作品タイトル不明
本番
大司祭が薬をグビグビしている時、ネレウス様が言った。
「もう少し前に未来視した時にはあの欠片……鍵は出ていなかったように思う」
「そう……なんですか?」
「おそらく兄上の魔力が安定した結果だろう」
「ああ、そういえばユリウス殿下、魔力にブレ? があったんでしたっけ……?」
「練習では上手くいくのに本番だと動揺したり緊張で実力が発揮できないような者がいるだろう。それと似ている」
初めての魔法を一発で成功するのはかなり適性がある場合だけだし、魔法にも練習が必要だからなぁ。魔力の出力にあがり症のようなものがあってもまあ不思議ではない。本番で練習より優れた演奏は基本出来ない―~ピアノの発表会で学んだ現実~-。
「しかしアナスタシアの事件で……友人と妹の罪に否応にも向き合わねばならなくなったことで、本来よりも早く兄上の肝が据わったようだ。ある意味、君には感謝している」
どんな顔をしていいかわからんことを言われた。ジュリ様も愛想笑いに失敗したみたいな顔をしている。
「いえ、ネレウス様にはこちらもすごく助けていただいたし……それに、成功した気になるのはまだ早いんじゃないですか」
「……そうだな」
「色々とうまくいったら、皆で美味しいもの食べながらお疲れ様会しましょうよ」
「おつかれさまかい……慰労会か」
ネレウス様は相変わらず顔色があまり良くなかったが、前向きに検討中っぽく目を細めながら考えている。
大司祭が酒を飲み過ぎたと後悔しているような悩ましい顔で口を押えつつ準備を終えた。薬や酒でなくてもあんだけ一気に水分飲んだら確実にしんどい。
縦横一メートルくらいの紙に書かれた大きな『エナジードレイン』の魔法陣。円の中に魔法陣や呪文を表す図形が連なっていて複雑。魔道具などに実装するには簡略化が要りそう。
魔法陣の紙を真っ直ぐに伸ばす補助……という体を取りながら俺はサッと黒い箱に触る。触ると言っても黒い点の集まりなので虫の群れに手を突っ込むような感じで不快。
小声で呪文を唱えると、軽く紙を引っ張って合図。反対側にいるネレウス様が紙をぼうっと光らせた。
すうっ………… と、二十秒くらいかけて黒い箱を覆っていた魔力の靄が消えた。魔法陣が吸ったと見せかけて俺が吸った。それを見たギャラリーはざわりと動揺する。
膨大な魔力を吸い込んだわけだが、俺にこれといった異常はない。頭が重くなったような心地がしたが気のせいかもしれん、というくらい。
そして俺はこっそりと魔法陣の端っこに手を添える。それを確認した大司祭が魔力を注いで、発動。
少しふらついたが、大司祭は表情をほとんど変えずに俺から魔力をバトンタッチした。
大司祭の魔力は約三百八十とのことなので、透明化が二百まで出来ていれば体の半分以上がノー負荷、負荷は自身の魔力三倍には届かない計算の筈。……とはいえきついもんはきついだろうし倒れないか心配。頑張れ。エチケット盥は念のために俺の横に用意している。
因みに今俺は多分初めての魔力枯渇状態だが、ちょっとだるいというか疲れた感じがするだけだった。本当にありがてえ体だな魔力耐性強者。
「ぐっ…… ――――、ふ、……はぁ、……っ再封印を、施します!」
周囲に伝わるよう手短にそう宣言し、大司祭は黒い箱に手を突っ込んだ。
再び薄っすらとした靄が箱を下から覆っていった。コップの水を通したように光が屈折しているから辛うじて見えているような、極めて透明に近い靄だった。
天辺まで届いた靄がゆっくりと箱の中心で浮いた黒い塊に変わり、形を作っていく。
矢尻のような先端から上に徐々に太くなる棒ができ、その上に丸が三つ、家紋の三つ星のように並ぶ。一番上の丸の頭にニュッと棘が生えたと思ったら、シュッと棒の真ん中に一本の筋が入り、輝いた。
――――遠目で見たそれは、箱の上に剣を突き立て直立不動で立つ、黒い鎧の騎士にも見えた。
その黒いものは、沼に刺さったようにゆっくりと門の中心に沈んだ。
ガコォォォォォォオン…………、という音が響き渡る。
鍵が…………回った音。
その音を聞いてやっと、あれが間違いなく"鍵"だったと確信できた。
「…………やった……」
俺がそう呟いた直後、大司祭が膝から崩れ落ちたので駆け寄って支える。
空気が変わった。黒い箱から出ていたなんか嫌なオーラが、明らかに鳴りを潜めた。周囲の修道士や近衛達もよくわからないなりに封印がうまくいったことは察したようで明るい表情になり、空気が弛緩する。近くで控えめな歓声も上がった。
「……ジークリートにはうまく説明しておいてくれ」
すぐ後ろにいたネレウス様が、一番近い俺くらいにしか聞こえない小さな声でぽつりと言った。
「え?」
「あとは君の判断に任せる」
―――――何の話ですか? と聞き返そうと振り向いたら。
ストンッと軽い音を立ててネレウス様の背中に矢が突き刺さった。
直後、至近距離でカカンガンカッ、と変な音がした。
「デウス様動かないで!!」
俺とジュリ様と大司祭と倒れたネレウス様、四人を守るように取り囲む透明な盾が三つ浮いている。
ジュリ様が出したとわかった。それが俺達に飛んできた矢を防いだ。盾を出して風魔法で浮かせている、弛まぬ鍛錬と魔力がめちゃくちゃ多くないと出来ない芸当だ。
「でっ……殿下!! 殿下!!」
大司祭が地面に這いながらネレウス様に寄った。矢が飛んできた方に目を遣ると、櫓の上で弓を構えた修道士がぼんやりとした表情で立っていた。近衛騎士が駆け付けて彼を乱暴に抑え込む。
「何をしている貴様!?」
「えっ、えっ? トルペ? どうして……」
呆然とした近くの修道士の声。
「修道士を全員取り押さえろ!!」
誰かがそう指示し、近衛達が一斉に修道士達を拘束し始めた。
「な、なにがおきた……ネレウス!!」
「ネレウス様!!」
「ダメですお二人とも、動かないでください!」
横たわっていたコンスタンツェ嬢とユリウス殿下も弟に寄ろうとしたが、近衛に留められた。下手人は捕まったが、ジュリ様もまだ周囲を注意深く見渡して盾を浮かせている。他にも紛れ込んだ"敵"がいるかもしれないから警戒が解けない。
さっきの言葉。ネレウス様はこうなることをわかってたとしか思えない。
そりゃそうだ、彼は予言者だ。この日を何度も視てきた筈だ。
でも、なら、どうして防がなかったんだ?
「殿下、殿下、あ、ああ、これは」
大司祭様はネレウス様の矢を抜き、上の服を脱がせていた。治癒魔法を……あ、そうだ、大司祭様今魔力ほぼないんじゃん!! 俺もカラだ!!
「つ、つ、強い毒です、これは……万全だったとしてもおそらく、魔力が足りない……し、死んでしまう、まもなく、殿下が、殿下が」
「えええ!!??」
大司祭様はか細い声で震えながら言ったが、俺はデカい声が出た。露になった細くて白い彼の上半身。背中の傷はどす黒く変色していた。
どうして。なんでこうなった。なにが起こった?
"あとは君の判断に任せる"
ハッとして、俺はひとまず一回大きく息を吸って吐いた。
「ジュリ様!! 七百、頂いてもよろしいですか!?」
「えっ!? あっ……はい!」
ジュリ様はすぐに気付いてくれて周囲を警戒しながらも俺に手を差し出した。小さくエナジードレインと唱えると体のだるさがすっぱり消えて体が軽くなった。魔力って感覚的には気力みたいなところがある。俺が満杯になるほど貰っても、ジュリ様はお変わりない。流石本物の聖女だ。
ここに帯同してきた治癒師は全員修道士で今身動きは取れず。コンスタンツェ嬢は枯渇寸前、大司祭様は魔力が足りない。ジュリ様は 例(・) の(・) 呪(・) 文(・) を知らない。
なるほど、俺しかいない。
「大司祭様!……ペティロ卿!!」
「! っ、ぁ……」
青褪めているペティロ卿に、こちらへ、と示して両手を伸ばす。
「俺が!!」
それで伝わった。彼もハッとして、抱えていたネレウス様を慌てて俺に差し出す。
つーか。
――――〈君の判断に任せる〉 だあ??????
なんだその言いぐさは。ふざけてんのか。
見捨てるとでも? それは流石に俺への解像度が低すぎるだろ。
若干の怒りと全力の魔力を手に込めて、小声で呪文を発動させる。
やっててよかった聖女用治癒魔法実習!!!!!