軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長い道の先

せっかく会えたのにこのまま別れるのも惜しいので、ジュリ様をお茶にお誘いして、セシルの顔を見たいとのルシエルも連れてスカルラット領主邸へ戻る。

馬車に乗って一息吐くとドッと疲れがきて、ずるりと姿勢を崩してしまった。

ああ、また心配させてしまう、しっかりしなければ……とは思うものの体が重い。

「気疲れなさったでしょう。少し横になりますか?」

「え、横に……って」

彼女は片手で膝を小さく叩いてにっこりした。

遠慮やスケベ心が動く余裕もなく、お言葉に甘えることにする。

ルシエル(同じ馬車の向かいに座ってる)は驚き顔でこっちを凝視してたがそれに気を遣う余裕もなく、ジュリ様の膝の上に頭を乗せた後すぐ意識を手放した。

スカルラット伯爵邸に着いて起こされた時分には大分楽になっていた。

寝不足だったわけではないがプレッシャーは感じていたから、自分で思うより消耗していたのかもしれない。変な寝顔してなかったかな、少し恥ずかしい。

「……ありがとうございました」

「どういたしまして。少し顔色が良くなりましたわ」

「え……悪かったですか」

「ええ。今日は早めにお休みになってください」

「そうします……」

ルシエルはなんかまだ俺達を凝視していたがとりあえず客間へ案内する。

二人には少々客間で待ってもらい、俺は先に結果と産みの母親のことを父上に報告しに行った。

「そうか……アマリリス夫人がついに……」

「正式に発表されるのは取り調べが終わった後になるでしょうが……」

陛下がわざわざ「極刑になる可能性」に言及したのだ、ほぼ確定してると考えていいだろう。

「そうだな。……大丈夫か」

心配そうな瞳を何故か真っ直ぐ見ることが出来ず、俺は目を伏せて答えた。

「大丈夫ですよ」

沙汰が決まる日だから、セシルもノトスと一緒にスカルラット邸に来て待機してもらっている。

三人で音楽室に向かい、俺の口から皆に伝える。

「―――――"シルシオン・カーセルは、貴族籍剥奪の上、監獄送りとする"。これは陛下のお言葉だから覆ることはないよ」

皆の緊張が少し緩む。

「死刑にはならないということですね……?!」

ノトスがホッとした声を上げたが、詰めていた息を吐いたセシルは静かに肩を落とした。

命が助かったことに安心しても、喜べはしないだろう。北の監獄は厳しい場所だ。心配には違いない。

カーセル伯爵家はお取り潰しになったためシルシオン嬢は貴族籍から抜けねばならず、修道院には入れない。

伝えることはまだある。複雑な気分で息を吸う。

「環境が良いのは当然修道院だけど、監獄の方が都合の良い点が一つだけある。……釈放金が修道院より安い」

「……え?! 金を払えば出られるのですか……?!」

声を上げたのはノトスだが、大体皆驚いている。驚かず微妙な顔をしたのはバドルとラナドだった。……身内や知り合いが捕まったりしない限りその辺は詳しく知らなかったりするものだ。

バドルは身内、ラナドは……マドァルドがきっかけで知ったのかな……?

俺もざっくりとしか知らなかったけどヤークート様が逮捕された時に気になって少し調べた。

北の修道院と監獄の違い。

修道院は貴族、監獄は平民。期限などはなく自由のない生活と決められた労働や奉仕活動を強いられる。

しかし高い釈放金を払えば、出ることは出来る。

「うん。ただ……高いことには違いないけどね。修道院だと大金貨八枚。監獄だと大金貨五枚になる」

小銅貨を十の価値として考えると大金貨は……一枚、一千万。

北の修道院、釈放に八千万。あっさり出られると困るから貴族でも簡単には出せない額だ。北の修道院に入れられるレベルだと結構な醜聞だし、大金を出してまで呼び戻す貴族家はほぼいないと思っていい。

監獄の五千万も、入るのは平民(たまに平民に落とされた貴族)なのでそんな大金を払える縁者はまずいない。出す気がそもそもない値段設定だ。一生出られないと思われているのもあながち間違いとは言えないのである。

父上曰く「修道院からの釈放は極稀にあると聞く」。

修道院でも極稀なのだから、監獄から釈放された例は……一度も、無いかもしれない。

「だ、……大金貨、五枚……」

「…………」

平民が普通に貯められる額ではない。

三千万もお得……! とは言っても(言えないが)気分的には焼け石に水だろう。

希望になるか絶望になるか何とも言えない、伝えない選択肢はなかったが伝えても絶句させてしまう、酷な現実だった。

気の毒には思うが、俺が代わりに払ったり立替えたりすることは難しい。

シルシオン嬢はおそらく王族の暗殺に関わっていたことは伏せ、『コレリック家、カーセル家の犯罪に多数手を貸した』という罪状で裁かれる。敵派閥の罪人のたっっかい釈放金を払うというのは流石に不審だ。シレンツィオ派や中立派の信用を失うことにも繋がりかねない。

痛い静寂の中ノトスがふと顔を上げ、俯いたセシルの肩にそっと手を置いた。

「……何年かかるかわからないけど、一緒に頑張ろう。きっと、迎えに行こう。アマデウス様とルシエルが、本当は絶えるはずだったシルシオン様の命を繋いでくださったんだ。俺達がここで折れるのは失礼だ」

「……ノトス……」

「生きてて、何処にいるかもわかってるんだから。……諦めるのはやるだけやってからでも遅くないと思う……」

奴隷として売られ居場所も生死もわからないかつての友のことを思っているのか、少し悲しげな目で笑みを浮かべた。

「いや、その……一緒にって……て、手伝って、くれるの?」

目をぱちくりさせて震えるセシルに、ノトスはきょとんとした。

「え? それは勿論……手伝うと言うか、いずれ一緒に暮らすかもしれないし、それなら当事者だし……」

「だ、だって、あの子は私の子だけど、別の人との子で……ずっと秘密にしてて……」

「それは……言っちゃいけなかったんだろ? びっくりはしたけど、セシルの大事な娘には違いないんだし……」

「…………、……ぁりが、……」

「!」

セシルは必死で堪えていたが、決壊して滔々と涙を流し始めた。ノトスは驚いて手をおろおろと彷徨わせたが、片手をそっと彼女の背中に降ろしてさすった。セシルが泣き出した理由にはピンと来てなさそうである。

努力が必要になる長い道だ。ノトスはその道を当たり前のように一緒に歩むつもりだった。

セシルは子供がいることを隠していた後ろめたさなどもあって、ノトスが協力してくれるとまでは思ってなくて……驚いて、同時に嬉しかったんだろう。

……ノトスとセシルの中に僅かでも希望を残せたんなら、土下座した甲斐があった。

万事解決なんてうまくはいかないが、肩が軽くなった気がした。

「その……アマデウス様。使えると思った時だけで構いませんので、また私を舞台に立たせていただけませんでしょうか。もっと死ぬ気で楽器も歌も練習します、上手くなります。お願いします……!」

セシルの涙が落ち着いた頃、ノトスはそう言って頭を下げた。使用人として働くだけでは大金を稼ぐのは難しいからなぁ。地道に節約したとしても時間がかかり過ぎる。監獄では病気になっても治療してもらえないから、あんまり時間がかかるとシルシオン嬢が死ぬ可能性出てきちゃうし……。

「……次からは新人枠じゃないから頑張らないと厳しいと思うけど……でも、楽しみにしてるよ。また一緒にやれるのを」

「っ、ありがとうございます……!」

セシルは涙を拭いてノトスと並んで俺に頭を下げた。

静かに見守っていたロージー達も顔を見合わせて頬を緩めた。働く合間に練習するのも大変だろうが、シャムス邸なら多少融通が利くだろう。ロージーもマリアも教え慣れてるし練習するには良い環境だと思う。

またノトスに合いそうな曲をピックアップしてみるか。それくらいの贔屓は皆も文句言わないだろう。

「――――わたくしも雇っていただけませんでしょうか!!!」

「うぉっびっくりした」

真面目な顔で唐突にデカい声を上げたのはルシエルだった。

「えっ……歌手志望?」

「すみません違います! 治癒師としてです!!」

「あ、ああ! そりゃそうか、楽師の話してたから流れでそっちかと思った」

「シレンツィオ家に雇っていただけないでしょうか! ずっと……尊敬できる主にお仕え出来たらと切望しておりました……シャムス師匠が羨ましかったのです。ご検討いただけましたら幸いです!」

「お、おお」

そういえばルシエル、今は無職か。

俺達が結婚した後を見据えてシレンツィオ家と言っているっぽい。ジュリ様もびっくりしつつ答えた。

「ええと、シャムスの認めた弟子であれば実力は確かでしょう……決定権はまだ父にありますので必ずとは言えませんが、前向きに検討致しますわ」

「何卒よろしくお願い申し上げます!」

ちょっと勢いに押された妙な空気のまま、一旦その場は解散した。

※※※

「防寒具などの必需品は私から差し入れますわ。刑吏も公爵家から届け物がある者を粗雑には扱わないと思います」

「あぁ、匿名よりその方がいいか……俺が差し入れたらまた誤解が生まれるかもしれませんからね」

「ふふ、実はシルシオン嬢はデウス様と懇ろで、シレンツィオ派の間者だった……なんて筋書きが生まれてしまいますね」

よく晴れてあまり風のない良い天気なので、使用人達が庭にお茶の支度をしてくれていた。

たまに姉弟とお茶をすることもある石畳のスペースに小さめのテーブルがセットされ、給仕した後使用人はかなり遠くに控えたので気兼ねなく話せる。こじんまりとしているが二人だけならこれくらいの方が近くて良い。

近くに見える水色の花が鮮やかで、夏に差し掛かったことを感じさせた。

「ありそうですねぇ~~。……監獄の中にも格差はやっぱりあるそうで、模範囚の食事は少し良かったり日当たりが良い部屋に入れたりするらしいですから……その辺に滑り込めればいいんですが」

あとたまにある治験や人体実験に協力したりしても待遇が良くなるとか。それはちょっと危なそうだから避けた方が良いかもしれないが……。

「……シルシオン嬢は根性のある人ですわ。耐えると信じましょう。……そうそう、彼女が釈放されたら、少し名前や髪形を変えてもらって、侍女……は無理でも専属メイドになってもらうのはどうかしら、なんて考えていたんです」

「…………へっ?! ジュリ様の、ですか?!」

「駄目かしら……」

ジュリ様は眉を下げつつ上目遣いで俺を窺う。小首を傾げ、高い買い物でもおねだりするかのような仕草で激可愛いけど内容は人事である。

「えぇ……?! 確かに人手不足とは仰ってましたけど……!」

「デウス様は反対ですか? プリムラは嫌がりそうですよね……」

確かにプリムラ様はシルシオン嬢に良い思い出がないだろうしな。信用できないと感じても無理はない。

しがらみがなくなってセシルとノトスがこっち側にいるなら、シレンツィオ家に逆らう理由もメリットもないし問題ないとは思うけど……。

騎士の訓練も受けてて影の技術をよく知る専属メイド……ボディガードも出来ると考えるとスペック高いな。有用性でプリムラ様を説得可能かもしれん。

侍女になるのは貴族身分でないとちょっと難しいが、暫くはメイドとして働いてジュリ様やモリーさんが能力を認めたら、どこかの貴族の養子にしてもらえば何とかなるかも……?

「俺はジュリ様がそうしたいんなら反対はしませんけども。……でも彼女素直にシレンツィオ家に雇われますかね? なんとなく俺、良く思われてなさそうな気がしますが」

「彼女の計画を何度も潰してきてますものね……。立場がある者の紹介状があれば別ですが、牢に入っていた人間を雇うところはなかなかありません。セシルとノトスに大金を支払わせて平気ではいられないでしょうし、給金の高い公爵家で働けるとなれば食いつくと思いますが……私の専属も危険な仕事ではありますから、どうでしょう。嫌がるかしら……」

ジュリ様の身の回りのお世話、素顔を見てぶっ倒れる可能性が高いので危険、それはそう。

でもシルシオン嬢が娑婆に出てくる頃には万能魔力薬が改良されて魔力過多や魔力枯渇でぶっ倒れてもキュッと薬を一飲みすれば楽になるようになっているかもしれない。なっていることを祈るか。寄付金も出そう。

「……打診したら彼女は引き受ける気がしますね。コレリック家の仕事よりは気が楽でしょうし」

「まあ、比べる対象が極端ですけれどもね……」

完全に捕らぬ狸の皮算用な話だが、そんな未来の話をしてると気分が上がってくる。

そんな日が来ればいいと祈りを込めて、正体が判然としない波立つ気持ちを少しずつ宥めた。