軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

山の民

363話

俺はザカルたち傭兵隊を追い越してカヤンカカ山に入り、山の中腹に住む「山の民」との接触を果たしていた。

崩れかけた古い石造りの遺跡と、その周辺に点在する集落が彼らの生活圏だ。

山の中で自給自足の生活を送っているので質素な暮らしだが、決して貧しくはなさそうだ。

食料は豊富にあるし、着ている服も草木で染め抜かれて色鮮やかだった。家も木造だが、中は涼しくて快適そのものだ。

俺は山の民の長に挨拶し、とりあえず竜鱗玉を手みやげに贈る。

「はじめまして。人狼族のヴァイト・フォン・アインドルフと申します。ミラルディア連邦で魔王の副官を務めております」

「ようこそ、ヴァイト殿。人狼とお会いするのは初めてです」

温厚そうな老人は小さくうなずき、竜鱗玉を受け取った。

クウォールでは贈答品に様々な意味があり、ルールも複雑だが、とりあえず受け取ってもらえた以上は争いにはならない。

長老は磨き抜かれた宝玉を手に取り、二度捧げ持ってから置く。

そして掌を高く挙げた。

「祖霊よ、あなた方の加護で良き宝に恵まれました。客人よ、あなたに我が祖霊の加護のあらんことを」

「ありがとうございます」

山の民の礼儀作法は道中に立ち寄ったペシュメットで少し習っただけだが、俺はそれに従って軽く頭を下げる。

相手が差し出した掌より低くするのが礼儀だ。

掌の高さが歓迎のレベルを表しており、歓迎されていないときは頭を床にこすりつける羽目になるのだという。

小柄な長老ががんばって掌の位置をかなり高くしてくれたので、俺は軽く頭を下げるだけで済んだ。

すると長老は微笑む。

「ヴァイト殿は我らのやり方に理解を示してくださった。我らもまた、ヴァイト殿のやり方に理解を示したい」

「恐縮です」

初めて行く土地の習慣やマナーを事前に調べておくのは、現代日本ではごく一般的な行為だ。

しかしこちらの世界では一般的ではない。

それだけに山の民の風習を勉強していた異国人が、長老には新鮮に感じられたのだろう。

「ところで……」

長老がそう言い掛けたとき、外が騒がしくなってきた。

俺と長老は顔を見合わせ、どちらからともなく立ち上がる。

長老がつぶやいた。

「ヴァイト殿の警告通りになりましたよ」

表に出てみると、案の定だった。

「長老ー! たっだいまー!」

小柄な少女が剣や槍を束にして担いで、にこにこ笑っている。

その後ろに続いているのは、騎乗した丸腰の傭兵たちだ。全員が怯えきっていた。

その先頭にいるのがクメルクだったので、俺は死ぬほど安堵した。よかった。

傭兵たちの前後を固めるようにして歩いているのは、もう少し年上の女性たちだ。山の民の民族衣装を着ている。

丸腰の女性三人相手に十人ほどの傭兵たちが怯えているのは不思議な光景だが、彼らが何を見たのかは想像がついた。怯えるのも無理はない。

「クメルク殿!」

俺が声をかけると、クメルクは驚いた顔をした。

「ヴァイト殿!?」

俺が騎馬に歩み寄ると、クメルクは当たり前のように下馬する。

それを見た山の民の少女が、慌てて制止した。

「あっ、こら! 勝手に降りちゃダメでしょ!」

俺は少女に笑いかける。

「その人は大丈夫だ。妙な真似はしないよ」

「え、そう? てかおじさん誰?」

「おじ……」

俺が思わず絶句すると、年長の女性が少女の頭にゲンコツを落とした。

「いったぁい!」

年長の女性は少女のこみかみに拳を押し当てると、頭蓋骨が変形しそうな勢いでぐりぐり圧迫した。

「ヴァイト様は、遠い異国の魔王の副官ですよ? ペシュメット公もそう仰っていたでしょう?」

「あだだだだ! おぼえでだだだ!」

おじさん……おじさんかあ……。

転生後にそう呼ばれたのは初めてなので、少しショックだ。

すると年長の女性がにっこり微笑む。

「あら、ごめんなさい。ヴァイト様、クウォールの言葉で『おじさん』は既婚の男性全てに使いますから、年齢は関係ありませんよ」

「いえ、それはいいんですが」

ペシュメット公が山の民と交流があるので連絡を取ってもらったのだが、俺が既婚なのもなぜか伝わっているようだ。

まあいい。

今はそれよりクメルクだ。

完全に置いてきぼりにされていたクメルクに、俺は改めて向き直る。

「クメルク殿、ご無事で何よりです。お怪我は?」

「あ、ありません。死ぬほどびっくりしましたが……」

「でしょうな」

彼とその部下たちが生きているのは、彼が正しい判断をした証拠だ。

ということは、彼の身柄を引き受けることもできるのではないだろうか。

そう思った俺だが、事情を聞くとどうもそう簡単にはいかないようだった。

長老は難しい顔をして、首を横に振る。

「そやつらの一味は、山の民に襲いかかってきおった」

「そりゃ無謀なことで……」

そう言ったのは俺ではなく、同行しているファーンだ。

ファーンは傍らにいるクメルクを見て、気の毒そうに声をかける。

「死ぬかと思ったでしょ?」

「はい、目の前で可憐な女性が急に……」

急に何になったのか言おうとして、クメルクは慌てて口を閉ざす。悪印象を与えるのはまずいと思ったのだろう。

どうやら傭兵隊の斥候たちはカヤンカカ山に入るなり問題を起こしまくったようで、山の民はすでに傭兵隊を敵と認識しているのだという。

傭兵隊は街では比較的規律正しかったから、俺もすっかり油断していたが、考えてみれば山賊と大差ない連中だった。

なんでそう毎回、自滅ルートをまっしぐらに突き進むのかな……。

俺は内心で溜息をつきつつ、長老に向き直る。

「クメルク殿は傭兵隊の良心です。彼がいれば傭兵隊に規律を持たせたまま、撤退させられます」

ザカルがいなくなった後、残った傭兵隊はクメルクにまとめさせて王都に連れて帰る予定だ。

クメルクは傭兵たちから人望があるし、彼には傭兵隊に厳しい軍規を守らせるだけの管理能力がある。

しかし長老は笑う。

「なに、撤退させずとも殲滅すれば良い話です。山の民もたまには戦いませんとな」

すぐこれだ。

好戦的すぎる。

長老が戦いの予感にわくわくしているのがわかったので、俺は違う方向から説得を試みた。

「えー、ではせめて、クメルク殿と彼の部下の助命をお願いしたいのですが」

「ふむ、それならばクメルクという者がカヤンカカで罪を犯していないかを調べることにしましょう。群れの長一人を調べれば済みます」

どうやって調べるんだろう。

そう思っていたら、背後で何かの準備が始まった。

そしてしばらくした後、クメルクは武装した山の民たちが警戒する中でテーブルに向かっていた。

彼は不安そうな顔で、周囲を見回している。

「ヴァイト殿、いったい何が始まるんです?」

それは俺が知りたい。

すると長老がクメルクに言った。

「ハルアーンの子、クメルクよ。これより裁きの儀式を執り行う」

彼の目の前に、煎り豆を盛った皿が置かれた。なんだあれ。

「よいか、それはカヤンカカの聖地にのみ実る『裁きの豆』。聖なる力により、罪深き者を死に至らしめる」

ぎょっとした表情になるクメルク。

ただの豆にそんな力があるとは思えないが、なんせクウォール人は迷信深い。

クメルクはすっかり怯えきっていた。

長老は穏やかな表情で告げる。

「クメルクよ、おぬしに罪がないことをこれで証明せよ。おぬしに罪がなければ、その豆を食しても死にはせん」

「わ、私は罪を犯してはいません……」

「ならば証明してみせよ」

長老は静かに山盛りの豆を指さした。

クメルクは場の雰囲気にすっかり呑まれてしまっている。

彼の部下たちは縛られ、背後には鉈や斧を持った山の民たちが厳めしい表情で立っていた。裁きの結果がアウトなら、部下たちがどうなるかは一目瞭然だ。

「この、この豆を……?」

「そうじゃ。早う食せ」

長老が怖い顔をしてクメルクをにらむ。

俺はこの儀式に聞き覚えがあった。この状況は危険だ。

だから俺はミラルディア語で、クメルクに呼びかけた。

「グエータ!」

その瞬間、山の民とクメルクが俺を見る。

長老が尋ねてきた。

「どうされました?」

俺は澄ました顔で、こう答える。

「クウォール沿岸部の方言で、『がんばれ』と言ったのですよ」

「なるほど。しかし儀式の間は発言を慎んでくだされ」

「これは失礼いたしました」

クメルクはミラルディア語が達者だ。あれぐらいなら絶対に聞き間違えない。

クメルクは顔面蒼白で額に汗をにじませていたが、俺をもう一度見た。

俺は彼を励ますため、力強くうなずく。

するとクメルクは皿を両手に持ち、ありったけの豆を一気に口に頬ばった。

そしてボリボリと噛み砕き、強引に飲み下す。

一同が見守る中、しばらくするとクメルクは激しく悶え始めた。

「げほっ! うぐっ、おええっ!」

山の民がさりげなく桶を差し出したので、クメルクは遠慮なくそこに嘔吐する。

彼はげえげえ吐いていたが、しばらくすると嘔吐が収まったらしい。

顔は真っ青を通り越して土気色になっていたが、彼はまだ生きている。

俺は長老を見て、ニヤリと笑った。

「生きていますな」

「そのようです。どうやらあの者は潔白らしい」

長老は手を差し上げ、大きな声で宣言した。

「裁きは下った! 偉大なるカヤンカカの地は、この者を無罪と認めた! この者の部下たちも無罪とする! 縄を解け! この者たちは客人だ!」

恐怖の表情を浮かべていた傭兵たちが、安堵して全員がペタリと尻餅をついた。

クメルクたちは解放され、ささやかだが歓迎の食事会が始まった。傭兵たちは半ば強引に、焼いた鹿肉や新鮮な果物を振る舞われる。

だがさっき上官のクメルクが毒豆を食わされてゲロを吐いていたんだから、傭兵たちは何を食べても味なんかわからないだろう。

傭兵たちはすっかり怯えながら、山の民を怒らせないようにビクビク食べている。

気の毒に。

俺は隙をみて、クメルクと二人だけになる時間を作った。

「ヴァイト殿、ありがとうございました」

クメルクは俺に深々と頭を下げた。

「あのときヴァイト殿が、ミラルディア語で『一気に!』と言ってくれなければ、私は雰囲気に呑まれて恐る恐る食べていたでしょう……」

「その場合、貴殿は無実の罪で死んでいたことになるな……」

前世に「カラバル豆」という毒豆があった。

遅効性の猛毒を持つ豆だが、弱い嘔吐作用を持つ。

だから少しずつ食べると嘔吐作用が効かずにそのまま死んでしまうが、一気に食べれば嘔吐作用で豆を吐き出し、助かることができる。

前世では全く同じ方法で裁判に使われていたことがあり、俺も本で読んで知っていた。

ミラルディアにも同じような豆があり、咎人を裁くために用いられていたので「トガビトマメ」の名で知られている。おそらくあれもトガビトマメだろう。

やましくなければ一気に食べて助かるだろうし、やましければ少しずつ食べて死ぬだろうという、かなり乱暴な裁判だ。

クメルクは運が良かったとしか言いようがない。

俺はそのことを彼に説明し、にっこり笑った。

「貴殿のような心正しい男が死ぬのは、俺には耐えられなかった。山の民の神聖な儀式を妨害してしまったが、俺には貴殿の命のほうが大事だ」

「ヴァイト殿……」

クメルクは精一杯平静を保っていたが、両目から涙があふれ出す。

「あなたはどうして……どうして私なんかのために、そんな危険なことを……」

「言っただろう。貴殿が心正しい男だからだよ」

クメルクは両目を掌で覆い、唇を噛みながら肩を震わせた。