軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

薄情と厚意

ジュリエッタ様が戻ってくる。

視線を感じたので彼女の顔を見ると、仮面の穴から紅い瞳がじっと俺を見ていた。

「おかえりなさい」

そう言って笑みを返すとジュリエッタ様がすすすと俺のすぐ前まで歩いてくる。俺は同世代では少し背が高いので、ジュリエッタ様を15センチくらい高い所から見下ろす。

上目遣いでこちらを見ている。これ可愛い顔してるな……仮面だから多分だけど。

「……アマデウス様、あの」

「はい」

「………あ、あのお茶会で弾いてらっしゃった曲なのですが…!楽譜は、どうなっていますか?」

別の事を言おうとしていたけど誤魔化したような感じだった。

「あぁ…、あれは今うちの楽師が歌詞をこちらの言葉に直そうと頑張ってくれています。準備が出来たら真っ先にお知らせしますよ」

「あ、ありがとうございます…」

心なしかしゅんとしてしまったジュリエッタ様。

楽しみにしてくれてたんだな…まだ出来てなくて申し訳ない。

入学を控えて、楽譜やレシピを売上を考慮しながら増産したりピアノの寄付を掛け合ったり楽師達が奪い合うようにピアノを練習したりと思いの外忙しく、新しい楽譜を拵える暇がなかった。俺も教科書や時間割チェック、貴族の子の名前を覚える等、またピアノの練習で忙しく…新曲を世に出す心構えをする余裕がなかった。

そろそろ三人とも歌詞の構成を終えたかな。帰ったら進捗確認だ。

……身分的には、ジュリエッタ様は俺より王子様との方が釣り合ってるよな…。王家との縁談の方が良い話なんだろうし。

いや、跡継ぎとして育ったんだから家督を譲るのは嫌だと思ってるかな………?

気になったけどそんなデリケートなことを訊けるほどまだ親しくはない。

挨拶した時にユリウス殿下にジュリエッタ様との噂の話を振られたが、軽く流した。ちゃんと否定した方が良かっただろうか。聞かれた時は曖昧に流すようにしている。肯定しても迷惑かもしれないし、否定したらジュリエッタ様が俺に縁談を持ってきてくれなくなるかもしれないし…。優柔不断な態度だとは思うけど今はこういうスタンス。

何となくもやもやを抱えたまま、俺は帰路に着いた。

※※※

「兄上、私またあれ食べたくなってきました。薄揚げ芋」

学院から帰って姉弟三人で一息ついていたらジークがそう言った。

「あぁ、いいよね」

「料理長に知らせておくわ」

マルガリータ姉上も食べたいのか。侍女に目配せして言いに行かせた。夕食にそっとポテチが添えられるな。

ピアノが出来た日に出した新メニューというのは、なんてことのない普通のポテトチップスである。

薄く切ったピヤ芋(ほぼジャガイモと同じ味の芋)を揚げていくつかソースを添えただけのものがレシピとして売れるのか?と当初疑問だったけれど、どこかで新メニューが発表されて、それを自分のお茶会で出すならば貴族は買うものだそうだ。レシピを買わずに真似るというのは金がないと言っているようなもので恥ずかしいから。

評判になった新しい茶菓子を出さないというのは流行に疎いと侮られるかもしれないので、高位の貴族ほど躊躇なく買ってくれると料理長カルドが言っていた。

まだ公のお茶会には出していないので評判はわからないけど、売れると良いな。

姉上とジークも気に入ってくれたようでちょくちょくおやつや夕食の添え物にリクエストされている。

「チロのソースが一番ね」

姉上はチロ…トマトソースにつけて食べるのが好きらしい。

「ラモネの方が美味しくないですか?ね、兄上」

ラモネはレモンクリームだ。ジークは姉上と揉めたいのか揉めたくないのかわからん時があるな。

「どっちも好きですけど私は塩派ですね~」

俺はシンプルに塩が一番好き。のり塩も食べたいがこちらには海苔が存在していない。海に近い領地でもないので海産物は手に入り辛いようだ。

パリパリと摘まんでは食べ、手を拭く。ポテチは手が汚れるのが難点だ。

…箸が欲しいな。

絵に描いて今度工房に注文するか。家で使う分にはいいだろう。

「新しい食器を作ろうと思っているんですが、姉上とジークも使います?こう…二本の棒状の食器で掴むように食べた方が手が汚れない」

「……? 想像つきませんが…試しに一度使ってみたいです」

「手が汚れないのなら使おうかしら」

使います? とつい気軽に聞いてしまったが、見たことも使ったこともない人に箸はハードルが高いかもしれない。

「あー、少し使いづらいかもしれませんから使いにくかったら使わなくてもいいですけどね」

「何よ、自分が器用だと思って馬鹿にするんじゃないわよ。お前の手が汚れなければそれでいいというの? 傲慢ね」

そ、そんなつもりでは…そこまで言わんでも……

「まぁ、兄上の手は実際器用ですし…素晴らしい演奏をする大事な手ですからね」

ジークがそう言ってくれて俺は自分の手を見る。

「確かに手は大事ですねぇ…何かあっても頭より手を守るかも」

演奏家にとって手は命…とまではいかないが大事だ。

この体は健康だし手が大きめだし有り難い。ピアノの練習を繰り返すと手の甲の筋肉が発達してゴツくなるのだが、まだそこまでではない。頑張って育てなければ。

「頭がなくなったら手も動かないんだから頭を守りなさいよ、馬鹿」

姉上が顎をつんと上に向け、俺より低いところからなのに見下すように言った。

いや正論だけど頭がなくなるってどういう状況?

俺が想定していたのは上の棚から本が落ちてきたとかそれくらいなんだけど…

剣が振り下ろされた時かな? 防げねーわ。

――――――――この少し後に、本当に頭を守らなければいけない状況が何度も襲い来るだなんて夢にも思わなかった。