作品タイトル不明
因果
「…………辺境伯夫人カタフニアは王都へ連行する。取り調べを受けた後、北の修道院送りとなろう。家族、関係者への聞き取りは後日差配する、よいな。……ヒュドラーが夫人にことを持ちかけたのは、ジャルージ家への復讐の意も含んでおったのだろうな……。ひとまず、ヒュドラーは通名の"二つ黒子のヴィペール"として既に指名手配している。逮捕して自白を引き出した後も内容は王家と法務官の一部で共有するに留め、ジャルージ家の者だとは公表しないこととするので、捜索には努めて協力せよ」
重い沈黙の後、ユリウスはそう命じて立ち上がった。
ニェドラーは顔色を悪くしながら王太子に言い縋る。
「も、勿論でございます。……殿下、その、私は……弟を虐待しているなどというつもりはなかったのです、ただ、ジャルージ家に恥じない男にしなければならないと思い……」
「其方も幼かった、ということは加味すべきであろう。今更その行為を責めはせぬ。……私は弟妹を殴ったことはないので理解は出来んがな」
ユリウスは私情を顔に出さないようにはしていたが、思わず呟いた言葉には軽蔑が滲む。
「わ、私は女を殴るなど卑劣な真似は致しませぬ!!!」
ニェドラーは混乱したまま妻や娘を殴るようなことは決してしていないという主張をした。別の場面では格好がつく台詞だったかもしれないが、今この時ではただただ寒々しく響いた。
「…………この国の貴族全体が、目下の者への態度を考え直すべき時が来たのかもしれんな。父上が仰っていた。戦の時代に築かれた、民を守るために戦う貴族とその貴族を尊敬する民、という意識が人々から失われ、歪みつつあるのだと。……おそらくコレリック家がその歪みに直面する序開きとなる」
「コレリック家が……?」
「下男下女を手酷く虐待していたという噂が広まったのは知っておろう。暴動が起きる可能性が高い」
「……起きるとわかっているならば対処は容易では……?」
「……通常であればな」
曖昧な返事をしユリウスは退室した。騎士達に促されてカタフニアもそれに続く。
「お母様っ……!」
「……ごめんね……」
子供達に小さく謝罪し、夫とは目を合わせずにカタフニアは歩いて行った。
ジャルージ家の面々は暫し誰も動けず立ち尽くした。最初に口を開いたのはニフリートだった。気づかわしげに妹に声をかける。
「ニネミア……母上の所業を知ったのは……」
「……七年前、お母様の隠してた物を、偶然、見て……」
思ったよりもずっと前に知っていたことを皆驚く。ニェドラーはカッと顔を赤くして震える声で怒鳴った。
「七年も前に……!? どうしてそれを言わなんだ!! 早めに気付いていれば、この領でヒュドラーを捕まえて裁くこともっ……!!」
ニネミアも父と同じ表情になり怒鳴り返した。
「長年奴隷売買に関わってきた奴らのことを国に報告しないわけにはいかないでしょう!! 全員殺して証拠を隠滅するとでも!? お母様だけ差し出して済まそうって?!」
どさくさのうちにヒュドラーを殺して口封じすることが出来たとしてもカタフニアを無実で済ますことは難しい。生真面目であったニネミアも母の罪を告発できるほど大人ではなかった。
「い……いや、」
「――――――もとはと言えば全部、全部全部お父様のせいじゃないの!!!!!」
ここまで声を荒げたニネミアを誰一人見たことが無く、男達は言葉を忘れた。
「お母様が悪くなかったなんて言わない!! でもお父様が悪いんじゃない、加減を知らずに子供を何度も何度も痛めつけた因果が回ってきたんじゃない!!! 私達には正しく、清く賢くあれとか言っておいて、上手くいかないのは努力が足りないからだって恥ずかしいって責めておいて、自分は何よ、結果がこれよ!!!」
「ニネミア、」
娘は部屋にある物を手あたり次第父に投げつけながら叫んだ。クッションの次に燭台、置物、グラス、それらは大した痛みは与えずにニェドラーの腰の下に当たって落ちる。父はそれらよりも娘の言葉の方に衝撃を与えられていた。
「お父様の言う通り勉強して、正しいことだけしてっ、遊ぶことも気を抜くことも我慢して!!! それでも結局ユリウス殿下は私を選んでくださらなかったじゃない!!!
言う通りにすれば王子妃になれるって言ったのに、頑張ったのに、信じたのに、嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き、うそつき!!!
ぁ、あ、あんな、あんな金髪娘なんかより!! わたしのほうが、わたしのほうがずっとずっと前からユリウス様のお嫁さんになりたかった!!!!」
――――――――輝く金髪を持ち、悪戯っぽく笑う王子様はニネミアの初恋だった。
一目惚れを悟られないように振舞い切った少女は、母にだけこっそりとその恋心を打ち明けたことがある。
カタフニアがヒュドラーの申し出を断る選択肢を取れなかった一端はそこにもあった。
「なんで、なんでお父様がここに残るのよ!!! お母様の代わりにお父様が修道院に行ってよッ!!!」
「なっ、……」
「……ニネミア!」
「お、にいさま、……っ、ぅ~~~~……、あ゛ぁぁぁ~~~…っ……!!!」
妹の肩を掴んだニフリートは真っ直ぐ目を見て名前を呼んだ。それ以外の言葉が出てこず唇を噛み締める。
兄の悲しげな目を見た妹は引き寄せられるままその胸に顔を埋めて泣いた。
幼い子供の頃だって妹はこんな風に泣いたことはない。それを知っている兄は、妹をこれまで子供らしくいさせてやれなかったことを申し訳なく思いながら、背中を撫で続けた。
ニェドラーはその後一日呆然とし、誰が話しかけても聞こえていないかのように返事をしなかった。
※※※
俺はスカルラット領へ、丸二日かけてジャルージ領から帰ってきた。帰りはどこもスムーズに通れるよう手配してくれていたらしく有難かった。
道中では沢山の人が手を振ってくれて、馬車の中から外の人達に笑顔で手を振り返し続けた。すたこら進むから人の顔は判別できなかったが。めっちゃ急いでいるパレードみたいだった。
ジュリ様とシレンツィオ騎士団、リーベルトとは少し前にお別れし、伯爵邸に近付くと道の両側は俺の帰還を聞きつけた人で溢れている。見知った顔が結構いて嬉しさが目に染みた。
声に応えて門の前で一度降り、頭を下げてから手を振って笑顔を見せる。
歓迎に一言「ありがとう!!」と声を張って、歓声を背中に受けた。
「うぉっ……」
父上とジークと伯爵邸に入ると玄関ロビーにずらっ……と使用人が並んでいて、びっくりして声が出た。
そういえば領主が遠征から帰ってきた時などはこうして全員でお出迎えしたりするんだ。
「「お帰りなさいませ」」
家老とメイド長のセイジュが代表してそう言い、微笑む。父と弟から促す視線を感じたので、俺が代表して元気よく声を出した。
「――――ただいま戻りました!!!」
マルガリータ姉上は玄関前の階段の上に堂々とした面持ちで立っていた。
「お帰りなさいませ、お父様。ジークリートも」
「ああ、アマデウスを連れて帰ったぞ」
「あら、ほんと」
今気付いたというふうに視線を投げ、ふふんと笑って去っていく。多分結構心配してくれてたんだと思うけど、態度には出さない。姉上らしい。
空気が緩んだ瞬間、ベルとアンヘンがシュババと寄って来た。……二人とも心なしか痩せた気がする。
「坊ちゃん、よくぞご無事で……」
「一日千秋の思いでお帰りをお待ちしていました」
「心配かけてごめん!! ……あれ、ポーターは?」
見渡した限りいないな、と思って聞いたら二人は少し困ったように目を見合わせた。
「ポーターは……寝ております」
「え? 寝て……?」
「平気そうに振舞ってはいたのですが、坊ちゃんが誘拐されてからほとんど眠れていなかったようです。ご無事の報が入ってから倒れるように丸一日眠って、起きたと思ったら風邪を引いたようで少々熱が出まして……出迎えには来ようとしていたのですが、説得して休ませております」
「そ、そっか……後で顔見に行くよ」
仕えてもらってから彼が病欠するのは初めてである。思いの外ポーターにストレスを与えてしまったようだ。
「デウス様……! 本当に、良かった……」
「で、デウス様~~~っ……!! 神のご加護があると信じておりましたっ……!!」
アンヘンの後ろに並んでいたのは泣きそうなロージーと号泣しているラナド。
「心配かけたね、後でゆっくり話そう」
「はい。……いらっしゃらなかった間のことや、ノトスのことで少しお話ししたいことが……」
ロージーが少し困惑した顔で言う。そういえば、ノトスの姿は近くに無い。ロージーの家にいるのかと思ったが、何かあったんだろうか。
バドルと歌姫達もほっとしたような顔でその後ろにいた。
「ソフィア! 聞いたよ。体はもう平気?」
「え? ああ、もうすっかり大丈夫です! アマデウス様こそ大変だったでしょう、どうぞ体を休めてください」
移動中にパレードで起きたことは教えてもらった。
パレードの真っただ中でソフィアが刺され、それをコンスタンツェ嬢が治してくれたこと。遠慮されるかもしれないけどコンスタンツェ嬢にも何か御礼をしたい。
とりあえずソフィアの顔色は良いのでほっとした。マリアも安心したように笑っていて、スザンナはラナドほどではないが「ううぅ、よかった~~~」と言いながら鼻を鳴らして泣いていた。
部屋に向かう道すがらベルが振り向く。
「お食事の用意も出来ておりますが……お先に……?」
「……風呂入りたい!」
「ふふ、そう仰ると思いました。ご用意しております」
嗚呼、帰ってきた。
よく知る家の匂いを肺一杯に吸い込むと、体がすっと軽くなった気がした。