作品タイトル不明
呪いの友情
「< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >」
< 獄炎鎖縛魔法陣(ゾーラ・エ・ディプト) >で縛られたイージェスの背後に、真っ黒な闇が漂い、それが棺の形を象っていく。
「蓋を閉じれば最後、永劫に死に続ける闇の棺だ。延々と与えられる死の苦しみから解放されるには、術者が蓋を開ける以外に術はない」
闇の棺が構築され、それが冥王の体を納める。
まだ蓋だけはなかった。
「< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >は、そこに納められた遺体の魔力により強度を保つ。その蓋は術者以外には開けられず、外から楽にしてやることもできぬ」
蓋の開いた< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >に、指先で十字を描く。
それに沿って、闇の粒子が棺の上を覆った。
「本来は拷問用だが、死に続ける限りは極めて安全だ」
闇の棺の中で、遺体は死を永劫に繰り返す。
すなわち、常に死んだ直後の新鮮な遺体となり、滅びることはない。
拷問を終わらせるため、棺を壊そうにも、遺体の収められた< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >は、強力な魔法障壁と反魔法に守られている。
死を糧にした護りは強固だ。
ゆえに、いざというときは、要人警護にも使うことができる。
危機が去るまで死にながらやりすごすというわけだ。
「それが嫌ならば、俺と協力し、亡霊を倒すか?」
冥王は静かに言った。
「暴虐の魔王と呼ばれながら、誰よりも甘い男よ。そなたに亡霊を倒すことなどできはせん」
ここで軍門に下るような男ではないか。
「埋葬」
そう命じれば、闇の十字線が広がり、棺を覆う。
それは瞬く間に蓋と化し、イージェスを完全に収納した。
ゴゴォ、と音が響き、< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >は石段を破壊し、埋葬されるが如く、土に埋まっていく。
しかし、それが途中でぴたりと止まった。
闇の棺の隙間から、黒い泥がヌルヌルと染み出してくる。
ただの泥ではない。魔力がある。
だが、イージェスの魔力ではない。
「開け」
< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >に命ずれば、棺の小窓が開く。
中にいたのは、イージェスではない。
六本の角を持つ魔族、詛王カイヒラムだ。
『――俺様を殺したな、魔王――』
カイヒラムは死んでいる。
それでもなお、彼の呪いが働き、その 呪詛(こえ) をぶちまけたのだ。
『俺様を殺したな、魔王』
――殺したな、俺様を――
――俺様を殺したな――
――俺様を――
――殺したな、魔王――
――俺様を――
不気味な怨嗟が、幾重にも重なり、繰り返し響く。
彼の遺体から、その根源から、呪いの魔力が溢れ出した。
『< 死死怨恨詛殺呪泥城(ギャギ・ギギョル・ギギガ) >』
禍々しい 呪泥(じゅでい) が、辺りにどっと溢れ出し、闇の棺を飲み込んだ。
怒濤の如く押し寄せるその呪いを、飛び退き避ける。
「ふむ。厄介なところで目覚めるものだ」
先程までジステがいた場所に視線を向ける。
そこは黒い靄で覆われていた。
紅い 槍閃(そうせん) が走ったかと思えば、その中から冥王イージェスが姿を現す。
< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >の蓋を閉じた後、カイヒラムが魔法で身代わりになったのだろう。
「馬鹿なことをしたものよ」
イージェスが槍を手に、石段を駆け上げってくる。
自分の代わりに< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >に納められたカイヒラムを助けようというのだろう。
だが、それを妨げるべく、呪いの泥が壁のように石段すべてを覆いつくす。
俺と冥王を完全に分断していた。
――逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ――
そう呪いの言葉が、強く、執拗に、冥王の頭に染みをつける。
それはイージェスの反魔法すら突破し、足を止めるほどの強制力を働かせた。
――俺様に構わず、構わず、構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず構わず――
――逃げろ! イージェスイージェスイージェスイージェスイージェスイージェス――
『逃げろ、イージェスッ!!』
強制の呪いを振り切るように、冥王は言った。
「叫くな。これは余の戦い。そなたが死ぬのは筋違いというものよ」
ディヒッドアテムにて、イージェスは呪いの泥を斬り裂き、遥か時空の彼方へと飛ばす。
「カイヒラムのもとまで来たいのならば、手伝ってやるぞ、イージェス」
反対側から魔法陣を一〇〇門描き、呪いの泥めがけ、< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >を乱射した。
ドドドドドドドドッ! ゴオオオオオオオォォォッと泥は弾け飛び、黒き太陽に次々と焼かれていく。
――借りは返す――
――借りを、借りを――
――貴様に、借りを――
――返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す返す――
「ノール・ドルフモンドのことならば、単に目的が一致したまでのこと。つまらぬ恩義を感じる必要はなかろう」
『黙れ』
――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――
ギギギ、ギギ、ギギギギと気味の悪い音を立てながら、呪泥が津波の如く、イージェスに襲いかかる。
紅血魔槍でそれを次元に飛ばしていくも、泥の波は勢いが強く、なにより無尽蔵に溢れ出し、イージェスは押し流された。
「……ぬぅ…………」
槍を支えにして、イージェスはその呪いを睨む。
――見えるか、冥王――
――これこそ、これこそは――
――我が師、我が魔法の師――
――ノール――
――ノール・ドルフモンド――
――ノール・ドルフモンドより受け継がれし呪い――
――根源を蝕む死の呪い――
室内に泥という泥が溢れかえっていた。
それらは死の呪いを辺りに撒き散らし、壁や天井、地面、また遺跡に触れたかと思えば、すべてを同じく 呪泥(じゅでい) に変えていく。
<破滅の魔眼>と反魔法を常時使っていなければ、この身さえも泥に変えられてしまうだろう。
――貴様にも――
――あるあるあるある――
――冥王、貴様にも――
――イージェス、あるはずだ――
――イージェス、冥王、貴様にも――
『貴様にも、受け継がれたものがあるだろうっ!!』
呪いに交じり、カイヒラムの強い想いが声となって木霊する。
泥の飛礫が雨あられの如く、俺めがけて襲いかかった。
それらを< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >で焼き尽くすと、周囲にバラまいた漆黒の太陽が、炎の手をつなぎ、立体魔法陣を構築した。
宙に漂ういくつもの< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >から俺の右手に熱線が集う。
――行け――
――これは、呪いだ。貴様にかける――
――呪いだ、逃れられぬ、逃さぬ――
――俺様の呪い――
――許さぬ――
――俺様に受け継がれてきた――
――ドルフモンドの魂――
――やり遂げろ――
――行け――
「< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >」
右手が黒き輝きを発しながら、煌々と燃える。
それを振り払えば、呪いの泥に火がつき、瞬く間に燃え広がった。
――根源滅びようと、呪いは滅びず――
――行け――
――許さぬ許さぬ許さぬ――
――俺様の屍を越え、我が呪いを浴びろ――
――行け、己が目標へ――
――この呪いを受けよ――
――許さぬ、許さぬ、決して、立ち止まることは許さぬ――
『行けっ、友よっ!!!』
永劫の死を与え続けられるカイヒラムの呪いは、ときが経つ毎に勢いを増す。
< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >にて焼き滅ぼそうとも、泥の池のどこかに沈んだ棺から、呪泥が染み出し、室内に溢れかえる。
そうしながら泥は少しずつ、この場に城を作りあげていく。
その呪詛は自らの根源をも蝕み、やがて蘇生すらも不可能とするだろう。
それでもなお、呪いの言葉は響く。
――行け――
――行け行け、行け、イージェス――
『俺様に構わず、目的を果たせ、イージェスッ!!』
――行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け――
――この屍を乗り越えろ――
――これは呪いだ――
――避けられぬ、俺様と貴様の、決して避けられぬ呪い――
――行け、イージェス――
「……なんと口うるさく、お節介な男よ……」
冥王はぐっと槍の柄を握り締める。
「そなたの 呪(おも) いは受け取った」
イージェスが一転して踵を返し、この室内から逃走する。
溢れかえる泥の壁を< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >の手で焼き尽くし、俺は一足飛びにイージェスへと迫った。
「< 神座天門選定召喚(グアラ・ナーテ・フォルテオス) >」
イージェスの右手に選定の盟珠が現れる。
俺の前に立ちはだかったのは、水の体を持つ、性別不詳の武人。
突きだした< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >の右手を、そいつは手にした水の槍にて打ち払った。
水葬神(すいそうしん) アフラシアータか。
――逃がさぬ――
――逃がさぬ、魔王。逃がさぬ逃がさぬ――
――俺様の呪いを受けろ、魔王――
――逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ逃がさぬ――
背後から、大量の呪泥が俺に降りかかる。
< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >でそれを焼くと、水葬神アフラシアータが槍を伸ばす。
それは水の如く変幻自在に変化し、顔面に迫ったかと思えば直前にかくんと進路を変え、俺の足元に突き刺さる。
ザパパァァァンッと噴水が立ち上り、目の前が大量の水と魔力で覆われた。
イージェスは紅血魔槍にて、次元の割れ目を作ると、そこへ飛び込んでいく。
今ならば、追うのは容易い。
だが――
「ふむ」
なにもかもを泥に変えていく< 死死怨恨詛殺呪泥城(ギャギ・ギギョル・ギギガ) >と、石段を上がった先にある壁画に視線を向ける。
「放置するわけにはいかぬか」
棺の中のカイヒラムに視線を向ける。
「詛王に感謝するのだな、イージェス」
奴が作った次元の割れ目が閉じれば、再び召喚されたか、冥王の選定神アフラシアータが、転移していった。
最早、役目は終えたはずだが、呪いの泥は四方八方から俺に襲いかかる。
カイヒラムはすでに死んでおり、その直前に発動した怨念にしたがって呪いは動き続ける。
この場に誰もいなくなれば、地上へ向かい、人々を呪いで蝕むだろう。
まずは沈んだ棺を捜さねばなるまい。
俺は最低限の反魔法を身に纏い、襲いかかる泥にあえて飲み込まれた。
呪泥の水流に身を任せれば、体が底へ底へと沈んでいく。
落ちれば落ちるほどに、泥の呪いは強くなり、体を、そして根源を蝕もうとする。
反魔法が破られ、俺の体に泥が触れる。
これを防げば、目的の場所へは辿り着けぬ。
「俺の根源を呪え」
体の代わりに根源を差しだし、呪いの泥をその内に取り込む。
吐き気を催す苦痛が身を襲い、気が狂いそうになるほどの呪詛が耳に粘りついて、離れない。
なおも俺の体は沈み、呪いはますます強くなる。
カイヒラムが死を迎える際に味わった痛み、それらが何倍にもなって俺の身に跳ね返ってきた。
その苦痛と、呪詛の声に耐え、じっと待てば、目の前に呪いの大元、カイヒラムが納められた闇の棺が見えた。
「< 焦死焼滅燦火焚炎(アヴィアスタン・ジアラ) >」
輝く黒炎の手にて俺は即座に呪いを焼き払う。
<破滅の魔眼>で泥を見据え、それを滅ぼせば、カイヒラムが納められた< 永劫死殺闇棺(ベヘリウス) >までの道が出来た。
泥が再びそこを覆うより早く、下へ向かって飛び抜けて、闇の棺に手を触れる。
「開け」
血を一滴棺に垂らせば、ガゴンッと蓋がズレて、魔力の粒子となって消えていった。
「< 蘇生(インガル) >」
カイヒラムを蘇生し、呪いの発動条件を止める。
同時にもう一つ魔法陣を描いた。
「< 呪詛解滅(ペネリスク) >」
カイヒラムの体に残った呪詛の魔力とその魔法術式を解き、滅ぼしていく。
泥が背後から俺に迫り、再び体が呪われる。
それでも構わず、俺は棺へ魔法を集中した。
少しずつ、呪詛は引いていき、泥が風化し、消え去っていく。
数分かけて< 呪詛解滅(ペネリスク) >を完了させれば、満ちていた泥は綺麗になくなっていた。
「さて」
カイヒラムは気を失っている。
蘇生したとはいえ、相当な消耗だ。
しばらくは目を覚まさぬだろう。
イージェスは今から追っても、見つかるまい。
見上げれば、俺はここへ入ってきた場所よりも、遙か地中に沈んでいた。
えぐり取られたようなその場から飛び上がり、遺跡の石段に舞い戻る。
トン、と足音を立てて着地し、俺は奥にある神殿へと向かった。
しばらく中へ進んでいけば、夜空の壁画がそこにあった。
散りばめられた星々が結界を構築し、中心では蒼い星が輝いている。
エレオノールたちが向かった縦穴にあったものと同じだ。
「アルカナ、創星エリアルを見つけた」
< 思念通信(リークス) >を飛ばす。
『わかった』
返事があった後、壁を貫通し、<創造の月>アーティエルトノアから、白銀の光が降り注ぐ。
壁画の夜空に、<創造の月>が浮かび上がった。
優しい光が放たれ、散りばめられた星の明かりが一つずつ消えていく。
やがて、そこには、蒼い星だけが残った。
俺が手を伸ばせば、創星エリアルは壁画から抜け出て、手の平の上に収まった。
『星の記憶は瞬いて、過去の光が地上に届く』
アルカナの声とともに、彼女の魔力が月光となりて降り注ぐ。
創星エリアルは、俺の 魔眼(め) に、過去を映し出していた――