軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪の副官

305話

俺はアイリアが飛び出していった後、すぐに人狼隊全員に彼女を追跡させた。

どれだけ魔力で強化されようが、人間は人間だ。人間の匂いを持つ限り、人狼の追跡からは逃れられない。

俺は自分も追跡に参加したい気持ちをぐっと抑える。

太守であるアイリア評議員が不在の今、魔王軍代表の評議員である俺がリューンハイトの責任者だ。

俺は異変を察知した直後に、ドラウライトの秘宝を保管した部屋を調べさせている。

だが鍵のかかった密室にも関わらず、金属製の杯は消えていた。

さらにカイトが仕掛けた無数の、そして若干パラノイアじみた探知魔法も全てすり抜けている。

カイトを欺けるとなると、隠蔽や偽装を主目的とした魔法の道具でなければ不可能だ。

「すみません、こんなことになるなんて……」

カイトがしょげているので、俺は彼の背中に手を置いて慰めた。

「ただの勇者製造機に、こんな徹底した隠蔽機能を持たせるはずがないからな。製作者側に何か裏事情があったか、敵対的な用途で使われるものなんだろう」

ドラウライトの秘宝を敵の都市に送り込めば、いずれその都市は滅びるからな。自分の都市で魔力をかき集める必要もない。

住民を餌にして勇者を作り出せば、後は荒廃した街の中で生存者と勇者の殺し合いだ。勇者にする素材は潜入させたスパイでもいいし、敵の街の囚人でもいい。派手に暴れてくれるだろう。

勇者乱立時代の末期あたりに作られてそうな印象だ。

だが俺の推測が正しいとすれば、アイリアは今非常に危険な状態にある。どうすりゃいいんだ。

そこにメレーネ先輩が慌ただしくやってきた。先輩は今日ベルネハイネンに帰る予定だったので旅装をしている。

「ヴァイト、緊急事態だって!?」

「はい、実はアイリアが……」

俺が事情を説明すると、真っ青になったメレーネ先輩は何も言わずに部屋を飛び出していった。

「誰か伝令! ベルネハイネンの吸血死霊術師全員を召集して! 今すぐ! あとパーカーにも連絡よ!」

叫んでいる声が聞こえる。

死霊術に関しては先輩だけが頼りだ。

そこに兎人の魔法道具職人リュッコが、リューンハイトの地図を片手に戻ってくる。

「おうヴァイト、あのクソカップの場所がわかったぜ」

「本当か!?」

「ああ。カイトが紛失に備えて、追跡用の探知魔法をかけてたからな。リューンハイト旧市街の地下で反応が止まってる。下水だな、たぶん」

「下水か」

物理的な捜索や干渉がしづらい場所だ。

リュッコも同じことを思ったのか、小さく溜息をつく。

「アイリアを操って、夜のうちに排水溝に落としたんだろうな。後はアイリアを使って回収ってところだ。クソカップは自分じゃ動けねえし、持ち歩くにも目立つからな」

「だったら下水に行けば、アイリアを捕捉できるな」

「いや、待て待て待て」

リュッコが慌てて俺を止める。

「アイリアは操られてただけで、クソカップの野郎が本体だぜ? 使える魔法も魔力も桁違いだ。本体に近づくのはやべえって!」

俺は少し考え、カイトを振り返った。

「人狼隊からの連絡は?」

「えーと、旧市街の水路付近で一度匂いが途切れたそうです。点検用の地下道があるとこですね。距離を置いて地下道を追跡するとのことでした」

リュッコが俺のズボンの裾をひっぱりながら、落ち着かない口調で訴えてくる。

「お、おい、無茶すんなよ? 絶対行くなよ!? あのクソカップがどれだけ魔力を隠し持ってるのかわかんねえけど、死霊術の奥義には即死魔法もあるからな!?」

「わかってる。俺はアイリアの代理をする義務もある」

するとリュッコはズボンの裾をつかんだまま、口ごもりながら言った。

「あのクソカップの本質は『隠蔽』と『侵蝕』だ。回収された後、人間が大勢いる街の中に入る機会をうかがってたに違いねえ」

「ろくでもないな」

カイトが俺をちらちら見ながら、こう言う。

「あの、ヴァイトさん、落ち着かないとダメですよ」

俺は笑ってみせた。

「ああ、落ち着いているから心配するな」

「いや、その……」

彼が俺の手元を見ているので、その視線を追う。

俺はテーブルに手を置いたまま、テーブルの分厚い板を握り潰していた。

そして今気づいたが、俺はさっきからずっと人狼に変身したままだ。

どうも俺は自分が思っているよりも平常心を失っているらしい。

魔術師にとって平常心は騎士の鎧と同じだ。平常心を失ったら勝てるものも勝てなくなる。

落ち着こう。

だがどうやって落ち着けばいい?

カイトが隅っこでリュッコと相談しているのが聞こえる。

「ダメだぞ、ヴァイトさんもう完全に頭に血が昇ってる」

「あれか? あいつホレてんのか? 人間の女に?」

「それ以外の何に見えるんだよ……ヤバいぞ、ヴァイトさんが本気になったら何が起きるか……」

「まずいな、急いで対策を練ろうぜ。今、ラシィが幻覚で時間稼ぎしてるからよ」

みんなにも心配されている。これでは副官失格だ。

冷静にならないと。

だがどうやって冷静になればいい?

思考がグルグル回る。

こういうときは自分にできることの中で、今すぐにやらないといけないことだけを考えよう。

となれば、ミラルディア連邦の評議員としての職務が最優先だ。

まずは市民の安全確保だな。

「住民への避難命令を拡大し、旧市街全域とする。下水は南に流れているから、新市街の南側も対象だ。避難を徹底させろ」

「はっ!」

衛兵隊の伝令が駆け出していく。

そこにメレーネ先輩が戻ってきた。珍しくきちんと法衣を着ている。

「ヴァイト、あいつの『根』はほとんど伸びてないわ。『根』を張るのにも魔力が必要だから、慎重になってるみたい」

「そうですか、良かった……」

「ほらパーカーがこないだ、めぼしい霊を全部連れてっちゃったでしょ? だから今、この街では死霊術がほとんど使えないの。安心した?」

メレーネ先輩はそう言ってから、ふと表情を和らげた。

「だからヴァイト、そんな表情しないでね」

「どんな表情してますか?」

人狼のままなんですけど。

「心配しないで、ここは頼れるお姉さんに任せなさいな」

クスッと笑ったメレーネ先輩は、豊かな胸を力強く叩いてみせた。

「地下といっても魔法が届かない深さじゃないんだから、こっちも魔法で対処できるわ。住民には手出しさせないから安心しなさい」

大賢者ゴモヴィロアの一番弟子にそう言われて、俺もようやく少し落ち着くことができた。

操られたアイリアは今、ラシィが作った幻影の地下道をぐるぐるさまよっているところだ。人狼隊も市内各所で監視している。

下水保守用の地下道はリューンハイト占領直後に犬人隊が整備したので、こちらは最新の地図を持っている。

敵本体はカイトが監視中だ。何かあればメレーネ先輩が動く。

問題は、どうやってアイリアを取り戻すかだ。

師匠の講義によれば、精神支配から無理矢理に引き剥がすと記憶や人格に深刻な後遺症が残ることもあるという。「突き刺さった矢を不用意に抜けば、傷口がより深くなるのと同じじゃ」と言っていた。

だがあいにく、精神支配魔法の専門家はいない。

「ヴァイト、おいヴァイト、聞いてんのか?」

リュッコの声に、俺はようやく我に返った。

リュッコは俺の足下でズボンの裾をつかんだまま、つぶらな瞳で俺を見上げている。

「なあお前、ほんとにアイリアのことが心配なんだな」

「もちろんだ。彼女はミラルディア評議員で、人間としては魔王軍最大の協力者だぞ」

「そうじゃねえよ」

リュッコは首を横に振る。

「じゃあお前、もしアイリアが魔王軍とは無関係の村娘だったら見捨ててるのか?」

「そんな訳あるか!」

なるべく平静を装って言ったつもりだったが、自分でも驚くぐらい語気が強すぎた。

人狼の姿は兎人に本能的な恐怖を呼び起こすので、リュッコは「ぴゃっ!?」と悲鳴をあげた。ズボンの裾をつかんだまま、弟弟子は半歩後ずさりする。

「お、おお、驚かせんなよ! 今でも怖いんだからな! 怖くねえけどな!」

「すまん、以後気をつける」

「お、おう。それでな……あの、これは凄く言いにくいんだが……」

リュッコはさんざん迷ってから、小さく溜息をついた。

リュッコは意を決したようにジャンプして、イスの上に飛び乗る。

それから俺に、こう言った。

「オレは今から、魔法道具の専門家として絶対に言っちゃいけねえことを言う。心して聞いてくれ」

「あ、ああ」

リュッコの気迫に圧されて、俺は隣のイスに腰掛ける。

「あのクソカップが自己判断機能を持つ勇者製造機なら、勇者を作り出すまで絶対にあきらめねえ。命令者が死んだ後でも命令を実行させるために、勝手に動くようにしてるんだ」

「厄介だな」

「ああ。だからもうブッ壊すしかない。ただし今ブッ壊せば、アイリアまで被害に遭う。だからな……」

リュッコはよほど言いづらいのか、しきりに足をトントンとストンピングさせている。

「アイリアを取り戻すことが一番大事なら、おめえのやることはひとつだ。あのクソカップに勇者を作らせろ。ヤツのお望み通り、アイリアを『勇者』にさせるんだ」

「おいおい!?」

「黙って聞け、そうすりゃアイリアは自由だ。なんせ無敵の勇者様だ、精神支配なんか通用しねえ。暴れ牛を蜘蛛の糸で繋ぐようなもんだ」

リュッコはストトトトと激しく足を踏みならす。強いストレスを感じている証拠だ。

「今のままだとアイリアは絶対に勇者にならねえ。だったらクソカップは次の方法を考えるぞ。あいつは自分で考えるアタマを持ってんだからな」

「それはそうかもしれないが、危険すぎるだろう!?」

「んなこたわかってんだよ! オレは今、本職として禁忌に両耳まで突っ込んでんだよ! それでもオレは! オレは……」

リュッコは目をそらし、ぽつりとつぶやく。

「兄弟子がそんなツラしてるとこは、見たくねえんだよ」

「リュッコ……」

本当に心配されてるんだな、俺は。

リュッコはさらにこう告げた。

「クソカップは魔力を集めようとしてるが、あいつは死霊術の魔法道具だから、何をどうしたって死人が出る。それを防ぐためには、こっちから大量の魔力を供給してやるしかねえ」

「大量の魔力って……もしかしてあれか?」

リューンハイトには今、アソンの秘宝がある。

リュッコは頭を掻き、それから笑った。

「あれだよ。クソカップのお友達だ。どうだ、メチャクチャだろ?」

「メチャクチャどころじゃないぞ。評議会の決議に反しているし、ワの国との協定違反だ。外交にまで影響するじゃないか」

アソンの秘宝はフミノたち多聞院観星衆が監視している。

それを突破して魔力を奪ってこいというのか。

こいつは大犯罪だ。誰かに頼む訳にはいかないな。

リュッコは真顔になり、俺に問いかける。

「なあ、どうする?」

俺は迷ったが、心の中ではとっくに答えが出ていた。

だから覚悟を決める。

「やるぞ。悪党らしくていいじゃないか」

「おう、それでこそヴァイトだ」

リュッコがなんだか嬉しそうな顔をしているので、俺は彼に謝罪と礼を言った。

「すまないな、言いにくいことを教えてくれて」

「感謝しろよ? ちゃんと無事に戻ってきて、リンゴ切ってくれよ?」

「ウサギの形のヤツだろ。任せとけ」

俺は笑って手を振ると、窓を開けて外に飛び出した。