軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユニオン

授業が終わり、昼休み。

生徒たちは一斉に立ち上がり、昼食を取るために教室を出ていく。

王笏については再び学院で鑑定することになり、その結果、俺の班の得点が決まるようだ。まさか、また盗ませるような真似をするとも思えないが、どうも魔王学院は不適合者の俺をあまり評価したくはないらしい。

理由としては恐らく、エミリアが口にした統一派とやらが関わっているのだろうな。

「アノス様っ」

俺が立ち上がると、白服の女性徒が声をかけてきた。

先程エミリアに食ってかかったミサ・イリオローグだ。

「なんだ?」

「先程は庇ってくださり、ありがとうございます」

「ああ、気にするな。お前を庇ったわけじゃない」

そう言うと、ミサはにこやかに笑った。

「でも、おかげで処分を免れました。アノス様が王笏を見つけてくれなかったら、きっとしばらく学校に来られなかったでしょうから」

ふむ。処分を覚悟で自分の意を通そうとしたわけか。なかなか見上げた奴だな。

「ミサだったな?」

「はい。名前を覚えていてくださったなんて、光栄です」

「一つ訊きたいんだが、統一派というのはなんだ?」

笑顔を崩さず、ミサは答える。

「今のディルヘイドは、殆ど皇族が統治しているのはご存知かと思いますが」

「おおよそ見当はついているが、詳しくは知らない。教えてくれるか?」

「はい、喜んで」

ミサは快く承諾し、説明を始めた。

「ディルヘイドの各地を統治するのは魔皇ですが、魔王学院を出ても魔皇になれるのは始祖の血を完全に受け継ぐ皇族だけです。権力の殆どは皇族にあり、あたしたち混血はディルヘイドのことを決めることができません。魔族は今、能力の有る無しにかかわらず、皇族とそれ以外のものに二分されているんです」

まあ、これまでの皇族たちの発言を聞く限りでは、大体予想通りではあるな。

「そんな皇族至上主義を掲げる皇族派に対して、皇族も混血も分け隔てなく、魔族を正しく統一しようというのが統一派です」

「皇族がディルヘイドを支配している現状で、その統一派とやらの活動が満足にできるものか?」

魔王学院で統一派の活動が禁じられているなら、その他でもさして変わりはあるまい。

「もちろん、簡単なことではありません。ですが、あたしたち統一派にも有力な後ろ盾があります」

意外だな。まあ、ここまで皇族が幅を利かせているのだから、後ろ盾の一つでもなくては統一派などという謀反じみたことはできないか。平和と言っても、自由に己の主張ができるまでではないのだろう。

「後ろ盾というのは?」

「七魔皇老の一人、メルヘイス・ボラン様です。七魔皇老でありながら唯一、統一派の考えに賛同してくださる御方です」

七魔皇老か。だとすれば少々ややこしいな。七魔皇老全員が皇族派だというのなら、構図はわかりやすい。魔王学院を運営している奴らが暴虐の魔王である俺を不適合者に仕立てあげ、別の何者かを、あるいは自らが暴虐の魔王に成り代わろうとしている。

だが、統一派は皇族も混血も分け隔てなく扱うように主張している。これが通るのなら、せっかく俺を不適合者にしたのが台無しになってしまう。

七魔皇老も一枚岩ではないということか。それとも、統一派の側に身をおいた方が、逆に目的を果たしやすいのか?

アイヴィスの報告を待たないことには、なんとも結論が出ないな。

「……アノス様。もし、統一派に興味がおありなようでしたら、メルヘイス様をご紹介しましょうか?」

この申し出、ただの親切と取るわけにはいかないだろうな。七魔皇老が俺に接触しようとしているのなら、なにか企んでいるということも考えられる。

まあ、向こうから動いてくれるのなら、乗らない手はないがな。

「そうしてくれるのなら有り難いが、そんなにすぐ会えるものか?」

「はい。アノス様でしたら、是非にとおっしゃると思います」

「なぜだ?」

「あたしたち統一派はアノス様が暴虐の魔王と信じています。班別対抗試験での圧倒的な力や、大魔法教練で見せた魔法研究の叡智、いずれにおいても凡百な魔族に成せる業ではありませんから」

皇族という枠にこだわらないのなら、実力がすべてだ。俺を暴虐の魔王ではないかと思うのも当然と言えば、当然の話だ。

とはいえ、これまでがこれまでだからな。こうも容易く信じられると、逆に疑ってしまうな。統一派の立場からすれば、単に担ぎやすそうな御輿を見つけただけかもしれない。

「あの……どうなさいました……?」

「いや。なら、メルヘイスに話をつけてくれ」

そう口にすると、ミサは嬉しそうに微笑んだ。

「わかりました。それと、よかったら、これからあたしたちの仲間がいる場所に来ませんか? みんな、アノス様が来てくださったら、すごく喜ぶと思います」

もののついでだ。行っておくか。

「案内してくれるか?」

「はい! どうぞ、こちらです!」

嬉しそうに声を弾ませ、ミサは元気いっぱいに踵を返す。

彼女に案内してもらい、俺はその後ろを歩いていった。

一旦教練場のある建物から出て、外を進む。

「――ところで、お前たちも来るのか?」

俺の両隣にぴたりとついてきているミーシャとサーシャに声をかける。

「サーシャが行きたいって」

「別にいいでしょ。わたしはアノスの配下なんだから、一緒に行ったって」

やれやれ、好奇心旺盛なことだ。

「ということで、ミサ、二人増えたがいいか?」

ミサはくるりと振り向き、笑顔を浮かべた。

「構いませんよ。お二人もアノス様が暴虐の魔王だと信じていらっしゃるんですよね?」

ミーシャはこくりとうなずく。

「一緒にしないでくれるかしら? わたしは信じてるんじゃなくて知ってるの」

ツンとした態度でサーシャが言う。

まったく、なにを張り合っているのやら。

「そうなんですね。でも、混沌の世代のサーシャさんがそうおっしゃるんでしたら、説得力が増しますよね。尚のこと大歓迎ですよ」

ミサはニコニコとした笑みを浮かべる。

「できたら、なにを知っているのか教えて欲しいですけれど……?」

「それはわたしが決めることじゃないわ」

ミサが俺を見る。

「証拠などないぞ。あれば、不適合者にはなっていない」

とりあえず、そう言っておいた。

「でも、サーシャさんは知ってるって……」

「その二人は特別だ」

ミサは一瞬押し黙り、「そうですか」と呟いた。

なにが特別なのか気になったのだろうが、それ以上は特に訊いてこようとはしない。

なぜか、サーシャは少し嬉しそうだった。

「ねえ。あなたの仲間ってことは統一派のことでしょ。デルゾゲードで統一派の活動は禁じられてるんだから、集まったりしたら目をつけられるんじゃないかしら?」

「大丈夫ですよ。その件についてはあたしたちもずいぶん悩みましたが、目をつけられても問題ない大儀名分を思いつきました」

ミサが足を止める。そこはユニオン塔の一つだ。

デルゾゲードの敷地にはいくつもの塔が建っているのだが、そのうちのいくつかは学内で生徒たちが共通の趣味や興味のあることを行うユニオン活動の場所として提供されているらしい。

ユニオンについては剣術の鍛錬を行う剣術ユニオンや、魔法の研究を行う魔法研究ユニオンなど、様々なものが存在する。

塔の入り口にはプレートがあり、そこには大きくユニオン名の記載があった。

『アノス・ファンユニオン』、と。

「ふふふー、どうですか、これ。アノス様のファンとなり、アノス様を応援するファンユニオンを結成しました。あたしたちが行っているのは統一派の活動ではなく、ただ純粋にアノス様の日頃の発言や、凛々しいお姿について、素晴らしいことを言っていたなぁとか、格好いいね、とか、そういうことを語り合っているだけなのですよ」

「馬鹿なのっ!」

得意気に言ったミサに、サーシャは激しく突っ込んだ。

「そうは言いますけど、魔王学院の学則に則っていますから、そうそう処分は受けません。ルールを守っている限りは、メルヘイス様の口添えも効果がありますから」

そう言いながら、ミサはユニオン塔の扉を開く。

「それに、アノス・ファンユニオンは世を忍ぶ仮の姿ですよ。この中では、日々いかにして皇族派の圧政をくじくことができるのか、真剣な議論が繰り広げられています」

ユニオン塔へ入ると、中にいた生徒が一斉にアノスの方を振り向いた。

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! アノス様っ、アノス様よぉぉっ!!」

「嘘ぉっ、本当だっ。なんで? どうして!?」

「どうしようぅぅっ? 今、あたし、もしかして、アノス様と同じ空気吸っちゃってないっ!?」

「そっ、そうだよぉぉぉっ、これってこれって、間接キスだぁぁぁっ!」

「お、お、おおお、落ちつきなさいよっ! そしたら、あんた、ここにいる全員と間接キスしてるわよっ!」

サーシャは白い視線をミサに向けた。

「真剣な議論が、なんだったかしら?」

「あ、あはは……お恥ずかしながら、世を忍ぶ仮の姿のはずが、気がつけばみんなアノス様の魅力にコロリとやられてしまってですね……」

「恥ずかしいなんてもんじゃないわ」

そのとき、一人の女性徒が意を決した様子で俺の前に立った。

「あ、アノス様っ! こ、これに 調印(サイン) してもらえませんかっ!?」

そう言い、女性徒は< 契約(ゼクト) >の魔法を展開した。

ふむ。契約内容は生涯俺のファンでいることを誓う、か。俺にまったくデメリットのない、率直に言えば、頭のおかしな< 契約(ゼクト) >としか言いようがないな。

「ちょっと、あなた、抜けがけはだめよっ! わたしもお願いしますっ!」

「わたしもっ!」

次々と俺の周囲に生徒たちが集まってきて、< 契約(ゼクト) >の魔法を展開する。

どれだけ魔眼を凝らしても、それは彼女たちが不利になるだけの契約だ。

「これは、今の時代じゃよくあることなのか?」

ミーシャに尋ねると、彼女はふるふると首を横に振った。

「人気者だけ」

俺が人気者というのもこそばゆい話だが。

「人気だからと言って、この< 契約(ゼクト) >はどうかと思うが? なんの意味があるんだ?」

「二千年前はファンユニオンはなかった?」

「あいにく聞いたことすらない」

ミーシャはじっと考え、言った。

「みんな、忠義を示したい」

ふむ。なるほど。忠義か。そういえば、シンの奴と似た雰囲気を感じるな。この俺に忠誠を誓うこと自体を誇りに思っているというわけか。そんな奇特な魔族はあいつぐらいだと思っていたが、時代が変われば変わるものだな。

「あ、あの、皆さん。いきなりそんなことをしてはいけませんよ。物事には順序というものがありますからね」

調印(サイン) をねだってくる女性徒たちとの間に、ミサが割って入った。

「あなた以外、まともな人がいないみたいね。統一派って、大丈夫なの?」

「……皆さん、やるときはやると思うんですが……あはは……」

ミサは曖昧に笑うしかない様子だ。

「まあ、気にするな、ミサ。調印の一つや二つ、いくらでもしてやる」

「えっ? そうなんですか? じゃ、お願いしますっ!!」

ミサはものすごい勢いで< 契約(ゼクト) >を使い、頭を下げた。

お前もか、という目でサーシャが彼女を見る。

「あ、あはは……いいじゃないですか……」

「えー、ミサ、ずるいわよっ! 抜けがけっ、抜けがけっ!」

「そうよそうよ。みんな、アノス様の 調印(サイン) 一号になりたいんだからっ!」

女性徒たちの抗議に、ミサは堂々と言った。

「いいえ、これだけは譲れません。アノス様をつれてきたのはあたしなんですから、あたしに 調印(サイン) 第一号の資格があるはずです! 力尽くでも第一号はもらいますよ!」

ミサが臨戦態勢に入ったからか、魔力の粒子が体から立ち上る。

ふむ。魔力の波長が普通の魔族と違うな。これは、精霊の力が混ざっているのか?

「いくらミサでも、そう簡単にはやらせないわよ……」

「そうだわ。なにを捨てても、 調印(サイン) 第一号は譲れないっ!」

他の女性徒たちも魔力を開放し始め、なぜか一触即発という雰囲気になってしまった。

「……ちょっと、落ちつきなさいよ。こんなくだらないことで喧嘩してどうするの?」

サーシャが苦言を呈すると、女性徒たちは口々に言った。

「いいえ。アノス様の 調印(サイン) には命を賭ける価値があるわ!」

「ええ、たとえここで死んでも悔いはない。滑稽に見えるかもしれないけど、あたしたちには譲れないものがある!」

ミサが達観したような表情を浮かべ、静かに声を発した。

「サーシャさん。どうか笑ってやってください。アノス様を好きな気持ちでは一寸たりとも退けない。それがあたしたち、アノス・ファンユニオンなのですから」

魔力と魔力が火花を散らす。

彼女たちが一斉に動こうとした瞬間、俺は言った。

「ふむ。要は全員が 調印(サイン) 第一号になればいいわけだろ?」

その声で、ぴたりと女性徒たちは静止する。

「それはそうですが、しかし、全員が 調印(サイン) 第一号というのは矛盾しています。どんなに同時に 調印(サイン) をしても、0.1秒、0.01秒の誤差があります。その差が第一号とそれ以外をわけますから……」

「なんで、 調印(サイン) 第一号ぐらいでそんなにムキになるのよ……。0.1秒なら、もう同時ってことにしなさいよ……」

サーシャがぼやく。

「まあ、信念は人それぞれだ。それを笑うつもりはない。が、俺を暴虐の魔王と信じるなら、それぐらいの矛盾を不可能のように言うのはやめることだな」

俺は全員の< 契約(ゼクト) >に調印した。

「あ、あれ? きゃああぁぁっ! 見て見てっ! 調印(サイン) 、 調印(サイン) されてるわっ!」

「わたしもわたしもっ! それにそれに、見てっ! 契約時間に0.1秒も誤差がない。0.00001秒も。まったく同じ時間になってるよっ!!」

「ほんとだぁぁっ! これならみんな第一号だよぉぉぉっ!!」

「でもでも、どうやってっ!!? こんなことってあるの!?」

驚きを示す女性徒たちに、俺は言った。

「なに、< 時間操作(レバイド) >で一瞬時間を止めて、それぞれの< 契約(ゼクト) >に調印しただけだ」

途端に悲鳴のような声が上がった。

「時間を止めて 調印(サイン) なんて、超格好いいぃぃっ!!」

「そんなことされたら、わたしの心臓も止まっちゃうよぉぉっ!!」

やれやれ。

「調印如きで騒がしいことだな」

「そう思うなら、調印如きで時間止めないでよね……」

サーシャが横からいらぬ言葉を呟いた。