軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天父神と創造神

それは、遙か遠い彼女の記憶――

月明かりが降り注ぐ、真夜中だった。

王都ガイラディーテを守護する聖明湖。

聖水が湧き出るその湖の上を、一人の男が歩いていた。

黄金の髪と燃えるような赤い魔眼。

背に光の翼を有したその神族は、秩序を生む秩序、天父神ノウスガリアと呼ばれている。

「従え。聖なる水よ。神の言葉は絶対だ」

ノウスガリアが水面を踏めば、大きく湖に波紋が広がる。

彼の足を避けるかのように、湖は渦を巻き、深い空洞を作った。

その穴の中へ、天父神は浮遊しながら降下していく。

やがて、湖の底が近づくと、そこへ視線を向けノウスガリアは言った。

「従え、大地よ。神の言葉は絶対だ」

ゴ、ゴ、ゴ、ゴゴ、と地響きが鳴り、地面が道を譲るように変形していく。

渦を巻いたような穴が構築されると、そこへノウスガリアは飛び込んだ。

下へ下へと下りていけば、次第にぼんやりとした明かりが見え始めた。

音もなく天父神はその地に舞い降りる。

辺りには、聖水で作られた水の球体――聖水球が大量に浮かんでいた。

その中にある一際大きな水の球へノウスガリアは視線を向ける。

「胎動よ、響け。今、新たな秩序がここに生まれる」

低く厳かな声が響けば、聖水球の中が淡い光で満たされる。

中心には、小さな光の球があった。

根源である。

かつて人間だった者の根源。そこに聖水の力と天父神の秩序によって、強大な魔力が注ぎ込まれ、想像を絶するほどの力を放っていた。

「天父神の権能をもちて、憎悪とともに生きし人間よ、汝、新たな魔法秩序の名を授ける。< 魔族断罪(ジェルガ) >、< 根源母胎(エレオノール) >。二つの理、二つの力をもちて、汝ら魔王を滅ぼし、その子孫どもを殲滅せん」

周囲の聖水球に立体魔法陣が描かれ、その根源へ魔法線がつながる。

夥しい魔力が注ぎ込まれ、中心の聖水球は星のように瞬いた。

やがて、その淡い光の球――ジェルガの根源は二つに分けられた。

「魔王を恨め、魔族を恨め。この世界の枠から外れた不適合者を、未来永劫を恨み続け、その存在を決して許すな。これが、世の理。摂理なり。すなわち、< 魔族断罪(ジェルガ) >の魔法秩序」

僅かに、ノウスガリアは笑みを覗かせる。

「かくて、< 根源母胎(エレオノール) >は、命を育む。神の分身、見せかけの根源、心なき殺戮の兵士、すなわちそれこそが、 紀律人形(きりつにんぎょう) ゼシアなり」

天父神の光の翼が広げられ、黄金の魔法陣を聖水球に描く。

「滅ぼせ、暴虐の魔王を。滅ぼせ、ディルヘイドの魔族を。奴が生まれ変わる器という器をすべて滅ぼし、その根源を永遠に彷徨わせよ。神の言葉は――」

黄金の魔法陣を覆うように、更に魔法陣が幾重にも重ねられ、それが球状の立体魔法陣を構築していく。

金色(こんじき) の粒子が、天に昇って漂い始める。

ノウスガリアは仰々しく両手を掲げた。

「――絶対だ!」

「それは違う」

遥か彼方から、白銀の光が降り注ぐ。

神の刃が振り下ろされるが如く、黄金の球体魔法陣が真っ二つに斬り裂かれた。

天父神が、目の前を睨む。

ひらり、ひらり、と、そこへ舞い降りたのは、一片の雪月花。

いつのまにか、空には<創造の月>アーティエルトノアが輝いていた。

「神は絶対じゃない」

静謐な声を発し、雪月花とともにそこへ降臨したのは、長い銀の髪を持つ少女、創造神ミリティアだった。

彼女は、その瞳をまっすぐノウスガリアへ向ける。

「ははっ」

天父神は乾いた笑いを漏らす。

それはどこか感情に欠けていて、ただ無機質に響き渡った。

「世界を創りし、創造の神よ。君は秩序に従い、魔王の体と根源を切り離すことに成功した。アノス・ヴォルディゴードに取り入り、味方をするフリをして、魔王を転生させた」

ゆっくりとノウスガリアは、ミリティアへ近づいていく。

「神の計画は絶対だ。< 魔族断罪(ジェルガ) >と< 根源母胎(エレオノール) >、二つの魔法にて、枠から外れた不適合者の運命は、再び秩序の内側に定められた」

「転生前なら、魔王を滅ぼせるとあなたは思った」

ノウスガリアは不敵な笑みを覗かせる。

「天父神だけではなく、あらゆる秩序がそう判断した」

「それは間違い」

静かにミリティアは言った。

「君は――創造神の秩序は、この方法では、魔王を倒せないと言うのかな?」

彼女は首を左右に振る。

「< 魔族断罪(ジェルガ) >も、< 根源母胎(エレオノール) >も、優しくない。誰かを傷つけるだけのこの秩序は、間違っている」

「ははっ」

再び乾いた笑いを漏らし、天父神は言った。

「神は間違いを犯さない」

「正しいと思うの?」

無機質な声で、けれども悲しげにミリティアは問うた。

「二つの魔法が、なにを生むか、あなたにはわからない?」

「生まれるのは 理(ことわり) であり、秩序だ。そして、明日も世界は正しく回り出す。神の摂理は絶対だ」

静かに、彼女は首を振って否定した。

「生まれるのは秩序ではなく、悲しみ。理ではなく、悲劇。涙を生む秩序は、正しくなんかない」

「神に悲しみはない。それはただの秩序であり、この世界をあるべき形に保ち続けるためのもの。悲しみは神の責ではなく、それは小さき者たちに課せられた宿命だ」

悲しい瞳で、ミリティアはノウスガリアを見据える。

「……ごめんなさい……優しく生んであげられなくて……」

創造神は瞬きを二回する。

一度目でその瞳が白銀に染まり、二度目で<創造の月>アーティエルトノアと化した。

「優しい秩序」

小さく言葉をこぼし、ミリティアは、聖水球の中にあった根源を優しく見つめる。

そのうち一つが、白銀の月明かりを纏い、ゆっくりと聖水球の外へ出た。

ふわふわと浮かぶ光の球は、ミリティアのもとへ移動しては、その手に収まった。

「ああ、そうか。理解したよ。君はもう狂ってしまったのか」

「狂っているのは、あなた」

ミリティアの言葉を「ははっ」と一笑に付し、天父神は言った。

「救済しようか。創造神、暴虐の魔王に乱されし歪んだ秩序よ。天父神の力を受け、元の姿へ戻るがよい」

ノウスガリアの魔眼が赤く輝き、彼は両手に白銀と黄金、二つの炎を立ち上らせる。

「神の双炎に裁かれよ」

瞬間、白銀の炎と黄金の炎がミリティアを包み込む。

ゴオオオオオオォォォと音を立てて炎が激しい渦を巻いた。

しかし――

「氷の結晶」

ミリティアが一瞥すると、瞬く間に彼女の周囲の炎が凍りつき、粉々に砕け散った。

「神剣ロードユイエにて審判は下される」

ノウスガリアの周囲に無数の炎が立ち上り、それらが次々と黄金に輝く神剣ロードユイエに変化していく。

「魔王に歪められし、愚かなる秩序、創造神ミリティア。不憫なり。この神の刃にて、狂いし神の心を討とう」

勢いよく射出され、前後左右上下から襲いかかる無数のロードユイエを、くまなく視界に入れ、ミリティアはその瞳から、白銀の光を煌めかせる。

「< 源創(げんそう) の神眼>」

瞬きを一度。

その瞬間、ロードユイエの進行方向が変わり、刃と刃を交錯させる。

ガシャン、ガシャン、と音を立てながら、すべての神剣が一点で交わっていき、やがて光に包まれた。

「氷の世界」

光の中から現れたのは、小さなガラスの球体。

あたかもそれは魔法模型のようで、内側には雪が降る氷の世界が構築されている。

光が広がり、雪月花が吹雪のように舞い散った。

「……む……ぐ……!!」

ノウスガリアの体が、その小さな氷の世界の模型に吸い込まれていく。

抗おうと、天父神の魔力を振り絞っても、僅かに吸引が遅れるのみだ。

「しばらく、そこで大人しくしてて」

「ははっ」

下半身をすべて吸い込まれながらも、ノウスガリアは右手を開いて見せる。

そこには、先程二つに分かれた根源の内の一つがあった。

戦いの最中、聖水球からつかみとっていたのだろう。

「< 魔族断罪(ジェルガ) >の秩序はこの手に。そして、君の権能では、< 根源母胎(エレオノール) >を創り変えることはできない。遅いか早いか、それだけの違いにすぎないだろう。秩序を生む秩序を、いつまでもこんなところへ閉じ込めておけば、この世界はまともに機能しない。君もそれをわかっている」

更に体が吸い込まれ、顔と手だけをかろうじて出しながら、ノウスガリアは勝ち誇ったように言う。

「魔王は滅びる。世界は変わらない。神の秩序は絶対だ」

ガラス玉の世界へ、ノウスガリアは完全に飲み込まれた。

ミリティアは、それに目もくれず、手にした淡く光る根源を、そっと胸に抱く。

「彼の言う通り。わたしは、あなたを助けられない」

夜空に輝くアーティエルトノアから白銀の光が創造神に降り注ぐ。

それに誘われるかのように、彼女はゆらりと空へ浮かんでいく。

「だけど、できるだけ、優しく生まれるように」

<源創の神眼>にて、ミリティアはその根源を優しく見つめる。

半分に分けられた根源が補われるように、新しい根源が創造され、そこに融合した。

「二千年、待ってほしい。きっと、その悲劇からあなたを解き放つ人がやってくるから」

優しく、ミリティアはその根源を放した。

それは、< 根源母胎(エレオノール) >の魔法陣を描き、上下へ目映い光の柱を立てた。魔眼に優れたものとて、殆どのものは見えぬ、秩序の光である。

その輝きは、天地を支える支柱を彷彿させた。

空へと浮かび上がっていったミリティアの周囲は、いつしか真っ黒な空になっていた。

そこは生命の辿り着けない黒穹と呼ばれる場所。

目の前には、魔王城デルゾゲードの下層部が浮かんでいる。

「アベルニユー」

ミリティアの手の平に雪月花が舞い、それが小さな球体――創星エリアルに変わる。

妹に記憶を渡すかのように、彼女はデルゾゲードにその創星を放った。

「あなたの願いを叶えてあげる。最後まで、会うことはできなかったけど、心はいつもそばにあった」

蒼白い光を放ちながら、ゆっくりとエリアルはデルゾゲードに溶けていく。

「やがて、世界は秩序を失い、混沌に飲み込まれる。それは始まり。優しい――始まり。そうであって欲しい」

妹に言い聞かせるように、創造神は告げる。

「もう一度、あなたは恋をして、そしてきっと思い出す。ここに希望を、エンネスオーネを遺していくから。魔王と一緒に見つけてあげて。それから――」

静謐な声で、ミリティアはそっと囁く。

「いつか平和が訪れたら、思い出して。わたしは、ここで戦っていた」

そっと、魔王城の外壁に指を触れ、ミリティアは言う。

「世界を優しく変えるために」