軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷宮の入口(後編)

98話

迷宮都市ザリアでの秘密会談のため、俺は慌ただしく準備をすることになった。

アイリアの護衛は、普通の人間には任せられない。

かといって魔族だとすぐにバレる外見では、ザリアの太守が嫌がるだろう。極秘の会談なのだ。

「となると、やっぱり人狼しかないな……」

つくづく便利な種族だ。

リューンハイトの防衛戦力は人狼隊抜きでも十分なので、今回は人狼隊を全員連れていくことにする。

俺はファーンお姉ちゃんを呼びだして、こんな指示をする。

「ファーン、女性だけの分隊を作ってくれないか。アイリアの護衛となると同性のほうがいいだろう。それに人間たちも油断する」

「そうね。侍女のふりもできるし……。人狼隊には女の人が十七人いるから、四個分隊は作れるけど」

人狼隊は隠れ里から引っ張れるだけ引っ張ってきたので、女性の比率がやけに高いのだ。他の部隊と違って華やかでいいと、一部からは好評である。

まあ、メアリ婆さんみたいなオトナの女も多数いるが……。

未婚の若い女性たちと、子育ての終わったおばちゃんたちに二極化しているんだよな。

「変身してないときに襲撃を受ける可能性もあるから、それも考慮して編成してくれ。お忍びだから、人数はあまり多くできない」

「じゃあ若手から精鋭を選抜して一個分隊に再編成するね。分隊長はあたしでいいかな? あと分隊員としてモンザちゃん借りるね」

「ああ、それで頼む」

女性の人事にはなるべく口出ししないことにして、俺はファーンお姉ちゃんに全部任せることにした。

女性の世界は、俺にはわからないことが多すぎるからな。

さわらぬ神に祟りなし、だ。

アイリアの親衛隊となる女性チームとは別に、俺は自分の護衛となる人狼をピックアップしていた。

強いだけでなく、機転が利くヤツがいい。今回は特に暗殺への警戒が必要だ。

となると、ハマームがいいかな。あいつはモンザ同様、尾行や潜伏が得意だ。

ハマームは砂漠からの移住者だが、どうもそれまでは盗賊団にいたようだ。奇襲がやたらと上手い。

人間形態での戦いにも慣れていて、剣や弓を使える貴重な人狼だ。

ハマーム隊もその影響を受けて、だんだん奇襲特化のチームになりつつある。最近は「暗殺分隊」と呼ばれるようになってきた。

人狼は奇襲を仕掛けるほうが専門だが、ハマーム隊は奇襲を警戒するのにも長けている。

よし、決まりだ。

ハマーム隊を俺の直衛にしよう。護衛四人なら、太守のお忍びの護衛としても不自然じゃない。

これで二個分隊八人。表向きは男性の護衛四人と侍女四人だ。

太守のお忍びでの訪問となると、まあこんなもんだろうか。室内にぞろぞろ何十人もいても、あまり役には立たないだろうし。

八人もいれば、暗殺者の二十人ぐらいなら軽く片付けてくれると思う。

残りのメンバーは道中の警護担当だ。到着後はザリアの外に待機させて、退路の確保などに充てる。

もちろん何かあれば、市街に突入して俺たちを救出するのにも使う。

見た目はただの人間だから、そう警戒もされないだろう。

よし、こんなもんでいいか。

ただ、人狼隊は治安維持などの通常業務がある。全員連れていくとなれば、留守中の引き継ぎが必要だ。

俺は魔都の治安維持を担当しているバルツェを探しに、街に出てみることにした。

蒼鱗騎士団はいつも巡回警備をしているからな。

旧市街地を歩いていると、案の定バルツェが衛兵詰所……つまりは交番にいた。周囲に部下の竜人兵もいる。

でもなんだか様子が変だ。

何かを大事そうに抱えている。

「バルツェ殿、どうかされましたか?」

俺が声をかけると、バルツェが振り向いた。

「ああ、ヴァイト殿。ちょうどよいところに」

彼がおそるおそる抱えているのは、驚いたことに人間の赤ちゃんだ。すやすや寝ている。

この感じだと首はすわっているが、立つのはまだ無理そうだな。

バルツェはこわごわといった様子で腕の中の赤ん坊を覗きこみ、こう言った。

「女性市民から、男児の幼体を預かりました」

「なんでまた……」

「近隣の住民が急に倒れたそうです。その看病をしている間、子供を預かっていてほしいと」

リューンハイトでは衛兵隊が街の便利屋みたいなことをよくしているが、同じノリで魔族に頼む人がいるとは思わなかった。

どうやら竜人たちも、徐々に市民に受け入れられてきているらしい。

バルツェはじっと、赤ん坊の顔を覗きこんでいる。

その表情がやけに真剣なので、俺は訊ねた。

「何か不審な点でも?」

「あ、いえ。そういう訳ではないのですが。……先王様の面影でもないかと思いまして」

「なぜ?」

俺は驚いたが、どうやら魔族の間では転生ブームの真っ最中らしい。

もともと、魔族には転生という概念はない。

先祖の霊は常に子孫と共にあり、子孫を守っている。あるいは冥府で眠っている。そういうイメージが強かった。

しかし人間の間では、転生という概念が存在している。もちろん前世のことは何も覚えていないが、魂は不滅という考え方だ。

人間と共に暮らすようになった魔族は、この新しい考え方に興味を覚えたらしい。

おかげで占星術師のミーティのところには、魔族が行列を作っているという。

「死んだ戦友がどこかに転生していないか」とか「亡くなった親の魂は今どこにあるのか」などといった相談が殺到しているそうだ。

竜人族はあまり魔法や霊的なものには興味を示さない種族だが、それでも「先王様がどこかで生まれ変わっているかもしれない」という発想は魅惑的なようだ。

だが俺は苦笑する。

「生まれ変わっているのなら、竜人の赤ん坊ではありませんか?」

俺みたいに異世界からやってきた上に人間から人狼にクラスチェンジしてしまったヤツもいるが、それはもちろん秘密だ。

するとバルツェは首を横に振った。

「占星術師のミーティ殿によると、転生は種族を越えて起こり得るそうです。先王様の守護星だと、人間に転生している可能性もあるのだとか」

「ははは、まさか」

笑ってみせた俺だが、内心ドキドキしているのは秘密だ。

バルツェはふと寂しそうな顔をする。

「私はまだ人間を完全に信用した訳ではありません。なにより、先王様を殺したのは人間の勇者です」

ああ、そういえば確かにそうだ。

あれでだいぶ人間嫌いになった者もいるだろう。

だがバルツェは赤ん坊の寝顔を見つめながら、こう呟く。

「しかし、この赤ん坊が先王様の生まれ変わりかもしれないと思うと、この子の未来に幸あれと祈りたくなります。……不思議なものです」

俺が思わず黙ってしまったとき、向こうから若い女性が駆けてきた。

「すみませーん! 隣のおじいちゃん、もう大丈夫です! 軽い発作でしたー!」

バルツェはほっとしたような顔で振り向く。

「それは何よりです。さあ、ご子息をお返ししよう」

すると女性は手にした包みを差し出す。

「本当にありがとうございます。これ、竜人さんが好きな鶏肉の薫製です。隣のおじいちゃんがお礼にって」

「いや、我々は職務の一環としてご子息をお預かりしただけで……」

困惑しているバルツェに、俺が横から口を挟む。

「それだけ嬉しかったということですよ、バルツェ殿。ここの慣習ですから、いただいておきましょう」

「そ、そうですか。では受領いたします」

赤ん坊と包みをうまく同時に交換することができず、おろおろしているバルツェ。

周囲の竜人兵たちも人間の赤ん坊のことはさっぱりわからず、うろたえている。

しょうがないな。手伝うか。

「ちょっと赤ん坊を預かりましょう」

今世の俺には弟も妹もいなかったが、隠れ里では近所の赤ん坊の世話を何度も手伝っている。抱っこぐらいなら手慣れたものだ。

赤ん坊は竜人から人狼へと手渡され、そしてやっと母親の腕に抱かれた。

「あらあら。坊やったら、隊長さんたちに抱っこされてぐっすりね」

バルツェは安堵の吐息をもらす。

「ご老人にもご子息にも、何事もなくてなによりです」

「急にすみません。でも本当にありがとうございました」

女性は何度も頭を下げて、来た道を戻っていった。

バルツェたちは露骨にほっとした顔をして、肩の力を抜く。

「戦場で人間の戦士たち数百人に囲まれても緊張はしないのですが、たった一人の赤ん坊にここまで緊張するとは思いませんでした」

「お疲れさまでした。竜人族の英雄・蒼騎士殿に守られていたのですから、あの子も勇敢な男になるでしょう」

「そうなるといいですね。ところであの子には、先王様の面影はありましたか?」

そんなこと聞かれてもわかるはずがない。

「さあ、わかりませんな……」

もしかしてこれ、赤ん坊に出会うたびに毎回質問されるんだろうか。