軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

母と子

元悪役令嬢的母親ことアマリリス・ロッソ男爵夫人の逮捕か……。全然知らなかった、多分本当に昨日今日の話なのだろう。

――――――――俺の知らん所でやらかして俺の知らんうちに捕まっとる!!!

……それにしたってタイミング、悪~~~~~~~~~~~!!!

俺は今、本来なら極刑になっておかしくはない罪人を母子の愛に免じて何とか命ばかりは……とお願いしている真っ最中である。慈悲深キャラでやらしてもらってんだよ。

そんな俺が『ああ、自分の母親はおそらく自業自得なので煮るなり焼くなりどうぞ』……とは言えねぇだろが!!!!

ひとまず俺は正座のまま背筋を伸ばした。後ろでジュリ様とルシエルがハラハラしてそう。

答えは決まってる。決まり切ってるが、即答は流石にアレなので間を置いた。なんて言うかを頭の中でまとめる。

「……本日の私は飽くまで、シルシオン・カーセル嬢の助命を嘆願しに来た者です」

「……母の助命は願わぬ、ということでよいのか?」

陛下は別に俺を不審に思っているとか疑っているわけではなさそうだ。表情としてはただただ不思議というか、戸惑っている。

なんか、俺をひたすら優しい人間だと誤解している気がする。身分問わず誰にでも親切なお人好し、世間の(好意的な方の)評判からするとそう思われていてもおかしくはない。そんな人間が血の繋がった母親を見捨てるものなのか、と。

なるべく人に優しくしたい気持ちはあるしそれなりにお人好しの自覚はあるが……きっと聖人君子だって誰だって、自分なりの線引きというものはある。

「この場で私が申し上げておきたいことは……私の父は、ティーグ・スカルラット伯爵です。

そして……私が生まれて間もない時の話ですが。何かの拍子に布が顔にかかり窒息しそうになったことがありました。それに気付いて慌ててどかしたり……」

……ん? という顔をする王族をスルーして、思い出しながら続ける。

「そんなにうるさく泣いてはなかったと思うんですが、数時間ごとに目が覚めてしまうと、誰かが来て夜中でも気付いて、抱いてあやして歌ってあげて、泣き止ませて……笑ったら笑い返して、ミルクをあげて、おむつを替えて……そんなことを繰り返し休まずに、毎日。

立てるようになったら、変な場所へ行かないように見張りつつ、汚れたら服と体を洗って、髪を梳いて、暑かったり寒かったりしないように服を選んで、着せて、体が大きくなったら大きさを合わせて……

小さい子でも食べられるものを用意して、口に合わないようなら美味しく食べられるように考えて。

怪我をしたら手当をして慰めて、危ないことをしてはいけないと教えて……

具合が悪い時は傍にいて、部屋を暖めたり食べやすい物を用意して、励まして、汗を拭いて。

少しずつ言葉と字を教えて、礼儀を教えて、駄目なことをした時は叱って説明して、落ち込んだり失敗した時は好物や息抜きを用意して……

まだ何も出来ない子供を生かすために、ずっと近くで窺って、世話をして……守る。

――――――――これらのことを私にしてくれた人全てが、私の母です」

ずっと変わらない顔ぶれはアンヘンとベルだけで、人員は何度も入れ替わった。もう朧気にしか憶えていない人もいる。それでも、彼ら彼女らがその時の俺を慈しんでくれたからこそ今の俺がある。

逆に言えば今挙げたことを何一つしなかった(事情があって出来なかったのなら話が変わるが、やろうと思えば出来たのにやらなかったというところが重要)人は、俺にとって母ではない。

アマリリス・旧姓・アロガンテを知る陛下と妃殿下には予想が付くだろう。彼女はしないだろうな……と。

彼女が中途半端に子育てに参加してたら俺も情が移ったかもしれないから、むしろ良かったのかもしれん。

不参加徹底してたよ、多分母乳も飲んでないし。乳児の頃はあんまはっきり目が見えてなかったけど、明らかに母親とは髪の色が違う乳母からずっと貰ってたのは憶えてるから。まあ乳母を雇うのは貴族としては全然普通なんだけども。

アマリリス・ロッソの助命願いをする者がいても別にいいと思うけども、それは俺の役目ではない。

それは彼女とちゃんと関わってきた誰かがやることだ。

「…………そうか。承知した」

陛下は神妙な表情で頷いた。……まだ十八の子供がこんな割り切っているのは奇妙に映るかもしれない。

人生二回目でないとこんな風には思えなかっただろうな、とは俺も思う。親というものはどうしても自己と切り離すには難しい。一回目の優しい両親の記憶がなければこんなに早く決断は出来ていない。

"本来のアマデウス"だったら……母親を見捨てることは出来なかっただろう。

母親が自分の幸せを阻害する存在でしかないと頭ではわかっていても……それでも。

「では……」

陛下が改めて沙汰を下そうと口を開いた時、王族の背後の方からコンコン、とノックの音がした。開いた扉からしずしずと入ってきたのは長い銀髪の美女だった。

「お話し中に大変ご無礼仕ります、国王陛下、マリアンナ妃殿下、王太子殿下……」

「ネーヴェ? 何故ここに……」

第二妃ネーヴェ殿下、ネレウス様のお母上である。

王家に嫁いでからほとんど社交場には出てこない方で、お姿を見たのは初めて。教会の奉仕活動や寄付に熱心な方だと聞く。

すらりとした細身に飾り気のない無地のドレスだが、むしろそのシンプルさが高級かつ上品に見えてくる。

そっっっっくりだ。ネレウス様に。

逆か、ネレウス様が似てるんだ。

ネレウス様が女性になって(?)大人になったらもうこのまんまだろう。目の色は違うけど。彼女の目は柔らかい茶色だ。あ、表情も違うな。儚げな美貌で眉を下げ、目を潤ませている。ネレウス様はこんな顔しないな……。いや、ジークの前ではするかもしんないけど……計算とかで。

「アマデウス・スカルラット殿が、我が子の暗殺に関わった罪人の助命を願いに来たと聞き及んでおります」

「お、おお……そうか、物申したくて参ったのか。確かに息子の一大事だったのだから、其方が口を出したくなるのも無理はない」

「いえ、陛下、私は罪人の助命を反対しに参ったのではありません。むしろ口添えをしたく……」

「なに……?」

「アマデウス殿の申し出を全面的に許したと、ネレウスから聞きました。あの子は首謀者以外に執着はありません。そして、わたくしとネレウスはアマデウス殿に深い恩がございます。どうか彼の希望を叶えてくださるよう、わたくしからも、お頼み申し上げます……」

彼女はそう言って頭を深く下げた。

(……今叶えるところだったのだが……)とこの場の人間の思考が一つになったのがわかる。

来てみたら俺はなんか床に正座してるし王族三人もアマリリスのせいで複雑そうな顔をしていたので、渋っているように見えたのだろう。

そして多分「ネレウス様から許しを得た」というノンデリ行為を俺が自分では言い出しにくかろうと思って来てくれたんだな……。すいません、言っちゃいました。

生温い沈黙が数十秒流れた。

んん゛、と陛下が軽く咳をして仕切り直す。

「……ネーヴェがそこまでするのなら、私も寛容になろう」

「感謝致します、陛下……!」

"彼女に免じて叶えよう"という感じにしおった!!

まあわざわざ本当のことを言って空気を微妙にする必要はないからいいけども。

綻ぶように微笑んだ彼女に陛下は作った澄まし顔で、王妃殿下とユリウス殿下はそんな陛下を横目に少し呆れたような笑みを浮かべた。

※※※

俺達が廊下に出た後、ネーヴェ妃もすぐに出て来て追いかけて来る。

「アマデウス殿……ジュリエッタ嬢とご同行の方も、少しだけよろしいかしら」

「勿論ですわ。この度はお目にかかれて光栄です、ネーヴェ妃殿下」

「妃殿下……この度はお口添えをありがとうございました」

口添えなくても何とかなったっぽいが、好意でしてくれたことだ、気持ちは有難い。

ネレウス様は許しても、第二妃の気を損ねないかとは少し心配だったから、許してくれてることがわかって安心したし。

沙汰を言い渡されてすぐ退室する流れになり、妃殿下と話す機会はそうなかろうから帰ったらお礼状送るかと思ったけど、直接言えてよかった。

「礼には及びませんわ。この程度のことで恩をお返しできたとは全く思っておりません。今後何かお力になれそうなことがあればどうぞ遠慮なく仰ってくださいまし」

真摯な眼差しを向けられる。息子と違ってちゃんと表情筋が仕事をしているな……とか場違いなことをついつい思ってしまう。

「いえいえ、そんな。元々我々はネレウス様に度々助言を頂き……何度も、助けていただいたのです。私の方こそ返さなければならない恩がまだあると思っています」

どちらかといえば王家からは迷惑を被ったことの方が多い気もするのだけれども、ネレウス様の予言で全部チャラになってお釣りが来るくらい助かってると思うし。

ネーヴェ妃殿下は目を細めて微笑んだ。あ、笑い方似てる。

「なんと謙虚なお人柄……。……ネレウスは、生まれや能力のせいで同年代の親しい者を作るのが難しいところがありましたが……貴方のことは、時々話してくれます。『暢気で変な価値観だけど善人なのは違いない』などと申しておりましたのよ」

「はは……」

笑うところで合ってたかな。遠回しな"愚鈍が息子に馴れ馴れしくするなよ"って皮肉とかじゃないよな?

「口ぶりから、貴方を信用しているのがよくわかりました。その御方が……他人の命を救うために自分の手柄を差し出すような方で、わたくし……少々心配になりつつも、とても嬉しく、誇らしくさえ思うのです。どうかこれからもあの子の友人でいてくださいまし。あの子はきっと貴方のお役に立つでしょう。そして貴方も、あの子の支えとなりましょう」

ネーヴェ妃は予言者の母親らしいことを言って颯爽と去って行った。

ーーーーちゃんと母親だなぁ、なんて思った。

信心深くて従順で、息子の侍女みたいな人らしい、なんて噂を聞いて、そんな母親ちょっとヤじゃないかなぁ……なんて考えたことがあったが。

しっかり母親だった。やっぱり噂ってあんま当てにしちゃいけないな……。

ふとジュリ様の方を見ると、心配そうな目で俺を見ていた。

……母親を亡くしている人の前で、母親を切り捨てたんだな、俺は。

彼女は俺を責めたりしないし、むしろ案じてくれているとわかっているのに、少しの間ジュリ様と目を合わせることが出来なかった。