軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誤算

「感謝を伝えられたのももしや遺言みたいなものかと思って血の気が引いたんですからね……」

「何故感謝を伝えただけで遺言になるんだ?」

俺が恨みがましい目を向けるとネレウス様は首を傾げた。そうだね……勝手に俺が遺言みたいだと思っただけだね……。

黒い箱封印の日から十日。

十日ぶりに会ったネレウス殿下は寝台で体を起こした状態だったが、顔色は良かったのでほっとした。

心配だったので会いたかったけど俺が面会を希望したわけではなく、手紙で呼び出されて王宮の一室に案内された。身内以外の面会はお断り中だが、俺は一応彼の命の恩人だから許可が下りたそうで。

俺の聖女用治癒魔法で、ネレウス様は生還した。

実習の時は怪我の治療だったから時間を"早送り"で回復するイメージをしたのだが、ネレウス様の毒の治療は万全な状態に体を"早戻し"するイメージだった。"戻す"方が正解なのかも。治療法の確立していない未知の疫病をも治せる呪文なのだから。

予言者には未来を見通す力を。聖女には人の肉体を過去に戻す力を。それが黒い箱を相手取る人間に与えられた神の助力……なのかもしれない。

毒の影響からは逃れたがネレウス様の意識は戻らず、近衛によって大司祭以外の教会関係者が拘束されて現場は大わらわだった。王族の暗殺未遂なんだから当然っちゃ当然だ。

――――弟の無事を確認した後、ユリウス殿下は般若みたいだった。魔力枯渇で体は辛かっただろうに、怒りが活力になったようで「アマデウス、感謝する、必ず褒美を取らす」と俺に言った後にはしっかり立ち上がって近衛達を指揮した。数十秒前までコンスタンツェ嬢と一緒に弟殿下を抱えて安心泣きしていた人と同一人物とは思えない形相だった。

その後一日ほどでネレウス様の意識は戻ったそうだ。

「死ぬ気などない。僕はまだまともにジークリートと乳繰り合ってもいないのだぞ」

「ちち……身内の前でそういうこと言うのやめてもらえます?」

身内のそういうのを想像しちゃうと……何か気まずいだろ! センシティブなことを真顔で言うんじゃないよ。というか『乳繰り合う』って……少し意外な語彙。あんまり上品な言葉ではない。

「少し目覚めてすぐ眠ってを繰り返し、五日ほどでようやく体力が戻った。もう体調に問題はないが……周りが許してくれぬからな、暫く登院は難しかろう。ジークリートにはこれを」

ジーク宛の手紙を託された。まさかこれのために呼んだんじゃないよな。

ネレウス様は表向き体調不良ということになっているから、ジークも心配している。俺から「そこまで重いご病状ではないと聞いている」とは伝えたけど、それでもお見舞いにもいけないのはそりゃ心配だろうから手紙自体はありがたい。普通に家に届けてくれてもよかったと思うが。万が一他の人に読まれたら恥ずかしいことを書いたんだろうか。

俺のそんな考えがわかったようで彼は肩を竦めた。

「手紙はついでだ。直接話しておきたいことがあった。……ふむ、このストローというもの、悪くないな。腕を上げ下げする必要がないのはことのほか楽だ」

俺はお見舞いにストローの試作品を持ってきた。

少し前にスザンナに聞いたところ、藁を使って酒などを飲む人はやはりいるらしい。でも田舎でちらほら見るくらいで町でやってる人はいないそうだ。

洗うための細いブラシを先に注文して作ってもらい、麦藁を手に入れて適当な大きさに切って、しっかり洗って煮沸消毒し、乾燥させる……の工程を下男にやってもらった。快くやってくれたが、終始(俺は何を作ってるんだろう……)という顔をしていた。安く沢山手に入る素材だが、清潔感に欠けるのが難点。あと乾燥すると割れやすい。

工房にも依頼を出してみた。硝子と、錫。

魔石の加工があったからかこの国の硝子加工技術は結構進んでいて、少々太めになりそうだがストローも作れるようだった。色付き硝子でカラフルにも出来るので見栄えは一番良い気がする。洗って使うことを考慮すると中が透けて見えるのは安心感があるし。ただ簡単に割れるので取扱いに注意が要る。普段使いにするには高価。

俺が『硝子の盾』(硝子とは言ってない)を作ったことは妙に有名になっちゃったので、それに無理やり関連付けて売っちゃおうかなとか思っている。硝子で新商品の研究を色々してたんですよぉ~みたいな。

そして錫。古くから酒器などに使われる柔らかい金属。緩く曲げることが出来る。丈夫で見た目も良いのだが、コストは一番かかる。

ひとまず病人や小さい子供の水分補給に便利ということでこの後ディネロ先輩にプレゼンしてみるつもり。

ネレウス様は三種類のストローを一つずつしげしげと観察して、錫製を選んだ。専用ブラシと一緒に献上する。

侍従が一度裏に持っていった。多分調べたか洗ったかしたんだろう。口につける物だからな。そして果実水と一緒に持ってきた。ネレウス様はそれを時々ちゅぅ……と吸いながら話している。少し緊張感がなくなる。

「僕の予知能力は、薄くなった。今後あまり当てにしない方が良い」

「! それは、聖女用治癒魔法の影響で……?」

他人の魔力が大量に混ざることで魔力自体が変質してしまうのではないかと、大司祭が危惧していた。

「それも要因の一つかもしれんが、正確なところはわからん。……予感はしていたのだ。封印後、コンスタンツェが聖女になった後にも危機が色々と襲い掛かる様々な未来があったが……僕の未来視がこれまで通りだったら被害を防げていた筈なのに、そうはなっていなかったからな。この力が黒い箱の封印のために与えられたものだとしたら、封印が終わればなくなるのではないかと……。元々、人には過ぎた力だ」

「……ん? でも今、薄くなった、って?」

「ああ。どうやら完全になくなってはいない。だがよく当たる占い程度に思っていた方が良い。すまないな。コレリック家の下男を誘拐する計画は十全に予知して備えたいと言っておきながら、出来なくなった」

「ああ……いえいえ。これまで予知の御力に頼り過ぎていたところもありましたから。王家の影にご協力いただけるだけでも充分助けられています。謝っていただくことなんて……それに、ネレウス様にとって悪いことではないのかもしれないし……」

「……どういう意味だ?」

一瞬失言したかとヒヤッとしたが、彼の顔には純粋な疑問だけがあった。

「あー……ほら、これから先起こることがわかってしまうのって、一種の不幸というか……どんなことがあるかわからないから面白い、楽しいってこともあるでしょう?」

俺の世界の『パンドラの箱』のエピソード。多くの厄災が入っていたその箱はパンドラに開けられてしまったが、最後に"希望"が残ったと謂われている。

この"希望"を"予知"とする説もあるという。確か、"未来を知ってしまう不幸"が解放されなかったから人間は希望を持って生きていけるという解釈。

「…………そういう考え方もあるか」

ネレウス様は目をぱちくりさせた後、眉間に少し皺を寄せながら微笑んだ。嬉しそうにも皮肉げにも見える顔だった。

※※※

「で。それはそれとして。御自分の身を守らなかったのは何でだったんですか?」

「そう睨むな。もう兄上にもコンスタンツェにもペティロにもそんな顔で怒られた」

さんざんお説教はされたのだろうから俺からは何も言うまい。顔は怒ってしまうけど。

「もう少し私に行動の指示を出してくれてても良かったのでは!? 処置があと少し遅かったら普通に死んでたかもしれないって聞きましたよ!」

封印の三日後、学院にアンドレア様が訪れて「ユリウス殿下からの私信っす。絶対一人で読んでっつってました」と手紙を手渡された。事件の現場が現場なので大っぴらに王家から褒章を出すことは出来ないが、出来得る限り叶えるので望みを考えておいてほしいと丁寧に綴られていた。その中にネレウス様が無事目覚めたことと王家の治癒師の見立ても書かれていたのだった。

余談、アンドレア様は公の場以外ではゆるい人らしい。所作はきちんとしてたけど話し方がなんかチャラかった。

「知っていたかのように動いたら君が犯人と結託していたのではないかと疑われるだろう。それに、誰かに話したら反対されるからな」

「当たり前でしょ~~~~~~!?」

「そこまで心配してはいなかった。君が弟の恋人を見捨てるとは思えんしな」

「弟の恋人でなくても見捨てませんよ! 友達でしょ!!」

「とも……だち……?」

初めて聞いた単語、みたいな反応をされた。地味に傷付く。

「べっつに、ネレウス様がどう思ってようと私はそう思ってるってだけの話ですけど!」

姿勢を崩して頬杖付いて半ギレみたいな態度になったけど、彼は小さく笑った。

「いや……そうか。僕は友人というのが今までいなかったからよくわからなかったが、こういうものか」

……コンスタンツェ嬢も、ネレウス様を友達だと思ってそうな気もするが。まあそれは本人がいつか言うだろう。そういや俺は彼女にも友達とは思われてなかったな……。

「防ぐことも勿論できた。しかし僕に矢を射る修道士を現場から外したり事前に探ったりした場合、敵に勘づかれてしまうようで確かな証拠も見つけられず、黒幕を捕まえることが出来ない。封印後、日常に戻った後にコンスタンツェ、ジュリエッタ、君の命が危険に晒される。高い確率で一人は死ぬ」

「死っ……、……」

「防がなかった場合、何度視ても僕の意識はそこで途切れて終わった。本来は死ぬはずだったのだろう。君がいなければ」

敵ーーどうやら親玉はネレウス様の予知能力を知ることが出来る立場にいるーーにとって、予言者がシレンツィオ派にいることは非常に嫌だっただろう。ネレウス様を真っ先に消したい気持ちは理解できる。

あの場面でネレウス様を助けるには、大司祭がジュリ様に聖女用治癒魔法の呪文を教えるという手もあったが、初めて使う呪文の成功率は低いことを考慮すると間に合わなかった可能性が極めて高い。

「私が聖女用治癒魔法を習得していたことが、敵の誤算だったわけですか……」

教会が厳重に秘していて、通常は聖女候補も正式に聖女になってから教えられる呪文なんだから俺が知ってる方がおかしい、なるほど。

ネレウス様の口添えがあったとはいえ、俺とコンスタンツェ嬢に伝授する決定を下したペティロ大司祭の英断ともいえよう。

「君は存在自体がこの世界の誤算だ」

言い方~~~~~~~!!

「我々にとっては良い意味でだ。君がいたおかげでおそらく封印も百年保つ。僕も命を捨てずに済んだ。怪しい術を使い王家を脅かす不届き者は粛清することが叶うだろう……」

「叶うん……ですか?」

「王族の暗殺未遂だぞ。未然に防いだのと実際に危害を加えたのでは大きく変わる。主に王家の士気が。面子にかけて捕まえねばならん。僕も微力ながら予知をするし、教会も本気を出す。これで捕まらなかったら敵ながら天晴と称えるしかない」

……大司祭の怒りも凄まじそうだもんな。

箱の封印のことは知られていないが、中央神殿に王家から大規模な捜査が入ったことは世間にも知られた。封印に貢献したペティロ大司祭の発言力は強くなり、国中の司祭が彼の指示に速やかに従った。教会組織全体で王家に協力して犯人捜しをしている。

案の定、実行犯の修道士から情報は出てこなかった。計画を立てた記憶も実行した記憶もなく、操られていただけと思われる。取り調べ後そのままスムーズに死刑になりそうな勢いだったが、未知の魔術の被害者の一人と思われるので一旦処分保留で牢屋に入れられている。

学院の水かけ事件は、嫌がらせ兼今回の予行練習だったのではないか。そう思うともしもの未来で俺達が簡単に仕留められても全くおかしくないとわかる。学院内の生徒に操りの魔術を仕掛けられるルートが、あるのだ。

帰りの馬車から見える空は快晴だったが俺の気分は晴れない。

ネレウス様が元気であったことの安心と、様々な人の怒りが渦巻いて大きな波になっていることへの期待と不安が混ざり合っていた。