軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒狼卿の婚礼

317話

俺とアイリアの婚礼は、またたく間に日取りが決まった。

俺まだ実家に報告してないんだけどな……。

隠れ里に今世の母親がいるので、慌てて手紙を出したりする。

お世話になった人が各国に大勢いるので、結婚の報告だけで大忙しだ。

そして秋も深まったある日、俺とアイリアの婚礼が盛大に開催された。

本当は結婚式は地味にやりたかったんだが、魔王陛下の婚礼となればそうもいかない。

なにより結婚式というのは、やはり花嫁のためのものだ。俺の独断で地味婚にはできない。

その結果、輝陽教神殿を貸し切りにしたあげく、旧市街全域が婚礼の会場として扱われるという、世紀の大婚礼が始まってしまった。

絶対やりすぎだと思う。

そこらじゅうに屋台が立ち並び、市民はみんな、魔王軍の振る舞い酒で酔っぱらっている。

どさくさに紛れて商工会主催の大食い大会やのど自慢大会が開かれ、完全に収穫祭とかのノリだ。

収穫祭はこの間やっただろ。

とはいえ祝ってもらっている側なので、俺としては何も言えない。

「ヴァイト殿」

控え室で背後から声をかけられた俺は、振り返って思わず気持ちが和む。

花嫁衣装のアイリアだ。

いつもは男装して男性社会に揉まれているアイリアだが、今日は純白のドレスだ。髪も俺にはよくわからない方法で丁寧に結っていて、特別感があった。

「アイリア……」

「あの、変ではありませんか? 着慣れないものですから」

彼女の胸元や耳元でキラキラ輝いている宝飾品よりも、アイリアの少し緊張した恥じらいのほうが輝いている。

「似合ってるよ、アイリア。今のあなたは間違いなく、世界一の美女だ。前世でもこんな美女はいない」

あくまでも俺の主観だが、客観的にみてもこんな美女はちょっといないと思う。

「花嫁姿のアイリアを見ていると、膝が震えてくるな」

「どういうことですか?」

「あなたを幸せにする責任について考えたら、少し不安になってきた」

俺にできるだろうか?

するとアイリアは赤面し、困ったような顔で笑った。

「あなたと一緒なら、どこで何をしていてもきっと幸せですよ」

「そう言ってもらえると、少し気が楽になるな」

責任重大だが、一度決めたことだ。

俺が緊張していると、アイリアが微笑む。

「そういえばヴァイト殿とは約束をしていましたね?」

「ああ、そうだな」

ロルムンドでの任務を終えて、夏至祭までに帰ると約束したときのことだ。

結局間に合わなかったので、俺は代わりに何でも言うことをきくと新たに約束した。

するとアイリアはこう言った。

「あのときの約束、今ここで使ってもよろしいでしょうか?」

「ん? もちろんいいぞ」

今さら何をお願いされるんだろう。

幸せにしてください、とかかな?

だがアイリアのお願いは違っていた。

「一緒に幸せになりましょうね?」

「……そうだな」

俺は本当に、この人には一生勝てない気がしてきた。

いい嫁さんもらったなあ。

そこに俺の今世の母、ヴァネッサがにゅっと現れる。

「済んだ?」

「何がだよ、母さん」

相変わらず子供みたいな母親だ。

だが正直、二度目の母には恵まれたと思っている。

どうしてもちょっと遠慮してしまうけど、腕っ節が強くてメンタルもタフで、頼れる母上だ。

ファーンお姉ちゃんが師のように尊敬している女性だけあって、雰囲気はよく似ている。

「母さん、そのドレスは何だよ……」

「これ? ほら、赤いの着けないといけないでしょ?」

人狼にとっても赤は血の色だが、それは獲物をしとめたときの色、成功と安心の色、そして恵みの色だ。

だから祝い事では赤い布や花などを身につける。

隠れ里の人狼は貧しくて礼服なんて持ってないから、赤い布をつけるのが精一杯だった。

俺はそんなことをアイリアに説明してあげて、改めて我が母上を見る。

人狼は変身を繰り返すせいか、歳の取り方が妙に遅かったり早かったりする。

うちの母は若作りなほうだ。

でも確か母上、もう四十は過ぎてましたよね?

「上から下まで真っ赤なドレス……」

「自慢の一人息子の結婚だもの、これぐらいお祝いの気持ちを表してもまだ足りないよ?」

深紅のドレスの裾をつまみ、軽やかにくるりと回る我が母。

似合ってはいると思うんだけど、はしゃぎすぎだ。

俺が困っていると、赤いドレスを着たファーンお姉ちゃんとモンザがやってきた。

ファーンお姉ちゃんは緋色、モンザは薄紅色だ。髪も結って花も飾り、ばっちりおめかししている。

「よかった……ヴァイトくん、今日はまともな格好だ」

「あは、アイリア……じゃなくて魔王様、似合ってるね! かわいい!」

とたんに母が二人を両手でハグして、昔同様に遠慮なくほおずりする。逃げる暇もない俊速のハグだ。

長年の無茶がたたって長時間の変身ができなくなった母だが、格闘戦の腕は衰えていないらしい。

「二人ともすっかり綺麗になったね! うちの息子よりいい男を早く捕まえるんだよ?」

「いや、ヴァイトくんより上ってなかなか……」

ファーンお姉ちゃんが困ってる。

ちらりと式場の様子をうかがうと、参加者はだいたい集まったようだ。

輝陽教神殿の式場には、各都市の太守や太守代理の高官、魔王軍幹部、各宗教の指導者など、ミラルディアを代表する顔が勢ぞろいしている。

さらにロルムンド大使のアシュレイ、ワの代表として多聞院のフミノたちもいた。ウォーロイとリューニエも正装して談笑している。

新婦一族としてアイリアの親戚もあらかた来てるし、新郎側一族として人狼隊も全員いる。

魔王陛下の婚礼だから、顔ぶれが豪華だ。

俺はどうも、自分が主役になるセレモニーというのは苦手だ。

そういうのは葬式だけでいい。

だから今回は魔王にして花嫁であるアイリアをセレモニーの主役と考え、しっかりサポートしようと思った。

そう考えると急に気楽になるなあ。

そんなことを考えていると、ユヒト大司祭が笑顔で歩み寄ってきた。

本日の進行役だ。

「魔王陛下の婚礼を見届けるなど、ここに赴任したときには想像もしておりませんでしたよ。アイリア殿の婚礼は見届けるつもりでしたが」

「よろしくお願いします、ユヒト殿」

アイリアが頭を下げ、俺も頭を下げる。

ユヒト大司祭も一礼して、嬉しそうに言った。

「本日は新郎新婦共通の『友人』として、婚礼の進行を務めさせていただきます」

俺は苦笑いする。

「それはつまり、『輝陽教は魔王とその副官の両方に私的なコネがある』という公式な宣伝ですね? 友人なのですから」

「そう受け取られる方もおられるかもしれませんな」

穏やかな表情のユヒト大司祭。

すっかり親しくなったから友人扱いで不満はないが、彼のしたたかさは相変わらず健在だ。

この婚礼の進行役を務めれば、輝陽教とユヒト大司祭の地位は揺るぎないものとなるだろう。

とはいえ、この人以外の適任者もいない。

輝陽教はミラルディア最大の宗教勢力だし、アイリアは一応輝陽教徒だ。

次点の静月教は大きな神殿を持っていない。

それにリューンハイト静月教の長であるミーティ師は、政治工作には全く興味がないタイプだ。

婚礼の後の祝宴は静月教が仕切るらしいし、それでバランスをとるしかないか。

貴人の婚礼は多分に政治的な意味合いを持つので困る。

ユヒト大司祭は先に祭壇前で待機するので、俺に一礼して退出しようとする。

そのとき彼はふとつぶやいた。

「不思議なものですな。この神殿に異教を奉ずる人々や魔族の方々が集い、魔王となったリューンハイト太守の婚礼を皆で祝う日が来るとは」

俺も同感なので、思わず笑ってしまう。

「人生何が起きるかわかりませんからね」

「全くです。……実に楽しい」

そう言って彼はもう一度頭を下げ、一足先に式場へと向かった。

うちの母やファーンお姉ちゃんたちもいっしょに式場に向かう。

従兄弟のガーニー兄弟が既に酔っぱらっており、それを母たち三人がだいぶ荒っぽい方法でたしなめている。

母の裏投げ、相変わらず綺麗に入るなあ。

はしゃいだモンザがとどめを刺しに行って、ジェリクが慌てて止めに入る。みんな正装でよくあれだけ動けるな。

いつもの光景なのでリューンハイト市民は誰も驚かないが、真面目な北部太守たちは呆れていた。

残された俺はアイリアを見つめ、苦笑した。

「これからが大変だな」

「そうですね。なんといっても、ミラルディア最高の権力と武力を持った夫婦になりますから」

「使い方を誤れば、みんなが不幸になる。よく注意しないと」

ユヒト大司祭にしろ太守たちにしろ、やっていいギリギリのラインはよくわかっている。

逆に言えば今回のユヒト大司祭のように、ギリギリのラインは攻めてくる。

権力を悪用されないよう、今まで以上に節度を保たないとな。

するとアイリアに苦笑されてしまう。

「また眉間にしわが寄っていますよ?」

「本当か」

「あなたは生真面目な方ですから、責任を感じておられるのでしょう。ですが、もっと御自身の幸せを追求してもいいと思いますよ」

「そうは言ってもな……」

たぶん前世の名残を引きずっているのだろうが、やはり責任というものは重く考えてしまう。

こっちの世界は割とおおらかだから、俺なんかでもクソ真面目扱いされてしまう。

アイリアは俺に手を差し出しながら、ちょっと恥じらいつつ微笑む。

「私と一緒に幸せになりましょう?」

ああ、そういうことか。

約束は守らないといけないからな。これも俺の責任のひとつだ。

実を言えば今でも十分幸せだが、アイリアと一緒にもっと幸せになってみよう。

「約束は全力で果たす」

俺は真顔でうなずき、アイリアの手を取って歩き出した。