軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

半分の魔剣

「す、すみません。お騒がせしてしまって……」

調印(サイン) の件が一段落つくと、ミサがそんな風に声をかけてきた。

「みんな、初めての生アノス様に動転してしまったみたいです」

「その言い方、なんか嫌だわ……」

サーシャが言うと、隣でこくこくとミーシャがうなずく。

「お酒みたい」

「ふむ。生アノス酒か」

「そこ、掘り下げなくていいわ」

一理ある。

「そもそも、同じクラスの者も何人かいたし、会うのが今日初めてというわけでもないだろう。なにが生なのかわからないな」

「あー、なんて言いましょうか。アノス様は世界から隔絶した雰囲気があって、あたしたちのことなんか、目に入っていないようなところがありますし。ずっと同じ教室にいましたが、今日初めて存在を認めてもらったような気がします」

「まあ、正直、俺の眼中にはなかったな」

「あはは……ですよね……」

ミサは若干落ち込んだようにも見える。

「気にするな。興味のないことは無視する主義なだけだ」

「それ、フォローになってないわ」

サーシャに同意するように、ミーシャがうなずく。

「しかし、今日で覚えたぞ。これからは存分に生の俺を味わうがいい」

「その言い方、なんか卑猥だわ……」

ミーシャが不思議そうに小首をかしげる。

「生のアノスは卑猥?」

「なんでもないわ。ミーシャは知らなくていいの」

ミーシャは無表情のまま視線を宙に向け、ぼそっと言った。

「……気になる……」

「あ、でしたら、ミーシャさん。アノス・ファンユニオンに入りますか? 色々と教えてあげられると思いますよ」

ミサの言葉に、慌ててサーシャが食いついた。

「絶っ対だめだわっ! わたしのミーシャに変なこと吹き込ませるわけないでしょっ! そういう隙あらば勧誘みたいなの、やめてくれるかしらっ?」

「あ、それなら、サーシャさんも入りませんか?」

「はぁっ!? なんでそうなるのよ?」

サーシャが驚いたように声を上げる。

「だって、ミーシャさんが心配なんですよね。一緒に入れば安心じゃありませんか」

ニコニコとミサが言う。

「お断りだわ。大体、こんなところに入る理由なんてないもの」

「そうですか。残念です」

と、ミサは口をサーシャの耳元に寄せ、小声でなにかを呟いた。

「……今なら、隠し撮りしたアノス様の魔法写真が特典でついてきたんですが……」

「そんなもの――」

サーシャが一瞬、俺の方を向く。

「まったく興味ないわ」

と言いながら、ミサに顔を近づけ、サーシャは小声で言った。

「……ちなみにどんな写真よ?」

「ふふふー、見ますか? 着替え中の一瞬を撮った半裸もありますよ?」

「半裸……!? な……そんな、不健全な……ふ、不埒だわ……!」

顔を真っ赤にしてサーシャが声を上げる。

「あ、そういうのはお嫌いですか。じゃ、もっと健全で凛々しい表情のものをご用意しますから……」

「ま、待ちなさいっ……」

ミサがきょとんとした表情を浮かべる。

「はい?」

「念のため、見るわ。念のため」

サーシャは念のためを強調している。

ふむ。いったい、なんの話をしているのだ?

耳をすませば聞こえるだろうが、まあ、わざわざ小声で話しているのだから、聞かないでおいてやるか。

「わかりました。では、二階にありますから、ご案内しますね。アノス様、少々お待ちいただけますか?」

「ああ」

なにやら懐柔されたらしく、サーシャはミサにつれられて二階へ上がっていく。

「ミーシャは行かなくていいのか?」

「アノスが行かないから」

「そうか」

「ん」

しばらくして、ミサが階段を駆け下りてきた。

「お待たせしました」

「サーシャはどうした?」

「ふふふー、お楽しみ中みたいです」

意味深にミサが言う。

「あの……アノス様、実は一つ、お願いがあるのですが……」

先程までとは打って変わり、ミサは真剣な表情を浮かべた。

「なんだ?」

「厚かましい申し出とは重々承知していますが、あたしたちをアノス様の班に入れてもらえないでしょうか?」

なるほど。まあ、妥当な頼みではあるか。

俺以外の班リーダーは皇族だからな。それに従うのは統一派としては不本意だろう。

「俺が配下を迎え入れるには条件がある」

「なんでしょうか?」

「強いか、面白いかだ」

そう口にすると、ミサは困ったように笑う。

「やっぱり、そんなに簡単じゃなさそうですよね……」

「一つ訊くが、お前はなぜこんな活動をしているんだ?」

「こんな、とおっしゃいますと、統一派のことですか?」

「ああ。確かにディルヘイドは皇族が支配していて、魔族は二分されている。だが、さほど困ることがあるわけでもあるまい。統治は行き届き、ディルヘイドは平和だ。権力を持てないという点に目をつむれば、生活はなかなか快適だろう」

皇族の問題があるにせよ、二千年前に比べれば、ずいぶんと良い時代だ。

なにせ神話の時代では力なき者は死んだのだからな。弱くとも命を奪われることがないというのは、なんとも贅沢な話だ。

「大した力を持っていないお前たちが、魔族を正しく統一しようなどというのは、危険ばかりが先に立つんじゃないか?」

「……そうですね。アノス様の言う通りです」

一瞬、ミサは俯く。

けれども、すぐ気を取り直すように顔を上げ、笑みを浮かべた。

「よかったら、あたしたちのユニオン塔を案内させていただけませんか? 見せたいものがあるんです」

ミサはひたむきな視線を向けてくる。

答えたくない、といったわけではなさそうだな。

「なら、案内してもらおうか」

「はい! こちらです!」

ミサは階段を上り、ユニオン塔の中を簡単に説明してくれる。

二階、三階にはアノス・ファンユニオンに関連する物がおいてあり、普段の活動はここで行う。俺の姿を模した彫刻やら、入学してから今日までの俺の武勇伝をまとめた日誌などを簡単に見せてもらった。

四階は寝泊まりのできる居住スペースとなっており、五階にはディルヘイドの歴史書や魔族関連の書物で溢れていた。簡単に見てみたが、二千年前のことがまともに載っている歴史書はなかった。

更に階段を上り、最上階へやってくる。

部屋の中央には、石の台座があり、そこに一本の魔剣が刺さっていた。

ふむ。奇妙な造りだな。

潜在的には、神話の時代の逸品に劣らないほどの魔力を感じるが、不完全な状態だ。その魔剣は縦に真っ二つに割ったかのように半分しかないのである。

「これが見せたいものか?」

「はい」

ミサはゆっくりと歩いていき、半分の魔剣の前で立ち止まった。

彼女は剣をじっと見つめる。

そうしたまま一向に口を開こうとしないが、俺は黙って待つことにした。

やがて、静かに彼女は言った。

「……もしかしたら、アノス様なら気がついていらっしゃるかもしれませんが、あたしは純粋な魔族じゃありません。父は魔族ですが、母は精霊です」

半霊半魔か。どうりで精霊の力を感じるわけだ。しかし、精霊と魔族が交わるときが来るとは、人間と魔族の混血がいるとわかったとき以上の驚きだな。

「母はあたしが生まれてまもなく亡くなったそうです」

少し悲しげにミサは言う。

「父とは、一度も話したことがありません。顔も名前も知らないんです」

「なぜだ?」

「父は皇族で、そしてかなり身分の高い立場のようです。もしかしたら、ディルヘイドのどこかを統治する魔皇かもしれません」

わからないな。

「それがどうかしたのか?」

すると、ミーシャが言った。

「皇族は皇族の子孫を残すのが責務。血族に皇族以外の血を入れた場合、その一族は当人から三親等まで皇族から除外される」

「なるほど。自分だけではなく、血族にまで影響が及ぶわけか」

娘が混血だろうと、本人の血が薄まるわけではあるまい。

頭のおかしなことを考えるものだ。

「ミーシャさんの言う通りです。もちろん、父もそのことはよくわかっていたと思いますよ。本当なら、皇族以外と恋をするべきではありません。それでも、どうしても母を好きになってしまったんでしょうね」

ふふふっ、とミサは笑う。

「なんて、これは、ただの妄想なんですけどね。だったら、いいなって、そう思って……」

ミサはそう言うが、本当に好きにならなければ、そんなリスクは冒さないだろう。自らの立場さえ、危うくなるのだから。

「父はあたしと話すわけにいきません。半霊半魔の娘が存在するなんて知られたら、なにもかも失うことになります。だから、会うことさえなく、顔も名前もあたしに明かすことはありませんでした」

自分だけならともかく、血族を巻き込むことはできないと考えたのだろう。

「唯一、あたしの一○歳の誕生日に、誰にも知られないように使い魔のフクロウを使って、この半分の魔剣を贈ってくれたんです」

その柄に、ミサは優しく触れる。

「本当は、こんな痕跡を残さない方がいいんでしょうけどね。でも、だから、これは、なにも口にすることのできない父からのメッセージだと思ったんです。この剣の残り半分はきっと父が持っています。今は二つに分かれたこの魔剣が、きっといつか、一つになる日がやってくる。皇族と混血が、正しく手をつなげる日がやってくる。そのために、父は戦っているって。必ず迎えに行くから待っててくれって、あたしにそう言ってくれたんだと思ったんです」

ミサは俺を振り返る。

「ディルヘイドは平和です。皇族の統治は優秀で、確かに親の保護がないあたしでも、学院に通い、なに不自由なく暮らしていくことができます」

そこで言葉を切り、彼女は悲しそうに笑った。

「でも、あたしはなに不自由のない暮らしより、貧しくても父と笑いあえる毎日が欲しかったんですよ」

それは感情を絞り出すような言葉だった。

「父親と娘が、引き裂かれて話すことさえできない。そんな悲しいことは、あたしで終わりにしたいんです。みんな、そうです。統一派のみんなは、皇族の平和な統治の影に追いやられ、親と会えなかったり、家族をなくしたりした、そんな経験を持つ人ばかりです」

訴えるような視線でミサが俺を見つめてくる。

「それでも、理想と現実の溝は深いです。だから、アノス様。あなたを学院で見たとき、あなたが皇族を圧倒的な魔力で蹂躙していたとき、あたしたちはようやく希望の光を見つけたと思ったんです。あなたを暴虐の魔王と信じることができました」

「ふむ。では、俺が始祖でなかったら、どうするつもりだ?」

「構いません。あたしたちは、このささやかな幸せを勝ち取るためなら、始祖とも戦います」

ミサははっきりと断言した。

「あたしたちが信じたのはあなたの言葉です。あなたが、自分は暴虐の魔王だとおっしゃったから信じたのです」

始祖が必要としたわけではない、か。

確かに統一派にとって、皇族である始祖を求める理由はない。

「アノス様。どうか、力なきあたしたちをお許しください。そして、共に戦ってくださいますよう……」

大凡の事情はつかめたな。

「次の班別対抗試験はいつだった?」

予想外の質問だったか、ミサはすぐに答えられなかった。

「明後日」

ミーシャが言う。

「なら、ミサ。明後日、俺に挑むといい」

「ですが……」

「勝てとまでは言わないがな。俺の力をあてにするような配下はいらん。始祖とでも戦うと言った言葉が嘘でないのなら、その覚悟を示せ」

口を噤み、ミサは決意したようにうなずいた。

「わかりました。必ずアノス様のご期待に応えてみせます」

「さて。じゃ、サーシャを呼んできて、昼飯にするか」

最上階を後にし、階段を下っていく。

「そういえば、アノス様は剣の扱いは慣れていますか?」

ミサが訊いてくる。

「いや。俺の剣は、力任せに振り回すぐらいだな。なぜだ?」

「その、明日は大魔剣教練ですから、アノス様の勇姿が見られるのかと思いまして」

そんな話も聞いた覚えがあるな。

「確か、外部から講師が来るんだったな?」

「ええ、メルヘイス様のお話では、大魔法教練のときと同じように七魔皇老が来るかもしれないそうです」

ふむ。アヴォス・ディルヘヴィアは俺が薄々勘づいていることぐらいはわかっているだろうからな。どう出るつもりなのか。お手並み拝見といこうか。

「それと、これはたぶん生徒はまだ知らないと思いますけど、転入生が来るんですよ」

意味ありげに言ったミサの言葉を、俺は特に気にとめなかった。