軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

走狗か狂犬か

342話

俺は傭兵隊が裏切ったり、勝手に王都への攻撃を開始するのではないかとドキドキしていたが、その様子がないので死ぬほど安堵した。

ザカル隊長を監視しているモンザ隊からの報告では、彼はビラコヤの使者を暗殺し、一方で誰かと書状のやりとりをしていたようだ。

ただし文面は判明していない。

だがおそらく、手紙の主は沿岸諸侯にとって好ましい人物ではないだろう。

ザカルが潜在的な脅威であることは明白だ。

元傭兵のウォッド爺さんはモンザの報告を聞いた後、嬉しそうに笑う。

「雇い主には『解雇』という切り札があるが、傭兵には『裏切り』という切り札があるからの。まあ傭兵に限らんが」

「ビラコヤ殿は契約通りの報酬を支払っているのに、ひどい話だ」

「それが傭兵じゃよ。もっとも、簡単に裏切る傭兵だと思われると仕事がなくなるからのう。わしや戦友たちは裏切らんかったが」

信用商売だもんな。

「となるとザカル隊長は『傭兵としての信用を捨ててでも得たいものがある』ということになるかな」

「そうかもしれん。だが、わしにはわからんわい」

ウォッド爺さんは苦笑して肩をすくめてみせた。

「副官、ただいま戻りました」

使いに出したハマーム隊の分隊員二名が、バッザ公ビラコヤのところから戻ってくる。

俺が書状を送ったのはモンザ隊をザカルの監視につける前だったので、そのへんはビラコヤにはまだ伝わっていない。

だが俺の書状に対する返事は、俺の今の判断と同じだった。

『あの子たちが寝返ると危険なので、今は黙認してくださいな。必要な証拠は集めていますし、沿岸諸侯の意見もおおむねまとまりましたので』

どうやらビラコヤは傭兵隊を利用するだけ利用して、その後でゆっくり処分を決めるつもりのようだ。

勝手なことをしている傭兵隊が全面的に悪いので、彼らに対して同情はしない。

俺はさらに集めた情報を文書にまとめて、ハマーム隊に託した。

「戻ってきたばかりで悪いんだが、すぐにビラコヤ殿にこれを渡してくれ」

「承知しました、副官」

冷たい井戸水を一杯飲んだだけで、彼らはまたバッザへと発っていった。

電話かEメールがあれば楽なのにな。

こうしてザカル隊長の破滅は確定した。沿岸諸侯はザカルを処分する方向で動いている。

任務が終わってバッザに帰還すれば、待っているのはおそらく査問会か解雇だ。投獄や処刑もありうる。

ただ問題は、ザカル隊長はこれも見越しているであろう、ということだ。

おとなしく任務をこなすだけでも十分に実績になるのに、彼はそれを捨ててまで暴走している。

やはり、そのリスクに見合う「何か」を追い求めているのだろう。

たぶん。

ひどく危険な匂いがするな。

そんなことを仮設の食堂で考えていると、いつの間にかモンザが隣に座っていた。

「疲れたぁ。あは、これアタシの夕飯だよね? んーっ! おいふぃ……」

モンザは幸せそうな顔をして、スパイスをふんだんに使った鶏肉の炒め物を頬張っている。

止める暇もなかったけど、それは俺の夕飯だ。

どうやらモンザは監視任務を分隊員に引き継いで、休憩に戻ってきたらしい。そういえばもう日没だな。

「動きはないか?」

「ないねえ……」

ちょっとつまらなさそうにモンザがうなずく。

「ザカルは午前中は傭兵の訓練して、午後は兵法書を読んだり体鍛えたりしてるよ。夜は傭兵たちと酒飲んでるけど、たまに夜戦の訓練してるね」

意外とまともだな。

「あとね、真夜中は美女を侍らせてわっしょいわっしょいしてる」

「なんだ、わっしょいわっしょいって」

するとモンザはにんまり笑った。

「お相手はカルファル公の愛人二人なんだけどね、それをこう……」

「いや、そこはどうでもいい」

モンザが鶏肉を何かに見立てて表現しているのを、俺は制する。

「カルファル公には妻がいるはずだが、クウォールの法律だと都市を任されている貴族は側室を二人まで持てるから合法だな。もし誰かが側室を奪えば重罪だ」

「あ、じゃあザカルたちやっつけちゃう?」

口の周りをスパイスだらけにしながら、モンザが口をもぐもぐさせている。

俺は彼女にナプキンを手渡しながら、首を横に振った。

「あいにくと戦時には適用されないんだ。財産扱いだからな」

「うわ、ひどい」

「ひどいけど、ここの法律だからしょうがない。それにあいつにはまだ、国王の親衛隊を撃破する役目が残っている。やってくれるかどうかはわからないけどな」

ザカルや幹部連中を始末しても、下っ端たちが沿岸諸侯軍を襲ったら同じことだ。

「なんせ沿岸諸侯軍には、他に陸戦の指揮官がいないんだ。精鋭のベルーザ陸戦隊にしても、あくまでも軍船の陸戦要員だからな」

「なら、隊長が指揮したらいいんじゃない?」

「無茶言うなよ、生身の人間を何千人も指揮するのって大変なんだぞ」

俺がげんなりすると、モンザが笑う。

「人間って動きが遅いし、遠吠えもできないもんね」

「まあな」

人狼は勾配や障害物を無視して高速移動できるし、遠吠えで双方向のリアルタイム通信ができる。

MMOで簡易チャットしながら戦うのと同じような感覚なので、非常に指揮しやすい。

食料は自分で鹿とか熊とか獲ってくるし、寝床が酷くても文句ひとつ言わない。

しかし人間は違う。

武装した人間は鎧の重さで動きは鈍り、騒音と兜のせいでラッパも太鼓もなかなか聞き取れない。

命令が伝わる範囲や時間差も考慮して兵に指示しないといけないし、兵からの報告は伝令が頼りだ。

勾配がある場所に攻撃をかける際には、兵の速度やスタミナも考慮する必要があった。

それに兵站。これが恐ろしく難しい。何千人も引率して知らない土地を旅すると考えたら、どれだけ難しいかわかるだろう。しかも敵の襲撃つきだ。

指揮する人数が増えれば増えるほど、考えなければいけないことが増える。

「俺が人間を指揮するとしたら、百人が限界だろうな」

高校の三クラス分未満だ。経験豊富なプロの兵士に普通の作戦行動を取らせるだけなら、たぶん何とかなるだろう。

「ザカル隊長の指揮能力だけ欲しい……」

俺がそんな情けないことをつぶやいていると、モンザがぴくりと耳を動かした。

「クメルクの匂いがする。女の人連れてるね」

「あ、ほんとだ」

しばらくすると、バッザ傭兵隊のクメルク副官がやってきた。

背後にこの間の女性三人を連れている。

今日は三人ともクウォールの民族衣装で正装しており、背筋を伸ばして静かに控えていた。

やっぱり貴族の侍女だから、礼儀作法は俺なんかよりしっかりしている。

「ヴァイト卿、夜分に失礼いたします」

「クメルク殿、ようこそ。どうぞ中に」

俺は笑顔で彼を出迎える。クメルクは笑顔だが、緊張しているのが匂いでわかった。

彼はモンザにも軽く会釈した後、俺に向き直る。

「先日は大変失礼いたしました。ミラルディアの風習などもよく存じませんので、お気を悪くされたのではないかとザカル隊長が恐縮しております」

嘘だよね、それは。

だがそれが俺に対する配慮なのはわかるので、俺は笑顔でうなずく。

クメルク副官は額に浮かんできた汗を拭いながら、話を続けた。

「お詫びと言ってはおかしいのですが、この者たちをヴァイト卿の世話係としてお使いいただけませんか?」

ちょっと意地悪してもいいだろうか。いいよな。

俺は困ったように少し考え込んでみせる。

「世話係とはいうが、そうなるとその方々の安全を我々が守らなければならない。兵力も乏しいし、いささか難しいな」

とたんにクメルクは慌てた。

「で、でしたら進軍の際はカルファルに留め置かれて、書類整理などさせるのはいかがでしょうか? 皆、クウォール語の読み書きには熟達しております」

必死だ。

だが提案としてはなかなか悪くない。

読み書きができてそれなりに信頼できる現地人というのは、ミラルディア軍にとってかなりありがたい存在だ。

ザカル隊長がスパイとして送り込んできた可能性もあるが、人狼相手にそれは通用しない。

人間に対してだけは圧倒的に優位に立てるのが、我ら人狼だ。

なんせ人間を食べるのに特化してるからな。

人間食べるのをやめちゃったから、今は苦労してるんだけど……。

俺がそんなことを考えていると、クメルクが不安そうな顔をする。

「あの、いかがです?」

傭兵じゃなくて商人の顔に戻ってるぞ、クメルク殿。

俺は軽くうなずいて、にっこり笑った。

「せっかくの申し出だ、お断りするのは忍びない。悪い話ではないし、クメルク殿にも立場がおありだろう」

そのとたん、露骨にホッとした顔をするクメルク。

「ありがとうございます。私も顔が立ちます。それに」

「それに?」

クメルクは額を汗を拭いながら、心底安堵した表情になった。

「この者たちの身柄をヴァイト殿が預かってくださるのなら、私も安心できます。庇護者のいない状態でしたので」

カルファル公逃げちゃったもんな。

クメルクはただの平民で、侍女たちを養う経済力も身分もない。

こう言っては悪いが傭兵の社会的地位は非常に低く、犯罪者予備軍みたいな扱いを受けている。傭兵隊の管理職でも大したことはない。

上級貴族の使用人は、平民ではかなり地位が高い。教養と人脈が桁違いだからだ。彼らが引退後に商売を始めると、周辺の同業者は震え上がるという。

そういう関係だから、傭兵たちが街を占領して貴族の侍女を戦利品として扱うと、みんなが眉をひそめる。

だから俺はニヤニヤ笑う。

「クメルク殿は、実家にいた頃の感覚を忘れておられないようだな」

「よく言われます。傭兵らしくないと」

話していても本当にまともなので、彼はいっそ衛兵隊にでも入れば良かったのだと思う。なんで傭兵にしたんだ。

俺は苦笑しつつ、ちょっと彼の自尊心をくすぐってみる。

「だからこそ、ザカル殿も貴殿を重用しておられるのだろう?」

するとクメルクはパッと表情を輝かせた。

「そうなんです! 傭兵仲間で『使えないヤツ』と冷遇されていた私を、副官にしてくださったのがザカル隊長ですから! この恩に報いるためにも、日々精励しております!」

ああうん、そっちに反応しちゃったのか。

忠義者なんだな……。