軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嘆きの怪物

ヒュドラー=ジャルージはその醜さ故に疎まれた子供だった。

母親ですら「こんなに可愛くない子供、産まない方がよかった……」と遠ざけ、父親は使用人に世話を丸投げして関わらなかった。使用人は請われればものを教えたり世話をしたが、見目が悪く両親に冷遇される子供に親身にはならなかった。

兄ニェドラーの運動能力が優秀過ぎたのも悪い方向へ働いた。ヒュドラーの身のこなしは悪くなかったが、兄と比べると見劣りする。周囲からの評価は早い内から『平凡』『出来が悪い』というものに固まってしまった。

そして外見に劣等感があったのもあり家の中にいることを好んだ。何代か前の分家に刺繍で高い評価を得た貴婦人がおり、城の中には彼女の作品や外国から渡ってきた珍しい作品などが飾られていた。手芸に強い興味を抱き、見様見真似で刺繍に夢中になった。

兄ニェドラーはそんな弟に不満を抱き、家から引っ張り出して鍛えようとした。

「刺繍など女のすることだ、情けない! 男なら体を鍛えろ! ヒュドラー、逃げるな!! そんなことだからお前は駄目なんだ!!」

ヒュドラーの剣の腕も子供にしては優れていたが兄には及ばず、弟は度々一方的に打ちのめされた。青痣だらけで部屋に戻っても慰める者はなく、お抱えの治癒師はヒュドラーを厭って治療を放棄した。

みっともないからと家族の外出や社交にも一切同行を許されず、お披露目も欠席させられ、病弱で家から出られないということにされていた。

そのため外に知り合いは全くいなかったが、幼い頃からニェドラーの婚約者候補であったカタフニアとは面識があった。

カタフニアは俯いて顔を上げず声も小さいヒュドラーを気味が悪いと思っていたが、いずれ義弟になるかもしれないのだからと愛想よく振舞う。

愛想笑いすら向けてくれる女性が身近にいなかったヒュドラーは、カタフニアに好感を抱いた。

ヒュドラー十一歳、カタフニア十四歳の時。

ニェドラーとカタフニアの婚約が正式に調ったパーティーの際、ヒュドラーは一生懸命作った贈り物を彼女に差し出す。

刺繍が入った小物入れで子供が作ったとは思えないほどよく出来た物だったが、カタフニアは強い嫌悪感を覚えた。

こんな醜くて出来の悪い奴に懐かれるなんてごめんだと、傲慢で子供らしい客気に駆られ、差し出されたそれを手の甲で叩き落とす。

「い、いらないわ! やめて頂戴、こんなこと」

「ぇ……」

「どうした、カタフニア? ……何だこれは」

二人は無言を通したが、ニェドラーはその小物入れを見て、弟が兄の婚約者に横恋慕していると勘違いした。

弟にそんなつもりはなく、ただこれからもカタフニアに優しい態度でいてほしかっただけだったのだが。

パーティーが終わった後、性根を叩き直すという名目で兄は弟が気絶するまで拳と木剣で殴った。

翌日の夜、ヒュドラーは少ない服と刺繍道具だけを鞄に詰めて城を脱走し、戻らなかった。

次男がいなくなったことを両親は嘆きもせず、病で死んだことにした。

※※※

それは初めて長女ニネミアと一緒に王都のお茶会に参加し、ユリウス王太子と顔を合わせ、ジャルージ城に帰ってきた日の夜だった。

「ニネミア、きっとユリウス殿下のお妃様になるのよ?」

「なります!」

「ではお勉強、頑張らなければね」

「がんばります!」

「ふふ、一緒に頑張りましょう」

可愛らしく拳を握る娘を寝室に送り届け、自分の寝室に入ったところ。

見知らぬ男が閉まっているはずの出窓に腰かけていた。

「ひっ!! 誰!? 騎士は何を……」

「やあやあお久しぶりですねぇカタフニア様! いえ、もう義姉上様とお呼びしないとですかね。あ、この辺の護衛は全員寝てますから呼んでも無駄です」

明るい声でそう言う男に見覚えはなかったが、顔の黒子の位置を見れば否応にも記憶が蘇る。

「ま……まさか、……ヒュドラー様……? な、亡くなったと……」

「ああ、死んだことになっているんでしたっけ。家出しただけですよ、酷いなぁ。あの時の私はまだ何も悪いことをしてなかったのに」

「わ、悪い、こと……?」

ヒュドラーは薄っすらと笑顔を浮かべながら、出奔した後のことをカタフニアに語った。

「あのまま家にいたらいつか兄上に嬲り殺されると思ったんですよね。自分に優しくしてくれる人はもういないんだとわかって、何もかも嫌になって外に逃げ出しました……まあすぐに後悔しましたが。無い者扱いの生活でしたが、飢えることはなく、安全な寝床と清潔な服しか知らなかった。甘ったれのボンボンだったわけです。暫くは苦しくて辛くて……それでも、戻ろうとは思わなかった。それほどあの時の私は兄上が怖かったんです……

残飯を漁ってたら、同じようなことをしてる孤児からは"むらさきまだらのばけもの"と呼ばれ石を投げられました。鏡が嫌いであまり見なかったので気付かなかったんですが、水場で自分を見てみたところ、全身が痣だらけで紫と黄色に変色して、化物呼ばわりも納得の酷い有様で! ハハッ。

……そう呼ばれてから気付きましたよ。私でなく兄上がおかしかったんだと。普通は子供をそんな状態になるまで殴らないんですよ。多分、兄上は弟をきつめに鍛えてやったくらいの気持ちだったんでしょうけど――――――カタフニア様は、気付いてたでしょう」

「きゃっ……!! いっ……!!」

ゆっくりと至近距離まで近付いてきた男は夫人の前髪を掴んで乱暴に上を向かせた。

「ねえ?? 兄上の"指導"がただの暴力だって、気付いてましたよねぇ!?」

「ひ、ぃ…………!! ご、ごめんな、さっ……!!」

勿論気付いていた。

ジャルージ家やそこに長年仕える者は当然とばかり武芸に嗜んでおり、多少やりすぎだとは思えどニェドラーの指導に疑問を持つ者がいなかった。

しかし外の家の人間であるカタフニアにはただの虐めにしか見えなかった。

見えなかったのに、よその家の教育方針に口を出すのは憚られる、と内心で言い訳をして見て見ぬ振りをしたのだ。

関わり合うのが面倒だったから。

手を差し伸べようと思えるほど、可愛くもなかったから。

家を出て暫くしてからヒュドラーはその機微に、彼女が全然優しい人間ではなかったことに気付いたのだった。

逃げなきゃと思いながらも夫人の足は竦んで動かなかった。その怯えた表情を見たヒュドラーは愉悦の笑みを浮かべ、ぱっと彼女の髪を離した。

「いやあ、失敬失敬。別に今更カタフニア様に謝ってもらおうと思って来たわけじゃないんですよ。それでですね、続きなんですが……」

幼いヒュドラーはその後も町をうろうろしていたら、奴隷商人に拾われた。まだ奴隷売買が禁止されていなかった頃だ。

お前は見目が悪すぎて多分売り物にならねえな、と言われ『だったら手伝いとして雇ってほしい』と申し出た。読み書き計算が出来たためそれは叶った。

その後『ぺリステリ大司祭の奴隷解放進言』により奴隷売買が禁止になり、ヒュドラーが付き従っていた商人も商売変えを迫られる。

そんな中とある貴族から声がかかった。これからも隠れて奴隷売買を続けたいその貴族は使える駒を探していた。今はその貴族お抱えの奴隷商人として精力的に活動している。

真面目に容赦なく仕事をこなすうちに信用を得て、貴族の影の技術を伝授されるまでになった。今も空き時間に日々研鑽している。しかも面白い魔法を使えるようになったのでなかなか重宝されているのだーーーーーー

「ーーーーで、今までは別の辺境の悪徳代官に協力してもらってたんですけど、そいつが歳で引退しちゃいましてね。新しい窓口を探してるんです。そんな訳でカタフニア様、一緒にお仕事、しませんか?」

「……す、す、するわけがないでしょう……お、お金なら私の都合できるだけ渡すから、帰って頂戴……」

「金に困ってりゃいませんよ。まあ考えてみてくださいよ……私、これでも様々な経験を積んでいっぱしの男になったんですよ?」

男は、後ろ盾のある奴隷商人としてこれまでどれだけ残虐非道な行いをしてきたか、自慢げに語った。

殺人、強姦、脅迫、拷問、奴隷売買の経験、面白かった命乞い、死体を開いて観察してみたこと、人の血を飲んでみたことなど、普通の者なら聞くに堪えない話を次から次へと繰り出した。

そして蒼ざめて震える夫人ににっこりと笑いかけた。

「私が捕まって人生の洗いざらいを告白したら、ジャルージ家はどうなるんでしょうね」

「…………は……?」

「私の告白を聞いた者は、私だけでなく兄上の残虐性にも気付いてしまうでしょう。そうそう……第一王子殿下と義姉上の娘、歳が近いと聞きました。なんとなく予想付きますよ、娘を未来の王妃に! って盛り上がってるんでしょうね、兄上や父上母上は。でも……――――私のような罪人が生まれるような血筋、王家は避けるんではないですかね」

「なっ……!」

「表向きはね? 重罪人が一人出たからって血筋に問題があるなんて暴論だって皆言うでしょうね。でも内心ではみんなみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んな、思いますよ。子供を殴り殺してもおかしくない気性の荒さを、殺人強姦魔の出た家の血を……"王家に入れるべきではない"ってね」

家出人の死を偽装したことはお叱りがあるだろうが、家を出て何十年も経っているヒュドラーの罪に対してジャルージ家までも罰を受けるということは、通常はない。悪くとも少しの間評判に傷が付く程度だ。

しかし今語られたほどの犯罪を重ねてきた男が世間に知られ、ジャルージ家の者だと知られれば、大打撃であることは確かだった。

娘を王妃に据えることなど夢のまた夢。それどころか子供達に良い縁談を見つけることすら難しくなるだろう。

「……しかーし!! ……ちょぉっとカタフニア様が協力してくだされば、私は捕まらないしジャルージ辺境伯家の評判が地に堕ちて未来永劫後ろ指を差されることはないわけです。……ねぇ、義姉上様。兄上は貴方にどういう役割を求めていますか?」

「ぇ……」

「想像つきます。"家庭の安寧は妻が守るもの"とか"妻は夫を支えることを第一にせよ"とか時代錯誤なことを、女騎士も女領主も珍しくない今でも言ってるんじゃないですか?」

「……そ……ぅだけど……」

「でしょ~~? それなら貴方は……――――――――家庭を守ることだけ考えれば、いいんですよ」

男は目を細めて口角を釣り上げる。それは魔の誘惑というに相応しい、初めて見る、義弟の心からの笑顔。

カタフニアにはそれが邪悪な怪物に見えた。