軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アップダウンのないアップタウンでアッパーな体験を

慌てないように、でも、そこそこに急いで串焼きを平らげて、「もっと食べたい」とねだるごまみそを抱きあげた。

有無を言わさぬ私の抱き方に、どことなく緊迫した雰囲気を感じ取ったのだろう。ごまみそも、平素の空気の読めなさが嘘のようにおとなしくなってくれた。

抱いた腕をぴょいと飛び出し、私の肩の上で耳と尻尾をぴんと立てて周囲を見回している。

その間にも、先に席を立ったヴィルさんとセノンさんが会計をして店を出るところだった。

私も踵を返すと、くいっと服が引っ張られる。視線を落とせば、アリアさんの白い手が私の服の端を握っていた。

ヴィルさんはどんどん先に行ってしまうのに、少しゆっくりめにその後を追うアリアさんの手が私の服から離れず……。

先を行くヴィルさんと、セノンさん……少し間を空けて私とアリアさんとエドさんがその後を追うような形になる。

「……リンちゃんは、ヴィルの後ろでオレたちと一緒に頭下げてればいいからね」

「ん。大人しくしてれば、大丈夫……!」

「え、あ、ハイ……」

この間の買い出しの時とよく似た陣形で……アリアさんとエドさんの間に挟まれたまま、賑やかな 下町(ダウンタウン) を 高級住宅街(アップタウン) に向かって進んでいく。

夕暮れに差し掛かり始めた下町は、家路を急ぐ人々で賑わっていた。

そんな人波をすり抜けながら、にこにことぱっと見は人好きのする笑みを浮かべたエドさんが、こっそりと小声で伝えてくる。アリアさんも、微かな笑みを浮かべて空いた私の手を握ってきた。

……え……ちょ……何ですかこの雰囲気!? なんか、こう……死地にでも赴きそうな勢いじゃないです!?

え? 今から向かうのって、ヴィルさんのご家族さんがいるところなんですよね??

え????

「まぁ、行けばわかるよ、うん。悪い人じゃないんだけどねー」

「ん。ごまちゃんも、抱いておいた方が、良い……よ」

「うわぁ……なんか凄く大事になってる気がしますね……」

それはもう盛大に訝しがっている私に気が付いたのか、エドさんが微かに肩を竦めながら説明を加えてくれた。

それと同時に、未だに私の肩の上で警戒を続けるごまみそを、私と手を離したアリアさんがひょいと持ち上げると私に差し出してくる。真剣な瞳でこちらを見てくるアリアさんの様子からしても、だいぶアレな理由があるんだろうなぁ……。

人で賑わう下町とは違い、高級住宅街の方はもうすっかり人通りが少なくなっていた。この時間になると通いの家政婦さんとかを家に帰して、家族で過ごす人が多いんだってさ。

下町に向かう人はいるけど、下町からこっちに来る人がより少ないのはそのせいかぁ……。

そんな中、先頭集団……もとい、ヴィルさんとセノンさんがふとわき道に逸れた。腕の中でも瞳を周囲に巡らすごまみそをもう一度抱き直し、その後に続く。

裏道と思われるそこは、ちょっとした飲食店らしきお店が並んでいる通りだった。店先のランタンや街頭に照らされる高級感あふれる外観のお店が、数件おきに軒を連ねている。

ヴィルさんが入っていったのは、その中でも一番外れにあるお店……と思しき建物だった。

「……うーん……これは…………入るのに勇気がいりますね……」

「お店に、見えない……でしょ?」

「ええ。ほぼ民家ですね……」

今まで通ってきたアップタウンの住宅のような重厚な造りの建物と、それに見合う雰囲気の木製のドア。看板のような物があるわけでもなく、ただドアのところに店名らしい真鍮のプレートが付いているだけという……。

これ、先頭集団が入っていかなかったら絶対に足を向けないタイプのお店だな、うん。「人ん 家(ち) 」って言われても、「ですよねー」としか思えないもん。

「ああ、良かった。遅かったからはぐれたかと思いましたよ」

「……スマン……思った以上に、周りを見る余裕がなかったようだ」

「大丈夫ですよ! エドさんとアリアさんと、一緒に来れましたから!」

それでも意を決して中に入ると、そこは飲食店……というか、バーのような雰囲気のお店だった。

シックなカウンターのところ以外にはテーブルなどもなく、程よく落とされた照明が「おハイソな大人向けー!」という空気をビシバシと醸し出している。

思わず場の空気に圧倒されてしまいかけた時、セノンさんとヴィルさんが遅れて到着したこちらに気付いてくれた。

こちらを見つけて柔らかな笑みを浮かべるセノンさんの隣で、眉を下げたヴィルさんが小さく頭を下げる。

でも、ヴィルさんの気持ちを鑑みれば、あれだけ苦手にしていたご家族といざご対面、ってなったわけで……。周りが見えなくなるのもしょうがない気がするなぁ。

幸い、というかなんというか、アリアさんとエドさんが一緒にいてくれたから迷子にもならなかったし。

そう思ってグッと拳を握って笑ってみせれば、安心したようにヴィルさんの目元が緩んだ。

「…………皆様、お揃いのようですね……どうぞ、こちらへ……」

不意に、背後から落ち着いた声がした。

慌てて振り返れば、いつの間にかカウンターの中に初老……に見える男の人が立っていた。

白いものが混じった黒髪を丁寧に後ろに撫でつけて、白いシャツと黒いベストを着た、まさに「バーテンダー」という雰囲気の人だ。手の甲や頬っぺたなんかに、鱗的なものが生えてるところを見ると、蜥蜴人さんの人間味が強いタイプの人かなー。

興味深そうに眺めてしまった私ににこりと微笑みかけてくれたその人は、滑らかな手つきで棚の一番端に置いてあったお酒の瓶をグイッと倒す…………と、棚の部分がぐるりと回転し、地下へと続く階段のようなものが現れた。

「おぉぅっ?」

「だ、大丈夫か、リン? ほら、行くぞ」

「大丈夫、です……! まさかこんなギミックになっているとは思わず……」

思わず後ずさってしまった挙句バランスを崩しかけた私の背中を、ヴィルさんの掌が止めてくれた。

頭上から心配そうな声が降ってくるのに、体勢を立て直しながら答える。

外見も隠れ家的なバーだったけど、まさか内装までこんな絡繰り仕掛けになってるなんて……!!

「それでは、行ってらっしゃいませ。お気をつけて……」

静かに頭を下げるバーテンダーさんに見送られながら、私は一層暗い隠し通路へと足を踏み入れた。