軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三位一体

碑石の城から出ると、辺りは雲の回廊だった。

視線を巡らせれば、雲の切れ間があり、そこに橋がかかっている。橋の向こう側には、緑溢れる地面があり、小さな城が建っている。

今度こそ、本物の精霊王の城だろう。

地面を蹴れば、次の瞬間、俺の体は城の前に現れる。

扉に手を伸ばし、開けた。

レイと精霊王の戦闘の跡か、城の内部はボロボロだ。

床は割れ、柱が崩れ落ち、壁にはいくつもの切断されている箇所があった。

だが、なによりも注目すべきは、音だ。

静かだった。

つい先刻まで、精霊王とレイは激しい戦闘を繰り広げていた。

まだ続いているならば、物音一つないというのは考えがたい。

すでに決着がついた後か?

足を踏み出し、精霊王の玉座がある場所まで歩いてきた。

誰もいない。レイもミサも、精霊王の姿もない。

そこには大量の血が水たまりを作っている。

中心に落ちているのは、赤い宝石だ。

「ふむ」

俺は赤い宝石に手をかざし、それを浮かび上がらせる。

球状の魔法陣でそれを包み込み、更に八方を魔法陣で覆った。

「< 封呪縛解復(ラエルエンテ) >」

封印、呪い、束縛を解く魔法だ。

次第に宝石に亀裂が入り、そして砕け散る。

淡い光とともに、その場に姿を現したのはボロボロに傷ついたレイだった。

彼はもう立つ力も残っていないのか、その場に崩れ落ちる。

その体を俺は腕で支えた。

「霊神人剣と一意剣を封じられていたとはいえ、お前が負けるとはな」

< 総魔完全治癒(エイ・シェアル) >の魔法をかけ、レイの傷を癒していく。

「ミサは……?」

それを尋ねるということは、ミサがどうなったのか確認する前に、レイは宝石に封印されたのだろう。

彼女が死んでいるなら、遺体がここに残っているはずだ。

それを持っていったということは、俺に< 蘇生(インガル) >を使わせないためか?

だが、精霊王にそんなことをする意味があるとも思えぬ。

ミサを殺そうとしたのは、そうした方がレイを倒しやすかったからだ。

だが、奴はレイを封印こそしたものの、殺さなかった。

七つの根源を持つ彼を完全に滅ぼすには、さすがに時間が足りなかったのだろう。

俺が来る前に、逃げたといったところか。

ミサを滅ぼすのが目的だったのならば、こんな回りくどいことをする必要もあるまい。

俺の目につく前に、彼女の父親からだと告げ、とっとと呼び出していればよかったはずだ。

「精霊王が連れ去ったと考えるのが妥当だろうな」

「……人質にするつもり……ということかい……?」

「あるいは、ミサが神の子なのかもしれぬ。その力をなにかに利用するといったことも考えられる」

ふむ。しかし、引っかかるな。

なにかを見落としているのか?

いや、なにかが足りないのだ。

ほんの一つ、きっかけがあれば、すべてがわかるような気がしてならぬ。

「……アノス。精霊王は、たぶん」

「シンか?」

レイがうなずいた。

「太刀筋を隠していたみたいだけど、どこか彼によく似た剣技だった。精霊の力のせいか、二千年前よりも段違いに強くなっている」

二千年前の魔族の中で、今のレイをこうまで圧倒できそうな男は、シンぐらいしかいない。

詛王の配下が、半分の魔剣を持っていたことも納得がいく。

確か、精霊王は二千年前からいるとジステは言っていたか。

ならば、シンは転生しなかったのか?

あいつが、俺に告げた言葉を守らないとはな。

それとも、守れない事情があったのか?

それが今のシンの行動につながっているのやもしれぬ。

俺が転生した後、いったい、なにが起きた?

なぜ精霊王という立場に収まった?

「アノスッ!」

振り向けば、扉の方からサーシャとミーシャが走ってきていた。その後ろにエレオノール、ゼシアがいる。

どうやら、無事に試練を突破したか。

「見てっ! ディルヘイドの魔法放送っ!」

ミーシャが< 遠隔透視(リムネト) >に映った映像を俺に見せる。

場所は魔王城デルゾゲードの玉座の間だ。

そこに座っている者がいた。

禍々しい仮面を身につけ、足元まである外套を纏っている。

「魔族の 同胞(はらから) よ」

厳かに、そいつは口を開く。

まるで暴虐の魔王に扮するかのように。

「先の戦争にて、我らは人間の愚かさを知った。人間だけではない。この世界は腐っている。ゆえに、我ら魔族はそれを正さねばならない」

その声はレイがアヴォスの仮面を被っていたときのものと同じだった。

「暴虐の魔王の血を引く、尊き皇族たちよ、我がもとへ集え。暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアのもとへと。我とともに、この世界を正しく支配するのだ」

明らかに違う。

先程までの精霊王とは思えないほどの怨念が、その言葉に込められている。

「始祖より遠き、下賤な混血どもよ。我らにひれ伏し、糧となるがよい。このディルヘイドにおいて、我が血統こそが、唯一にして絶対の規範なり」

仮面の魔族は立ち上がり、大きく両腕を広げた。

「来たれ、我の生み出した、七人の魔族よ」

その場に七つの魔法陣が浮かび上がり、< 転移(ガトム) >の魔法にて、七人の魔族が転移してきた。

七魔皇老である。彼らは皆、仮面の魔族に忠誠尽くすように跪き、頭を垂れている。

「答えよ、七魔皇老。我は何者だ?」

七魔皇老は一斉に言った。

「暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィア様。世界を支配する御方にございます」

「我らの悲願を述べよ」

七魔皇老は声を揃える。

「皇族のみが世を統べる、正しき理想を実現することにございます」

一歩、仮面の魔族は足を踏み出した。

「我らの理想に背く、愚かな混血の魔族がいる」

もう一歩、仮面の魔族は足を踏み出し、両手を上げる。

「全ての皇族に告ぐ」

厳かに、そして怨念のこもった声で、そいつは言った。

「不適合者を殺せ」

再度、奴は声を発する。

「アノス・ヴォルディゴードを殺せ!」

その言葉が魔力を伴い、まるで呪いのように七魔皇老に絡みつく。

いや、< 遠隔透視(リムネト) >越しにさえ、呪詛が染み出し、黒い影となって、レイやミーシャ、サーシャに絡みついてきた。

「なによ、これ?」

「言葉の呪詛」

「強制力を感じるけど、それほどではないね」

レイが呟く。

「気味が悪いわ」

サーシャが<破滅の魔眼>でキッと一睨みすると、その呪詛は消滅した。

なるほど。

そういうことか。

「こいつは精霊王ではない」

< 転移(ガトム) >を使い、デルゾゲード魔王城へ転移しようとしたが、しかし、できなかった。< 転移(ガトム) >を封じる反魔法が展開されたようだ。

とはいえ、味方が転移できるようにしている分、僅かに穴がある。弱い魔力なら通せるだろう。

俺は自分とそっくりの魔法体を魔力で構築し、< 転移(ガトム) >で魔王城へと飛ばした。

意識を集中すれば、目の前が真っ白になり、次の瞬間、俺の視界にアヴォス・ディルヘヴィアの姿が映った。

「なにっ……!?」

七魔皇老ガイオスが、俺の魔法体を見て声を上げた。

「なかなかの謎解きだったな。だが、答えは知れたぞ」

言いながら、ゆるりと俺は足を踏み出す。

七魔皇老が一斉に立ち上がり、俺に向かって、魔法陣を描く。

それを手で制し、アヴォス・ディルヘヴィアはこちらを見下ろした。

俺は、静かに口を開く。

「暴虐の魔王の噂と伝承をもとにした大精霊アヴォス・ディルヘヴィア」

言葉を放てば、一瞬、仮面の魔族がぴくりと反応した。

「それがお前の真体だったわけだ、ミサ」

アヴォス・ディルヘヴィアはなにも言わず、ただ俺をじっと見据えている。

「ジークとの知恵比べで、俺は奴に『暴虐の魔王は誰だ?』と問うた。奴の答えはエールドメード。明らかに嘘をついている。だが、正体を問う事柄について嘘はついていなかった」

ならば、俺にまつわる事柄について嘘をついていたのだろう。だが、どうにもそれが不可解だった。

ジークが俺にまつわる事柄について、嘘を設定する理由は薄い。

「そして、奴はこうも言っていた。『15年前、大精霊レノと魔王の右腕シン・レグリアの間に子供が生まれた。それがミサ・イリオローグだ。だが、それは天父神ノウスガリアの思惑通りだった。ミサの精霊としての伝承は、魔王を滅ぼす秩序であるということ。そしてその伝承は人間でも魔族でもなく、神々の間で広まっている』と」

俺を滅ぼす神の子は一人、俺の配下の内の誰かだった。

「これが嘘だった。奴は『大精霊レノの子供について』嘘をついていた。レノとシンの間に子供は生まれておらず、ミサの精霊としての伝承は、魔王を滅ぼす秩序ではない。暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアの噂と伝承こそが、彼女の根源を形作るものだった」

精霊としての噂と伝承が、すなわち神の子を示す。半分は本当のことを告げ、残りの半分を魔王を滅ぼす秩序だと嘘をついて、俺の目を暗ませたのだ。

「ミサが暴虐の魔王だと知っていれば、『暴虐の魔王は誰だ?』という問いには、俺とミサか、あるいはアヴォス・ディルヘヴィアという答えになる。当然のことながら、ミサもアヴォス・ディルヘヴィアも大精霊レノの子供だ。つまり、この答えはレノの子供についての回答を含むため、すべて嘘で答えなければならなかった」

アノス・ヴォルディゴードという半分だけの正解を答えることもできず、奴はエールドメードと嘘をついた。

「それを俺が疑問に思ったため、ジークは気がつかれぬよう、知恵比べを終わらせにかかった」

無論、この知恵比べのことだけでは正解には辿り着けない。

「メルヘイスを殺そうとしたのは、魔王再臨の式典の開催を通達する際、アヴォス・ディルヘヴィアが偽物だったということを、ディルヘイド中に広めないためだ。真実が伝わり、噂と伝承が消えれば、ミサは精霊病になり、真体を現すことが不可能になる」

つまり、最悪、メルヘイスを殺せなくともよかったのだ。

七魔皇老が狙われているとわかれば、身を隠さざるを得なくなる。

そうなれば、式典の通達が遅れ、アヴォス・ディルヘヴィアの噂と伝承が消えるまでの猶予が生まれる。

実際、あの襲撃がなければ、今日より以前にアヴォス・ディルヘヴィアなどいないということが伝えられていただろう。

「詛王の配下が、そして精霊王がミサを殺そうとしたのは、彼女の仮初めの体を危機に陥らせることで、その真体を無理矢理目覚めさせようとした」

そう考えれば、レイが危機に陥ったことも、それに一役買っていただろう。

恋人を助けようと、ミサは自らの内に眠る力を解放しようとした。そして、レノの実子としての力が目覚めた。

だが、それはまだ完全ではなかった。レノの実子であることは、彼女の精霊としての力の半分。

同時に彼女の真体が、暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアが目覚めようとしていたのだ。

「その仮面は、カノンが扮したアヴォス・ディルヘヴィアが一度、ディルヘイドの民に姿を見せたためだ。噂と伝承によって形作られる精霊は、人々のイメージによって、その姿を左右される」

噂と伝承から精霊は生じる。この二千年後の時代において、本当は存在しないアヴォス・ディルヘヴィアの噂や伝承ほど魔族や人間に浸透しているものはないだろう。

だからこそ、ミサは半霊半魔にもかかわらず、精霊病を煩うことのない強い根源を持っていたのだ。

「なにか反論はあるか、ミサ」

すると、奴は言った。

いつもと同じ、彼女の声で。

「ミサ・イリオローグは仮初めの姿ですわ」

アヴォス・ディルヘヴィアはゆるりと仮面に手をかけ、それを外した。

仮面の効力が消え、正体をあらわにするように、長く伸びた、深海の如き髪がふわりと現れる。

外套を脱げば、その下に 檳榔子黒(びんろうじぐろ) のドレスがあった。

多少大人びてはいるものの、彼女の顔は、紛れもなく、ミサ・イリオローグである。

「わたくしはアヴォス・ディルヘヴィア。ディルヘイドを皇族の国にし、この世界を正しく導く者。そのために、もう一人の暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード。不適合者たる偽物のあなたを、滅ぼします」

精霊というのは仮初めの姿と真体を持つ。

真体を現すことで、より強大な魔力を得られる反面、その心が仮初めの姿のときとはかけ離れてしまうことも珍しくはない。

彼女が真体となった今、ミサの人格は奧に引っ込み、アヴォス・ディルヘヴィアの人格が表面化した。

これまでディルヘイドとアゼシオンで噂と伝承に語り継がれてきた、アヴォス・ディルヘヴィアの人格が。

「あなたがなにをしようとも、無駄なことですわ。この魔法放送はディルヘイド中に伝わっています。それでも、魔族たちは私を暴虐の魔王として認めざるを得ませんの。なぜなら、わたくしは暴虐の魔王という伝承によって生まれた精霊なのですから」

七魔皇老たちが魔法陣に魔力を込める。

「その通りにございます。彼女こそ、紛れもなく、暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィア様。我らが魔族の王にございます」

メルヘイスが言う。

暴虐の魔王の伝承を具象化した大精霊は、暴虐の魔王であることを実現する力を持っている。

アハルトヘルンが不思議な森であるように、大精霊レノがすべての精霊の母であるように、誰がなんと言おうとも、彼女は暴虐の魔王なのだ。

「お前の企みは見えている。理滅剣だな。それを手中に収めるのに時間がかかるため、俺を< 転移(ガトム) >でここに転移させないというわけだ。そうでなければ、今すぐ不適合者である俺を殺せばいい」

「黙るがいい、暴虐の魔王に弓引く痴れ者が」

アイヴィスが声を上げ、七魔皇老が一斉に< 灼熱炎黒(グリアド) >を放った。

赤黒い炎が、この場に飛ばした俺の魔法体を焼いていく。

魔法体では大した抵抗もできぬ。

会話はできても、戦闘するほどの魔力はないのだ。

「ふむ。愚かなものだな、アヴォス・ディルヘヴィア」

俺の言葉に、彼女は冷笑を浮かべる。

「あなたこそ滑稽なことですわ。アノス、あなたはすべてを奪われたのです。その名も、配下も、城でさえ。今度こそ本当に、何者でもない、ただの魔族に成り果てたのです」

炎に包まれながらも、俺は唇を吊り上げる。

くくく、と腹の底から笑いがこみ上げて仕方がなかった。

「くくく、くはははははっ。すべてを? 俺から奪った? 誰がだ? お前がか?」

眼前にいるアヴォス・ディルヘヴィアの魔力は、なかなかどうして尋常なものではない。なにせ暴虐の魔王という噂と伝承をもとに生まれた精霊だ。その魔力は俺に匹敵するものがあるのだろう。

けれども、その大精霊を、俺は軽く笑い飛ばした。

「図に乗るな、 贋物(がんぶつ) 。名を奪おうと、配下を奪おうと、城を奪おうと、俺が俺であることは決して奪えはせぬ」

視界が炎に染まり、魔法体が消えゆく中、俺は堂々と言い放った。

「せいぜい栄華の夢を見ているがよい。本物の魔王が、帰るまでな」