軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

馬鹿息子

【Side:ルシエル】

真夜中、俄かに外が騒がしくて目が覚めた。泥棒が入ったらしい。

男衆が曲者を探し回る音を聞きながらメイドの休憩室で夜が明けるまで過ごした。交代で仮眠を取ることにして横にはなったが、下男下女達は大丈夫だろうかと落ち着かず、眠れなかった。ただの泥棒が侯爵家の警備を突破して侵入することなど出来ない。十中八九どこかの間者だ。

朝が来てから、曲者を捕らえられなかったことに侯爵とメオリーネ様が怒り散らし、そして盗まれた物が判明せず慌ただしく人が行き交った。害された者はおらず貴重な物は盗られていないとわかると一旦落ち着いた。

時を見て下女達にもう安心していいと伝えに行くと、先に来ていたセシルが「ノトスを見なかった?」と訊いてきた。泥棒の捜索に駆り出されたのだろうと暫し待っていたが、一向に戻ってこないのでセシルと一緒に人に聞いて回った。いない。

――――――――ノトスがいない。

使用人も彼がいないことに気付き、泥棒騒ぎに乗じて脱走したのではないかと騒然とする。

まさか。セシルと一緒ならまだしも、一人で脱走なんてしないだろう。彼は孤児だし行く所もない。

下男といえど家の汚れ仕事の詳細を知っている人間をそのままにしてはおけない。侯爵は苦々しい顔で追っ手を差し向けた。捕まえるのではなく念のために殺すつもりだろう。ノトスを慕っていた下男下女達は泣き、「私に何も言わずに脱走なんて信じられない」と言いつつセシルは力無く俯いた。

スカルラット伯爵家から『下男を買い取りたい』という申し出が届いたのは翌日のことだった。

※※※

「息子がご無礼を致しまして、大変申し訳なく……本日はお時間を頂きまして誠にありがとうございます、コレリック候」

「何度かお目にかかったことがございますが、改めて。アマデウスと申します」

スカルラット伯爵ティーグ様と、第二子アマデウス様。体格の良い伯爵とすらりとしたアマデウス様は血が繋がっていないが、才気を感じさせる雰囲気というか、纏う空気は似ている。

あれがアマデウス様。ジュリエッタ様の婚約者。想像していたよりも気が強そうな顔をしていた。

侯爵が彼らを迎えることになっていたが、何か一言言ってやりたかったのかメオリーネ様も同席を申し出た。丁度彼女の傍にいたので私もしれっとメオリーネ様付き侍女の隣に並んだ。

「こちらの領の下町に少し足を延ばした元吟遊詩人のうちの楽師が、外にいたノトス君に会ったのですが……なんと少しだけ一緒に暮らしたことのある旧知だったのですよ! 奇跡のような再会に興奮してつい酒場を連れ回して、しまいには家に連れ帰って来てしまいましてね」

嘘である。

この家の下男達は屋敷の敷地から出ることを許されていない。だが通常そんなことは有り得ないので否定できない。下男下女に外での雑用を一切やらせていない貴族家などここくらいだ。

「酔って連れ帰ってしまったことまではいいとして。こちらに一度も戻さずに買い取りたいとは、非常識ではありませんかな」

侯爵は笑みを少しひきつらせて皮肉げに言う。伯爵は申し訳なさそうに眉を下げたが、アマデウス様は笑顔を崩さなかった。

「それがですね~、彼、歌が結構上手いでしょう? 少し話したら気に入ってしまいまして! 楽師も是非と言うものですから……侯爵閣下はご存じないかもしれませんが、下級貴族の間では下男下女を引き抜いたりするのはそう珍しくないのですよ。調べたら、当人の給料の三か月分ほどが相場だそうで。謝罪も込めて一年分お支払い致します」

表向き、断る理由がない。

平然を装っているが侯爵は焦っているだろう。伯爵が同行するのだから、侯爵から詰められれば息子の非礼を詫びて下男を返却すると考えていたのかもしれない。先に言われた通り侯爵は下級貴族の間で下男下女の売り買いが発生することなどおそらく知らない。

「そう言われましても……長年仕えてくれている大事な使用人でして。彼が急にいなくなると困る」

「でも、下男でしょう?」

そうだ。上級使用人ならともかく、下男だ。

重要な仕事を任せていたとは言えないし、欠けて困るとも言えない。本当に困るなら何か役職を与えたり上級に上がらせたりするものだから。

「……下男であろうと、許可も取らず連れていくのは泥棒と同義。こんなことがまかり通っては治安が乱れる。返さないと仰るなら王家に抗議させていただくがよろしいか?」

「ええ~、それは困りますが……」

あまり困ってなさそうなアマデウス様はうーんと悩む素振りをしてからぱっと顔を上げて笑った。

「では、王家からお叱りが来たらその時はお返ししますね」

「なっ……! アマデウス様、流石にその言いようは傲慢と取られても致し方なくてよ。ユリウス殿下のおぼえがめでたいとはいえ、侯爵家への非礼を叱られないとでも?」

メオリーネ様は扇で口元を隠しながら不愉快そうに眉を寄せた。彼女の機嫌を損ねられるとまた誰かが鞭打たれるので困る。胃が痛くなってきた。

「いえ、叱られるかもしれませんね。叱られたらノトス君のことは諦めますよ」

メオリーネ様の不機嫌顔などものともせずに少年は不遜に笑った。伯爵は涼しい顔で言う。

「息子の態度がお気に障ったなら申し訳ない。では、買い取り金をお渡し致します」

※※※

侯爵は、まだ同意していない、王家の沙汰を待つ、と言って金の受け取りを拒否した。

退室前、アマデウス様が私にひたりと視線を送ってきた。メオリーネ様はじろりと彼を睨みつけた。

「うちの治癒師に何か?」

「美人がいるなと思いまして。お嬢さん、お名前は?」

流し目を送られてびくりと体を揺らしてしまう。私が答える前にメオリーネ様が口を出す。

「ジュリエッタ様に言いつけますわよ?」

「構いませんよ」

「まっ……!」

公爵令嬢さえ彼を叱ることがないと言いたげな態度に、腹立たしさを隠しきれずメオリーネ様がわなわなと震えた。

「こら。……それでは、失礼致します」

伯爵が一言諫めたが、悪びれる様子はちっとも見せずに二人は場を辞した。

傍から見たらいかにも調子に乗った馬鹿息子といった風情だったが、気まぐれに人の家の下男を勝手に買ったりしそうな人物像に見せかけていたのではないかと思う。

私への意味深な視線は……シャムス師匠とファルマが探りを入れてきた一件からして私の特徴は知っている筈だから、確認か。

居場所がわかったので、侯爵はノトスへの追っ手を一旦引き上げた。彼へ差し向けた私兵が捕まってスカルラット家へ向けたと思われては困る。貴族に刺客を差し向けるならもっと慎重にせねばならない。

攫った後黙っていればよさそうなものをわざわざ名乗り出てきたのは……ノトスがコレリックの私兵に発見された場合、他領に無断で侵入し不埒なことを企んだと後で訴えられないようにするためか。そうなるとスカルラット家がコレリック家の者を暗殺しようとしたと判断されてもおかしくない。貴族が他領に入る時は領主に申告しないといけない。ノトスがここからスカルラット領まで自力で移動したと主張するのは無理があるし。

侯爵はノトスを放っておくことは出来ない。外に逃げただけなら伝手もない下男に脅威はそこまでないが、敵派閥の貴族に囲われてコレリック家の罪を証言されてはまずい。

ノトスは逃げ出したのではなくシレンツィオ派に攫われたのだ。侯爵は直ちにノトスを消す必要がある。スカルラット家の者にすでに証言をされていても、王家の正式な調査が入る前に彼が死ねば、証言者のいない虚言だと突っぱねることが出来る。しかしシレンツィオ公爵家も協力していると考えるべきで、暗殺は成功率が低い。王家からお叱りを受けたスカルラットからノトスが返却されるのを待つ方が確実かと思われた。

侯爵は、スカルラット伯爵家次子の傲り高ぶった態度にどうかお叱りをと王家に抗議文をしたためた。いくら未来の公爵夫といっても伯爵家と侯爵家なら侯爵家の主張を重視する筈――そう考えていた侯爵――他の者も当然そうと考えていた――は王家からの返事を読んで驚愕した。

国王陛下から『たかが下男のやり取りにそう目くじらを立てるものではない。冷静になるように求める』という素気無い書状が届けられたのだ。

「どういうことだ!! 陛下が我がコレリック家よりもスカルラット家の肩を持つなど!! あの小僧より我らが軽んじられるなど……!!」

メオリーネ様も憤懣やるかたなしというように声を荒げ下男の一人を力任せに鞭で打ち付けた。

「どいつもこいつもっ……ふざけてるわ!! コンスタンツェを通じてユリウス殿下には取り入っているだろうけれど、陛下までがアマデウスを優遇するだなんて意味がわからないわ、なんなの!?」

「……薬局設立計画でネレウス殿下や教会にも気に入られているようですし、アナスタシア殿下とは一時期恋仲だったなんて噂もあるんでしょう。シレンツィオ公爵令嬢は彼に首ったけで、公演や録音円盤で民の人気も高いとくれば、陛下も無下には出来なくなっているんではないですか。いやあ、やり手ですな」

深みのある低い声でそう言ったのは、音を立てずにぬるりと部屋に入ってきた男だった。

「ヴィペール……部屋に入る許可を出してなくってよ! 今お前の見苦しい面は見たくないの」

「手厳しい。お嬢様は最近いつもご機嫌斜めですなぁ」

御者のヴィペール。古くからこの家の暗部を担っている男。彼はこの家で一番不器量だ。慣れているのか見た目を揶揄されても彼は大して気にする様子はなく飄々としている。

「コレリック家の御為に非常に目を酷使して働いた私を少しくらい労ってくださってもいいでしょうに」

……目を酷使? ヴィペールはよよよと泣く素振りをした。彼が役に立ったことは確かなようでメオリーネ様は声を落とした。

「お前の魔法は便利だけれど失敗ばっかりよ。ニネミアの馬鹿兄が邪魔したせいだけれどね……コンスタンツェとジュリエッタかカリーナに嫌がらせしたかったのに、上手くいかなかったわ」

……ヴィペールの魔法とはどんなものだろう。

使用人は誰もこの男の素性を知らない。立場はただの御者なのに侯爵もメテオリート様もメオリーネ様もこの男と直接会い、話をする。

もしかすると……コレリック家の悪事が露呈しない理由に、この男の固有魔法が関係しているのではないだろうか。

珍しい魔法を生まれ持つ者が時々いると師匠から聞いた。それが固有魔法。特殊な体質のようなもので、ものによっては医学に応用が利くかもしれないので研究したいが難しい、と言っていた。危険視されることを恐れて大っぴらにはされないからだ。

ヴィペールの魔法を突き止めて、シャムス師匠に……アマデウス様に、伝えることが出来たら。

シレンツィオ派がこの家の罪を暴いてくれるかしら。

あの地下室を……ぶち壊してくれるかしら。

爪が血で濡れるほど私が拳を握りしめていることに気付く人は、誰もいなかった。