軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「侵蝕」

303話「侵蝕」

彼はじっと、そのときを待っていた。

前の宿主は全くダメだった。他に選択肢がなかったので利用したが、明らかに適格者ではなかった。

頭の中は妄執と憤怒だけ。知能や知識はそれなりに高かったのに、それをまともに使おうともしなかった。

そもそも骸骨兵を無尽蔵に召喚するなど愚かすぎる。まず最初は密かに「根」を伸ばすべきだった。

次はもう少しましな対象を選ぼう。それと今回の失敗を踏まえ、宿主を完全支配する方式に変更する。

そして今度こそ「勇者」を作るのだ。

彼は必要な手順と宿主の条件を再設定し、改めて周囲の状況を確認する。

「これがその器ですか。我々竜人族には魔術師がいないので、分析に参加できないのが悔やまれます」

トカゲのような人型の魔物がのぞき込んできている。

こいつはダメだ。

彼は設計上、人間でなければ宿主にできない。

「一応、調べられるだけ調べてみたんですけど、『魔力を大量に集めて貯め込む』ってとこはアソンの秘宝と全く同じでした」

そう答えているのは人間の男だ。

魔力容量は中程度。知能・高、知識・高。

宿主としては悪くないが、魔術師との判定が出ている。

これもダメだ。

予期せぬ事態を防ぐため、彼は魔術師を宿主にできないよう設定されているからだ。

「ただ、作ったヤツは別人だな。アソンの秘宝を作ったのは……あー、たぶん破壊術師とかじゃねえかな。『土地から魔力を吸い込む渦』ってとこなんだよ。で、こっちは『死者の魂を吸う根っこ』って感じだから、おおかた死霊術師の作品だろ」

小さなウサギの手で叩かれることに不快感を覚える彼。

彼は不快感を隠さないが、表明する手段を持たない。

この対象もダメだ。魔物でしかも魔術師だ。

不適格者だらけだった。

もっと不適格なのがいる。

「クルツェ殿、魔法の道具は製作者の専門性や考え方がはっきり出るんですよ。つまり理論や製法は異なるのに、同じ機能を持つ道具がふたつ作られている」

この声の主は見た目は人間だが、診断によると魔物だ。しかも魔術師だった。

魔力容量は底無し。計測不能だった。

宿主にできれば間違いなく「勇者」を誕生させられるのだが、対象にできない。

「ロルムンド産の……名前がないから仮に『ドラウライトの秘宝』としようか。ドラウライトの仲間たちが持ち込んだ品だからな」

彼は聞き覚えのある名前に反応したが、さしあたって重要事項ではないので適格者探しを優先させる。

「エレオラからの書状によれば、ドラウライトの秘宝はロルムンドの古代遺跡で発見され、有力貴族の宝物庫に保管されていたものだそうです。で、アソンの秘宝は風紋砂漠のどこかにあった」

「なるほど、制作者も地域も異なるのですか。となると、古王朝時代にはこの手の道具がかなり多く作られたとみて良いでしょう」

トカゲの顔が近づいてきて、彼はますます不快感を覚えた。

底無しの魔力容量を持つ魔物が溜息をつく。

「アソンの秘宝がもし勇者を人為的に生み出す道具だとしたら、ドラウライトの秘宝も同じ目的で作られたことになる。人工勇者の乱立時代だったのかもしれないな」

その言葉に、人間の女が反応した。

「もう勇者はこりごりです……。なんでみんな、そんなに勇者を作りたがるんですか?」

声は間抜けだが、魔力容量・大、知能・中程度、知識・高。なかなかの逸材だ。

ただやはり、魔術師なので対象にできない。

なんという空間だと、彼は思考する。

口があったら溜息をついているだろう。

底無しの魔物が笑う。

「あくまでも仮定の話だが、勇者を敵の城や都市に送り込めば、下手な軍隊で攻め込むより簡単に決着がつくだろう? あの勇者アーシェスも先王様以外には止められなかった」

「つまりこれは『生きた攻城兵器』を生み出すのが目的ということですか、ヴァイト殿?」

「仮説に過ぎませんが、そういう可能性もあるということです、クルツェ殿」

どちらでもいいことだ。

彼の目的は、「勇者」を生み出すこと。

その「勇者」が何をしようが、どうなろうが、彼の関知するところではない。

「使われている死霊術についてもう少し詳しく分析したいんだが、師匠は大樹海に戻ってしまったしな……」

「えーと、なんでしたっけ、交渉中なんでしたっけ?」

「ああ、茸人族という非常に珍しい魔族と接触したんだ。大樹海の最奥部について、何か知っているようだった」

人間の女の問いに、底無しの魔物は苦笑する。

「あいつら閉鎖的だから、『森の試練』なんてのに挑むはめになったんだ。師匠と二人でなんとか全部片づけたが、肝心の交渉がこれからだったんだよ」

「ねえねえヴァイトさん、茸人ってどんな見た目なんですか?」

「そのまんまキノコだよ、歩くキノコ。見た目はかわいいけど、味は微妙だった」

「食べたんですか!?」

「死者の養分を無駄にしないのが彼らの礼儀だから、干してあった仲間の死骸でスープを作ってくれたんだよ。忘れさせてくれ……」

底無しの魔物は首を振り、また溜息をついた。

「パーカーはパーカーで、ウォーロイにくっついて建設途中の街に行ってしまったからな。しばらくはあそこで警備を担当してもらおう」

「となると、今は死霊術師がいない状態ですか?」

トカゲ頭の質問に、慌ただしく入室してきた者がいる。

「いるわよ! 私! 魔王陛下の一番弟子のメレーネ!」

「先輩、遅かったですね」

「しょうがないじゃない、吸血鬼隊だけでベルネハイネン守ってたんだから! ボルツ鉱山に駆けつけたら、もう全部終わってるし!」

一見すると人間の女のようだ。

底無しの魔物がさらに言う。

「前に師匠が骸骨兵を三千体、配備してましたよね?」

「最初の襲撃で全部やられちゃったわよ」

しばしの沈黙の後、底無しの魔物がこう言った。

「メレーネ先輩、用兵の基礎だけでも覚えてくれませんか?」

「用兵って、敵にぶつけりゃいいんでしょう?」

「いやせめて城壁の中に入れて、防衛に使いましょうよ……」

「またそういう顔する!? 私は魔術師なの!」

「俺だって魔術師ですよ」

ここは魔術師だらけだ。古王朝時代に匹敵する。

女はしょげた。

「私はヴァイトみたいに何でもできる訳じゃないんだから、軍事面は勘弁してよ……」

「じゃあせめて、配下の吸血騎士に指揮権を委ねてください。専門家を適切に起用するのも太守の仕事ですから」

「わかった……」

見た目は人間のようだが、この女も魔物判定だ。しかも魔術師で、さらに死霊術師ときた。最悪だ。

適格者が現れるまで、彼は忍耐強く待つことにした。

その夜、彼の前に新たな人物が現れる。

「これがその魔法の杯ですか?」

人間の女だ。魔力の流れからみて魔術師ではない。

魔力容量・大。知能・高、知識・高。

文句なしの逸材だ。

彼は即座に侵蝕を開始することにした。

死体が彼を握りしめていたので人間たちは誤解したようだが、彼は接触せずとも侵蝕することができる。

自我の門をすり抜け、記憶の部屋に「根」を伸ばす。

名前は……アイリア・リュッテ・アインドルフ。

すばらしいことに現役の太守、つまり「王」のようだ。魔術師でもない者が「王」であることに彼は疑問を抱いたが、今はそんな疑問はどうでもいい。

「くうぅっ!?」

宿主がうめいて膝をつく。魔力容量は大きいが、肉体はそれほど強靱ではないようだ。少し加減が必要だろう。

「アイリア様、どうなさいましたか!?」

さっきの人間の女魔術師が、慌てて宿主を支える。

気づかれると不都合だ。

彼はただちに宿主の記憶を検索し、この女魔術師に関する記憶を選び出す。

名前はラシィ。宿主の記憶によれば「ちょっとのんびりしてるけれども、誠実で信頼できる人物。超一流の幻術師」のようだ。

過去に行った会話などの記憶も調べ上げたので、宿主の口と表情を乗っ取って適当に偽装する。

「すみません、ラシィ殿。この杯のために大勢の方が亡くなったのだと思うと、急にめまいが……」

宿主の性格なども考慮すると、これが最適解のようだ。

しかし不愉快な解答だ。

死霊術と彼を侮辱している。

だがこの返答のおかげで、ラシィとかいう女魔術師は簡単にだませたようだ。

「そうですね……。リューンハイトは無事でしたけど、巡礼の人や行商人さんが亡くなってますし、後は騎士さんとか……いろいろですね」

「ええ、ようやく平和になったのに……。少し疲れているので、今日はもう休みます」

「はーい、おやすみなさいアイリア様」

彼は宿主の四肢を操作し、寝室へと向かわせる。

ついに最高の宿主を手に入れた。

焦る必要はない。魔力の備蓄は残り少ないが、露見しないように「根」を展開すればいくらでも魔力は獲得できる。

いずれはこの街の住人を全員殺害し、魔力を抽出してやろう。

彼はようやく、自分の仕事を完了できそうだという手応えを感じていた。