軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怪物の正体

83話

それから数日が経って、俺のもとに必要な情報が集まり始めた。

「これが……ベルネハイネンの……」

「わかった、とりあえず読ませてくれ」

人馬隊のセイシェスが持ってきた書類を、俺は急いで受け取った。

この世界には様々な魔物や怪奇現象が存在するが、そのほとんどが未知のままで解明されていない。

ただ、人間は記録を残す。一度でも襲われたら、それを記録して後世に伝えようとする。

南部の古都ベルネハイネンには膨大な書物がある。その中には開拓時代の情報もあるはずだ。

そう思った俺は、メレーネ先輩に頼んで王立図書館の蔵書を調べてもらったのだ。

前世ならSNSで質問すればすぐに誰かが教えてくれるのだが、こっちの世界ではそうもいかない。

「よし、当たりだ」

検索結果に該当する魔物が一件。

二百年ほど前にミラルディアを目指した開拓民が、南静海を渡るときに遭遇した化け物がいる。

船と人魚の両方を襲いそうな怪物。止まった風、止まった潮、そして霧。

パーカーの証言した条件と完全に一致していた。

「……島蛸か」

文字通り、島ほどもある巨大な蛸だ。名前はどことなくユーモラスだが、「魔の海」と恐れられる最強最悪の怪物らしい。

書類には他の可能性が挙げられていたが、条件に一致しなかった。

飛行型の魔物はすぐに目撃されてしまうし、人魚を襲うぐらいなら人間を襲うほうが楽だろう。

あとは船乗りの語りぐさになっている幽霊船などのアンデッドだが、それなら死霊術師のパーカーが遭遇したときに気づいているはずだ。

それにこの世界で自然発生したアンデッドは、基本的に同族しか襲わない。

人魚たちは人間の幽霊を怖がっていたが、特に実害がなかったのは種族が違うからだろう。

また人間の海賊はよっぽど凶悪なヤツ以外、船を沈めない。交易路に出る盗賊たちと同様、獲物を殺してしまっては後々困るのだ。

ガーシュの祖先も海賊だったらしいが、当時から南静海には「五分の掟」というのがあったという。

五分、つまり積み荷の五パーセントしか奪ってはいけない、という海賊業界の自主規制ルールだ。

それぐらいの被害なら、残った積み荷を高く売れば損失を埋められる。商売が成り立つので、航路は途絶えないという寸法だ。

逆にあまり欲張ると商船側が本格的に武装したり、討伐艦隊が組織されたりとロクなことがない。

だから人間の海賊とも違うだろう。

となるとやはり、有力候補は島蛸しかなさそうだ。

俺が島蛸の情報を持ってベルーザの太守の館に赴くと、ガーシュはたちまち頭を抱えてしまった。

「おいおい、まじかよ。こんなもんが俺たちの海にいるのか」

セイシェスが運んできた書類は蔵書の写しなので、図解はメレーネ先輩の直筆らしいタコの絵だけだ。描き手のせいか、どことなく可愛い。

しかし島蛸のサイズだけは可愛くなかった。

三本マストの帆船を、触手でぐるぐる巻きにして捕まえている。

『移民船海燕号を襲う魔の海』

図の下にはメレーネ先輩の字で、そう書かれてた。

ガーシュと手下たちはうめくような声で、こんな会話をしている。

「そういや聞いたことがあるぞ。初代がベルーザへの航海中、馬鹿でかい魔物に襲われて仲間の船が沈んだって」

「あれって初代の大ボラじゃなかったんですねえ……」

「てめえ、俺の祖先をなんだと思ってやがる」

「だって親分だって、すぐ大ボラ吹くじゃないですか」

どうやら伝承にも残っているようだ。

ガーシュの祖先が遭遇したのと同じ個体かはわからないが、これで犯人はほぼ決まりだな。

「魔の海」について師匠も図書館で調べてくれたらしく、あれこれと細かい記述が記されていた。

島蛸と呼ばれるだけあって蛸のような外見をしているが、どうも貝の仲間でもあるらしい。頭部というか胴体のてっぺんには岩のような殻を被っており、それで岩礁に擬態しているようだ。

岩礁には小さな魚が集まり、その魚を狙って大型の魚や獣が寄ってくる。それを捕食するのではないかと考えられている。

なかなかに巧妙なタイプのようだ。

風や潮が止まってしまう理由については解明されていないが、そういう魔力を帯びているのかもしれないと師匠は考察している。人狼が瞬時に変身できるのと同じように、魔物には不思議な力が備わっているのだ。

霧については、鯨の潮吹きのように海水を噴射しているのではないかと師匠は仮説を立てていた。

そういえば、人魚たちも岩礁で暮らしている。たぶん以前の住処も岩礁だったのだろう。「魔の海」の餌としては手頃なサイズだ。

ただ「船を襲う」というのは、師匠のメモには書かれていない。

船乗りを主食にしようとしても、船は大きいし滅多に遭遇できない。島蛸の生態を考えれば、普段は大型の魚を食べていると考えるほうが自然だろう。

そんな内容だった。

それを覗きこんだラシィが、首を傾げる。

「これって結局、船を襲った犯人なんですか?」

「ガーシュの祖先は襲われたらしいし、襲うんだろうな」

師匠のメモは生物学的な考察として記述されていて、メレーネ先輩のメモは歴史上の記録として記述されている。

俺は少し考え、ある結論を導き出す。

「たぶん普通の島蛸は船を襲わない。だが南静海にいる島蛸は、船も襲うようになったんだ。そう考えれば、矛盾はしないな」

ミラルディア南部に、開拓民が押し寄せてきた頃。たまたま島蛸の「岩礁」に乗り上げてしまった船がいたとしよう。

島蛸にとっては迷惑な話だが、同時にタナボタでもある。海に落ちた人間は魚より動きが鈍く、簡単に捕まえられるからだ。

それも数十人単位で食べられれば、しばらくは何も食べなくても大丈夫だろう。恒温動物と違って代謝は低いはずだ。

そして満腹になった島蛸は思う。

「また来ねーかな……」と。

もちろん全部俺の想像だが、もしそうならやりようはいくらでもありそうだ。

さっそくみんなで駆除方法を考えよう。

そう思ったのだが、なぜかその場にいる全員が重苦しい雰囲気に包まれている。

「魔の海か……メチャクチャな怪物じゃねえか、こんなもん」

ガーシュがうめくと、ラシィが落胆したようにつぶやく。

「さすがにこんなのは、魔王軍でもミラルディア同盟軍でも相手にできないですよね……」

人狼隊の面々も、同じような表情だ。

「牙や爪でどうにかなる相手じゃねえな……」

「これはちょっと無理よねえ」

ガーニー兄やモンザが難しい顔をしている。

みんなの反応が予想外に弱気だ。

しょうがない。俺は頭の中で手早く討伐計画をまとめながら、みんなに言った。

「こんなもんただの魔物だろ。さっさと片づけて、人魚とベルーザの悩みを取り除いてやろう」

一同が沈黙し、驚いたように俺を見てくる。

いや、その……空気を読まない発言ですみません。

パーカーが不思議そうに尋ねる。

「なんだか君だけ、まるで魔の海を怖がってないね。相手は大型船を沈める怪物なんだよ?」

「勇者よりは弱いだろ」

勇者アーシェスの強さは、この世界の常識を超越していた。今までいろんな奴と戦ったが、俺が本当にもうダメだと思ったのはあいつぐらいだ。

それに比べたら、こんなもんただのタコだ。刻んでタコヤキの具にしてしまえばいい。ベルーザの海軍力と魔族の戦力、それに魔法を使えばなんとでもなる。

「魔王軍は勇者を倒した。で、このタコ野郎はさすがに勇者よりは弱いと思う。じゃあこいつも倒せる。だから早いとこ取りかかろう」

みんなポカンと間の抜けた顔をしていたが、しばらくして人狼たちがこっくりうなずいた。

「あ、ああ……隊長がそう言うなら、やってみるか」

「勇者を噛み殺した男だからな……」

よしよし、それでこそ元気が取り柄の人狼隊だ。

一方、ガーシュは太守だけに慎重だった。

「おい、勝算はあるのか?」

「確実じゃないが一応ある。相手が島蛸だった場合と、そうじゃなかった場合の作戦も立てた。ただし俺たちには船がない。ベルーザの船を貸してくれ」

ガーシュは腕組みをして、うーんと唸る。

「船か。……実はな、魔王軍との戦いに備えて、元老院には無断で新しく軍船を作ってたんだが」

「じゃあそれを」

この世界の軍船といえば、たぶんガレー船だろう。大勢で漕ぐヤツだ。

するとガーシュは困ったように笑う。

「魔王軍と戦うためにこっそり作ったんだがな……まあいい、もうその用途じゃ使わんだろうし、古いのと一緒に貸してやる。ただし、ちゃんと返せよ」

「確約はできんが、まあ大丈夫だろう。あと商船も何隻か貸してくれ」

「欲張りなヤツだな。商船なんか何に使うんだ?」

「魔王軍が開発した兵器を積めるかもしれないので、一応借りておきたい」

商船は基本的に帆船だが、こっちのほうが物を積めるからな。

ガーシュはしばらく呆れた顔をしていたが、やがて笑い出した。

「まあいいだろう。航路の安全さえ確保されりゃ、軍船も商船も安いもんだ! いいぜ、好きなように使え!」

おお、太っ腹だな。軍船は商船や漁船より遥かに高いから、かなりの出費のはずだ。

「……できれば、軍船だけでも無事に返してもらえると嬉しいんだがな」

やはりちょっと未練はあるらしい。

師匠のメモを元に俺は「魔の海」の討伐計画を立てたが、これには追加の人員と専用の装備が必要だ。

「トゥバーンの工廠とリューンハイトのクロスボウ隊に連絡しろ。あとラシィを特訓する」

「私ですか!?」

「お前の幻術が勝利の鍵だ。当日まで鍛えまくるぞ」

「そんなぁ……」

無傷で軍船を返却するためだ。

がんばってくれ。