作品タイトル不明
第6-24話 奇跡の担い手
「しッ!」
何度目か分からない拳の応酬を繰り広げていたミコは、目の前にいる 吸血鬼(ヴァンパイア) の少女が目の前であくびをした時に、遊ばれているのだと気がついた。
「魔術使ってこれ? 人間って弱いね」
「ミル! 妨害魔術は!?」
「使ってるよっ!」
つまり、目の前の 吸血鬼(ヴァンパイア) は魔術を使っていない。
純粋な身体能力でミコに食らいついているのだ。
「あなた、弱いね」
退屈そうに言った少女はミコの身体を蹴り飛ばす。
地面を何度かバウンドして、ミコが体勢を立て直している間に、少女はミルに向かって突撃。
だが、途中でその足が止まる。
いや、止まったのではない。
闇で作られた沼の中に足首まで浸かっており、そこから1つとして動いていなかった。
ミルの生み出した即席の妨害。
「ミコちゃん!」
「……ふッ!」
パァン!! ミコが大地を蹴った瞬間に、乾いた音が辺りに響いた。
再びの飛び蹴りは、しかし同じように掴まれる。
「それ、さっき見た」
「はァ!」
だが、ミコは掴まれた方の足を軸にして回転。少女の横っ面を蹴り飛ばした!
それでわずかに口を切ったのか、少女の口元からわずかに血が漏れる。
さらにミコは足を大きく持ち上げると、そのまま勢いをつけて振り下ろすと少女の頭に踵落とし。
だが、返ってきたのは鋼鉄を蹴り飛ばしたかのような感触。
その瞬間、ミコは自分の戦っている相手が最強種であるということを、嫌というほど痛感した。
「あのさ、大人しく倒れてよ」
吸血鬼(ヴァンパイア) の少女は何でも無いようにそう言って掴んでいるミコの足を握りしめる。一瞬、ミコは足に熱い感触を感じると、そのまま足首を押しつぶされ――足首が千切れた。
「……『 治癒(ヒール) 』」
ミコは 吸血鬼(ヴァンパイア) から距離を取ると、足に治癒魔術を発動。傷口から肉が盛り上がると、一瞬で千切れたはずの足が元通りになる。
「……ふうん。治癒魔術も使えるんだ」
四肢の欠損程度であれば、【A】ランクの適性があれば簡単に戻すことができる。
「ま、良いや。時間を稼ぐのも飽きたし」
少女がそう言った瞬間、ミコはミルを抱きかかえて飛び上がる。
次の瞬間、音もなく赤い鞭が先程まで2人のいた場所を通り抜けた。
「あなた、目が良いのね」
随分と離れた場所にいるミコに向かって、少女が言う。
少女の周りにはしなるような赤い鞭が何本も出現したまま、暴れていた。
わずかに遅れていたら、2人の首が空を舞っていただろう。
「……あれが、 吸血鬼(ヴァンパイア) の使う魔術か」
「【血】属性って初めてみたよ」
己の血液を媒介にして、近距離から遠距離まで全ての範囲を自由にカバーできる自由度の高さと、才覚によっては攻撃力も防御力も治癒力に関しても覆うことのできる完全性。それが、 吸血鬼(ヴァンパイア) だけに許された【血】属性という魔術。
目の前の少女は、ミルの使っている妨害魔術を無効化していた。
「ミコちゃん、さっきの速いやつできる?」
「……出来る。けど、今のアイツには止められるかも知れない」
「全力であの 吸血鬼(ヴァンパイア) を止める。だから、ミコちゃん。頭を」
「分かった」
ミコがミルを下ろすと、たったまま魔力を回転。
イグニより教わった術理により、魔力を熾していると、
「あら、それ『 転(テン) 』じゃない。こっちでも使える魔術師がいたんだ」
少女は珍しいものでも見るかのように、そういった。
「……知ってるのか?」
「“東”でたくさん見てきたもの」
そして、同じように 魔(・) 力(・) を(・) 回(・) し(・) た(・) 。
「魔力を熾したまま回す。簡単なように見えて、とても難しい技術よね」
熾された魔力は、導火線に火をつけた爆発物のようなものだ。
制御をミスってしまえば、魔力を使っている側に大きな反動が返ってくる。
だが、それを使いこなせれば。
「……ふッ!」
ミコが踏み込んで、
「大丈夫。痛くしないわ」
ぱっ、と赤い線が走った。
遅れて、ミコが地面に転がった。
「ミコちゃん!!」
遠く、後ろからミルの悲鳴を聞きながらミコが自分の両足に目を落とすと、とても綺麗な切断面が目に入ってきた。まるでとても細い線が高速で通り抜けたような、そんな切り口。
「一瞬よ」
ミコがミルに向かって手を伸ばす。
それはきっと、本当に一瞬なのだろう。
だが、今のミルにはそれが酷く永遠に思えた。
止まった時のような世界で、ミルはミコに向かって伸びていく赤く細い線を見た。
それは 吸血鬼(ヴァンパイア) の少女が使った魔術だろう。鋼のような耐久性を持ち、人の柔肌など簡単にちぎってしまう。ミルは静止したようにも見える目の前の光景をどう対処するべきかと、多くの魔術が頭の中で巡っていく。
どの魔術を使えば、あの血の鞭を崩せるだろうか。
どの魔術を使えば、ミコを助けることができるだろうか。
遅れてしまえばミコが死ぬ。そのためにミルは手を伸ばして――ふと、気がついた。
どうして、綻びの魔術を 魔(・) 術(・) に(・) し(・) か(・) 使わなかったのだろう、と。
それは、ミルにとって考えが根本から覆るような出来事だった。
それは、こんなことがなければきっと思いもしないような 思考の転換点(パラダイムシフト) だった。
だから、それに気がついた時、彼女は魔術の最奥に手を伸ばした。
それは、月光にも似た光の筋だった。
それが元より自分自身の中にあったのか。それとも、天から舞い降りたのか。ミルにはどちらとも判別がつかなかった。付ける必要もないと思った。
ただ、目の前の現実を変えられるのであれば――それだけで、十分なのだから。
「『綻んで』」
縋(すが) るように、そしてこの現実が変わるようにと口に出した言葉は詠唱だ。
それは彼女の2つ目の名前。
そして、最も彼女の魔術を表す言葉。
類感呪術、という呪いがある。
同じ音を持つものは、同じ意味を持つのだ。
ならば、“綻び”の名を持つ彼女こそ、その奇跡にたどり着くのに誰よりも相応しかったのかも知れない。
ぱっ、とミコに向かっていた赤く細い線が綻んで消えた。
それを不思議に思って、片眉を吊り上げた少女の指の先が綻んだ。
綻んで、消えていく。
「なん……」
そこに後も形も残さずに 吸血鬼(ヴァンパイア) は消えた。
“綻び”とは、元よりあったものが崩れていく様を表す。
だからこそ、その奇跡は彼女の目に入った全ての物を崩して消す絶対の奇跡。
いかなる1をも0にする。
最初からそこに無かったのではないだろうかと思うほどに、1を崩して消していく。
それは魔術の最奥。
人類の究極地点にたどり着いた者だけが使える御業。
『綻びの奇跡』。
そして天才は、魔法使いに至った。