軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アハルトヘルン脱出

デルゾゲードへ飛ばした魔法体が完全に燃やし尽くされると、俺の意識は精霊王の城に戻ってきた。

「結界を張られた」

ミーシャが言う。

デルゾゲードへ 魔眼(め) を向ければ、ミッドヘイズ一帯に闇が立ちこめていた。

見たことのない魔法だが、ミーシャの言葉通り結界魔法の一種か。

ミッドヘイズの中は俺の魔眼でも覗けぬ。先程は難なく飛ばせた魔法体も、反魔法で対処されたようだ。

「ふむ。さすがは俺の噂と伝承といったところか。なかなかどうして、圧倒的な魔力だ」

「アノス様っ!」

声の方向を振り向けば、ファンユニオンの少女たちがちょうど扉から走ってきた。

全員いるということは、隠狼は彼女たちには試練を課さなかったのだろう。

「今の、< 思念通信(リークス) >で見たことって……」

彼女たちにも< 思念通信(リークス) >で魔法放送の映像は送ってあった。

大凡の事情はわかったことだろう。

心配そうにエレンが言った。

「ミサが……偽物の魔王になっちゃったんですか……?」

「変わったわけではない。元々、ミサの半分が、アヴォス・ディルヘヴィアの噂と伝承で作られていたにすぎぬ」

少女たちは神妙な表情を浮かべた。

レイが口を開く。

「……噂が消えれば、ミサは死んでいた。消えなければ、彼女はアヴォス・ディルヘヴィアになる運命だった。君を滅ぼす、神の子として」

今ばかりは彼の顔に微笑みはなかった。

「僕が……架空の魔王を生み出したから、彼女は……」

レイはぐっと奥歯を噛みしめる。

その視線は険しく、表しようのない感情が、彼の胸中に去来している。

「過ぎたことだ。今考えるべきなのは過去ではない」

そう口にすると、レイが顔を上げ、うなずいた。

「一刻も早く、アヴォス・ディルヘヴィアを倒さねばならぬ。暴虐の魔王の噂と伝承には、人間側のものも多く含まれている。皇族派のものもな。それを元に人格が形成されているのならば、決して優しい王ではあるまい」

魔法放送でのアヴォス・ディルヘヴィアの発言からも、それは容易く想像がつく。

まず手始めに混血の魔族がその被害を受けるだろう。

「……霊神人剣は、きっとアヴォス・ディルヘヴィアを倒す切り札になるだろうね……」

重苦しい口調でレイが言う。

勇者カノンが霊神人剣で暴虐の魔王を倒した。

その噂と伝承は人間たちがもたらし、大精霊アヴォス・ディルヘヴィアの弱点となったはずだ。

「だけど、アヴォス・ディルヘヴィアを倒しちゃったら、ミサちゃんは死んじゃうぞ?」

エレオノールが言い、ゼシアはうなずく。

「……可哀相……です……」

サーシャが真剣な表情で考え込んでいた。

「……だけど、ミサは半霊半魔でしょ。少なくとも、彼女の半分は間違いなくアヴォス・ディルヘヴィアで、それが消えちゃったら、ミサは生きていけないわ……」

「精霊病になる」

と、ミーシャが呟く。

「なに、アヴォス・ディルヘヴィアだけを倒す方法を考えればいい。確かに不可能だが、それしきの不可能で、できぬと弱音を吐く俺ではないぞ」

言いながら、レイの方を向く。

「二千年前は諦めてばかりだった」

決意を込めた瞳で彼は言う。

「今度は、なにも諦めない」

そのとき、ゴゴゴゴゴッと城が揺れた。

いや、揺れているのは城ではない、この教育の大樹そのものだ。

すると、室内に無数の枝が伸びてきて、まるで繭を作るようにこの場所を覆っていく。

「ふむ。ここから出さぬつもりか、エニユニエン」

教育の大樹が嗄れた声を響かせる。

「すまぬのう。我ら精霊の母の子を、討たせるわけにはいかん。お主らは、このままアハルトヘルンにいてもらう」

< 転移(ガトム) >の魔法を使ってみるが、空間がうまくつなげられぬ。

「残念じゃがのう。これは補習の繭じゃて。落第点を取った生徒を勉強に向かわせる教育の大樹の奥の手でのう。最後まで補習を受けぬ限り、決して外に出られはせん」

精霊たちは大精霊レノの味方だ。

その実子であるアヴォス・ディルヘヴィアに味方するのは当然というわけか。

「お前の気持ちはわからんでもないがな。黙って言うことを聞くわけにはいかぬ」

目の前に魔法陣を描き、魔力を込める。

漆黒の太陽が発射され、黒き光の尾を引きながら、繭の壁に直撃した。

だが、多少焦げつきはしたものの、壁は無傷だ。

「無駄じゃて。この教育の繭の中では、一切の暴力は禁じられておる」

「ほう。だが、俺の暴力はこの程度ではないぞ」

再び魔法陣を描き、それが一〇〇の砲門と化す。

< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ) >を撃ち放ち、その悉くを寸分違わず、壁の一点に集中させた。

ドゴゴゴゴゴゴゴォォォンッとけたたましい音が響き、補習の繭が激しく揺れる。

「無駄じゃ……無駄じゃ……そんなことをしたところで……」

ゴオオオオオオオオオオオオォォォッと黒き炎が渦を巻き、繭が燃えた。

「な……んじゃと……!?」

漆黒の太陽は繭の壁を突破し、大きな風穴を空けていた。

「お前の力は、教育に関することにおいて絶対的だ。自らよりも魔力が上の者すら、閉じ込められるほどにな」

再び新たな枝が伸び、繭が閉じようとするが、穴の周辺は黒く延焼し続け、出口を塞ぐのを妨げている。

「だがな、エニユニエン。落第点を取っていない者に、補習を課すのは教育とは言わぬ」

突きつけるように俺は言った。

「それは体罰だ。暴力と暴力の勝負ならば、俺は負けぬ」

「……う……ぬぅ…………」

エニユニエンが唸り声を上げる中、俺は空けた穴の方へ向かう。

「行くぞ」

俺たちは走り出し、精霊王の城を抜けた。

辺りを漂う雲が俺たちの行く手を阻むように、詰め寄ってくる。

「恐れず、飛び降りよ」

雲の切れ間から、俺は飛んだ。

次いで、レイ、ミーシャ、サーシャが飛ぶ。

ゼシアとエレオノールが続き、最後にファンユニオンの少女たちが跳躍した。

視界が高速で流れていき、俺たちは上がってきた大樹をみるみる落ちていく。

もうまもなく試練の間というところで、ファンユニオンの少女たちに< 飛行(フレス) >を使い、ゆるりと着地させる。

他の者も無事、着地していた。

「……誰?」

ミーシャが 魔眼(め) を向けた先には、数十人もの魔族がいた。

どの者もこの時代の魔族とは比べものにならぬ魔力を持っている。

二千年前の俺の配下たちだ。

冥王が助け出すのに成功したのだろう。

しかし、様子がおかしい。

「アノス・ヴォルディゴード」

一人の魔族が歩み出て、魔剣を抜いた。

名はニギット。俺の配下において、シンの次に剣の腕に長けた男だ。

「我が君の命に従い、その根源をもらいうける」

声を号令に、魔族たちが一斉に向かってくる。

そのとき、紅い槍が虚空より出現し、ニギットの体を襲う。

彼は咄嗟に魔剣で受け、大きく飛び退く。

魔族たちの前進が止まった。

「面倒なことになったものよ。だから、神族を見くびっていると言ったのだ」

俺たちの間に立ち塞がるように姿を現したのは、冥王イージェスである。

「あの神の子は、そなたの二千年前の配下を奪ったようだ。すでに半数はデルゾゲードへ転移した。熾死王の体を乗っ取った神族と共にな」

メルヘイスがアヴォス・ディルヘヴィア側についたということは、ノウスガリアも業務命令で遠征試験を中断できる、か。

大精霊アヴォス・ディルヘヴィアは、暴虐の魔王の噂より生まれ、そして神の子の秩序をも宿している。ノウスガリアに味方しても、不自然ではあるまい。

「こんなところで手をこまねいている場合ではなかろう。さっさと行くがいい」

重心を低くし、冥王は配下の魔族たちに魔槍を向けた。

「ここは余が引き受けよう。甘いそなたに免じて、滅ぼしはせぬ」

「どうやら二千年が経ち、少しは丸くなったようだな、冥王」

振り向きもせず、イージェスは言った。

「さっきも言ったが、ただの成り行きよ。そなたと目的が同じだけのこと」

イージェスが紅き魔槍を床に向け、突き刺した。

貫通したのはイージェスの足元ではなく、俺の真下である。

ディヒッドアテムで床に穴が空き、階下が見えた。

「気をつけるがいい。俺の配下は手強いぞ」

「いらぬ心配よ。余も二千年、遊んでいたわけではない」

魔法の光と魔槍が交錯するのを横目に、俺たちは穴に飛び込み、階下に降りた。

すぐに来た道へ進もうとして、しかし、俺は足を止めた。

「……ふむ。道が変わっているか……」

ここまで来るのは迷路のように入り組んだ道を通ってきた。無論、覚えてはいるものの、迷路が形を変えていては記憶も役に立たぬ。

「アノスッ」

声の方を振り向けば、そこにリィナがいた。

「外に出るんだよね? 私、道がわかるよっ」

イージェスが神隠しから救出し、道案内のためにここにいるように伝えたのだろう。

冥王などと呼ばれているわりに、気の回る男だ。

「あいにくと急ぎでな。できるだけ早く出たい」

「うん。大体、わかってる。こっちだよ」

リィナはそう言って、駆け出した。

入り組んだ迷路を、まるで迷うことなく、彼女は突き進む。

「……ちょっと、なにこれ……?」

途中まで進むと、目の前の迷路が変形しているのが見えた。

新たな道が現れ、行き止まりができ、目まぐるしく変化していくのだ。

「大丈夫っ。わかるよ」

刻一刻と変わっていく迷路を、それでも、リィナは迷いなく突き進んでいく。

仕舞いには床が波を打ち始め、俺たちの足を取る。

「……きゃっ……」

リィナがバランスを崩す。

彼女の懐から、一輪の白い花が落ちて、それを迷路の壁が飲み込んだ。

「あ……!!」

リィナがその壁に手を伸ばす。

だが、僅かに遅く、白い花は壁の中へ消えた。

リィナは足を止め、その壁をじっと見つめた。

「早く行かないと、閉じ込められそうだぞ」

エレオノールが言うと、リィナは迷いを振り切るようにうなずいた。

「う、うん。ごめんね」

俺は走り出そうとする彼女の肩をつかむ。

「え……?」

先程の壁に指先を触れ、魔力を送る。

ぐにゃりと変形した壁の奥に、一輪の白い花が見えた。

指先で手招きし、こちらへ飛んできたそれを手に取る。

「大事なものなのだろう?」

「……たぶん。ありがとう……」

リィナは白い花を受け取り、また懐にしまった。

そうして、再び走り出した。

目まぐるしく変化する迷路を進み、ある扉の前で立ち止まる。

リィナが扉を開けると、その向こうに蔓草の垂れる大樹の入り口が見えた。

辺りの木々には太陽の光が降り注いでいる。

エニユニエンの大樹からは出られたが、この森を抜けぬことには< 転移(ガトム) >は使えないようだ。

「森から出られるか?」

「今はアハルトヘルンが出口を塞いでるから、普通の方法じゃ出られないと思う」

リィナは周囲に視線を巡らせる。

「ティティ、いる?」

妖精たちにリィナは呼びかける。

しかし、返事はない。

「お願い、ここから出たいの。会いにいかなきゃいけない人がいるんだよ」

「……適当な性格してるけど、ティティも精霊でしょ? アノスを外に出すのには協力してくれないんじゃないかしら?」

サーシャがどうしたものかといった表情を浮かべる。

しかし、次の瞬間、声が聞こえた。

「困ってる?」

「誰が困ってるの?」

「リィナだ」

「リィナが困ってる」

妖精ティティたちが、霧とともに姿を現す。

「よかった、ティティ。ここから出たいの。だめかな?」

ティティはリィナの周囲を飛び回る。

「出すなって言われてる」

「魔王も魔王の仲間も出すなって」

「アヴォス・ディルヘヴィアが目覚めたから」

「レノの子供、守らなきゃ」

ティティたちは取り合うつもりもなさそうだ。

しかし、リィナは真剣な表情でもう一度、訴えた。

「お願い、ティティ。助けて。これが、最後のお願いだから」

すると、ティティたちが一箇所に集まり、リィナの顔を見た。

「じゃ、こそっとね」

「こそっとならいいよ」

「誰にも秘密」

「言わないでね」

満面の笑みでリィナはうなずく。

「うん、約束するよ」

妖精たちは森の奧へと飛び立っていく。

「こっちだよ」

「こっちこっち」

ティティたちを追いかけていくと、次第に辺りに霧が漂い始める。

その霧はどんどん深くなり、森の木々や花々を覆い隠していく。

「霧の向こうに、なにが見える?」

「なにかが見える」

「草原が見える?」

「草原だー」

目の前に見覚えのある場所が現れた。

「じゃね、リィナ」

「またね」

「またね、リィナ」

「また会おうねっ」

ティティたちが姿を消すと、次第に霧が消えていき、大精霊の森を抜ける。

辺りはリシャリス草原に変わっていた。