軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人狼のテーブルマナー

159話

俺はノヴィエスク城に留まり、今後のために必要な訓練を行った。

「ヴァイト卿、そうではありません」

魔撃大隊のナタリア四等士官が、首を横に振る。

「そこは『フェ』ではなく、『フ』です。『フ』」

「なるほど」

俺は改めて輝陽教の聖典に向き直り、記されている文章を音読する。

「ニェト、イヴォーフ……」

ちらりとナタリアの顔を見ると、「ん~」と難しい顔をしていた。

「なんか違いますね。ああ、わかりました。抑揚が微妙に違います」

彼女はロルムンド流の発音で、聖句をよどみなく暗唱する。

俺はそれを参考にしながら、もう一度音読を始めた。

ロルムンドとミラルディアは同じ言語を使用している。ミラルディア北部の人間は元々ロルムンド人だったのだから、当然といえば当然だ。

しかし長年に渡って文化が断絶し、さらに南部の言葉と混ざり合った結果、細部はかなり異なっている。

単語の発音や意味、慣用句などが違うのだ。生活スタイルも違うから、「雪のように」という比喩ひとつ取っても意味が違う。

一応なんとか意思は通じるのだが違和感が凄いし、複雑な会話になると誤解が生じる。

一例として、エレオラ皇女の発言を挙げてみよう。

「だが私とて、己の不得手は承知している。私にもっとも欠けているのが、敵を自陣営に引き込む術だ。それは貴殿の力を全面的に頼りにしている」

彼女は俺たちに配慮して、いつもミラルディア風に発音してくれている。

だがミラルディア風の会話をロルムンド人が聞いた場合、感じる違和感はこんなふうになる。

「せやけどウチかてなぁ、自分のあかんとこはわかっとんねんで? ウチにいっちゃん足りてへんのが、敵をウチらんとこに引っ張り込むテクや。そこらへんはあんさんの器量めっちゃアテにしとんねん」

違和感を出すためにかなり変な言葉遣いになっているが、これぐらいの違和感があるようだ。

さすがにこのままだと交渉に困る。

魔撃大隊は皇女の親衛隊を務める精鋭だけあって、みんなミラルディア式の会話を身につけている。

そこで俺も頑張ってロルムンド式の会話を身につけることにした。

翻訳の魔法もあるのだが、俺の母語が日本語のせいか、どうも機械翻訳みたいになる。

試しに使ってみたところ、ナタリアが顔を真っ赤にしてどっかに走り去ったのでなんかまずかったらしい。

このロルムンド会話講座に参加しているのが、俺とカイト、それにマオとファーンお姉ちゃんだ。

ラシィは初日で逃げ出したし、パーカーはあっという間にロルムンド会話をマスターしている。

馬鹿にしか見えないが、あの兄弟子は本物の秀才だ。だてに死霊術師の奥義を究めている訳ではない。

馬鹿にしか見えないが。

今はファーンお姉ちゃんが単語の使い方を指摘されているところだ。

「ファーンさん、『噛み殺す』はダメです。貴族が聞いたらドン引きしますよ」

ああ、それは言語の違いじゃなくて種族の違いのほうだから。

ミラルディア人でも普通は言わない。

ワイルドな姉御肌な部分も、この際きっちり使い分けを覚えてもらおう。

他にも色々な差異があり、例えばテーブルマナーも違う。

こちらの指導はエレオラ皇女殿下本人がしてくれた。

「ロルムンドの宮廷作法はミラルディアと似ているが、無意味に複雑化している」

無意味なのか。

エレオラは冷笑しつつも、慣れた手つきでナイフやフォークを並べていく。

「身分の違いを固定化するために、宮廷作法は細分化されていったのだ。作法を管理して教える側としても、複雑になればなるほど権威を持てるしな」

ナイフを置く位置ひとつ取っても、聖職者と騎士では違う。向きやずらし方で、身分の上下を表す。

うっかり上位の者と同じ置き方をしてしまえば、当然不作法者として冷笑を浴びる。場合によっては処罰の対象にもなる。

嫌な国だ。

幸い俺は「外国の貴族」という扱いなので、あまりうるさくは言われない。これらの作法は身内の序列化に必要なだけなので、その外にいる者はマナーの管轄外だ。

「もう少し肩の凝らない会食がいいのだがな」

俺がそうつぶやくと、エレオラは少し考える。

「作法にうるさくないのは立食形式のパーティだな。ロルムンドでは立食形式もかなり多い」

ああ、じゃあ俺はそういうのにだけ出席したいな。

しかしエレオラの次の言葉に、俺はぎょっとする。

「ただし皿に取った料理は食べるな。希にだが毒殺される危険性がある」

どういう国だ。

「それは会食といっていいのか?」

「会話のための食事だからな。取った料理は頃合いをみて、給仕に渡せ。新しい皿と交換してくれる。飲み物も同様だ。食事はあらかじめ済ませておくのが一般的だな」

農奴がせっせと作った食糧が、こんなところで無駄になっているのか。

もったいない話だ。

そして俺が一番恐れているのが「舞踏会」だが……。

「ロルムンドでは貴族のパーティで踊ることはないな。風紀上の問題で、何かとうるさいのだよ」

ダンスすらダメって、ずいぶんと堅苦しいな。

庶民のパーティでは他に娯楽もないので盛大に踊るようだ。貴族が踊らないのは、庶民とは違うという優越感もあるらしい。

とにかく俺はダンスを覚える必要がないとわかって安堵した。

こんな感じで、俺は「異国から来た謎の貴族」というキャラ作りのために努力を積み重ねた。正体不明というのは、人間の心をいろいろな方向から動かすことができる。

魔族がやたらと怖がられるのも、実態がよく知られていないのが理由のひとつだしな。

その間、エレオラ皇女はせっせと偽装工作に励んでいた。ミラルディア征服に成功したかのように見せかけるためには、あちこちに手を回しておく必要がある。

こちらの工作はエレオラ皇女が主導し、俺たちミラルディア勢は必要な書類にサインをするなどして手伝う。

さすがに皇女様だけあって、国内での工作は手慣れたものだ。

楽でいいな。

そして全ての準備が整ったのは、十日ほど経ってからのことだ。

「陛下の病状が少し落ち着いているので、報告のために謁見する機会を得た。第一皇子が会わせたがらないので苦労したよ」

「お疲れ様だ、エレオラ。俺が宮廷に顔を売り込む好機だな」

まだ少し不安はあるが、皇帝が死んでからでは政治的工作が間に合わない。彼が存命のうちに、なるべく多くの勢力を味方にしておかないといけないのだ。

まずは宮廷デビューして、ロルムンドの内情を探ってみるとしよう。