軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

世紀末ベルーザ陸戦隊

96話

俺はガーシュとペトーレが喧嘩している間にパスタを五杯平らげ、他の料理も食い尽くす。

満腹になって食後の紅茶を飲んでいると、喧嘩に飽きたペトーレが俺に声をかけてくる。

「ヴァイトとやら、差支えなければ人魚に会わせてくれんか。わしを助けてくれた人魚がその後どうなったか、ちと聞いときたいんじゃ」

「ああ、いいとも」

さっそく恩を売りつける機会がやってきたな。

港の桟橋に戻ると人魚たちが数人、パーカーのくだらないジョークを聞かされている様子だ。

「それでね、ヴァイトが秘薬の分量を間違えたときの話なんだけど……」

ジョークかと思ったら、もっとたちの悪い話だった。

俺は駆け寄ってパーカーを持ち上げると、そのままガーニー兄弟に放り投げる。

「始末しとけ」

「お、おう」

「あっ、ちょっと待って! そのときヴァイトを偶然見ちゃったのがメレーネ……」

まだ何かしゃべっているパーカーを担がせ、そのまま退場させる。

ペトーレは人魚たちを見ると、驚いたように立ち止まる。

それから桟橋をゆっくり歩いて、人魚たちに挨拶をした。

「やあ、お嬢さんがた。わしを覚えとる者はおるかね?」

人魚たちは顔を見合わせたが、首を横に振る。

「いいえ、存じません」

「そうか……無理もない、五十年も前の話だ」

人魚の寿命を考えると、ちょっと厳しいだろうな。

ペトーレはあきらめきれないようで、さらに訊ねる。

「わしは船乗りのペトーレという。リーナという人魚を知らんか?」

すると人魚の一人が挙手した。

「リーナは私の大伯母です」

「おお」

ペトーレは歩み寄り、その人魚に話しかける。

「リーナは元気か?」

するとその人魚はうつむいて、首を小さく横に振った。

「大伯母は私が幼い頃に、病で亡くなりました。二十年ほど前です」

「なんと……」

意気消沈するペトーレに、その人魚はこう答えた。

「でも、ペトーレという若い船乗りの話は、いつも大伯母がしてくれました。嵐の海で出会った、とても勇敢な人間だったと」

ペトーレは驚いたようにその人魚の顔をまじまじと見つめて、何度もうなずく。

「そうか……うん、そうか」

どうやら何か、秘められた物語があったらしい。

それを見ていたガーシュが、怪訝そうに声をかける。

「おい爺さん、その人魚とどういう関係だったんだよ? 婆さんに聞かれちゃまずい話か?」

「バカ野郎! まだわしが独身で、血気盛んなガキだった頃の話じゃわい! もちろんターニャには絶対言うな!」

やっぱり聞かれたくないんだな。

どうやら積もる話もあるようだし、俺たちは邪魔しないでおこう。

ペトーレは人魚たちと熱心に話し込んでいた。笑顔にときおり、一抹の寂しさと安堵感のようなものが混ざっている。

しばらくするとペトーレは戻ってきて、俺に笑いかけた。

「やれやれ、わしの武勇伝がようやくひとつ終わったわい。あんたのおかげじゃ、礼を言うぞ」

「武勇伝って」

俺が呆れていると、ペトーレは胸を張って得意げな顔をする。

「若い頃はロッツォ次期太守、フィカルツェ家の貴公子として、そこらじゅうで華々しくやらかしたもんじゃ」

「奥方には言えないような武勇伝か」

「うむ、女房にはくれぐれも内密に頼む。まあ半分ぐらいはバレとるじゃろうがの」

あっさり肯定しやがった。

ペトーレは桟橋の向こうにいる人魚に手を振って、目を細める。

「五十年も前にたった一度だけ、それも一方的に迷惑をかけただけのバカな男のことを、覚えていてくれたとはの。元老院のクソどもより、魔族のほうがよっぽど温かい心を持っとるわい」

それからペトーレは俺を見つめる。

「人魚たちをよろしく頼む。あんたらが人魚と友好的な関係なら、そう悪い連中じゃなかろう。ロッツォは魔王軍と同盟を結ぶ」

「ああ、よろしく頼む」

俺はペトーレの皺だらけの、だが力強い手をしっかりと握った。

俺とペトーレは館に戻り、今後についてあれこれと情報交換を行った。

ひとしきり話し込んだ後で、ペトーレが俺に訊ねる。

「ところでヴァイト、あんたこれからどうするつもりじゃ? ベルーザに戻るのか」

ベルーザに置いてきた魔王軍関係者は、もうみんな帰途に就いているはずだ。人馬兵の一部が連絡要員として残っているだろうが、それぐらいだ。

「俺たちは一度、リューンハイトに戻る。あまり長く留守にもしておけん。それに南部の他の都市にも、交渉に行く必要がある」

「なるほど、確かに急いだほうがええじゃろうな」

ペトーレはそう言うと、執務室の机から書状を取り出す。

「密偵の報告によれば、北部はまだゴタゴタが続いとるようじゃ。ほれ、ランハルトとかいう勇者がどうとか」

「ああ、偽勇者か」

懐かしい名前だ。

ペトーレはこう続ける。

「ランハルトの関係者が、岩塩で有名な採掘都市クラウヘンの出身だったらしいんじゃ。経緯はよくわからんが、そこが今ちょっと揉めとるらしい」

俺の視線は自然とラシィに向かう。

ラシィは気まずそうな顔をしていたが、俺が目線で「何も言うな」と告げると、コクコクとうなずいた。

ペトーレはそんな俺たちをじっと見ていたが、小さく溜息をつく。

「お前さんが何か仕掛けたんじゃろ? クラウヘンは今、北部でも微妙な立場らしいぞ」

あくまでもラシィの意志を尊重しただけで、わざとじゃないんだがな。

いやまあ、騒動の種にでもなればと思ってばらまいておいたのも事実だが。

「それに魔王軍に攻撃されたバッヘンなど三都市が、復興の遅れで不満を抱えとるらしいな。おかげで北部内でも微妙に亀裂が入っとるようじゃ」

どうやら北部はまだ、こっちに攻め込んでくる余裕はなさそうだ。

しかしペトーレはこうも言った。

「だがな、アホぞろいの元老院だって、いつまでもぼんやりしてるほど無能じゃねえからな。焦って何か仕掛けてくるはずじゃ」

元老院はすぐに拙速な行動をするから始末に負えないのだと、ペトーレが溜息をつく。

その近くでラシィがうんうんと力強くうなずいているので、俺は視線で黙らせた。

となると、やはりのんびりはしていられないな。

「ペトーレ殿、情報に感謝する。残りの二都市との交渉も、可能な限り早く進めよう」

「ああ、そうしたほうがええ。北部に近い都市は余裕がないからの、味方に取り込むなら今のうちじゃわい」

よし、急いでリューンハイトに帰るとするか。

俺はここまでついてきてくれたガーシュと、桟橋で握手を交わした。

「ガーシュ、あんたのおかげで助かったよ」

「なあに、盟友の手伝いは当然だ。またいつでも遊びに来な」

すっかり打ち解けたガーシュに、俺は笑顔を浮かべる。

と同時に、聞いておくべきことがあった。

「あいつらはなんだ」

俺の背後に整列しているのは、世紀末スタイルの屈強なモヒカンたち。

ベルーザの陸戦隊だ。

するとガーシュが笑顔で答える。

「あいつらはリューンハイトからの移民や、その子孫だ。何かあったときに援軍を送るにも時間がかかるから、このまま持ってけ。友好の証だ」

持ってけって……。まるで畑で穫れた野菜みたいだ。

「噂で聞いてるぜ、リューンハイトは城壁を拡張して街をでかくしてるって。この人数ぐらいなんとかなるだろ。こいつらの給料なら、俺がちゃんと払っとくからよ」

「いや、それはいいんだが……」

街作りがまだ途中なんだよな。

それにこいつらがいると、俺が思い描いている魔都リューンハイトのイメージが崩れる。

「心配しなくても、規律の正しさは俺が保証するぜ」

「あんたの保証じゃアテにならんな」

「はっはっは、違えねえ!」

もうやだこのおっさん。

俺がどうやって断ろうか考えていると、モヒカンどもの中からひときわ体格のいいのが進み出てきた。二メートル以上ある大男だ。

「心配いらねえぜ、ヴァイトの旦那ぁ! 俺たちゃガーシュの親分の忠実な子分だ! 親分に恥をかかせるような真似はしねえ!」

モヒカン頭でスパイクつきのメイスを担いで言われて、それを信用できると思ってんのか。

だがガーシュは深くうなずいている。

「さすがはうちの幹部だけのことはある。おい、魔王の副官様に名乗ってやんな!」

「へい!」

幹部モヒカンは巨大なメイスを軽々と振り回し、地響きを立てて足を踏ん張った。

「俺様はベルーザ陸戦隊隊長、グリズ! ベルーザ港の覇者とは俺様のことでさあ!」

知らん。

だが無視していると、次々にモヒカンたちが名乗りを始めた。

「俺はベルーザの荒波、ゴンザス! 投網使いだ!」

「マスト折りのベロッサだ! 陸戦隊でも指折りの力自慢よ!」

「海蛇バシュカー! ナイフの扱いならお手のものですぜ!」

「おい海蛇は俺だろうが! 海蛇イスペオ!」

「違う、俺が海蛇だ! 海蛇チャルーザ!」

海蛇多すぎだろ。

もしかしてこれ、五百人分全部聞かされるのか。

「あー、もういい。わかった。全員海蛇でいいぞ。連れていく」

「へい、ヴァイトの旦那ぁ!」

結局俺は、このむさ苦しいモヒカンどもを五百人も押しつけられてしまった。

いや、確かに統制はとれてるし、よく訓練されてて強そうではあるんだが。

「ヴァイトの旦那ぁ! これからカチコミですかい!」

「北部に攻め込むんなら、毛皮を用意しねえとな!」

「おお、肩当てだけじゃ冷えるからな!」

服を着ろ、服を。

この手の筋肉バカは、ガーニー兄弟だけで足りてるんだけどな……。