軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決戦前夜

205話

俺は怯える脱走兵たちを、苦労してなだめた。

「おいおい、心配するな。殺すつもりなら貴重な食料や酒を分けたりしない。とっくに殺してるぞ」

本当ならこのまま黙って逃がしてやるつもりだったのだが、こいつらはまだ情報を持ってそうだ。

もう少しだけ事情聴取に応じてもらおう。

聞き取りの結果、こいつらは北ロルムンドの有力貴族・ボリシェヴィキ家に仕える郷士たちだというのがわかった。大当たりだ。

「ボリシェヴィキ家といえば、ドニエスク家とも関わりの深い名家だな。逃げて大丈夫か?」

俺がそう訊ねると、脱走兵たちは顔を見合わせて小さな声で答える。

「ボリシェヴィキ公は当初から、この戦には反対でしたし……それでも姻戚ですから、こうして我々が遣わされました」

イヴァン皇子たちの母の実家がボリシェヴィキ家で、亡きドニエスク公の母の実家もボリシェヴィキ家だ。

北部ではドニエスク家に次ぐ実力者であり、ドニエスク家の強力な同盟者でもある。

「それに……」

別の兵士が沈痛な表情で口を開く。

「先日、エレオラ皇女が主力を率いて北進なさいました。故郷の村が攻撃されていないか、心配でしょうがないんです」

「ああ、それはそうだな……」

俺は彼らに同情する。

故郷の村には彼らの家族もいるし、生活基盤の全てがある。

俺は納得して、深くうなずいた。

「この戦いに勝っても、村が滅ぼされてしまったら意味がない。そういうことだな?」

うんうんとうなずく敵兵たちに、俺はなんだか同情してしまった。

まあでも、エレオラが指揮官だからな。

あいつは戦略的に意味がある場合を除き、非戦闘員に無茶はしない。

だから俺は笑って応える。

「エレオラ殿下は聡明なお方だ。略奪や殺戮を決してお許しにはならない。エレオラ軍が来たら素直に恭順の意を示すほうが安全だぞ」

他にもあれこれと質問してみたが、魔撃兵器に対する彼らの評価を聞けたのが特に収穫だった。

ロルムンドでは、通常の魔撃杖を使った戦列歩兵がようやく形になったばかりだ。武器の生産と射手の育成に手間がかかるので、クロスボウより評価が低い。

導入時に軍上層部が反対したことも一因だ。

そんな訳でクロスボウの親戚みたいなものと思って攻め込んだら、謎の機銃掃射で一網打尽にされ、敵は心理的にも相当な打撃を受けたらしい。

自分で撃ってみて思ったが、あれは予想以上にメチャクチャな代物だった。俺やパーカーみたいに魔力の蓄積量が多い魔族が使うと、とんでもないことになる。

おそらく今後、この世界の戦争は塹壕戦に移行していくだろう。戦車の登場も時間の問題だ。

とにかくウォーロイ軍の将兵は俺たちの火力を過剰に恐れるようになり、今までのイケイケムードはすっかり消えてしまったようだ。

戦争なんて正気の沙汰じゃやってられないから、気分の問題は大きい。これにはウォーロイ皇子も苦慮しているようだ。

「故郷の村に帰ったら、武装解除しておとなしくしててくれ。ボリシェヴィキ公にも寛大な処遇をするよう、俺のほうからエレオラ殿下にお願いしておく」

俺は脱走兵たちにそう言い含めて、彼らを解放してやった。

まあ俺が何かするまでもなく、エレオラのことだからボリシェヴィキ公への働きかけはしているだろう。

雪道を歩いて北へと去っていく彼らを見送って、ハマームがつぶやく。

「逃がして良かったのですか、副官? 殺してしまっても何の問題もないと思いますが……」

「そうだな。殺してしまうほうが手っ取り早い」

死体はそれ以上、面倒をかけないからな。

でも俺は首を横に振る。

「生かしておけば、何かの役に立つこともある。何より不必要に恨まれることもない」

「生かしておいたがために、逆に恨まれることもあると思います」

「実体験か?」

「ええ」

ハマームが珍しく苦笑した。

「私が元盗賊だったことには、お気づきなのでしょう?」

「ああ、さすがにな」

彼は何も言わないが、状況証拠が揃いすぎている。

「私も獲物は殺さない主義でしたが、そのおかげで顔が割れてしまって逃げる羽目になりました」

「そういうことだったのか」

いつの間にか隠れ里に住み着いていたから、不思議に思ってたんだ。

俺は彼の表情を見て、それからニヤリと笑った。

「でも後悔はしていないんだろう?」

ハマームは微笑みながらうなずく。

「ええ。子供連れの女を殺せるようになったら、盗賊でも人狼でもない、ただの化け物ですから。逃げたおかげで副官と出会えましたしね」

そう言われると、なんだか照れくさいな。

俺は彼の肩をポンと叩くと、隊のみんなに笑いかけた。

「あの脱走兵たちには、クリーチ湖上城の様子を広めてもらう。彼らは故郷に帰って口々に言うはずだ、『ウォーロイ軍は敗色が濃く、逃げるしかなかった』とな」

脱走した事実を隠せない以上、彼らが脱走を正当化するにはそれしか方法がない。

「それが続けば、北ロルムンドの民衆はウォーロイ軍が敗北寸前だと誤解するだろう。そうなれば抵抗も止むはずだ」

人狼たちは納得したようにうなずく。

「なるほど、やっぱり隊長は悪党だな」

「ああ、人間の弱い心をよく知り尽くしている」

その言葉に、俺は思わず苦笑する。

「人間の弱い心については、俺もかなり学んだからな……」

前世も今世も、俺は弱い心の持ち主だ。

ハマーム隊のみんなは俺の言葉を聞いて誤解したらしく、「さすがは大賢者の弟子だ」と感心している。

ますます照れくさくなった俺は、一同に命じた。

「この調子で脱走兵から情報を集めるんだ。ひとつひとつは不正確でも、集まれば信頼性が増す。頼んだぞ」

「はっ!」

ウォーロイ軍の士気は下がっているようだったが、俺たち雪の砦の兵士たちは妙に絶好調だった。

「次に敵が攻めてきたら、前の倍は倒してやるぞ」

「それだとお前は二人じゃねえか! だいたいこっちの三倍から五倍は攻めてくるんだから、三人は倒せよ!」

「ははは!」

魔撃杖の手入れをしながら、魔撃兵たちが嬉しそうに笑っている。

それを見ていたジェリクが、自分の魔撃銃を担ぎ直しながら首を傾げた。

「なあ大将」

「なんだ」

「あいつらなんで、あんなに士気が高いんだ?」

俺はジェリクにそっと教えてやる。

「エレオラの新兵器が『魔撃槍』として採用されかけたとき、魔術師が軍人になることに帝国軍の偉いさんたちが難色を示してな」

「ふむふむ」

「魔術師には杖と魔術書、それに自衛用の刀剣以外は持たせないって規則を先に作られちまったんだよ」

魔撃兵器は採用するし、魔術師を兵士としても認める。

ただし魔撃兵器は持たせない。

そういう意地悪だ。

「しかしエレオラは新兵器を『魔撃杖』と改名し、杖だと言い張って強引に制式採用させたんだ。そんな感じで、ずっと冷遇されてたんだよ」

「ひでえ話だなあ。いい武器なのによ」

ジェリクが眉をひそめる。鍛冶屋としては不満そうだ。

「だから今回、多数の正規軍に大損害を与えて撃退したってことで、みんな興奮してるんだよ」

魔撃兵たちは自分たちの強さを知っているから、やっとそれを証明できたという気分なんだろう。

「エレオラの下にいれば、こうして活躍できる。地位も上がるし、つまらない死に方はせずに済む。良い装備も支給されるしな」

「ああ、ウォーロイ軍の魔撃杖はひでえ出来だったからなあ。ありゃ撃つより殴ったほうがマシだぜ」

俺たちは脱走兵の横流し品を近くの街で回収したが、魔撃杖は粗悪なデッドコピー品だった。エレオラ軍のものと比べると、威力も射程も格段に落ちる。

「確かにあれは魔術紋も雑だったし、蓄魔鋼も純度が低すぎたな……。北ロルムンドの生産技術だと、あれが限界なんだろう」

エレオラが魔撃兵器の開発者なので、彼女に近い者ほど良い魔撃兵器を入手できる。用心深いエレオラは魔撃兵器製造の極意を秘密にしているので、本当に良いものは彼女にしか作れない。

これはおそらく、今後の政争にも役立つだろう。

さて、こうなるとウォーロイ皇子の次の一手が気になるところだな。

さすがにドニエスク家の直臣たちは逃げ出していないから、精鋭中の精鋭はまだ使えるはずだ。油断はできない。

しかしここまで状況が悪化してくると、ウォーロイ皇子の出方が予想できない。

「ウォーロイ皇子自身、進退窮まってるはずなんだ」

今日も今日とて砦から湖上城を見張りながら、俺はつぶやく。

カイトは少し疲れた表情をして、防壁に寄りかかった。

「攻撃してきたのも一回だけですし、困ってるんでしょうね」

「ここを攻め落とすのは被害が大きいし、落としたところで戦況はもうそれほど好転しないからな」

カイトは積もった雪で小さな雪だるまを作りながら、ふと首を傾げた。

「じゃあ、ウォーロイ皇子は次に何をすればいいんです?」

「わからん」

「ヴァイトさんにもわからないんですか?」

俺だからわからないんだ。もっと頭のいい人でないと。

しかし俺はニヤリと笑う。

「だが俺でも、ウォーロイ皇子が次に考えそうなことならわかるぞ」

「ほんとですか?」

「彼の戦術家としての強みは、敵が一番嫌がることを的確に見抜くことだ」

理屈ではなく感覚で、ウォーロイ皇子は人の心を読む。彼の父親譲りの才能だ。

「だから次も、俺たちに対しては俺たちが一番嫌がることをしてくるだろう。そういう意味では凄くわかりやすい男だよ、彼は」

その場合の備えをしておかないとな。