軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

平和な宗教戦争

一ヶ月後――

デルゾゲード魔王城、玉座の間。

「アノス様、王竜の国アガハより、ディードリッヒ様と竜騎士団をお連れしました!」

そう告げたのはミッドヘイズを治める魔皇エリオである。

互いに無事に戻ったならば、今度は俺の国へ案内するとディードリッヒには告げてあった。

少々遅くなったが、その約束通り、アガハの騎士たちをディルヘイドへ招き、酒宴を開くことにしたのだ。

天蓋が地底へ落下しそうになったことで、地上でも激しい地震が起きていた。

アルカナが大地を不滅の神体としていたことで、揺れは酷かったものの、地割れなどによる被害は最小限に食いとめられた。

この一ヶ月は被害状況の確認とその復興、被害者の救済。なによりも、地底の国々との新たな国交を始める準備に追われていた。

これからは地底の民が、地上へ上がってくることも増えるだろう。彼らを受け入れる体制を構築する必要がある。

俺が多忙を極める中、地底へ赴き、ディードリッヒをディルヘイドまで案内することを買って出たのがエリオだ。

ディードリッヒは地底の三大国の王。今回の主賓の一人だ。

礼を尽くす必要があるとエリオは魔皇でありながら、案内役を務めてくれたのである。

「大義であった、エリオ。お前には、いつも助けられている」

「……は! もったいなきお言葉……!」

頭を下げ、エリオは踵を返す。

彼の視線の方向に、ディードリッヒとナフタがいた。

二人はエリオと入れ代わりで、こちらへ歩いてくる。

「魔王や。こいつは、盛大な宴ではないか。剣帝王宮のみならず、我が民さえも招いてくれるとは豪気なものだ。礼を言わせてもらおう」

俺は玉座から立ち上がると、二人のもとへ歩いていく。

「なに、それには及ばぬ。地底の民にも、地上を見ておいてほしかったものでな」

誰しも知らぬ者を恐れる。

その恐怖がいつしか火種となり、争いに発展するのだ。

いかに王が賢明に振る舞おうとも、民の感情は国を動かす。

ならば、まず俺たちは知り合うことから始めねばならぬ。

そのために、ディードリッヒのみならず、アガハの民も招いた。

しばらく、ここに滞在できるように手筈を整えてある。

「皆、先に宴の間へ案内させた。歌と酒を用意してある」

ニカッとディードリッヒは笑った。

「そいつは重畳」

俺はナフタの方を向いた。

彼女は、その神眼を閉じている。

「傷の具合はどうだ?」

「……そいつがな」

ディードリッヒは歯切れが悪そうに言う。

「少し未来が見えるようになってきました。しかし、盟約を交わした預言者に、神眼の秩序を与えることも今はできません」

ナフタが静謐な声を発する。

完治していないということか。

リヴァインギルマの刃で、その神眼を斬り裂いたのだからな。

<背理の魔眼>で応急処置をしたとはいえ、その後すぐに未来を見たのも、秩序の傷が癒えぬ要因か?

「なんとかなるまいか」

ディードリッヒが懇願するような視線を向けた。

「アルカナ」

俺が呼ぶと、雪月花がひらりと舞い降り、それが少女の姿になった。

「未来神の神眼を治せるか」

「やってみよう」

アルカナはナフタの前に立ち、手の平から雪月花を舞わせる。

それが彼女のまぶたに落ちると、ゆっくりとその神眼が開かれた。

その瞳に<背理の魔眼>を浮かべ、アルカナはナフタの神眼を見つめる。

「背きし魔眼は、秩序を癒す。我は天に弓引くまつろわぬ神」

<背理の魔眼>から魔力が溢れ、その光がナフタの神眼を覆う。

一〇秒間ほど見つめ続けた後、アルカナは視線を切った。

「どう?」

ナフタはその神眼をディードリッヒへ向けた。

そうして、また俺の方に向き直ると、首を左右に振った。

「変わりません」

「ふむ。見たところ、神眼に傷はないようだがな。ミーシャとサーシャにも手伝ってもらうか。<創滅の魔眼>の力も加えれば、癒せるかもしれぬ」

「……いいえ」

小さくナフタは呟いた。

「ナフタは了知したかもしれません」

「 神眼(め) が治らぬ理由がか?」

うなずき、ナフタは言った。

「ナフタは推測します。この神眼に光が戻らないことが、未来神であるこの身が得た奇跡であり、救いなのかもしれません」

アルカナが考えるように俯く。

「どういうことだろう?」

「未来神の神眼が未来を見失うのは、それが変化し続けているということ。閉ざされた未来は消え去り、この身は希望の未来を担う秩序でいられるのかもしれません」

ふむ。可能性がないわけでもない。

「ただ見えなくなっただけということも考えられるが?」

「この神眼が今映しているのは、不可能の暗闇ではない、とナフタは推測します」

まっすぐその神眼でナフタは俺を見据えた。

未来を見失った瞳は、けれども以前よりも力強い。

「ほう。その身に起きた変化に、心当たりがあるか」

僅かに微笑み、ナフタは言った。

「きっと」

いい顔で笑うものだ。

「それはなんだ?」

僅かに言い淀み、ナフタは口を開く。

「……確信を得た後に、ナフタは話すでしょう」

ふむ。まあ、本人が苦労していないのならば、急ぐ必要はあるまい。

「では、今日のところは宴を楽しんでいくとよい。未来の見えぬその神眼ならば、存分に満喫できるであろう」

言って、俺は歩き出す。

ディードリッヒが並び、ナフタ、アルカナがその後に続いた。

「宴の間へ案内しよう。もう一人の主賓もすでに楽しんでいる」

「というと、ゴルロアナか?」

その言葉に少々トゲを感じた。

「どうかしたか?」

「どうしたもこうしたもあるまいて」

ため息混じりに、ディードリッヒが言う。

「アガハとジオルダルにて話し合いの場を持ったはいいが、奴さんはなんだかんだとふっかけて来やがるものでな。現在、アガハが支配している狩り場を半分寄越せだと」

地底で竜は召喚できるが、それにしても盟珠にも魔力にも限りがある。

荒野で繁殖している竜を狩る方がなにかと効率が良い。

「その見返りに、音韻魔法陣を教えるときた。早い話が、聖歌を布教して、ジオルダルの信徒を増やそうという目算だ。道理などあったものではなかろうて」

「その無茶な要求が通るとは思っていまい」

「おうとも。だからこそ、頭を抱えねばなるまいて。二国間の盟約に、交渉においては預言を禁ずるという条件まで出してきた。更にアガハがジオルダルから奪った盟珠を返せだと。預言を禁じておきながら、自分はかつて痕跡神の力で調べた千年以上前の話を持ち出すのだからな」

はー、とディードリッヒは嘆くように息を吐く。

ナフタの神眼を治したかったのも無理はあるまい。

「まったく、斬り合うことがないと知った途端に、こんなにもふてぶてしくなるのだからな」

「くははっ」

思わず、俺は笑う。

そうして、彼に言ってやった。

「楽しそうだな、ディードリッヒ」

一瞬虚をつかれた顔をした後、剣帝は豪快に笑った。

「おうよ。平和とは頭が痛いものに他なるまいて」

それでも、剣で斬り合うよりはマシだと言わんばかりだ。

しばらく進み、宴の間の前に到着した。

ジオルダルやアガハ、ガデイシオラの民を招いた。今日はデルゾゲードの至るところで宴が催されているが、ここがそのメイン会場だ。

「苦労しているのならば、預言に頼らず、ゴルロアナとの交渉を有利に進める方法を教えてやろうか?」

「そんなものがあるのならば、是非ともご教授願いたいものだな」

ふっと俺は笑い、言った。

「酒だ」

両開きの扉を開ける。

「開けないでっ♪」

「「うっうー」」

「開けないでっ♪」

「「うっうー」」

「開けないでっ、それは禁断の門っ♪」

中央の舞台では、魔王聖歌隊が魔王賛美歌第六番『隣人』を歌い、踊っている。

「おお、エレンちゃんよ。あなたの歌声がこの身を癒すでしょう」

最前列でかぶりつきながらも、彼女たちを盛り上げている者がいた。

二本の酒瓶に灯るは、厳粛なる唱炎。

「あ、れは……?」

ディードリッヒが、呆然と言葉をこぼす。

常に国のために祈り続けるはずのその手はどこへやら、唱炎を灯した二本の酒瓶をぐるんぐるんと頭上で回転させている者の名こそ、ジオルダルの教皇ゴルロアナ・デロ・ジオルダルだ。

「おお、そのとき、エレンちゃんは、言われた。ジオルダルの復興頑張ってくださいね、と。すなわち、我が生涯にて最良の日が訪れる。信者の書、第一楽章、< 信徒感激(ウォウウォウ) >」

「……あれは……誰だ…………?」

思わずディードリッヒが眉をひそめながら、その者を見た。

だが、どれだけ目を擦ってみても、教皇に違いなかった。

「国のために祈り続けた教皇は、酒の味を知らなかった。抑圧を続けたがゆえの反動といったところか」

「……シルヴィア級か……こいつは驚いた……」

ゴルロアナが、魔王聖歌隊の信者となったのには理由があった。

俺たちが地底に建てた新しい天柱支剣ヴェレヴィムは、今のところ安定して、天蓋を支え続けている。

想いの力、地底への愛にて空を支えるその剣だが、いつの日か、地底の民たちはかつての災厄の日を忘れてしまうかもしれぬ。

ゆえに、俺たちは語り継がなければならない。

あの空を一人一人が支えているのだ、と。その象徴として、地底の三大国に受け入れられた魔王聖歌隊の歌を使ったのだ。

この一ヶ月、魔王聖歌隊は各国を回り、その歌とともに忘れてはならぬ教えを伝えてきたのだ。

無論、それがアガハのものやジオルダルのものだと謳えば、互いに角が立つ。

そのため、地底の争いを終わらせた魔王の伝承とした。それを遙か未来まで伝えられる地盤を作ることができれば、安定した平和が築けるだろう。

そして、その副産物として、魔王聖歌隊は今、地底で根強い人気を誇り、多くの隠れ信者を生んでいるようだ。

「アガハお得意の酒席を設ければ、交渉もまとまるのではないか?」

ディードリッヒは苦笑する。

「そいつは違いない。しかし、その前に一つ話をつけねばならぬことができた」

真剣な表情で、アガハの剣帝は言った。

「ほう」

ディードリッヒは曲の終わりを見計らい、ゴルロアナのもとへ歩いていった。

「ああ、エレンちゃん。あなたを一目見たときから、この胸の高鳴りは信仰とともに溢れて止まらず、それは知らず知らず大きく響くようになっていったのです。今宵、あなたの生まれたこの聖地に来られたことを、感謝いたします」

「はー、ゴルロアナよ。祈る手を休めてまで、魔王聖歌隊の娘にご執心とはな。相当な熱のあげようではあるまいか?」

ディードリッヒがそう声をかけると、ばっとゴルロアナは振り向いた。

「これはアガハの剣帝。なにをおっしゃるかと思えば、私が祈る手を休めたと? 相も変わらず愚かなことを申すものです」

教皇は唱炎のついた酒瓶をマラカスのようにリズミカルに振った。

「この聖地においては、これこそが祈りなのです」

ディードリッヒは白い目で、リズミカルに酒瓶をふるゴルロアナを見た。

「まー、それは構わぬがな。お前さんに一つだけ言っておきたいことがある」

ディードリッヒは途中で手にした酒瓶を一気に呷ると、堂々と声を上げた。

「確かに、魔王聖歌隊においては、エレンちゃんがリーダーだろうよ。だが、エレンちゃんの無茶ぶりに、しょうがないなぁ、という顔で応じるジェシカちゃんの献身、それこそが我がアガハの王道であり、騎士の心意気。つまりは、ジェシカちゃんこそ、騎士の巫女であり、理想の乙女」

堂々とアガハの剣帝は言った。

「こいつは、譲れんぜ!」

「なにをおっしゃるかと思えば、野蛮なアガハらしい考え方ですね」

ゴルロアナはふっと鼻で笑う。

「確かにジェシカちゃんの母性溢れる御姿は、聖母の如き素晴らしさでしょう。しかし、それも、天真爛漫、自由奔放であるエレンちゃんがいてこそ輝きを放つもの。なによりも、普段はそんな可愛いらしいエレンちゃんがときとして見せる慈愛の心、その隔たりこそが、救いであり、神に仕える我らジオルダルの信徒の胸を打つのです。すなわち、エレンちゃんこそ、至高の乙女」

「つまり、こういうことで構うまいな? ジオルダルは、エレンちゃん推しだと?」

「そう思っていただいて、結構ですが」

両者は火花を散らして、睨み合う。

そのときだった。

「いえ、それはどうですかな?」

やってきたのジオルダルの司教ミラノである。

その後ろには教団の神父たちが何人もいた。

「私もディードリッヒ王同様、ジェシカちゃんこそが正統派に感じますがなぁ」

「……な……」

ゴルロアナはまるで戒律を破った信徒を見たかのような表情を浮かべた。

「……なんですって……? あなたたちが、ジェシカちゃんを……?」

教皇の問いに、神父は気まずそうに目を逸らす。

しかし、小さくうなずいた。ジェシカ推しということだろう。

「なんということ。アガハと同じ考えに至るとは……」

「いえ。そうとは限りませんよ」

「どなたですっ?」

やってきたのは竜騎士ネイトとその部下リカルド、そしてアガハの騎士一〇名だった。

「私たちはエレンちゃん推しです。リーダーとして、力が足りないながらも懸命に他を引っぱるあの心の強さ。あれこそ、騎士の誉れ」

ネイトが堂々と言う。

「ネイト団長の言う通り。一度は捨てたこの命ですが、残りの生涯は彼女の歌に捧げてもいいかもしれません」

リカルドが騎士の誓いを立てる。

生涯独身宣言であった。

「……ぬ、ぬぅぅ……」

今度はディードリッヒが、誇りに泥を塗った騎士たちを見たかのような表情を浮かべる。

「……ネイト、リカルド、お前たちは、ジェシカちゃん推しではなかったのか……」

「恐れ多くも、ディードリッヒ王。忠臣として、アガハはエレンちゃん推しでいくべきと具申いたします」

ディードリッヒの配下らしい毅然とした言葉であった。

王が間違っていると思えば、処罰覚悟で進言してこその配下。

さすがはディードリッヒの選んだ騎士たちである。

「ミラノ司教、あなたも考え直した方がいいでしょう。ジオルダルは、エレンちゃん推しです」

「いいえ、考え直すのはお二方かと」

新たな声に、一同が振り向く。

現れたのはジオルダルの信徒たち。

八歌賢人と何十人もの民たちだった。

「我々八歌賢人以下六四名は、マイアちゃん推しです。一見して素朴な、まるでどこにでもいる村娘のように地味な子が、大きな舞台で懸命にがんばっている。その姿こそが、神」

一大勢力の登場に、司教ミラノと教皇ゴルロアナが怯む。

それでも、教皇は言った。

「あなた方のお気持ちもわかります。ジェシカちゃんも、マイアちゃんも、ともに可愛らしく素晴らしい。しかし、私は教皇。教皇として申し上げますが、ジオルダル教はエレン推し、これこそが神の教えなのです。もしも逆らうというのなら、破門ということもあるかもしれませんよ?」

酔っぱらうあまり強権を発動するゴルロアナ。

しかし、負けじと八歌賢人たちも酔っていた。

「ならば、結構。これより、我らは袂を分かち、ジオルダル教マイア派を名乗らせてもらうっ!」

毅然といった八歌賢人の一人に続き、司教ミラノが声を上げる。

「それでは、我々はジオルダル教ジェシカ派といきましょうかなぁ」

「……なんと愚かな。ジオルダル教エレン派こそが教皇の名のもとに本道。そのような分派を作ったところで、信徒がついてくるわけがないでしょう」

ゴルロアナの言葉に、毅然と八歌賢人が反論する。

「それでは、捨ておいても問題ないのでは?」

司教ミラノがそれに続く。

「ええ、それが本当ならば、神の教えにはなんの不都合もないでしょう」

その二大勢力を、ゴルロアナが睨みつける。

「後悔なさい。誰がなんと言おうと、ジオルダル教エレン派が主流。分派など作らせはしません」

この酒宴での出来事をきっかけに、後のジオルダル教が本当にエレン派、ジェシカ派、マイア派に分かれることになった――かは、定かではない。