軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

行進曲

食事を終えると、ロージー達の所へ行く。

男爵家で俺が住んでいた所にはなかったが伯爵邸には音楽を楽しむだけの部屋、音楽室がある。セレブ~。

ロージーとバドル、スカルラット伯爵家の音楽家庭教師・ラナドの職場。普段は子供達に教えたり自身が練習したり楽器の手入れをしたり、清書した楽譜を量産したりしてもらっている。

部屋に入るとラナドが誰よりも早くバッと俺を見て目を輝かせて近寄ってきた。

「アマデウス様!お越しをお待ちしておりました!」

ラナドは今年33歳の楽師で灰茶の髪をおかっぱに切り揃えた美丈夫だ。子爵家の五男で、貴族子女の音楽の家庭教師で生計を立てている。奥さんと一人の子持ち。

俺の演奏を聴いてからかなり俺に懐いて(?)くれている。

俺専属の楽師ではないのに俺が売る楽譜の増産などをちょくちょく手伝ってくれる。

「音楽神のいとし子の御力になれることを誇りに思います!」などと俺をちょくちょく持ち上げてくる。本気で讃えてくれてるようなので嬉しいがちょっとむず痒い。もう5年の付き合いなので慣れたけど。

因みにロージーの歳は27、バドルは60を越えてから数えてないらしく不明。

ラナドはバドルを楽師の先達として敬っているし、ロージーを腕の良い楽師と認めたようで仲良くしている。二人は平民なので貴族の同僚との付き合いに不安があったが、ラナドが良い人で本当に良かった。

「ズーハー工房から!連絡があったのです!“ピアノ”の最終調整が済んだと!嗚呼、早くアマデウス様の演奏をお聴かせ頂きたい、この手でも演奏してみたい、どの楽器と合わせるか試したい、この耳に焼きつけて反芻したく思います!」

そう、音楽馬鹿である。

引っ越し先で早々に音楽馬鹿に出会えて運が良かった。

「本当?! 行こう行こう!!」

「我々はすぐにでも行けます」

「デウス様にはお付きの者が必要でしょうが…」

バドルがそう言ってアンヘンと目を合わすと、アンヘンが人を呼びに行く。貴族が出歩く時はなるべく一人以上の護衛がいるのだ。

「……ご同行します…」

アンヘンはあからさまに嫌そうな顔の下男で執事見習のポーターを捕まえてきた。

ポーターは黄緑の髪をしたイケメンで、クロエの親戚なのだと聞いた。

以前は別に普通だったのだが、クロエがクビになった後から俺への態度が冷たくなった。

…クロエと仲が良かったのかな。俺を…恨まれても困るけど、良く思えないのはわかる。

ポーターと行動するのは何となく気まずいのだが、まぁ手が空いているのが彼だけなら仕方がない。急な外出だ。

ズーハー工房は色々な楽器を作っている工房で、3年前からピアノ作りを相談している。

ピアノを作るのはそこまで遠い道程ではないかと思われた。

何故ならこの世界にはオルガンやチェンバロ(名前は違うけど)とほぼ同じ鍵盤楽器がすでに存在していたのである!!

オルガンは地球でもむちゃくちゃ昔からある楽器だしな。

チェンバロとはピアノの親みたいな楽器である(諸説あり)。

音の強弱が付きにくいことに不満を持った音楽家が改良…いやチェンバロ自体もすごくロマンチックな音がする素晴らしい楽器なんだけど、そこから発展させてピアノを作った。そこから様々な時代に様々な改良が加えられて俺が弾いていた現代のピアノになっていく。

細かいことは忘れたんだけど、小学生の時に自由研究で調べてまとめたんだよな。

チェンバロが爪で弦を弾くのに対しピアノはハンマーで弦を打つことで音を出す。

見た目は近いとはいえやはり仕組みが違うと作り方が全く異なる。俺は楽器作りについてはわからないので、工房の職人達に任せるしかない。

「へい、アマデウス坊ちゃん、いらっしゃったな!!」

工房の親方はフォルトという。濃いピンクの髪のワイルドなイケマッチョだ。

腕の筋肉がモリッとして愛想も良くて、下町の気の良いおっさんである。筋肉に名前つけて育ててそう。

初対面では、世間知らずの貴族の坊ちゃんをどう対応したものかと困っているように見えた。

どう宥めて帰ってもらうかなあ、という顔だ。新しい楽器を作ってほしいんです! と8歳くらいの金持ちの子供が工房に言いに来たら困るだろうね、そりゃね。

そこで俺は工房にあったチェンバロ…―――こちらではクラブロと呼ばれている―――を、音色の確認をしたくて許可を貰って弾いた。いいクラブロだなー、うん、ここにお願いしよう…と振り返るとフォルトはぽかんとしながら「うっま……」と呟いた。ありがとう。

相談する内に真剣に考えてくれるようになり、あーでもないこーでもないと試作を重ねた。

連打すると上手く音が鳴らなかったり、弦が数回で切れたり、高音が弱い気がするなどの障害を乗り越え…

今日、最終的に目指した物が出来上がったという。

「アマデウス坊ちゃん! 弾いてみて下さいよ!」

フォルトが挑むような目つきでけしかける。弾いてみないとわからない問題があるので、内心ドキドキしているのだろう。何回もケチをつけてきているからな…。まず褒めたよ、まず褒めてからケチをつけたけど。

一通り音を鳴らしてみて、思った通りの音が出ることを確認する。

すごい、…鍵盤は木製でペダルはないけど、俺の知ってるピアノだ。背中がゾワッと喜びに震えて、大きく息を吐いた。

何を弾こうかな……あれかな。

強弱が忙しなくついてて、ピアノの出来が目指していたものになっているかわかるだろう。

小学生の時にひたすら練習したけど、完璧に弾けている気がついぞしなかった。

『トルコ行進曲』。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトより。

♪たらららら、たらららら、たらららららららららららららら…

前世の俺の周りなら誰もが聴いたことのある、様々なカバーもオマージュもされている、ド名曲だ。

ただ弾くだけなら出来ても、上手く弾こうとすると難しい曲だと思う。

あ~~~~、久しぶりだしやっぱり指が回らない。ミスるミスる。

でも楽しい。懐かしい、この音色。

母が、父が褒めてくれた、弟から夜はやめろうるさいと怒られた、厳しかったピアノの先生が“よく出来ました”というハンコを手に押してくれた、友達が超かっけ~! と言ってくれた。

大好きだった、

今でも好きだ。

※※※

弾いてる途中から俺は泣いてたんだけど、ぼやける視界で何とか弾き切った。

曲と一緒に思い出を繰り返して、心臓が掴まれたような切なさがあった。でも、それでも楽しかった。

「………神のいとし子よ………」

振り返るとラナドも泣いていた。号泣である。

「何で?!」

「いや、デウス様も泣いてますけど…」

ロージーが苦笑してハンカチを差し出してくれる。バドルが微笑んで「ついに完成ですな」と頷いた。二人は俺が楽器の完成に感動してると思ってくれてるようだ。実際それもあるけど。

俺はロージー達の歌を聴いてる途中に泣くことがたまにあるので、よくあることだと思われている。

いや二人の歌は美形で良い声で息が合っててすごい良いんだ、ふるさとを思った曲とか歌われると泣いちゃうんだ…。

ポーターは後ろの方で驚いたような顔で固まっていた。微動だにしないが大丈夫かな。

「というか、今の曲また初耳なんですが?! どこで仕入れて来たんです、そろそろ教えて下さいよ」

ロージーには、俺が貴族の繋がりでどっかから曲を仕入れてきているけど何か訳アリだから教えてくれないのだと思われているようだ。訳アリなのは俺自身なんだよな。“君を美しくするもの”の楽譜起こしに関しても相談しなきゃいけないし、どうしたものか……

前世で作られた曲をこの世界に持ち込むことにはずっと抵抗があった。今もある。

だが、俺はこうしてこの国の音楽の歴史に介入してしまった。

食い物の歴史にも多少介入しちゃったし…そもそも俺もこの世界に産み落とされた一人なのだから、別に異物ではないはずなのだ。この世界の神様が手違いでも起こしたのだとしても、時間を巻き戻しでもしない限りもう歴史は紡がれ始めている。異物なのだとしたらもっと早く排除されてたんじゃないだろうか。

だから俺の行いは、神様に許されている……なんて、言うつもりはないけれど。

そう、……見逃されている。

そう信じて、前進あるのみ。

その代わり神よ。

俺は他人の作品、他人の発明、他人のアイデアで稼いだ金を、決して悪事には使わないと誓います。

…楽しむという私利私欲にはめっちゃ使うと思うけどお許しください。

「ロージー、バドル、帰ったら相談したいことがあるんだ…ちょっと荒唐無稽かもしれないんだけど…聞いてくれる?」

「! ええ、勿論。デウス様がそう言ってくれるのを、待ってたんですよ」

ロージーとバドルは笑って俺を見て頷いてくれた。

さて、何から話そうか。

この時の俺はまだ知らなかった。

この後、俺の知らなかった…いや認識出来ていなかったこの世界の真実を、二つも、一日で知ることを。