軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追う者、追われる者

206話

ウォーロイ皇子の行動は、俺の予想していた通りだった。

「ウォーロイ軍およそ二万が、湖上城から出撃! 北に向かっています!」

哨戒中の人狼隊が戻ってきて、俺に報告する。数千ほどの守備隊を城に残して、残り全部を出してきたらしい。

白昼の出撃とは少々わざとらし過ぎませんか、ウォーロイ殿下?

「なぜ今頃になって退却を始めたんですかね?」

カイトが不思議そうな顔をしているので、俺は答える。

「今の俺たちが一番困るのは、ウォーロイ軍が籠城することでも、帝都に侵攻することでもない。北ロルムンド攻略中のエレオラ軍を攻撃することだ」

だったらそれをしてやろうというのが、ウォーロイ皇子の考えだろう。

「それともうひとつある」

「もうひとつ?」

「前回の防衛戦で、俺たちは圧倒的な強さを見せつけた。だがその結果、ここにいる兵力が野戦での追撃よりも籠城での防衛に特化していることがバレている」

実際、俺たちには騎兵がほとんどいない。退却する歩兵を歩兵で追いかけても、追いつくまでに敵には布陣する余裕がある。

こちらの頼みの魔撃兵は野戦全般が苦手だから、あまり期待してはいけない。

俺が追撃に使えるのは騎兵二百と槍兵五千、そしてクロスボウ兵千だけだ。魔撃兵八百は連れていってもほとんど役に立たない。

二万の兵を追撃して大損害を与えることはできるが、敵が待ち伏せする気だったら全滅しかねない。

人狼隊の報告によれば、敵の行軍速度はやや遅め。追撃を警戒しているというよりは、こちらの追撃を誘っているように思える。

ただ士気や体力の落ちている兵士を早く歩かせると、脱落者が相次いでしまうので、兵士を気遣ってゆっくり行軍している可能性もある。

いずれにしても、追撃には良い条件だ。どうも罠っぽい。

「ウォーロイ皇子の本隊はどこにいる?」

「最後尾の騎兵隊に、ウォーロイ皇子の軍旗と親衛隊らしき騎兵が確認されました」

最後尾、つまりは殿か。

本当にそこにいるかどうかはわからないが、もう襲ってくれといわんばかりの行軍だな。

ほぼ確実に罠だろ、これ。

しかしこれだけ条件が良ければ、罠だとわかっていても攻撃したくなる。

何よりこのままウォーロイ軍を退却させてしまったら、エレオラが苦戦に陥るのは必至だ。

できる範囲で追撃するしかない。

「やろうぜ、ヴァイト!」

「隊長、今ならウォーロイ皇子を討ち取れます!」

人狼隊の連中が目をギラギラさせて訴えかけてくるが、俺は困ってしまう。

「落ち着け。前回勝てたのは、相手がこちらの戦力を正しく把握していなかっただけだ。魔撃兵器の特性もある」

なんせ魔撃兵を追撃に使うと、彼らは馬防柵すらない開けた場所で戦うことになる。彼らは射程の短い飛び道具しか持たない軽装歩兵だから、完全な自殺行為だ。

するとファーンお姉ちゃんが、みんなをなだめながら俺を振り返った。

「でもヴァイトくん、このまま見逃すとエレオラが困っちゃうよ? 一応、準備はできてるんでしょ?」

「できてはいるが……」

俺は手にしていた紙をちらりと見る。エレオラからの密書だ。

彼女がこの密書に書いてある通りに動いていれば、俺たちは勝てるかもしれない。

そうでなかった場合、追撃は失敗する。

でも考えてみると、これが失敗しても兵の損失は軽微だな。魔撃兵さえ失わなければ、籠城は続けられる。

よし、ちょっと怖いがやってみるか。

俺は立ち上がると、皆に問う。

「人狼隊のみんな、俺に命を預けられるか?」

全員がニヤリと笑った。

「あったりめえだろ?」

「群れのボスには従う。それだけですよ」

「どうせいつかは死ぬんだ。戦って死ねるのなら悪くねえよ」

実に人狼らしい答えが返ってきた。

俺は決断する。

「よし、ウォーロイ軍を追撃する。皇子を狩るぞ!」

「おお!」

今回は大軍が相手だから、下手をすると人狼隊に戦死者が出る。

うまくいくことを祈るばかりだ。

俺は騎兵隊を率いて出撃した。といっても二百ほどしかいないので、これでウォーロイ軍をつついても意味はない。

後続の槍隊は五千ほどいるが、みんな軽装だ。携行食や防寒着などの余計な荷物は一切持っていない。本来なら追撃には不可欠の装備だ。

「槍隊は槍と盾だけ持ってついてこい。足に自信のない奴は剣と鎧を置いていけ」

「まじっすか」

「いざとなったら槍と盾も捨てていいぞ!」

「まじっすか!?」

ウォーロイ軍は現在、街道を北に進軍中だ。森と山に挟まれた地形を、細長い行列になって行軍している。

この地形だと、敵兵二万のうち戦闘に参加できるのは後方の一万足らずだろう。それ以上の兵は展開できない。

ただし騎兵隊は全て後方にいる。反転攻勢をかけられる構えだ。

案の定、こちらの追撃に気づくとウォーロイ軍の隊列が変化した。

槍隊がその場に停止し、反転して整列。騎兵隊は両翼に展開。

弓隊がいないことを除けば、しっかりとした陣形だ。兵力は……こっちからだとよくわからないが、五千ぐらいだろうか。

あれ、意外と少ないな。

「ヴァイト様、敵が!」

「わかっている。騎兵隊、突撃!」

「はっ!」

「……の、ふりをして敵前で反転! 一気に離脱するぞ!」

「ははっ!」

よしよし、いい騎兵たちだ。

森と山の間にみっちり詰まっている敵兵に、俺たちは突撃する。

敵からは散発的に矢が飛んでくるが、おそらく騎兵が携行しているクロスボウだろう。矢数も命中精度も大した脅威ではない。

俺たちは敵槍隊の槍の穂先をかすめるようにして……というと少しおおげさだが、適当なところで反転して逃げ出す。

すると俺の予想通り、両翼の敵騎兵が飛び出してきた。ウォーロイ皇子直属の精鋭たちだ。

ざっと見た感じ、数百騎。こちらの騎兵よりはかなり多い。

敵の槍隊も迫ってきている。俺と騎兵は急いで後退し、後続の槍隊と合流した。

俺の命令はただひとつだ。

「全軍、そこの森に駆け込め! 全速力だ! 武器は捨ててもいいぞ!」

その瞬間、槍隊の兵士たちは隊列を崩して駆け出す。中には本当に槍も盾も投げ出している者もいた。

槍隊の歩兵たちには余計な荷物を持たせていないので、逃げ足はかなり早い。

そのおかげもあって敵騎兵が到達する前には、どうにか森に逃げ込むことができた。みんな一目散に森の奥に逃げ込んでいく。その先は俺たちの砦だ。

さて、ここからは俺の仕事だな。

俺は馬から降りると、よっこらしょと雪の上に寝そべる。ひんやりして冷たい。

数人の騎兵が下馬して、俺の周囲にしゃがみ込む。人狼隊のメンバーだ。

俺は寝そべったまま、彼らに笑いかけた。

「不安か?」

すると人狼たちは背負ってきた魔撃銃を構えながら、苦笑した。

「不安ですね。俺たちが倒す分が残ってるかどうか、不安で仕方ありません」

「ははは」

ちらりと後方を盗み見ると、敵の騎兵たちは森の手前で停止していた。

開けた場所が苦手な魔撃兵とは正反対に、騎兵は狭い場所が苦手だ。突進するには加速する距離が必要なのに、木々が視界と進路を邪魔してしまうのだ。

さすがはウォーロイ皇子の親衛隊、用心深いな。

しかし彼らも俺の姿を見ると、猛然と追撃してきた。

彼らの目には、俺たちが「落馬して動けなくなった大将が、わずかな護衛と共に立ち往生している」と見えたのだろう。

そんなに都合よく大将が落馬するはずはないから罠かもしれないが、だからといって躊躇はできない。

俺が追撃を決めたときと同じ心理だ。

俺は寝そべったまま、犬笛を取り出した。

そういえばこれ、リューンハイト攻略戦のときからずっと持ってるな。

すっかり手に馴染んだ犬笛を、そっと吹く。

「成仏してくれよ」

「ジョーブツ?」

人狼の一人が首を傾げたとき、遠くで悲鳴が聞こえてきた。

森の中で光が明滅し、軍馬のいななきと兵士の叫び声が交錯する。

「うわあぁっ!?」

「敵だ! 攻撃を受けているぞ!」

「どこからだ!?」

「わからん、退け!」

もう遅い。

俺は立ち上がると、護衛たちに命じた。

「さあ行くぞ、皆殺しだ!」

「おお!」

鬱蒼と木々が生い茂る深い森で、人狼本来の狩りが始まった。

頭上の樹から。足下の茂みから。雪に埋もれた低木の陰から。

潜んでいた人狼たちが、兵士と軍馬を襲う。

歩兵と違って小回りの利かない騎兵たちは、森の中では回転寿司の皿みたいなものだ。流れてくるのを待って、ひょいと取るだけでいい。

生き残りの騎兵が異変に気づいて振り返ったときには、そいつの首も吹っ飛んでいる。

近づくのが難しいときは、変身を解いて魔撃銃で撃ってもいい。樹上からの近距離狙撃、しかも的は大きな騎兵だ。

反撃しようにも騎兵槍は正面攻撃専門だし、剣を左右に振り回しても不自由な馬上では人狼にはなかなか当たらない。

人狼たちはみんな楽しそうに戦っているが、俺は救護班なので後方で待機だ。別に戦いたくないしな。

傷を負った者は俺のところに来て治療を受けるので、こちらの兵力は損耗しない。

しばらくすると戦いの音が止んで、辺りに濃密な血の匂いが漂ってきた。

「終わったぞ」

ガーニー兄がいつもに増して真っ赤な毛を拭いながら、誇らしげに言う。

「ざっとこんなもんよ。森に入ってきた騎兵は始末したはずだ」

「よし、味方の被害状況の確認だな。各分隊、全員無事か報告しろ」

誰かやられていれば分隊員が報告するはずなので、たぶん大丈夫なはずだ。

森で人間を待ち伏せするのは得意中の得意だし、これでやられるようなら人狼失格だろう。

森に入ってきた騎兵は百そこらといったところだろうが、大半はまだ森の外だ。姿が全く見えないので、本隊に帰還した可能性がある。後続の敵槍隊も来ない。

敵がまとめて森に入ってきたら、そのまま砦の北側まで誘導して一網打尽にしてやるつもりだったのだが、やはりそんなに甘くないか。

追ってきた敵の規模と動きからすると、ウォーロイ皇子は俺たちを攻撃するよりも北ロルムンドへの帰還のほうを優先している感じだ。

見え見えの誘いとみせかけて、実はそんなに誘っていなかったというところか。

今の戦闘は俺たちの勝ちだが、戦術的にはウォーロイ皇子の勝ちだな。まんまと時間を稼がれてしまった。

ウォーロイ皇子は心理的な駆け引きが得意だから、小心者の俺が罠を警戒して二の足を踏むこともしっかり計算していたのだろう。

どうしようもないぐらい小心者ですみません。

死人が少なければそれでいいやぐらいの気分で戦ってます。

「で、どうするんだい、大将? 秘策があるんだろう?」

ジェリクが魔撃銃を撫でながら訊ねてきたので、俺は笑った。

「どうしようもないな。追撃する兵力が足りない」

「おいおい」

「敵はこちらより数が多く、しかも用心深い。深追いすればやられる。ということで人狼隊は変身を解いて休憩していろ」

「おいおい?」

いつも余裕たっぷりのジェリクが目を丸くしているのが、ちょっとおかしい。

もちろんこのまま逃がすつもりはない。ウォーロイ皇子を打倒する絶好の機会だ。

「砦に伝令。大至急、魔撃隊とクロスボウ隊を全て出撃させろ。白い布を忘れるな」

「はっ!」

「槍隊は半数をここに残し、残りは砦の守備に戻れ。騎兵隊はクリーチ湖岸で待機だ」

後は計略が予定通りに進むことを祈るばかりだ。