軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神世の大鳥居

282話

金琴堂は翌日営業停止となり、そのまま強制廃業という形で幕を閉じた。

俺とパーカーは多聞院に赴き、評定衆から直接その報告を聞いたが、その評定衆の人数が一人少ない気がする。

「今日は全員お揃いではないのですか?」

俺がそう尋ねると、評定衆の筆頭であるタイラが重々しく答えた。

「ツクモを束ねるクランド殿を解任致しております。ツクモの一部に重大な不正がありましたゆえ」

「どういうことです?」

タイラの話によると、今回の件は要するに違法ドラッグ密売組織と警察との癒着だったらしい。

金琴堂を捜査していたツクモ、つまりワの警察組織の捜査官たちがゲヘエに買収されていたようだ。

前世の日本で暮らしていた俺には信じられないが、この世界の役人たちは簡単に買収される。賄賂に関する処罰規定がなかったり、あっても死文化しているからだ。

ワの国でも同様だが、さすがに事態が事態なので多聞院が動いたらしい。

タイラは淡々と続ける。

「調査の結果、買収されていたツクモの見廻頭二名を解任致しました。沙汰は後日となりますが、自刃を命じることになりましょう」

ずいぶんと厳しい処罰だ。

俺はふと、解任された評定衆のことも気になる。

「クランド殿は?」

「ゲヘエに買収されていた訳ではなく、部下が買収されていたことも知りませんでしたので、命までは奪いません。家督を嫡子に譲り、隠居することで償いと致します」

タイラはそう言ったが、険しい表情を崩さなかった。

「ただしクランド家は当面、ツクモの統括から外します。後任は他家の当主から人選を行うこととなりましょう」

「厳しい処置ですな」

「ヴァイト殿のお怒り、至極もっともと受け止めておりますので。それに……」

「それに?」

「己に非がなくとも責任を取る。それが責任者というものでございましょう」

タイラは厳かに述べて、小さく溜息をついた。

そして首魁のゲヘエはというと、厳しい取り調べを受けている最中だという。

トキタカが告げる。

「あのゲヘエという男、ワの国の成立以前、古王朝時代の貴族の末裔のようです。今は平民となっていますが、元は随分と栄えていた一族だとか」

「まさかその恨みでも?」

「多聞院に対して、何かしら含むところはあったでしょう。取り調べでも、多聞院に対する不満を供述しております」

どうやら今回の件、ただの禁薬密売者の摘発というだけではなく、ワの国が抱える根本的な問題に関わっているらしい。

タイラが観念したように口を開いた。

「ここまできては、もはや隠し立てするのも愚かなこと。ヴァイト殿ならは、決して悪いようにはなさるまい」

するとトキタカが一礼する。

「では、そのように」

「うむ」

なんだなんだ。

トキタカは立ち上がると、俺を外へとうながす。

「お見せしたいものがあります。こちらへ」

俺たちはよくわからないまま重々しくうなずくと、ゆっくり立ち上がった。

トキタカは俺を多聞院の裏手にある、小さな山へと案内した。生い茂る樹木の中を、苔むした石段が上へと延びている。まるで鎮守の森のような印象だ。

「ワの国は……当時は違う名でしたが、古王朝時代は大変に広い国でした」

トキタカはそう言い、ふと苦笑してみせる。

「道中、風紋砂漠を御覧になったでしょう」

「ああ、すごく広かったね」

そう答えたのはパーカーだ。多聞院では空気を読んでおとなしく黙っていたが、ここではもう普段通りらしい。

するとトキタカは、こう答えた。

「実はあの風紋砂漠全てが、ワの国土だったのですよ」

「そりゃまた随分広いね!?」

パーカーは骸骨フェイスに戻ると、カクンと顎が落とした。

「あんまりびっくりしたから、顎……」

俺はパーカーの顎を掌打で元の位置に叩き込むと、脱線しかけた話を元に戻す。

「それが今はあの不毛な砂漠とは、何があったのですか?」

「わかりません」

トキタカの答えは簡潔にして投げやりだった。

「古王朝時代の記録は、ほとんど残っていないのです。魔物の襲撃だったのか、恐ろしい天災でも起きたのか、あるいは魔法の大規模な暴走でもあったのか」

俺たちは石段をゆっくり昇りながら、トキタカの話を聞く。

「とにかく我々の先祖は急速に拡大する砂漠に追われ、大陸の端まで逃げてきたようです。作物が育たない土地で生きていくことはできませんから」

「確かに」

「しかしこの地にも、砂漠は広がりつつあったそうです。飢えと病で多くの同胞を失った先祖たちには、もはやそれに対抗する力はありませんでした」

トキタカがそう言ったとき、石段が終わる。その先は懐かしい朱塗りの鳥居だ。やはり鎮守の森なのだろうか。

俺は懐かしさに歩みを緩めるが、パーカーは特に思い入れもないようでさっさと石段を昇ってしまう。

そして彼は当たり前のように、鳥居をよけて歩こうとした。

「おいパーカー! 待て待て!」

「どうしたんだい、新弟子時代みたいな声を出して?」

パーカーがくるりと振り向いたので、俺は彼に忠告する。

「その赤い門をくぐれ。それが作法だぞ、兄弟子殿」

「これを……いいのかい?」

どうやらパーカーはふざけていた訳ではないようだ。首を傾げながら鳥居を見上げる。

「これは何かの神聖なモニュメントだろう? 本当に中を通ってもいいものなのかい?」

「そこをくぐるのが……えーと何だ、俺もよくわからないが決まりなんだ。いいから通って」

「そうか、なるほど。わかったよ」

パーカーは素直に応じて鳥居をくぐる。

鳥居に魔法的な効果はないようで、邪悪な骸骨魔術師が阻まれることはなかった。

ふと視線を感じて振り返ると、トキタカが俺をじっと見つめている。

「鳥居をご存じなのですね」

もう今さらごまかすこともできないか。

俺は溜息をつき、正直に答える。

「ええ、その通りです」

俺の答えにトキタカはうなずいたが、それ以上は何も言わなかった。

俺は境内にたどり着いたが、思っていたのとはかなり違う光景が広がっていた。

まず拝殿の類がない。社務所もない。賽銭箱もない。

その代わりに、さっきのよりも一回り大きな鳥居が堂々とそびえ立っていた。

さらにその奥には、注連縄つきの巨岩が鎮座している。

トキタカは静かに告げた。

「これがワの国を砂漠から守り、今日に至る繁栄を築く力となった『神世の大鳥居』です」

鳥居よりむしろその奥の巨岩が気になるんだが、俺は大鳥居をもう一度よく見る。

すると先にパーカーが声をあげた。

「これ、魔法装置だね。先生が昔、生命維持に使っていたものよりも大がかりだよ」

「おいこら、勝手に調べるんじゃない」

俺は兄弟子を制止したが、トキタカが手を振る。

「構いません。ここは許可なく立ち入ることのできない聖域ですが、そこにお招きした以上は何も隠すつもりはありません」

「トキタカ殿……」

俺が何か言おうとしたとき、パーカーが脳天気に叫ぶ。

「ヴァイト、これすごいよ! 奥の巨岩と連結してる! でもどうやって連結させているのか、魔術紋を見てもわからないんだよ!」

「あー、わかったからちょっと静かにしててくれ! 勝手に調べてろよ!」

「やったね!」

やったねじゃない。

パーカーは大鳥居と巨岩を行ったり来たりしながら、執拗に何かを調べている。

「うーん、探知魔法があればなあ。あっ、そうだ。カイトの霊を呼んで……いや生きてるね、彼は」

俺は兄弟子を放置して、トキタカと向き合う。

彼は巨岩をじっと見つめながら、こう続けた。

「大鳥居とその奥の巨岩について、多聞院も多くを知っている訳ではありません。そもそもいつ誰が作ったのかさえ、もう知る者はいないのです。ただ、あの鳥居は『神世』とつながっています」

俺は我慢できなくなり、彼に尋ねる。

「こことは違う世界に、ですか?」

「はい」

トキタカの視線に、微かな笑みを感じる。

「この鳥居は神々の住まう世界につながっています」

ずいぶん大仰な話になってきたぞ。

俺が困惑すると、トキタカは頭に手を当てて苦笑した。

「ということになっておりますが、実際には神が現れたことはありません」

そりゃそうだろうな。

「ただ我々にとっては、神にも等しい存在が現れる門あでることは確かです。この大鳥居の歴史について、少しお話ししましょう」

トキタカはそう言い、ゆっくりと鳥居に近づいていった。