軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

告白

「えっ…?」

―――――――ベールを上げても?と言った?

「ど、どうして……」

「…お顔が見たくて」

「ええっ…!?!?」

「駄目ですか?」

「だ、だめでは…ありませんが」

彼が平気なことはわかっているけれど、付き添いは…。

ちらりと部屋の隅を見る。会話は聞こえていなそうだ。近くに椅子もあったが二人とも済ました顔で立っている。

「ジュリエッタ様が背中を向ければ彼らには見えませんよ」

そ、そうかもしれないけれど……!

私室と入浴以外で顔を晒すことは滅多にないので、服を脱ぐくらいの抵抗があった。…顔が見たいだなんて初めて言われたかもしれない。

戸惑っていると彼が気を遣ったのか、「無理にとは言えませんが…どうしてもお嫌でしたら大丈夫ですよ」と言う。

ううう。

嫌なんてことは全然ない。恥ずかしいだけで…。

むしろアマデウス様はお嫌ではないのかしら。見たいというからにはお嫌ではない…と思っていいのだろうか。

私としてもベール越しよりも直接彼の顔が見たい。

「わ、わかりました……」

「いいですか? …では」

彼が両手で素早く私の顔前のベールを持ち上げ、頭の後ろに流した。躊躇の無さに驚いてしまう。

……男性にベールを上げてもらうなんて、結婚式の花嫁衣裳みたい。

…なんて思ってしまった。見たことはないのだけれど、本の中で読んだことがある。教会で春の神に誓いを立てた後、花嫁はベールを花婿に上げてもらう。二人の間の壁を取り払うという意味があるという。そして結婚の同意書に署名する…

彼の顔が鮮明になる。

見つめ合っていると、彼が私の右手を徐に両手で持ち上げた。顔が熱い。情けないくらいに赤面しているだろう。でも勿体無くて目を逸らしたくなかった。

「…ジュリエッタ様。私は……俺を守る為に仮面を投げ捨ててくれた時から、貴女が好きです。この国の誰よりも、貴女を素敵だと思っている自信があります。私と、結婚してくれませんか」

………化物とまで言われたことがある、私の素顔を見つめて。真っ赤な顔で、彼が言った。

「……はい。わたし…わたくしも、…この国で誰よりも、貴方が好きな自信が、あります……」

彼の顔がぼやけてよく見えない。目から次々と温い涙が零れ落ちていった。

夢ならずっと覚めないでほしい。

あの初めてのお茶会から、全部夢だったとして。この夢と引き換えに命を落とすと言われたとしても、この夢を選んでしまうだろう。

ぼやけているけど彼が嬉しそうに笑ったのがわかった。

「…勢い余って、婚約通り越して結婚と言ってしまいましたが、よろしかったですか」

片手の指でそっと私の涙を拭いながら囁く。

「はい…こ、婚約したなら、結婚して下さらないと、嫌です……」

「勿論そのつもりですが、気が早かったかなと…結婚の申し込みは、改めてちゃんとしますから…」

嬉しいのに涙が止まってくれそうにない。泣き顔を晒していることに気付いて、上着の内側にハンカチがあった筈だと手で探って見つけ、慌てて顔を隠した。

「お、お見苦しい顔を…」

「そんなことありませんよ。…これからは、色んな顔を見せて頂きたいです」

これ以上の赤面はないと思ったのにますます顔に血が上ったのがわかった。これはいけない。これ以上は鼻血が出るか気絶するかしそうだ。婚約を申し込まれた良き日に泣きながら鼻血を出す女になってしまう。

「も、もうそれくらいで勘弁してくださいませ…」

「勘弁? …ああ、名残惜しいですが、そろそろお帰りにならないといけない時間でしょうか」

そうではない……と思ったけれど、醜態を晒す前に帰った方が良さそうだった。

※※※

父が周っている場所は護衛騎士が予定を把握していて、時間と場所を確認し合流する予定だ。

アマデウス様は一緒に行ってご挨拶を…と言って下さったけれど、色々準備もあるしまた改めて…ということにした。挨拶するならお互いの親がいた方がいいだろうし。

集会所の前でアマデウス様が笑って「また学校で」と見送って下さった。

「…おめでとうございます、お嬢様」

何年か前から交流がある女騎士、セレナが朗らかに祝いの言葉をくれた。会話は全部聞こえていた訳ではないけれど、雰囲気で何となく察したと言う。もう一人の男性の騎士の方は部屋の外で待機していたので何の話だろうという顔だ。

「セレナ、……見えたかしら? わたくしの顔」

「いえ、背を向けていらっしゃったので」

少しほっとする。セレナは20代後半で同じ騎士団の夫がいる、親切な女騎士だ。私の護衛に付くことも多く訓練などもよく一緒にしているがまだ素顔を見せたことはない。

「明るくて優しそうな方ですね、アマデウス様」

「え、ええ…」

「しかし騎士の目から見ると少々細身ですね。もう少し鍛えた方が良いのでは」

「…アマデウス様は騎士にはならないから…」

「…やはり、大袈裟なのでしょうお嬢様のお顔の話は。騎士ではない令息…あの方が平気なのですから、私も平気だと思いますが」

セレナは男勝りで自信家なところがある。実際剣の腕はとても良い。私の仮面が外れた時はその場におらず、私の顔に恐れを抱く騎士団員を情けないと一笑に付していた。彼女に恐れられるのは堪えると思うので頑なに顔を見せないようにしていたが、彼女はそれが侮られているようで少々不満らしい。

「…それでは、帰ったら見てみますか?」

「! ええ、お許し頂けるのなら」

帰り着いてから、念の為護衛の時の彼女の借部屋の前まで行って見せることにした。気絶した時運びやすいように。

…懸念は当たった。彼女は青ざめて言葉が発せなくなり、座り込んでしまった。

顔を隠し直してから大丈夫かと聞くと、「申し訳ございませんでした…」と泣きそうになりながら謝罪された。彼女もダメだったか。でも気絶しなかっただけでも女性としては良い方だから落ち込まないでほしい。

…そんなことがあったので少しだけ凹んだけれど、今日は大丈夫。アマデウス様のお顔を思い出すだけで気分は最高になるので。

この顔を見ても、見ながらも、結婚してほしいと言ってくれたのだ。

鏡をじっと見ていても憂鬱にならない初めての日だった。

私室で一度着替えてからお父様に詳しい話をしに向かう。

スカルラット領で合流したお父様はいつも通り無口で、私に特に何も言わず聞かなかったが、今は二人の護衛から簡単な報告が届いているはず。

少し緊張しながら許可をもらいお父様の部屋に入ると、お父様は珍しくすっかり寛いだ様子でお茶を飲んでいた。

「来たか、ジュリエッタ。座りなさい」

「お寛ぎのところ失礼致します」

「良い。お前の婚約の報告を聞いて、安心したのだ」

父が珍しく微笑んだ。以前その話をした時は伯父様もお父様もアマデウス様との縁談をそこまで歓迎しているようには見えなかったけれど、喜んでくれているとわかってほっとする。

「…本日、たまたまお会いしまして、アマデウス様から婚約のお申込みを頂きました。謹んでお受けしましたが、お許し頂けますか」

「ああ。スカルラット伯とも話はついている。書類の準備は出来ているし、王家への申告も明日には出せる」

「えっ……」

流石に早すぎやしないだろうか。今日口約束が済んだばかりだというのに。もしや…のど自慢大会への視察とは口実で、スカルラット伯爵とその話を先にしていたのだろうか。アマデウス様も婚約を申し込むなら伯爵に先に申し出ているだろうし。

王家の承認が下りれば、学院に40日間貼り出される。どこの家がどこと縁を得たかは派閥に影響するのですぐ広まる。

そうなれば、私は堂々とアマデウス様の隣にいられる。

……嬉しくてつい顔がにやけてしまう。

「…伯爵とも話し合って、アマデウス殿にはうちから隠密を付けた。公爵家の婿ともなればまた命を狙われることもあるかもしれん」

「! …まだ怪しい動きがありますの?」

第一王子派が関わっているだろうことは聞いている。婚約が決まれば流石に諦めるだろうと思ったけれど…

「今の所は大人しいが、油断は出来ん。アマデウス殿が消えれば、お前の嫁ぎ先はより限られるからな…」

一度でも婚約をしてそれが駄目になった娘の嫁ぎ先を見つけるのは、娘に悪い所がなかったとしても厳しくなる。ただでさえ私は他に結婚相手が望めそうにないのに。そこで王家がここぞとばかりに手を差し伸べて来た場合、臣下として拒否するのは難しい……強硬手段に出る可能性が無いとは言えないということか。

王子の婚姻相手としては妹のロレッタでも問題はないのだが、妹は婿候補に困っていないので王家としてはシレンツィオに恩を着せることは出来ず、権力を強化させてしまうだけになる。

アマデウス様がいなくなったとしても第一王子に嫁ぐなんて全力で拒否するつもりだけれど。アマデウス様がいなくなる、…考えたくもない。

いや、………許さない。

「承知致しました。わたくし、全身全霊でもってアマデウス様を守り抜くと誓います」

「いや…お前も守られる側なんだが。しかし、そうだな……お前には剣の才がある。婿殿のことも出来る限り気にかけておくとよい。だが自分の身を守ることを最上にせよ」

「心得ました」

お披露目の時に剣舞を選んだことを少し後悔もしたが、愛しい人を守る力が自分にあると思えるのは強みだ。

そういえば、仮面を捨ててでも助けると必死で動いたことが、彼の心を射止めたという。

剣を続けてきて…良かった。間違っていなかったのだ、これまでの努力が。

それが素直に嬉しい。

幼い頃に剣の腕を褒めてくれた父にも心から感謝し、――――――決意を新たに、幸せな夜は過ぎた。