軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

潜む怪物

335話

それから俺は開戦の発端となったバッザ港襲撃について、ビラコヤたち沿岸諸侯の見解を聞いた。

「バッザ港襲撃の件ですが、私個人は国王陛下による攻撃だとは思っていませんよ。陛下は王として逆臣を誅伐できるのですから、闇討ちなど必要ありません」

「確かにそうですね。それに聞いた限り、軍事的には何の意味もない攻撃です」

半焼した倉庫が二棟と、木製のクレーンが一基。

持ち主にとっては大損害だが、内戦全体としてみた場合は「だから何?」と言いたくなるような戦果だ。

ビラコヤもうなずき返し、言葉を続けた。

「行動の重大と得られた結果がちぐはぐですから、本当の犯人は別にいるのでしょう。ですが、今は国王陛下の勇み足をお諫めするのが先です」

どうやらビラコヤは真犯人の敷いたレールに乗り、国王の横っつらを一発ぶん殴って黙らせる気らしい。

肝の据わったお婆ちゃんだ。

「犯人探しは後ですか?」

するとビラコヤは微笑むのをやめて、小さく溜息をつく。

「犯人探しをして、もし『とんでもない場所』から犯人が出てきたら、沿岸諸侯の結束がどうなるかおわかりでしょう?」

それってつまり、身内の犯行だった場合だよな。

その場合、戦の大義名分をでっちあげようとした不心得者が身内にいることになってしまう。

そうなれば沿岸諸侯は他の諸侯から軽蔑されるだろうし、国王もこれ幸いと介入してくるはずだ。

「確かに、それで喜ぶのはクウォール王だけですね」

「おっしゃる通りですよ。我々の判断を愚かだと思われますか、ヴァイト卿?」

「いいえ。始めるのも終わらせるのも、ままならないのが戦の常です」

俺がこの世界で体験した戦争はおおむね、「やらずに済んだんじゃないの?」という疑問符がつく。

それに比べたら今回のはまだマシなほうだ。

少なくとも終わらせる地点が見えている。

国王が肝を冷やして、少し態度を改めてくれればそれでいい。

そんなことのために既に少なくない戦死者がでていることが、俺には少し気に入らないのだが。

まあしょうがない。他国の事情だ。

ビラコヤは地図を取り出し、メジレ河を指でなぞる。そして王都エンカラガのすぐ北にある街を示した。

「戦況は現在、先鋒の傭兵隊が中部のカルファルを攻略中だそうです。後詰めのバッザ衛兵隊が報告してくれました」

「王都目前ですね」

「ええ、傭兵隊がめざましい働きをしてくれているものですから。それにもともと、裏で話は通してありますからね」

「なるほど」

大半の流域諸侯は懐柔済みということか。

もちろんそれは秘密だ。

ちょっと確認しておこう。

「ビラコヤ殿、密約はどこの都市までですか?」

「密約は密約ですから、あまり口外はできないのですけれども……。バッザからエンカラガに至る流域都市の大半とだけ申し上げておきますね」

おっかない婆さんだ。

もちろんバッザ公ビラコヤ単独の力ではないだろうが、それにしても密約怖い。

ミラルディアでも俺に内緒で密約結んでるんだろうな。

国が傾くようなものでなければ、知らん顔しておくつもりだけど。

「でも、ところどころ話の通じない方がいましてね。しょうがないから、攻め落としているところなんですよ。なかなか頑固なの」

ビラコヤは家事の話でもしているような口振りで、さらりと怖いことを言う。

そんな「服のシミが落ちないから洗剤に浸けてる」みたいな感じで言われても困る。

やはりただのお婆ちゃんではない。

相手は国王とはいえ、ボンクラの若僧だ。政治力はほぼ皆無と聞く。

これじゃクウォール王に勝ち目はないだろう。

するとそこに、ビラコヤの侍女が入室してきた。

「奥様、クメルク殿が報告にお見えです」

「あら、珍しいわね」

ビラコヤは首を傾げ、それから微笑む。

「バッザ傭兵隊長の副官さんですよ。いつもは最前線で戦っているはずなのに、どうしたのかしら」

「それが、ヴァイト様にぜひお目通りしたいとのことでして……どうしましょう?」

バッザの傭兵隊の幹部か。

ちょっと警戒しておこう。

俺は本心を押し隠し、にっこり笑ってみせる。

「ビラコヤ殿、私は構いませんよ。多くの方にお会いするのも職務のうちです」

「まあ、お気遣いいたみいります。ではお言葉に甘えさせていただきますね。お通しして」

ビラコヤの最後の言葉は、侍女に向けたものだ。

侍女は一礼して下がり、すぐに甲冑の音が聞こえてくる。

「失礼いたします」

クウォール訛りがあったが、ちゃんとミラルディア語だった。

きびきびとした動作で入室してきたのは、三十手前ぐらいの精悍な男だ。よく日焼けしている。

鎧の上から、陣羽織のようなクウォールの戦装束を着ていた。金属鎧が強い日差しで灼けるのを防ぐためだ。なかなかかっこいい。

傭兵といっても、副官クラスになると装備はかなり良いようだ。

ビラコヤが戦士に優しく語りかける。

「クメルク殿、ヴァイト卿に御挨拶を」

「はっ!」

クメルクと呼ばれた戦士は流れるような動きで右膝をつき、俺に頭を垂れた。

「ハルアーンの子、クメルクであります。バッザ傭兵隊長の副官を務めております」

ミラルディア語での立派な名乗りから、彼が武勇よりも知略の人であることがうかがえた。それにゴロツキみたいな傭兵たちの幹部にしては、物腰に気品がある。

ただの傭兵ではなさそうだな。

俺も軽く会釈し、名乗りをあげる。

「ミラルディア魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフだ。副官同士ですな」

「は、ははっ!」

ますます頭を垂れるクメルク副官。

苦労性っぽい。

ビラコヤが苦笑して、説明を補う。

「クメルク殿はバッザの商家の四男なのよ。昔からこの屋敷にも出入りしていたけれど、武の道で身を立てたいと傭兵になりましてね」

「て、手前には商才が全くありませんでしたので……。お恥ずかしい次第です……」

クメルク副官が早口でゴニョゴニョつぶやく。赤くなってるぞ、この人。

商人の出身なら、読み書きと計算ができる。ミラルディア語が話せるのも納得だ。副官にはもってこいだな。

商才がないというのも、単にお人好しだからに見える。

あくまでも勝手な印象だけど。

「でも本当に立派になりましたね、クメルク殿。バッザの傭兵隊が規律正しいのは、あなたの功績ですよ」

「とんでもありません! ザカル隊長の人望と統率力のなせる業です。自分は本当に……」

「あらあら、奥ゆかしい気性は相変わらずね」

予想以上に仲良しだな。

ビラコヤとのやりとりを見ていると、クメルク副官はビラコヤが傭兵隊につけた「首輪」ではないかという気がする。

もちろんこれも勝手な印象だが。

クメルク副官は額の汗を戦装束の裾で拭って、懐から書状を取り出した。

「そ、それよりも隊長から報告書を預かっております。御高覧を」

「そうでしたわね。ごめんなさい」

ビラコヤは書状を受け取ると、机上から装飾のついたレンズを手に取った。老眼鏡の代わりらしい。

「あらあら……まあまあ……」

書状を読み終えたビラコヤは、俺に向き直る。

「傭兵隊がカルファルを陥落させたそうですよ。後続の諸侯軍が街を包囲するよりも前に、です」

俺は少し嫌な予感がしたが、傭兵隊の幹部がいるので笑顔を作る。

「すばらしい活躍ですね。クメルク殿、お見事です」

「いえ、これもザカル隊長の手腕です」

さっきから「ザカル隊長」という名前が頻出しているが、そいつはいったい何者なんだ。

「隊長はザカル殿とおっしゃられるのか。どのような方ですかな?」

俺がクメルク副官に尋ねると、彼はパッと笑顔になった。

「大変に優れた指揮官です。兵からの人望がありますし、武勇にも秀でております。また我が軍には陸戦の指揮ができる将がほとんどいませんが、ザカル隊長は陸戦が専門です。中でも攻城戦が得意でして」

クメルクがまくし立てようとするのを、ビラコヤがやんわりと制する。

「古来より、沿岸諸侯には陸戦の備えがほとんどありません。内陸部への侵攻を意図しているとみなされ、悪くすれば謀反を疑われかねませんからね」

「なるほど、それは貴重な方ですな」

ということはやっぱり、当初は本気で開戦するつもりはなかったんだな。

するとビラコヤは意味ありげな視線で俺を見た。

「ヴァイト卿も陸戦には大変に長けておいでと聞き及んでおりますよ。五十の手勢で四百もの敵を一人残らず葬ったとか」

トゥバーンの攻撃からリューンハイトを守った、あの戦いか。

俺は苦笑して首を横に振る。

「事実ではありませんよ。他に伏兵も潜ませておりましたし」

「まあ、伏兵ですか」

ビラコヤが感心したような声をあげ、クメルク副官を振り返る。

「クメルク殿、どう思われますか?」

「やはり戦上手でおいでのようです。できればその……前線の視察だけでもお願いできれば光栄なのですが……」

誤解だから。

そんな目をして俺を見ないでくれ。

魔王軍で基礎的な戦術を叩き込まれた俺だが、指揮できるのはせいぜい百人までだ。それも人狼に限る。生身の人間の兵なんてすぐ死ぬから、まともに指揮できそうにない。

だというのに、ビラコヤもクメルク副官も俺に熱っぽい視線を浴びせてくる。

「北の帝国の侵攻を食い止めた実績もおありなんでしょう? それも皇女の率いる精鋭を都で迎え撃って、皇女も捕虜になさったって」

「あれは……その……まあ」

詳細を話すといろいろと軍機が漏れてしまうので、俺は曖昧に笑ってごまかす。

ビラコヤは話しているうちにわくわくしてきたのか、少女のような目で俺を見つめてきた。

「それにヴァイト卿御自身も、誇張ではなく一騎当千とうかがっておりますよ。『ヴァルカーン』を倒したのでしょう?」

「ヴァルカーンとは何ですか?」

「クウォール語で『戦神』という意味で……ああそうですね、ミラルディア語では『勇者』と言えばよろしいのかしら? 人智を超えた神の如き戦士のことですよ」

ああ……あー……。うん。

なんて申し開きすればいいのだろうか。

クメルク副官は興味津々といった様子で、俺をじっと見つめている。

「伝説の戦神を倒したということは、ヴァイト卿も戦神であらせられるのですな?」

「いや、私は瀕死の戦神を倒しただけで……。実質的には、先々代の魔王陛下が倒されたのです」

誰が何と言おうと、あれはフリーデンリヒター様の戦功だ。

俺の手柄ではない。

しかし事情を知らないビラコヤたちは、それを謙遜と受け取ったらしい。

「ビラコヤ様。やはり魔王の副官ともなると、もはや将一人が一軍に匹敵するのですね。感激しました」

「ええ。船が足りなくて大軍は送れないとペトーレが言っていましたけれど、これなら確かに大軍である必要はなさそうです。心強いわ」

俺を歩く戦術兵器みたいに言わないでほしい。