軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「野心の疼き・7(清流の惨劇)」

362話「野心の疼き・7」

ザカルの副官クメルクは、内心で焦っていた。

「隊長、騎兵の大半は騎乗戦闘ができません。今もし盗賊にでも襲われたら……」

「馬鹿を言え、軍隊に襲いかかる盗賊がいるか。俺たちは正規軍だぞ」

ザカルはそう笑い飛ばしたが、クメルクの表情は晴れない。

「遊牧民たちは正規軍を敵視しています。我々本隊はいいのですが、偵察隊が危険です」

数名ずつに分かれた傭兵たちが先行しているため、クメルクは彼らの身を案じる。

だがザカルは取り合わなかった。

「偵察隊の危険は承知の上だ。本隊を危険に曝す訳にはいかん。ただの乗用馬でも与えているだけ、マシだと思え」

クメルクはいったん黙るが、やがてためらいながらも再度口を開いた。

「今回の任務は本当に『国王の捜索』ですか?」

国王はザカルが殺し、カルファル郊外の廃墟に捨てた。

カヤンカカ山に向かったところで何も見つかるはずはない。こんなものは茶番だ。

そんなことは幹部なら誰もが知っている。

だから幹部たちの多くは、この捜索任務が無意味な実績作りだと考えていた。

しかしクメルクは違っていた。

「隊長が兵を自ら率いるときは、必ず大きな見返りが望めるときです。何か本当の目的があるのでしょう? カヤンカカ山に何があるんです?」

ザカルはそれに対して、そっけなく返してきた。

「黙って言われた通りにしろ」

「隊長!」

クメルクは思わず大きな声を出してしまう。

周囲の古参兵たちが振り返ったので、クメルクは「何でもない」と手で制した。

「失礼しました、隊長。……しかしやはり、副官として隊長の真意は知っておきたいのです」

クメルクは必死に訴えたが、ザカルは不快そうに副官をにらんだ。

「無用な詮索だ」

戦場で敵を見据えるような、あまりに鋭い眼光。

クメルクは一瞬、ザカルに恐怖を感じる。今までに一度もなかったことだ。

その恐怖を読み取ったのか、ザカルは気まずそうに前を向く。

「お前は俺のことをわかっているつもりだろうが、俺のことをわかっている者など一人もおらん」

ザカルは振り向きもせずにそう言い捨てると、軍馬の歩みを早めた。

クメルクの馬も一応は軍馬だが、それほど良い馬ではない。かなり疲れている馬を労ったため、彼はザカルに置いて行かれる形になる。

「隊長……」

離れていくザカルを、クメルクは見送ることしかできなかった。

一方その頃、偵察隊はカヤンカカ山の麓に到達していた。

荒れ地が続く平野部とは違い、カヤンカカ山には鬱蒼と樹木が生い茂っている。広葉樹の森だ。

ちょうど夏の盛りなので、木漏れ日が差す森の中は蒸し暑い。

「日陰だからちったあ涼しいかと思ったが、まるで蒸し風呂だぜ」

喉を拭った傭兵がつぶやくと、偵察隊の他の傭兵たちもうなずいた。

「こうもしけってちゃ、鎧なんか着てられねえよ」

「馬もバテてる。水辺で休ませよう」

森の中には清流がある。メジレの源流のひとつだろう。

偵察といっても敵軍が待ちかまえている訳ではないので、傭兵たちもおのずと注意が散漫になる。

七名からなる偵察隊は、馬を歩かせながら雑談を始めた。

「それにしても隊長、なんか最近おかしくねえか?」

「ああ、ちょっとな。前はよく笑ってたが、最近は妙に怒鳴りやがる」

「金払いも悪いしよ」

「そのくせ、王都じゃ規律規律って……。聞けば親衛隊より軍規が厳しいらしいじゃねえか」

「それなら親衛隊より給料もらわないとやってらんねえよ」

危険なだけで見返りのない偵察任務とあって、傭兵たちの鬱憤はザカルへの不満となって噴出していた。

「負け知らずで、金払いが良くて、話がわかる。それがいい傭兵隊長ってもんだろ?」

「最近は戦ってないから負けてねえが、金払いは悪いし融通もきかねえ。そろそろ潮時かな」

「まあでも、他に良さそうな傭兵隊もねえしなあ」

辞めるよりはマシという程度の希薄な理由が、偵察隊の傭兵たちを歩かせている。

そのとき傭兵の一人が、ふと馬を止めた。

「誰かいる」

「どこだ?」

傭兵は無言で、木々の間から見える清流を指さした。

傭兵たちは馬を降り、クロスボウや剣を手にして茂みに身を隠す。

「ほう、女か」

清流で岩場に腰掛けているのは、若い女性三人だった。

竹で編んだかごを持っていて、魚を獲っている様子だ。しかし漁具の類は見あたらない。

「カヤンカカの蛮族か?」

「だろうな。見ろよ、あの太股」

娘たちは腰布を大きくめくって脚を露わにしており、傭兵たちの視線は褐色の肌に釘付けになる。

そのうち、誰かが言い出した。

「役得のひとつぐらいなきゃ、やってられんよな」

「おい、それは……」

別の傭兵が言うが、その傭兵も視線は前に向けたままだ。

「あいつらはクウォール人じゃない。山奥の蛮族だ。それに見たところ、他に誰もいねえ」

「後始末はどうする?」

「メジレに流しちまえばいいさ」

「よし」

話がまとまったので、傭兵たちは茂みから出る。

褐色肌の娘たちが振り向いたところで、傭兵たちはさりげなく左右に散開する。

「よう、お嬢さんたち。魚捕りかな?」

傭兵の一人がそう声をかけたときには、包囲が完成していた。

「捕まえろ」

傭兵たちが一斉に襲いかかる。

* * *

静寂が訪れた清流に、赤い筋が流れていく。

「で、こいつらは何なの?」

訛りのあるクウォール語だった。

女性の一人が帯を締めながら、その問いに答える。

「ペシュメット公の話によれば、国王殺しの大悪党どもらしい」

「ペシュ……ああ、あのメジくれるおじさん?」

一番年下の少女が笑うと、年長の女性がたしなめる。

「あの方は街の領主様ですよ、敬意を払いなさい」

「わかってるって。アタシ、メジのパン好きだもん」

「わかってない……」

帯を締めていた女性が溜息をつき、傍らを振り返った。

積み上げられた傭兵たちの死体から、どろりとした血が今も流れ続けている。

死体は全部で七体。

「なあ姉さん、鎧を着た連中は全員殺していいのかい?」

「そうとも限らないらしいから、こちらから仕掛けるのはダメよ。特にヴァイト卿という方たちは味方らしいから、手当たり次第に殺さないでね」

「めんどくさいな……」

そのとき、年下の少女がぴくりと耳を動かす。

「また来た。十騎ぐらいかな? たぶんまだ亀岩のあたり」

「あらほんと。多いわね」

年長の女性が悩ましげに頬に手を当てると、真ん中の娘がニヤリと笑う。

「少ないさ、やるだけならね」

「そうもいかないから困るのよ。死体は隠しましょう」

しばらくすると、さっきと同じような風体の騎兵たちが現れた。

ただし今度は武器を構えていない。

娘たちがじっと様子をうかがっていると、リーダーらしい男が進み出てこう名乗った。

「失礼します。自分はエンカラガ臨時防衛隊長の副官、ハルアーンの子のクメルクです」

正式な名乗りをした後、精悍な顔立ちの男は下馬した。

「この道を先行していた部下たちを探しているのですが、お会いになりませんでしたか?」