軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不器用な求婚

316話

俺はロルムンド先帝であるアシュレイ大使と、移住希望のロルムンド貴族たちの出迎えを無事に済ませた。

ロルムンド貴族たちの身の振り方については、色々面倒くさいので関与しないことにする。

どうせ引く手あまただからな。

カイトがぽつりとつぶやく。

「北部太守たちにとっては、エレオラの治世を拒んで移住してきたロルムンド貴族は同志と言えますかね?」

「そう言えないこともないだろうな」

まず間違いなく文化や方針の違いでトラブルが起きるだろうが、そのときはうまく仲裁してやらないとな。

だがそのへんは、ウォーロイとアシュレイに期待している。

俺は採掘都市クラウヘンを発つとき、アシュレイに尋ねた。

「アシュレイ殿は今後、どのように生きていかれるつもりかな?」

「そうですね……」

アシュレイは少し思案してから、ふと笑う。

「ミラルディアでまた最初から、薬学や農学について勉強しなおします。ロルムンドとの違いがわかれば、ミラルディアとロルムンド両方の利益になるかもしれません」

「まだロルムンドを愛しておられるのですか?」

「一度は帝冠を戴いた身ですから、もちろんですよ」

微笑むアシュレイ。

でもあんたの支持者、もう帝国内にはほとんど残ってないと思うよ。

熱心なアシュレイ派貴族たちも多少いるが、彼らはみんなミラルディアに移住しに来ている。

それでも祖国を愛せるのだから、アシュレイの懐の広さはやはり帝王の器なのだなと感じた。

そして同時に、こんな立派な指導者をタダで引き取れたのは大儲けだな……と、邪悪な喜びが湧いてくる。

俺がまたしても内心でぐふぐふ笑っていると、アシュレイはふと思い出したように従者を呼んだ。

「そういえばすっかり忘れていました。あれをお持ちしてください」

なんだ?

従者が持ってきたのは、麻袋に入った穀物らしい代物だ。

アシュレイが嬉しそうに笑う。

「以前、ヴァイト殿が探しておられたソバの実ですよ。今年穫れたものです」

「おお、これは助かります。ありがとう、アシュレイ殿」

やった、やったぞ。

にこりと笑ったアシュレイだが、その瞬間に彼の学者スイッチが入ってしまう。

「ロルムンドの山間部で昔から栽培されていたソバですが、痩せた土地でも育つ代わりに収量は良くありません。ヴァイト殿が指摘されていたように、黒っぽい穀物は人気がありませんしね。日当たりの悪い場所でも育つことから、『太陽に敬意を払わない穀物』として輝陽教からは冷遇されていました」

「ああ、そうだな」

まずい、これは長くなるぞ。

「特に輝陽教の聖グロークフがソバ粥を食して悶死して以降は、輝陽教は『悪魔の種』としてソバの栽培を禁じてしまいました」

ソバアレルギーだったんだね、その人。

「ただやはり痩せた土地でも育ちますから、各地でひっそりと栽培されていました。表向きは自生しているということにしていたようです」

ありがとう、ありがとう。

そのへんの話もとても興味がありますが、早く持って帰って栽培したいです。

粥より美味しい食べ方が色々あるんですよ、そいつ。

するといいタイミングで、ウォーロイが声をかけてきた。

「アシュレイ、俺たちもそろそろ行こう!」

彼の背後には武装した騎士たちが従っている。

ウォーロイの部下だった騎兵隊長たちだ。ボリシェヴィキ公弟のジョヴツィヤもいた。

「俺の作る新しい街で、好きなだけ土いじりをやらせてやる! 冬の間に土作りをするんだろう?」

「ええ、そうです。まずは土壌の下調べです。作物と土壌の相性を調べて、合わなければ土壌の改良を……」

植物と農業について語らせると、とにかく長い。

泥臭い先帝様だが、俺はそんな彼が好きだ。

アシュレイを持て余し気味のウォーロイに声をかける。

「ウォーロイ殿、期待しているぞ」

「ああ、任せておけ。しかし妙なものだな」

「何がだ?」

ウォーロイは苦笑する。

「ドニエスク家の次男坊として、兄と甥を補佐して一生を終えるつもりの俺が、新しい都市の初代太守とはな。小さいが一国一城の主みたいなものだぞ」

嬉しそうだな。

でもその国、城の代わりにスタジアムが建設されるんだろ?

ウォーロイは俺に握手を求めてくる。

「貴殿もしっかりやれよ、決闘卿」

「その名前で呼ばないでくれ」

俺は苦笑いしながら、彼の手を握り返した。

リューンハイトに帰った俺は数日ほど機会を探し、アイリアの私室を訪ねる。

「アイリア、今日の執務は終わりかな?」

「ええ、優秀な副官殿のおかげで楽をさせていただいています」

そういえば俺、いつの間にか彼女の部下になってるんだよな。

リューンハイトを占領したのは俺なのに。

不思議な……いや、これこそが彼女の凄さなのだろう。

俺は自分の恋人の凄さを改めて自覚しながら、彼女のすすめでソファに腰掛ける。

アイリアは嬉しそうだ。

「紅茶を淹れましょうか?」

「いや、後でいい。それよりも少し相談がある」

するとアイリアが小さく首を傾げた。

「大事な……御相談でしょうか?」

「ああ、とても」

アイリアが無言でソファの隣に座ったので、俺は覚悟を決めて話を切り出す。

「アイリアの……その、アインドルフ家のことなんだが、もし当主のアイリアに子供が生まれなかったら、家督はどうなる?」

アイリアは不思議そうにした後、にっこり笑う。

「アインドルフの名を継ぐいとこたちがおりますので、その誰かの血筋が当主になるでしょう。誰でもいいのですよ」

「いいのか?」

なんか簡単すぎない?

するとアイリアは説明してくれた。

「我が一門は、アインドルフという名の大きな商会のようなものです。この家名が交易や政治において、ひとつの信頼になりますから」

アインドルフ家は名門だから、その家の者が交易商や聖職者になれば信用は絶大だ。実務能力や教養、礼節、人脈、資産力。そういったものを保証するからだ。

「当主はただの責任者です。内外の揉め事を適切に処理できるのであれば、嫡流でなくても構いません」

「なるほどな」

ということは、アイリアに子供ができなくても彼女の実家に大きな問題はない。

「アイリアは、あれだ、子供は欲しいか?」

「そうですね。五人ぐらい欲しいです」

そんなに?

「ですが、授からなければそれはそれで良いと思っています。甥や姪はすでにおりますし、寂しくはありませんよ」

この答え、どうやら俺の真意はとっくに見抜かれているようだ。

俺はさらに問いかける。

「結婚相手が魔族でも大丈夫なのか?」

「私、魔王ですから」

にっこり笑うアイリアがなんだか神々しい。

「そいつが転生者でも怖くないか?」

「占星術師のミーティ殿によれば、私も曾々祖母の生まれ変わりだそうですので、おあいこですね」

「いやしかし、異世界からの転生者だぞ?」

「あの世界、とても発展していて興味深かったですね。今後の治世に役立ちそうです」

まるで動じてないぞ。

なんだこの胆力。

俺は最後に、おずおずと申し出る。

「俺には、フォルネ殿やガーシュ殿のような器用さはないぞ? 夫婦というものも女心もよくわかってないし、美的感覚は壊滅的だし、極度の仕事人間……仕事人狼だぞ?」

「はい。そんなところが好きです」

まぶしいほどの笑顔だった。

俺はこの人に絶対勝てない気がする。

ここまで執拗に念を押したんだ。俺もきっちりプロポーズしよう。

俺はすっかり観念し、そして深呼吸してからアイリアの目を見つめる。

「俺は二度の人生で初めて、本当に誰かを好きになったと思っている。アイリア、あなたのことが好きだ」

アイリアは真剣な表情で俺を見つめている。

俺は続けた。

「遠く離れていても心のそばに寄り添ってくれるあなたに、ずっと助けられてきた。これからも俺に寄り添ってほしいし、今度は俺もあなたを支えたい。だから」

俺は勇気を振り絞り、覚悟を決めた。

「俺と結婚してくれないか、アイリア?」

「はい。……嬉しいです。ありがとうございます」

アイリアは最高の笑顔をみせて、それから目を真っ赤にして涙ぐんだ。

俺は泣いている女性とどう接していいのか、全くわからない。

この世界の男たちは滅多なことでは泣かないし、俺もそうだ。

だから目の前で泣いているアイリアをどうしていいのか……。

「ア、アイリア?」

「大丈夫ですよ、ただ感極まってしまって……」

俺はおろおろして、とにかくアイリアを落ち着かせようと彼女の手を握った。

その手を痛いぐらいに握り返される。

しばらくそのまま固まっていた俺たちだが、やがてアイリアが潤んだ瞳で俺を見つめた。

そして泣きながら笑う。

「もう絶対、逃がしませんから」

「……うん」

独占されるってのも、案外悪くないものだな。

ふつつかものですが、よろしくお願いします。