上階が明かりを遮っており、屋敷の一階は薄暗い。

「照らし……ます……!」

ゼシアが魔法陣から光の聖剣エンハーレを抜き、屋敷内に明かりを放った。

室内は不気味なほど綺麗だ。

まっすぐ敷かれた赤い絨毯の先には階段があり、中二階へ続いている。

絨毯の両脇には騎士の銅像が建ち並び、壁にはいくつもの絵画かけられていた。

人の気配はない。

誰も使っていない屋敷ならば、埃ぐらいは被っていそうなものだが、床も銅像も階段の手すりも、磨き上げられたように輝いている。

まさか番神が掃除をしているとも思えぬ。

神域ゆえに、地上とは違い、汚れることはないのだろう。

「行くぞ」

絨毯の上を俺は歩き出す。

「そういえば、心ない人形って、どんな見た目なんだ?」

エレオノールが人差し指を立てて、首をかしげた。

「……これ……ですか……!?」

ゼシアがエンハーレで銅像を照らす。

彼女は勇ましく、そこに魔眼を向けている。

『それはただの銅像なの』

頭の翼をぴくりと動かしながら、エンネスオーネが言った。

「……ただの……銅像でした……」

がっくりとゼシアが肩を落とす。

「ふむ。エンネスオーネ、心ない人形の外見や魔力はわかるか?」

『普通に、人形だったように思う……でも、見たことはなくて……外見は一定じゃなくて、変化するかもしれないよ……エンネスオーネも、心がない人形だってこと以外は、詳しくわからないの……』

気落ちしたように、エンネスオーネの頭の翼がしゅんとする。

とことことゼシアが回り込んで、彼女の正面に立つ。

「大丈夫……です……! エンネ……ゼシアが、見つけます……!」

励ますように、彼女はぐっと拳を握る。

「落ち込むは……なしです……任せる……です……!」

すると、嬉しそうにエンネスオーネは微笑んだ。

「そういえば、ずっと気になってたんだけど、心ない人形っていうと、やっぱり心がないんだよね? でも、人形って普通、心がないんじゃなーい?」

のほほんとした調子で、エレオノールが言う。

『……うん。でも、ただの人形じゃなくて、心ない人形なの……エンネスオーネの秩序は、そう言ってるから……』

エンネスオーネが考え込むように呟く。

「それって、どういうことだ?」

ゆっくりと彼女は首を横に振った。

『……わからないの……ごめんなさい……』

「……わかり……ました……!」

ゼシアがそう口にすると、エンネスオーネが驚いたように彼女を見た。

『ほんとっ……?』

「ゼシアは……いつも、思います……! ジュースと言って……草のすり下ろしを……飲ませようとする人は……心ないです……!」

「そ、そうだとすると、性格が冷たいお人形さんってことなのかなー?」

エレオノールがおどけてゼシアの顔を覗き込むと、丸い瞳がじとっと彼女を見返した。

「あるいは、心がない、とあえて明言していることに意味があるのやもしれぬ」

「たとえば、どういうことだ?」

視線から逃れるように、エレオノールがこちらへ戻ってきた。

ゼシアが後ろからじとっと彼女に視線を送っている。

「心だけがない人形、すなわち心以外のなにかを持っている。もしくは、本来は心ある人形だったといったことも考えられよう」

「あー、そっかそっか、ちょっとわかったかもしれないぞ」

エレオノールはにこやかな表情を浮かべる。さして、わかっていないだろうというのは、容易に想像がつく。

階段を上り終え、中二階へ到着する。

すぐ目の前には、大きな両開きの扉があった。

「なにか……書いてあります……!」

ゼシアがエンハーレで扉を照らす。

そこに、張り紙がしてあった。

エレオノールは、書かれている文字に視線を落とす。

「えーと? 『この部屋は、心以外をはね除ける――』」

――この部屋は心以外をはね除ける。

――相応しくないものが部屋に践み入れば、彼女の堕胎が進んでしまう。

――彼女は、ここから出られない。

――心ない人形は、屋根のない屋敷以外では生きられない。

――心を入れて。その人形に心を。

――彼女が外で生きられるように。

一通り読んだ後、エレオノールはお手上げと言った調子で、両手を上げた。

「わーお、全然わからないぞっ?」

彼女は俺の方を見た。

「心ない人形とやらが、この部屋にありそうなことはわかったが」

言って、俺は両開きの扉に手をやり、それを開く。

部屋の中心に、椅子が一つ置いてある。

そこに、真っ白な人形が座っていた。

服は着ておらず、精巧な作りとは言い難い。

粗雑な魔法人形でも、もう少し人に寄せるだろう。

「今度こそ……心ない人形……です……!」

ゼシアがエンネの手を取る。

「エンネ……行きます……!」

『うんっ』

二人は手をつなぎ、部屋の中へ一歩踏み込む。

「待て」

< 飛行(フレス) >で二人を引き止めるように浮かせれば、ゼシアとエンネスオーネの足が、宙をこぐ。

「なにかいるぞっ……!」

エレオノールが前方に魔眼を向ける。

椅子に座った白い人形の奥――暗闇の中に、不気味に光る目が見えた。

それも無数に。

「……コナ……イデ……」

カタカタと人形の口が動く。

「……ココロ、イガイは……ダメ……」

白い人形がそう言葉を発した瞬間、暗闇からバサ、バサッと翼をはためかせる音が響いた。

ぬっと奥から現れたのは、巨大なクチバシと鋭い爪をを持つ黒い怪鳥だ。

そいつらは、白い人形を囲うように浮遊し、こちらにぎらりと視線を向けてくる。

『……堕胎の番神ヴェネ・ゼ・ラヴェール……』

身構えるように、頭の羽をきゅっと硬直させ、エンネスオーネが言った。

『……一回、逃げなきゃ……』

「ギィィィィィヤァァァァァッッッ!!!」

甲高い鳴き声を上げ、堕胎の番神ヴェネ・ゼ・ラヴェールが一斉に俺たちへ襲いかかってきた。

『逃げてっ!!』

エンネスオーネがそう叫んだ瞬間、矢の如く飛んできた怪鳥が、闇に飲まれて弾け飛んでいた。

彼女は呆然と口を半開きにする。

「その必要はないぞ、エンネスオーネ」

< 四界牆壁(ベノ・イエヴン) >。漆黒のオーロラを前方に張り巡らせ、突っ込んできた番神どもは、悉く消滅した。

「害鳥など、こうして網にかけてやればよい」

『……だめ……』

エンネスオーネがはっとしたように言った。

『……わかったの……堕胎の番神は、あの子を堕胎させるためにいるのっ……エンネスオーネたちは、この部屋に入ったら、入っちゃいけないんだよっ……!』

言葉と同時、暗闇から矢の如く飛んだ怪鳥のクチバシが、椅子に座っていた白い人形に突き刺さる。

『あ……! はっ、早く出なきゃっ……!! そうしないと――』

次々と番神たちは白い人形に突っ込んでいき、それを貪り食おうとでもするように、ついばんでいく。

『やめ……だめっ……やめ……て……』

体を抱き、エンネスオーネは苦痛に表情を歪ませる。

すると、ゼシアが彼女の両手をぎゅっと握った。

「エンネ……大丈夫……です」

「ギィィィィィヤァァァァァッッッ!!!」

怪鳥の姿をした番神どもが、甲高い鳴き声を上げる。

それはまさに、断末魔の叫びだった。

「< 魔黒雷帝(ジラスド) >」

漆黒の稲妻がエサにたかる怪鳥どもを撃ち抜き、一瞬にして焼き滅ぼす。

黒い羽が無数に宙を舞い、バサバサと音を立てて番神は床に落ちた。

『え……? あ…………』

エンネスオーネが目を丸くする。

彼女の視線の先には、無傷の白い人形とその傍らに立つ俺の姿があった。

「ほら、エンネ……お姉さんの……言う通り……です……!」

自慢するようにゼシアはえっへんと胸を張る。

『嘘……さっきまで隣にいたのに……いつあそこに……?』

「エンネ……それは、ですね……」

びっくりしたように頭の翼を仰け反らせるエンネスオーネに、ゼシアは少々背伸びをした口調で説明した。

「……いつのまにか……です……!」

「ゼシアー、お姉さんぶりたいのはわかるけど、中身が伴ってないぞー」

小声でエレオノールが助言している。

ゼシアはこくりとうなずき、エンネスオーネに言い聞かせる。

「魔王……ですから……! 理屈は……なしです……!」

エレオノールは、うーん、と首をかしげている。

しかし、エンネスオーネは表情を輝かせた。

『すごい……魔王ってすごいね……!』

「暴虐……です……!」

『暴虐……?』

「……暴虐、ですっ……!」

『……ふふっ、暴虐なの……』

ゼシアとエンネスオーネは顔を見合わせ、「暴虐」『暴虐』と笑い合う。

とりとめもない会話だが、なんでも楽しい年頃なのだろうな。

微笑ましいことだ。

『……もしかして…………』

そっとエンネスオーネが俺を見つめる。へその尾のように伸びる魔法線が、ぼんやりと淡い光を醸し出していた。

「……なにが……もしかしましたか……?」

エンネスオーネの頭の翼が、パタパタとはためく。

彼女は首を左右に振った。

『……うぅん、まだわからないの……』

「……じゃ……見に……行きますか?」

ゼシアが椅子の人形を指さす。

『うん』

エンネスオーネとゼシアがこちらへ走ってくる。

後ろからエレオノールが続いた。

「ふむ。しかし――」

俺は、椅子に座った人形に視線を落とす。

「どうやら、あの張り紙は、堕胎の番神のことを警告していたわけではなさそうだな」

白い人形は、溶けてきている。

番神を滅ぼした後もそれが止まる気配はなく、刻一刻と融解は進む。

右腕の半分が、今にもなくなろうとしていた。

『あっ……は、早く止めなきゃっ……』

人形のそばまで走ってきたエンネスオーネが声を上げる。

「どう……しますかっ……?」

『……わからない……わからないけど……放っておいたら、消えちゃうの……』

切羽詰まったような調子でエンネスオーネが言う。

『……どうしよう……どうしよう……? これは消しちゃいけないの。エンネスオーネに、大事なものなんだよっ……!』

慌てふためくように、パタパタと彼女の頭の翼がはためいていた。

「そう焦るな。来い」

俺は歩き出し、部屋の入り口へ戻っていく。

「えーと、アノス君、どうするんだ? あれ、< 時間操作(レバイド) >とかで時間を止めた方がいいんじゃ?」

「ただの物体や見知った魔法ならともかく、起源のよくわからぬものは止められぬ。だが恐らくは、張り紙通りのことが起きているだけだろう」

「んー、どういうことだ?」

「まずは確かめる。全員、部屋から出ろ」

俺とエレオノールが部屋の外に出る。

ゼシアとエンネスオーネも急いでこちらへ走ってきていた。

ゼシアが部屋から出て、エンネスオーネもそれに続いて扉をくぐろうとしたそのとき――

『あっ……!』

なにかに足をとられたか、彼女は床に倒れた。

「エンネッ……!」

心配そうにゼシアが声を上げる。

「大丈夫……ですか……?」

『うん。大丈――』

エンネスオーネがはっとしたように振り向く。

「あっ、治ってるぞ……!」

エレオノールが白い人形を指さす。

「ほら、人形の右手。さっきまでは溶けてたよね?」

溶けかけた人形の右手が、回復魔法でもかけられたように、ゆっくりと復元していく。

「ふむ。当たりか。『相応しくないものが部屋に践み入れば、彼女の堕胎が進んでしまう』というのは、これのことだろう」

「えーと、ボクたちが部屋に入ると、溶けるようになってるってことかな?」

エレオノールが尋ねる。

「ああ」

そう口にすると、エンネスオーネは慌てて部屋の外に出た。

「じゃ、彼女っていうのは、あの人形のことなんだ?」

俺はうなずき、そして言った。

「『心ない人形は、屋根のない屋敷以外では生きられない』 恐らく、あの人形を外に持ち出せば、完全に溶けてなくなるだろう。張り紙が意味する『心』とやらを持ってきて、あれに入れてやれば、持ち出しできるようになる、といったところか」

「そっかそっか、じゃ、その心を探せばいいってことだっ!」

と、口にして、エレオノールはまた疑問の表情を浮かべた。

「……あれ? でも、あの人形を持ち出してどうするんだ? エンネスオーネちゃんを生むために必要な本物かどうかもわからないじゃなかったっけ?」

「まあな。しかし、このフォースロナルリーフは、エンネスオーネの秩序が具現化したものだ。張り紙の文字は彼女の言葉に等しい。人形を外に出すことも、その秩序に意味があることに違いない」

言って、俺は踵を返す。

「心を探すぞ。順当に考えれば、体を持たない魂魄がそうか。魔力のない器の方も見ておいた方がいいだろう」

「了解だぞっ」

俺の隣に並び、エレオノールは言った。

「……アノス……」

つんつん、とゼシアが俺の足を指でつつく。

「どうした?」

「エンネが……言いたいこと……あります……」

見れば、エンネスオーネが、上目遣いで俺に視線を向けてくる。

恥ずかしがっているのか、頭の翼が縮こまっていた。

立ち止まり、俺は彼女の前にしゃがむ。

「どうした?」

『……あの、あのね……』

怖ず怖ずと、エンネスオーネは口を開く。

『……魔王アノスは……エンネスオーネのパパかもしれないの……』

予想だにせぬ言葉だった。