軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鎖の重み(前編)

160話

俺は人狼隊を率いて、エレオラ皇女と共にノヴィエスク城を出発する。

一方、魔撃大隊は留守番だ。

どうせ今回は交戦予定はないし、あまり大勢の兵を連れて歩くとトラブルの元だ。軍事的な意図を疑われる。

だから随行員は側近のボルシュ副官とナタリアだけだ。

ノヴィエスク城は旧東ロルムンド領の南端にある。

一方、帝都シュヴェーリンは西ロルムンド地方の中央にある。帝室本家と同じ名前を冠する由緒正しい都だ。

結構な長旅になりそうだ。

ロルムンドは各地方を領主たちが統治しているので、長距離を旅すると必ず誰かの領内を通過することになる。

エレオラは皇女なので、こういうときに素通りはできない。ちょっと挨拶をしていくことになる。

挨拶すれば最低でも会食ぐらいはするし、場合によっては泊めてもらうこともある。そうでないと領主としても立場がないという。

だがこちらは常に身辺を警戒していないといけないので、なかなかに疲れそうだ。

初日の宿泊先は、最寄りの伯父さんちだ。カストニエフ卿である。

カストニエフ卿の城は堀のある平城で、戦時を想定した造りになっていた。ただし兵はあまりおらず、のんびりとした雰囲気が漂っている。

「エレオラ殿下、遠征お疲れさまでした。大殊勲ですな」

カストニエフ卿は初老の紳士で、ずいぶんと人当たりがいい。

聞けばエレオラの父とは十歳も離れていて、ずいぶんと彼を可愛がっていたそうだ。

当たり前だが、ロルムンドの貴族にも人間らしい感情はあるということだな……。

一方のエレオラはというと、態度が硬い。

「これも留守を預かってくださったカストニエフ卿のおかげです。感謝しております」

もうちょっと伯父さんに甘えればいいのにと思うが、よその家の事情なので今は黙っておく。

カストニエフ卿と会食している間、俺はカイトたちに情報収集を頼んでおいた。

調べたいことはいろいろあるが、なるべく早めに知っておきたいのが帝国を支える下層民、つまり奴隷たちだ。

奴隷といっても待遇にはいろいろある。

ロルムンドの奴隷は、どんな待遇で何を考えて生活しているのだろうか。

会食の後に少し時間を作って、俺はカイトからの報告を受けた。

「このへんにいるのは農奴ばっかりですね。農奴は自由民とそんなに差はないようですが、いくつか制約があるようです」

農奴たちは指定された集落に住み、そこの農場で働くことが義務づけられている。勝手に移住はできないし、仕事を選ぶこともできない。

俺は嫌だな。

反面、衣食住は質素だが保証されている。

凶作でも食糧はきちんと支給される。来年も働いてもらわなければならないのだから、飢え死にされては困るのだ。

カイトがつぶやく。

「この待遇だと、元老院で働いてた頃の俺とあんまり変わらないですね……ヤバい仕事しなくていいだけ、農奴のほうがマシかもしれませんよ」

「確かに人狼と一対一で交渉するぐらいなら、畑を耕しているほうがいいだろうな」

それと農奴には「徴兵されない」という大きなメリットがあるらしい。ロルムンドの合戦作法として、農奴を兵士として使うのはタブー中のタブーとされている。これを犯せば大貴族でも領地没収は確実だ。

これを聞いた俺は、思わず苦笑してしまった。

「どうやら帝国の貴族たちは、農奴が戦闘訓練や武装をするのを恐れているようだな」

「え? ああ……なるほど。確かに戦争慣れした奴隷に反乱を起こされると、鎮圧大変そうですよね」

カイトが納得してうなずく。

これだけ聞くとなんだか奴隷も気楽そうだが、本当にそうだろうか。

俺は城の窓から外を眺めつつ、ぼんやりと考えていた。

目の前には黒々とした針葉樹林と草原が広がっている。遠くには山々がそびえ立ち、避暑地の高原のような景色だ。

「どうした、ヴァイト卿?」

エレオラ皇女が声をかけてきたので、俺はこう返す。

「少し調査をしておきたい。カストニエフ卿は領民からは慕われているそうだな?」

「ああ。反乱が起こらないよう、かなり入念に統治しているな。山脈を越えて脱走しようという愚か者が出ないよう、奴隷の待遇にも気を配っている」

ちょっと誇らしげな顔をしているエレオラからは、伯父を自慢している姪の表情しか読みとれなかった。

警戒心は決して解かないものの、身内への思慕の念は一応あるらしい。

カストニエフ卿は、ロルムンドではマシな部類の貴族ということだな。

それならちょうどいい。

俺は夕食までの間に近郊を散歩させてもらうことにした。カストニエフ卿にも許可を求める。

カストニエフ卿は俺が異国の貴族だということで、快く応じてくれた。

「カストニエフ卿、領内を少し見て回ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、御自由にどうぞ。案内の者をつけましょう」

さりげなく監視をつけられてしまった。

俺はカイトを伴い、近くの村を訪ねることにした。

カストニエフ卿に仕える騎士が二名、俺たちの馬の後ろからくっついてくる。軽装だが鎧も着て、武装していた。

ロルムンドの武人はみんな無表情で無口だが、彼らも無表情で無口だ。汗の匂いで彼らがかなり緊張しているのはわかる。

どうにもやりづらいな……。

村に近づいて最初に気がついたのは、柵や櫓がないことだった。

「城壁に囲まれていないと安心して暮らせないミラルディアと違って、魔物や盗賊の類はそれほど恐れなくていいみたいですね」

「それに防御設備がなければ、農奴が反乱を起こしても速やかに鎮圧できるな」

「なるほど」

俺とカイトは騎士たちに聞かれないよう、そんな会話をする。

俺が村に入ったときには、村人の姿は全く見えなかった。

そこらの屋内から、息を潜めているのが聞こえてくる。人狼の聴覚と

嗅覚はごまかせない。

「だいぶ警戒されてますね、俺たち」

「当然だな」

当たり前だが、異国の貴族はかなり怖いらしい。

ロルムンドの農村には農奴たちが大勢暮らしている。それに自由民の小作人が何割か混ざっていて、それらを統括するのが郷士たちだ。

俺が村に入るとすぐに郷士たちが現れた。中年のおっさん二人だ。

郷士は帯剣を許されているが、彼らは剣を吊す革帯しか身につけていない。剣の代わりに房飾りを吊している。おかげですぐに、彼らが郷士だとわかった。

同行の騎士たちが進み出ると、郷士に耳打ちする。

「あちらのお方はミラルディアの貴族で、エレオラ殿下の客将だ。粗相のないように頼む。余計なものは何も見せるな」

「わかりました」

人狼の俺には聞こえてるぞ。

まあでも、彼らの立場としてもそう言いたくなるだろう。

俺は領民と少し会話をしてみたかったが、みんな屋内に引きこもってしまっている。

映画や小説だと、ここでちょっとした特技でも披露して親しみやすさをアピール。すると子供たちがおそるおそる寄ってきて……となることもある場面だ。

しかし騎士と郷士たちが警戒心むき出しで張り付いているこの状況で、俺が何をすればそんな奇跡が起きるのだろう。

そもそも俺、特技なんて何にもないしな。

しょうがないので、郷士たちと少し話をしてみる。

「ミラルディアから来たヴァイトという者だ。我が国には奴隷がいないので、導入について検討中だ。待遇や注意点など、少し話を聞かせてもらえないだろうか?」

もちろん奴隷制度なんて採用しないが、こうでも言っておかないと胡散臭いだろう。

すると背後の騎士たちと目の前の郷士たちの間で、なにやらアイコンタクトが始まった。

俺は牽制のため、軽く咳払いをする。

「ここが視察に良い村だと思い、せっかく足を運んだのだ。ミラルディア支配を進めておられるエレオラ殿下のためにも、この視察を実りあるものにしたい」

さりげなく脅迫しておく。

皇女殿下の客将という立場のせいか、彼らはたちまち態度を軟化させた。

「は、はい。農奴たちは皆従順です。この村では反乱が起きたことは一度もありません」

郷士の言葉に、騎士がすかさず補足する。

「この村に限らず、我が君の領内では反乱は五十年以上起きていません」

俺がどんな情報を持ち帰るかは、彼らの将来に直結している。

もうちょっと安心させておこう。

「さすがはカストニエフ卿、素晴らしい統治だな。もちろん貴殿たち騎士や郷士の努力もあるのだろう?」

すると郷士たちは少し安心したのか、わずかに表情を和らげる。

「はい! 農奴といっても同じ村で暮らして、同じ麦を食べています。厳しいだけでは彼らも反抗的になり、農作業もはかどりません」

なるほど、そこらへんのさじ加減はちゃんとわかってるんだな。

同じようなことをカイトも言っていたが、確かにこっちの農奴のほうが前世の俺よりマシかもしれない。

録音して前世の俺に聴かせてやりたい。

彼らの態度が軟化した隙に、俺は笑顔を浮かべておだてまくった。

「カストニエフ卿は名君だと、エレオラ殿下から話はうかがっている。その家臣の方々も、優れた人材ばかりのようだな。大変感心した」

異国から来た偉い人に褒められると、誰だって嬉しい。

郷士たちは最初よりずいぶん饒舌になり、いろいろしゃべってくれた。

背後で騎士たちがそっと溜息をついたのが聞こえるが、知らん顔しておく。

反乱や逃亡には厳罰が待っているので、農奴たちもよっぽどのことがなければおとなしく従う。

ただ立場が弱いので、彼らの安全は郷士たちがどれだけ真剣に職務に取り組むか次第だという。噂によると、酷いところは本当に酷いらしい。

「もちろん我々は、しっかり彼らを守っています」

「このへんは治安もいいですから、普段はこうして丸腰ですがね。丸腰なのは農奴との信頼の証ですよ、ははは」

彼らの革ベルトには、剣を吊った形跡がほとんどなかった。

確かに関係が良好なら、帯剣しないほうが親しみやすいな。農奴にとって郷士の剣は恐ろしいだろう。

農奴とも会話してみたかったが、あまり長居すると彼らも迷惑だろう。

明日の出発時にまた寄らせてもらう約束をして、俺はいったんカストニエフ卿の城に戻ることにした。

「郷士殿たちと話ができて、とても有意義だった。貴殿たちの働きぶりはカストニエフ卿やエレオラ殿下にも申し上げておこう」

きっと査定も良くなるよ。安心してくれ。

案の定、郷士たちが満面の笑顔で俺に頭を下げる。

「ありがとうございます。ぜひまた明日お立ち寄りください」

少し離れた場所で、騎士たちがささやきあっている。

「見たか、今の。舌に潤滑油でも塗ってるのか」

「さすがにあの殿下に取り入るだけのことはあるな……」

だから聞こえてるって。